第5話 別離と出会い

SIDE:アロ


 母様と話をしてから1ヵ月半後。後からじいちゃんに聞いた話では、馬に乗った全身鎧の騎士や歩兵、立派な装飾のついた馬車が2台、村にやって来た。その一団はマルフ村の人口より多いのではないかと思うくらいの規模だったらしい。


 このひと月半、俺と母様、じいちゃんの3人は特に何かする訳でもなく、これまでと同じように穏やかに過ごした。


 正直に言って母様と離れるのは物凄く寂しい。転生したとは言え体はまだ5歳。精神年齢は肉体年齢に引っ張られる。普通の5歳児と違うのは分別がある、という事だ。

 俺がいくら「嫌だ!」と泣き叫んでも母様を困らせるだけ。困らせるだけならまだ良いが、母様の正常な判断力を奪う可能性すらある。だから俺は物分かりの良い子を演じた。


 そう。演じただけだ。本音を言えば、母様を迎えに来る奴らを極大魔法「終焉の炎タナトス・フレイム」で王都ごと焼き尽くしたかった。まあ、そんな事したら母様が悲しむからしないが。


 昨日の夜、じいちゃんから「明日には王都の遣いが村に着く」と言われ、最後に母様と一緒に風呂に入った。髪の毛を洗ってもらい、背中を流してもらった。お返しに母様の髪を洗い、背中を流した。いつもと同じように一つのベッドで一緒に眠った。


 朝目覚めると隣に母様は居なかった。この日が来たら、俺は母様の見送りはせずに家の中に居るように言われていた。母様を迎えに来た奴らに俺の姿を見られない為だ。


 もしかしたら、母様が幼い男の子といつも一緒に居た事は既に王国にも知られているかも知れない。でもわざわざ危険を冒す事はしなかった。母様の覚悟を無駄にするような真似は出来ない。


 村の騒めきが徐々に収まっていく。鎧のガチャガチャいう音や馬の嘶きが遠ざかる。


 母様が、遠くへ行ってしまう。


 俺は、母様を一目見たいという気持ちを抑える為に、自分の太腿にナイフを突き立てていた。そうでもしないと走り出してしまいそうだったから。


 やがて村はいつもの静けさを取り戻した。母様は行ってしまったのだ。


 家に戻ってきたじいちゃんが、涙と鼻水にまみれ、太腿から血をダラダラ流している俺を見つけて仰天していたが、俺は胸にぽっかり穴が開いたような気がして、じいちゃんの顔をまともに見る事も出来なかった。


 太腿の傷はじいちゃんが苦手な「治癒ヒール」で治してくれた。その日の夜、いつもより広くなったベッドは全く寝心地が良くなかった。母様の温もりが恋しくて、じいちゃんに聞こえないよう声を押し殺して泣いた。





 3日ほど食欲もなく、全然やる気も出なくて訓練をサボった。じいちゃんは何も言わずそっとしてくれた。


 4日目には、前と同じ早朝から剣術の訓練を再開した。いつまでも塞ぎ込んでいたら、母様に心配を掛けると気付いたからだ。


「アロ、無理しなくていいんだぞ?」

「無理してない。早く強くなって母様を迎えに行きたい」

「そうか……うん、そうだな。お前が強くなれば、王都に行っても殺されるような事にならない。そうなればお前が母様の所に行ってもいいかも知れないな」

「でしょ!」


 この瞬間に俺とじいちゃんの目標が定まった。いや、俺のは最初から決まっていたから、正確にはじいちゃんの目標だ。


 誰にも負けないくらい俺を強くする事。王都に向かわせても心配ないくらい強くする事である。


 そしてそれは、俺が転生した目的とも完璧に合致する。俺は強くならなければならない。前世のあの時、俺の力不足のせいで親友であると同時に最愛の人を失った。その原因を倒しきる事が出来ず、何とか封印に成功しただけだった。


