第7話 旅立ち

SIDE:アロ


 10歳になった俺は、じいちゃんと一緒に森に入るようになった。魔物相手の実践訓練である。


「アロ、右右右! 右から来るわよ!」

「分かってる!」


 そして常にミエラも付いて来て口出しをしてくる。


 正面のダークウルフ2匹の首を刎ねた後、右から飛び掛かって来たエクシベアの爪撃を避ける。エクシベアは腕が6本ある体長3メートル近い熊の魔獣。爪撃も6連撃で繰り出されるので油断ならない。


 右から来た1撃目。屈んで躱す。続いて右から2・3撃目、バックステップで躱す。左の4撃目。踏み込んだ俺の腹目掛けて爪が突き出される。半身になって回避。5・6撃目は俺が懐に潜り込んだ為ただの薙ぎ払いになる。これに長剣を上手く沿わせて斜め上に逸らす。ガラ空きになったエクシベアの左脇腹を剣で横薙ぎにした。


――グガァアアア……


 攻防はわずか3秒。腹を中ほどまで切り裂かれ致命傷を負ったエクシベアの眉間に矢が突き刺さり、苦悶の咆哮が唐突に途切れた。矢を放ったのはミエラである。


(また美味しいとこ持っていかれた……)


 ミエラも俺と同じ10歳。10歳にして弓の名手と言っても過言ではない。


 4年近く一緒に暮らしているが、ミエラはあの初めて会った日より前の事を一切話さない。何があって森を彷徨っていたのか。親は、住んでいた所は、そういった事は一貫して口を噤んでいた。俺とじいちゃんも無理に聞こうとはしなかった。


 大人用の弓を背負って森を彷徨っている所をじいちゃんによって保護(決して誘拐ではない)されたので、弓が使えるのかと思い、じいちゃんはミエラに子供用の弓を与えた。するとミエラはすぐに弓を使いこなしたのだった。


 ハーフエルフの血がそうさせるのか、それともそれまで弓を習っていたのかは分からない。それから訓練を重ね、じいちゃんからお墨付きを貰って森に一緒に入っているのである。


 そして……やたらと俺にダメ出しするのだった。


「アロったらまた油断して! すぐに止めを刺さないとダメじゃない!」

「致命傷を――」

「言い訳しない。男でしょ?」

「はい」

「まったく、アロったら私がいなきゃダメなんだから!」

「そうですね」


 この4年近くで俺も学んだ。ミエラには言い返してはいけないのである。言い返すと10倍になって返ってくるからだ。


 正直、ミエラの助けがなくても森の魔物や魔獣程度なら楽勝なのだが、じいちゃんから「ミエラに花を持たせろ」と言われている。要するにミエラのご機嫌取りだ。ミエラが機嫌を損ねると滅茶苦茶面倒臭いのだ。


 前世で魔王と呼ばれた俺が、何故こんな面倒な事に付き合っているのか?


 それは、俺とじいちゃんがミエラに感謝しているからだ。俺達はミエラに救われたのだ。


 母様と離れ離れになって、俺は勿論じいちゃんも空虚感に苛まれた。そんな時に現れたミエラ。最初は殆ど口をきかず、そんなミエラに心を開いて貰おうと俺達は知らず知らずのうちに頑張った。それが、母様がいなくなった寂しさを忘れさせてくれたのだった。


「アロ。今の剣は軽過ぎるんじゃないか?」

「どうだろ? 丁度いい気もするけど」

「身長も伸びたし、もう少し長い剣でも良さそうだな」

「じいちゃんに任せる」


 じいちゃんは俺の戦いぶりを見て的確なアドバイスをくれる。俺自身では分からない点に気付いてくれるのは、さすが元勇者だ。


「わ、私も! アロはもっと長い剣がいいと思うわ!」


 ミエラが乗っかって来た。


「じゃあ長い剣を試してみようかな」

「それがいいと思うわ!」


 元はじいちゃんの指摘なのに、ミエラがドヤ顔になる。


 じいちゃんは「剣士」であり「元勇者」なので、家には大小様々な剣がある。武器屋か、ってくらいの量だ。今日帰ったら他の剣を見てみよう。


 倒した獲物はじいちゃんの「魔法袋」に入れた。勇者時代に使っていた物で、この国でも有数の容量を誇るらしい。魔法袋の中は時間経過がない。魔物は血も素材になる事があるのでそのまま入れた。魔法袋の口を入れたい物に近付けると勝手に収納されるから楽ちんだ。


