第七話 悪は光の下で駆け抜ける

 四方に窓があり、外からの光をふんだんに取り入れている四角い部屋。

 窓からは遠くの景色を眺めることができ、下を見れば地面は遠く、地上はまるでおもちゃのよう。

 ここは塔の最上階、新しく築かれた魔王軍総本部。

 その明るい室内には三人の人影。


「ヒラはまだなの?」


 テーブルに頬杖をついた女性が面倒くさそうに呟く。

 長い髪を後ろで束ね、切れ長の目がぼんやりと周囲を面倒くさそうにながめていた。

 彼女こそは魔王軍四天王の紅一点。


「もうすぐ来るんじゃないか?」


 女性の声に応えたのは、テーブルに足を乗せ、椅子にだらりと身体をあずける男。

 赤いつんつん頭に凶暴さをたたえた瞳、にやりと笑った口元は不敵な雰囲気をまとう。


「あなたも大変ね、ゼン(五代目)」

「いやいやアンタも大変だったろ。会議室を明るくしようって提案がようやく通って」


 狂える赤い炎のゼン(五代目)は遠くを見るような目をした。


「先代連中が暗闇にやられまくってようやく……長かったな」

「本当にね」


 二人がそろってため息をつく。

 その様子を見ていた三人目が口を開いた。


「あの……すみません、ちょっといいッスか」


 二人が声の方に視線を向けると、いかにも気弱そうな後輩キャラが長い前髪の下からおびえの色がうっすら見える瞳を覗かせていた。


「自分、こういうところ初めてなんで、なんか失礼があったらすみませんッス」


 ゼン(五代目)が女性に顔を向ける。


「誰?」

「ほら、ミザがやられちゃったじゃない。それで魔王様が新しい四天王を任命したのよ。それが彼」

「おっ、新しい仲間か。俺は狂える赤い炎のゼン(五代目)。おまえは?」


 ゼン(五代目)の言葉に、新入りの男はうろたえ、妙な汗をかき挙動不審になった。


「えっ、えっとですね……」

「彼はベンよ」


 女性が新人をかばうように静かで圧力を感じさせる声で言葉をつなげる。


「ん? 魔王様がつけた名前があるんじゃないか」

「今ここで言う必要はないでしょ」


 女性のはっきりとしない態度を見ていたゼン(五代目)は、何かに気づいたように言葉を発した。

 それが禁じられている扉を開くことに気づくことも無く。


「ああ、アレな名前か! そういえばお前の名前は“お尻から出る風は茶色いモンティノ(二代目)”だったな」

「その名前で呼ぶなあ!」


 モンティノ(二代目)の前蹴りがゼン(五代目)の水月を貫くようにめり込む。

 ゼン(五代目)は一言もなく座っていた椅子から転がるように落ち、身体を丸めて床にうずくまった。なんかヤバイ汗をかいて細かく震えることしかできない。


「なんでおじいちゃんの名前を受け継がなきゃならないの! エルザでいいじゃないエルザで!」


 モンティノ(二代目)はゼン(五代目)の頭を踏んづけながら吼える。


「ぷふっ、先輩、そんな名前だったんスか(笑)」

「黙れ! ふんばる大地の大いなるベン!」

「ちょ、名前を出したら、いくら先輩でも戦争ッスよ!」


 外の光をふんだんに取り入れて明るい室内は、一触即発の剣呑な空気に包まれた。


「そこまでにしておくんだな……」


 室内の物騒な空気を、突然現れた強大なプレッシャーと疲労感が駆逐していった。

 二人と床で瀕死の一人が扉の方を見る。

 そこには一人の男が立っていた。

 紺色のズボンと上着、白いシャツの首元を飾るのは黒く細長い布。

 七対三で分割されて固定された髪の下の顔には色濃く刻まれた疲労。


「……ッ! すごい迫力ッス。誰ッスか?」

「魔王軍四天王筆頭……終わらない黒き仕事のヒラ、よ」


 ヒラは革で出来た黒い靴を床に打ち鳴らしながらテーブルに向かって歩く。

 その身はまるで黒い風をまとい、死神のようにも見えた。

 隙の無い動作で正面の椅子に座ると、他の三人を威圧するように濃いくまで彩られた目を向ける。


「座れ……会議の時間だ」


 有無を言わせない迫力に、二人はおとなしく椅子につき、一人はコヒューコヒューとか言いながら生まれたての子馬のような足腰で椅子を掴んで立ち上がり、すごく悪い顔色のままゆっくりと座った。


「……ふむ、明るいものだな」


 ヒラは周囲をぐるりと眺めて、何か感心したような声をだした。


「それにしてもずいぶん早く出来たものね。いい業者に頼んだの?」


 モンティノ(二代目)がいつものように頬杖をしながら訊ねる。


「いや、どこに見積もりを出しても予算に合うものが無くてな」

「……じゃあこの塔どこが作ったの?」

「私だ」


 はじかれたように立ち上がったモンティノ(二代目)は、カモシカのような足を力強く動かし、ドアに向かって一直線に駆け抜けた。

 スピーティーにドアを開き、突風のようにいなくなる。

 いきなりの事にあっけに取られていたベンは、我に返ると場になじもうとヒラに向かって話しかけた。


「あー、これ建てたんスかすごいッスね。建築の経験があるんスか?」

「ない」


 続いてベンが走り出す。少しでも速く、一歩でも速く!

 疾風と化した男は流れるように部屋を後にする。

 光に満ちた部屋に残されたのは二人。


「では会議を始める」


 いつもと変わらない冷静なヒラの声。体調がやや戻ったゼン(五代目)の鼻が、塗りたての塗料の匂いでむずむずしはじめる。


「ふぇ、ふぇ、ぶえっくしょん!」


 くしゃみの衝撃で塔は崩れ落ちた。

 素人の手抜き工事に適当かつ粗悪な材料……崩れない理由はもはや無い。

 まさに運命と呼ぶべき崩壊はその意義を存分に発揮し、魔王軍総本部(新築)はもうもうと煙る粉塵の中で瓦礫の山となった姿を晒した。


「はあ、はあ……ば、バカじゃないの……」


 現場から離れた場所で崩壊を見届けたモンティノ(二代目)は、息も絶え絶えにぶっ倒れてるベンの横で、肩で呼吸をしながらそんなことを呟くのだった。

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