第九話 奪われた村(前編)

「ううう……」


 やや内股になりながら啓太は歩く。

 苦痛を代償に足の間の足は元の大きさに戻っていた。

 股間に対するダメージは時間とともに和らいできたが、おっきくなった真ん中の足の記憶は色あせない思い出として心の傷となった。


「もうパ○ーアップキノコなんて食べない」

『好き嫌いをいうと大きくなれませんよ』

「もおいやだあああ!」


 二人は和気藹々と草原を歩いていく。

 太陽は中天を通り過ぎ、傾いた空をゆっくり転がるように地平線に近づいていった。


「……今日も野宿?」

『いえ、目的の村にたどり着きました。見てください』

「え、本当?」


 布団やベッド、枕に掛け布団を想像して胸を高鳴らせながら啓太が見たのは、所々から煙が上がりあちこちの家が崩れているまさに襲撃を受けた後、といった感じの村だった。


「……ひょっとして魔王軍っていうのにやられたの?」

『当たらずともいえど遠からず、ですね』

「どういうこと」


 啓太はひさしぶりに真剣な目をして妖精を見た。

 妖精は村を指差してこういった。


『あれは、襲撃された村を題材にしたテーマパークです。名前はワクワク略奪やったぜ崩壊村、です』


 啓太は妖精を見た後、ゆっくりとした動きで顔を動かし村の方角をじっと眺め、その後また妖精を見た。


「うん、理解できないのと理解したくないのがあったから説明お願いできるかな?」

『分かりました』


 妖精は啓太のそばにきて、生徒に指導する教師のように説明を始める。


『近年魔王軍の侵攻によりあちこちの村や町が襲われる事が多発していたのです』


 淡々と語る妖精の言葉に啓太は静かに耳を傾ける。


『それを見ていたあの村の村長が、“最近の流行は魔王軍の侵略だ!”と言い出して、人生一発逆転のために作り上げたのがあのテーマパークです』

「思ったよりヤバイ所だった。本格派の人には近づきたくないなあ」


 啓太の顔にはドン引きの気配がありありとうかがえた。


『そこまで危険な人物ではありません。なにより妻子を大事にするマイホームパパという一面もあるのです』

「え、奥さんと子供がいるの」

『ええ、今は奥様と子供は遠くに旅立っていますが』

「……そうなんだ」

『具体的には実家』

「逃げられてるじゃねーか!」


 久々に虚空を切り裂く啓太の手刀。


『いえ、一時的にです。テーマパークが成功するまでは離れて暮らそうと』

「ああ、なるほど。じゃあたまに会ったりしてるとか?」

『村長、奥様の実家知らないから会えてないようです』

「どう考えても逃げられてるじゃねーか!」


 かっこいいポーズがびっしいーとかっこよく決まった。

 そして啓太は現実に引き戻される。


「えーと、ここ以外に泊まれるような場所は……?」

『もう一日歩くことになりますね』


 空の青は次第に薄くなり、星の欠片が姿をあらわしつつある。

 遠くを見ると茜色に染まりつつあった。

 啓太は考えた。今までの事、これからの事。

 啓太は悩んだ。ぴちがいパークvs地面で寝る。

 啓太は決断した。


「よし行こう、なあに一晩くらい何とかなるさ」

『それでこそ勇者です』


 二人は夕日の照らす偽りの廃墟に向かって歩いていった。



 テーマパーク“ワクワク略奪やったぜ崩壊村”の近くまでやってきた二人。

 ぼろぼろの門? を見る啓太の目は冷たい。


「……近くで見ると嫌なリアリティがあるなあ」

『凝り症なのでしょう』


 おっかなびっくり足を踏み入れた啓太。

 村の中は人の気配はなく、何かが燃える焦げ臭いにおいと、時々ぱちっという木のはじける音だけ。

 周囲を見ても、壊れた家か焦げた家か残骸の――


「……いらっしゃい」


 静かな声が背後から、予期しなかった形で。

 驚いた啓太が振り返ると、ふらふらと定まらない動きの男がいた。

 やや痩せ型の体の上には、無精髭を伸ばし、光を失った目をした顔が乗っている。


「……誰?」

「ようこそ、歓迎するぜ……俺が……俺が村長さ」


 男は上着のポケットから小さな瓶を取り出すと、口をつけてあおった。


「はあ、お邪魔します」

「運がいい……今日は、いや、ここ最近は入場無料キャンペーン中さ……アトラクションも無料……」


 男は近くの崩れかけて座るのにちょうどいい壁の上に腰を下ろした。


「無料の思い出を……たくさん作ってくれ」

「あの……宿泊はできますか?」


 男は啓太を見る。


「宿泊……もちろん無料……お泊りはあちらさ……」


 そう言って男が指差した先には、所々から煙が上がり、なんかオレンジ色の炎がぴょこぴょこ窓から見える家がその存在を温度高めに主張していた。


「熱い夜を過ごしてくれ……」

「あの、物理的に熱いのは苦手なので」


 啓太の言葉に男は口の端をくっとあげた。


「分かってるな……男はクールじゃなきゃいけねえ……あっちの家がおすすめだ……」


 そう言って男が指差した先には、多分以前は家だったと思う基礎だけ残ったなんかよく分からないものが存在を控えめに主張していた。


「クールにキメてくれ……」

「あの、床と、出来れば屋根と壁を」


 なんかこいつヤベエというのを何とか隠しつつ啓太は交渉に臨む。それはきっとしなくていい苦労に似ていた。


「ふっ、負けたよ……普通の家は……あちら、さ」


 そう言って男が指差した先には、驚いた事に普通の家があった。


「あ、ありがとうございます」

「風呂とベッドは勝手に使ってくれ……着替えは箪笥の中にサービスしておくぜ……いい夢を……」

「ありがとうございます!」


 啓太は走る。お風呂に、ベッドに、向かって走る。

 ドアを開き、中に突入。風呂は水風呂だったが、久々にさっぱりした啓太は屈託の無い笑顔を浮かべる。

 箪笥の中のぶかぶかの服を着た。すがすがしい気分でベッドに入った啓太はそのまま何の抵抗も無く夢に落ちた。


 啓太が怒涛の幸福に溺れているちょうどその頃、男と妖精は話し込んでいた。

 それはきっと余計なイベントのフラグに似ていた。


 暗く沈む夜は静かに世界を巡り巡る。そして……戦慄の朝が訪れた。

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