「そろそろ帰ろうかの」

「うん」

「そーね!」


 3人で家に向かって歩き出したその時。魔力が揺らめいて俺達の行く手を塞いだ事に気付いた。


「じいちゃん!」

「警戒しろ!」

「なになに!?」


 じいちゃんがミエラを背中に庇った。俺は剣の柄に右手を添えた。突如目の前に現れた男に意識を集中する。


「ねえ君達。シャルロットっていう女を知らない?」


 真っ白な髪、耳の上から2本突き出した角、銀色の瞳。18歳くらいに見える魔族。俺はそいつの目を真っ直ぐに見ながら答えた。


「シャルロットさん、ですか? そんな名前の女性は知らないです」

「ふーん……ほんとかな?」


 魔族の瞳が一瞬だけ赤く光った。「真偽判別ジャッジメント」の魔法を使ったのが分かった。


「んー。ほんとみたいだ」


 「転移」といい「真偽判別ジャッジメント」といい、魔族の中でも割と魔法を使える男のようだ。


「それじゃ、俺達は帰りますので」


 「抗魔法アンチマジック」を使ったのはバレていない。マルフ村に近い場所で騒ぎを起こしたくなかったので普通に帰ろうとした。


「待て」


 はぁー。帰らせてくれよ。


「何でしょう?」

「そっちのハーフエルフのガキは置いていけ。数年経てば使えそうだ」

「はぁ?」

「そのガキを置いていけば、お前とじじいは見逃してやるって言ってんだ」


 俺はチラッとじいちゃんを見た。ミエラはじいちゃんの後ろに隠れている。じいちゃんは俺に小さく頷いた。


「誰が誰を見逃すって?」

「頭の悪い人間は死ね!」


 魔族の眼前に緑色の魔法陣が現れる。俺は「抗魔法アンチマジック」でそれを掻き消すと同時に、自分に「身体強化ブースト」と「加速アクセラ」を掛けた。幼い頃から訓練を続けてきた魔力操作は伊達ではない。


 一瞬で魔族に迫り首を刎ねる。驚愕で目を見開いたまま、その魔族は絶命した。


「だから帰るって言ったのに」


 ミエラをどうこうするなんて言わなければ死ななくて済んだのに。同情はしない。自業自得だ。俺は魔族の死体を素早く魔法袋に収納した。


「アロ……」

「大丈夫だ、ミエラ。心配しなくていい」


 3人でほんの少しだけ移動して草むらに身を潜める。他の魔族が来ないか確かめるためだ。もし仲間が居るなら、面倒だが全て片付けるつもりだった。


 30分ほど様子を見たが仲間は居ないようだった。俺達は警戒しつつ、少し遠回りしながら村に帰った。





 半年ほど前、俺はじいちゃんから聞かされていた。じいちゃんは毎日森のパトロールをして、危険な魔物を駆除しているのだと思っていた。

 だが、俺と母様を森で助けて以降、年に数回森の中で魔族と遭遇していたのだと言う。魔族は必ず「シャルロットという女を知らないか」と聞いてきた。つまり、王国だけでなく魔族も母様を探し続けていた。そしてそれは今も続いている。


 いや、もしかしたら母様ではなく、その子供である俺を探しているのかも知れない。


 いずれにせよ、探している理由は碌なものではないだろう。降りかかる火の粉は全力を以て払うつもりだが、俺だってそんなに暇じゃないのだ。魔族の皆さんにはせいぜい大人しくしていて欲しいものである。





 それからまた1年近くが過ぎ、間もなく11歳になる頃。俺は冒険者登録をする事に決めた。

 冒険者登録には年齢の下限が定められていない。これは、孤児や貧しい家庭の子にお金を稼ぐ手段として門戸を開いているという建前だからだ。

 とは言え慣例で15歳から、とされている。特例として、実績のある冒険者が後見人になれば15歳未満でも冒険者になれる。


 俺は王都の王立学院を受験するつもりだ。学院に通う事が目的ではない。学院の地下にある遺跡に用があるのだ。


 俺が赤ん坊の頃から身に着けている「減衰の腕輪」。じいちゃんがこれを見付けたのが、その遺跡だった。どうやら、俺の宮殿パレスの跡地に王立学院が建てられたようなのだ。だから学院に行く必要があるのだが、一番簡単な方法が学院生になる事だった。


 そして、王立学院に入学するには1000万シュエルの入学金が要る。王都で平民の4人家族が生活する費用約2年分である。

 最初はじいちゃんが出すと言ってくれていたのだが、俺はそれを断った。これまで散々世話になって、その上入学金まで出してもらうなんて心が痛すぎる。


 そこで、じいちゃんに後見人になってもらい、フライングで冒険者になって稼ぎながら王都を目指すつもりなのだ。じいちゃんの見立てでは、俺の実力なら1年で十分稼げるとの事だったし。


 だが、一つ誤算があった。


「ねえアロ。まさか私を置いて行くなんて言わないよね?」

「え? ミエラも行くの?」

「当たり前でしょ!? 私がいないとアロは何にも出来ないじゃない!」


 そんな事はない。割と一人で何でも出来る。しかし、ミエラはどうしても一緒に行くと言う。俺としては、残されるじいちゃんが心配である。


「いや、儂もこれを機会にベイトンに移住しようかと思っての」


 ベイトンとは、村から南東に向かった先にある大きな街である。冒険者登録はその街で行う予定だ。それと、ベイトンにはじいちゃんの昔の仲間が住んでいるらしい。


「儂ももう歳じゃし。村は不便じゃし」


 などとジジ臭い事を言っているが、77歳になってもじいちゃんは引くほど元気だ。たぶん街で遊びたいんだと思う。しかし俺としてもじいちゃんを村に残していくのは忍びないので、ベイトンへの移住は賛成だった。


 そして、ミエラも王立学院を受験するらしい。つまり、入学金は二人で2000万シュエルである。これはかなり気合を入れて稼ぐ必要がある。


 こうして、俺とじいちゃん、ミエラの3人はベイトンの街に向かうのだった。

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