 俺の計算では、あと10~20年で封印が解ける。奴を滅ぼす為の魔法術式は転生前に完成させた。奴が封印から自由になる前に前世を超えるくらい強くなる。そして今度こそ奴を完全に滅ぼすのだ。


 邪神イゴールナク。それが奴の名だ。俺はこいつを滅ぼし、彼女の仇を討つ。


 母様には「母様を守る為に強くなりたい」と言った。それは嘘ではない。イゴールナクを滅ぼさなければ、この世界が滅んでしまうのだから。


 本来の目的を頭に描いて鼻息を荒くする俺の頭を、じいちゃんが小突いた。


「アロ、焦りは禁物だ。一朝一夕で強くなれる訳ではない。良質な鍛錬の積み重ね、それしか強くなる道はない」

「はい」

「よし。今日からは少し厳しくなるぞ?」

「望む所だ!」


 少しどころではなかった。じいちゃんがオーガ大鬼に見えるくらい、容赦なかった。少々の怪我なら俺は自分で治せる。1時間の訓練で4か所骨折し無数の打ち身を作ったが直ぐに「治癒ヒール」で治し、じいちゃんが作ってくれた朝飯を食べて畑仕事を手伝った。


 じいちゃんが森のパトロールに行った後は、家で魔力操作の訓練。こっそり転移を使って村から離れた荒野に移動し、「身体強化ブースト」、「飛翔フライ」、「加速アクセラ」を同時展開しながら様々な攻撃魔法を放つ。じいちゃんが帰る前に家に戻り、また魔力操作の訓練を行う。


 そんな日々を繰り返しているうちに「減衰ディケイの腕輪」が物足りなくなってきた。そろそろ改良する頃合いかも知れない。





 母様と離れて1年と数カ月が経ち、俺が7歳になった頃。じいちゃんが森で女の子を拾って来た。じいちゃんは森で誰かを拾う癖があるのかも知れない。


「馬鹿者! 拾ったんじゃない、助けたんじゃよ!」


 口に出してないのに怒られた。解せぬ。


 その子は俺と同い年か、少し下に見えた。銀色の長い髪を後ろで一つに結び、膝下丈のズボンにゆったりとしたシャツを着ている。明るい空の色をした瞳には、警戒心が浮かんでいた。そして何よりも特徴的なのは、横に突き出た尖った耳。


「エルフ?」

「いや、この子はハーフエルフじゃな」


 女の子はじいちゃんの後ろに隠れた。よく見ると顔や手足にたくさんの擦り傷があり、服も破けたり血が滲んだりしている。目の周りと鼻が赤くなっているのは、少し前まで泣いていたのだろう。


 じいちゃんは自分の剣の他に、弓と矢筒を背負っていた。


「森の西側でこの子が弓を背負って彷徨っておった。どう見ても子供用の弓ではないし、近くに親が居るのかと尋ねても一言も喋ってくれん。やがて日も暮れるし、そのままにも出来んから仕方なく連れて来たのじゃ」

「…………それって誘拐じゃ――」

「保護じゃよ、保護! 人聞きの悪い事を言うでないわ!」


 まあ確かに、じいちゃんに多少は懐いているようにも見える。無理矢理攫ってくるような人でない事は十分承知してるし。だが、女の子は誘拐されてもおかしくないくらいの美少女だった。成長したら絶対美人さんになるだろう。


「改めてこんにちは。僕の名前はアロ。君の名前は?」


 話し掛けるとじいちゃんの服の裾を掴んで完全に後ろに隠れてしまった。恥ずかしがり屋さんなのかな? この調子ではどこから来たのか聞くのも難――


「…………ミエラ」


 その時、女の子が物凄く小さな声で答えてくれた。小さ過ぎて空耳かと思ったくらいだ。じいちゃんも答えるとは思ってなかったようで少し驚いていた。


「ミエラか! いい名前だね。よろしく、ミエラ!」

「…………よろしく……アロ」


 これが俺とミエラの出会いだった。

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