第22話 受粉作業という名の

 一人になると本気で落ち込む。

 ちょっと思っただけで暗黒魔法をかけちゃうなんて、私は相当危ない人なのじゃあるまいか。

 しかも、相手は散々お世話になっているイリーナさん。


 まあ、正直、レッドとのことをからかってくるのは鬱陶しい部分もある。

 だけど、面と向かって反対されたり、身の程知らずと蔑まれたりするよりはよっぽどいい。

 そんなイリーナさんに魔法をかけようとするなんて私の馬鹿バカばーか。


 でも、考えようによってはイリーナさんで良かったのかもしれない。そうじゃなかったら暗黒魔法が実際にかかっていた可能性がある。

 そうしたら、被害者は簡単には引き下がれないだろう。

 しゃべれなくなったら不便そうだもんな。

 これからはもうちょっと自制しよう。

 

 前はこんなことは起きなかったと思う。

 やっぱり邪神と私との同期が進んでいるのだろうか?

 嫌だなあ。

 椅子に座った自分の体を見下ろす。


 そうじゃなくても男の子っぽい体つきなのに、邪神とセットじゃレッドも幻滅だよね。幻滅もなにも最初から眼中にはないか。

 でも、シルフィーユさんもイリーナさんもやたらと私をけしかけてくるんだよな。

 あれか。

 レッドはあまりに真面目で、女性に興味を全く示さないとかそんな感じなのかな。

 それで、理由はともかく関心を示すだけまだ脈ありとか考えてるのかも。


 とりあえず、レッドに頼まれた黄金の林檎の受粉を頑張ろう。

 良いところを見せたいというのもあるけれど、色々と迷惑もかけているし、我儘も言っているから、それの分ぐらいはお返ししないとね。

 よし、頑張るぞ。


 と、意気込んだものの、実際の受粉作業はなんというか、ピクニックみたいなものだった。

 話があった翌日は爽やかな晴天で、朝から作業の準備がなされる。

 黄金の林檎が生る木からちょっと離れたところにテーブルが出された。

 意外と強い日光をさけるための幕も張られ、優雅なお茶会の支度がてきぱきと進む。


 私は昨年収穫された黄金の林檎を使ったパイを始めとする素敵なお菓子をつまみながらお茶を飲み、皆さんとおしゃべりをするだけだった。

 もちろん、ツツハナバチはその間せっせと林檎の花を次から次へと飛び回っている。


 林檎のパイは絶品だった。甘さ、香り、歯ごたえ、すべての調和が完璧である。

 一応私は裕福な家に育ったのでお菓子を食べた経験はあったが、これほどのものは記憶にない。

 これ、素材もそうだけど、作った菓子職人の腕も相当なんだろうな。

 絶対私のような身分のものが食べちゃダメなやつと思ったが、ついつい手が伸びてしまう。

 まあ、仕事の合間に顔を見せたレッドが遠慮しなくていいと言ってくれたから、無駄な気遣いをするのはやめた。


 イリーナさんは私が飲み食べする間ずっとつきあってくれる。

 昨日、ろくでもない魔法をかけようとした私なんかをきちんと気遣ってくれた。

 どうやって感じ取っているのか分からないが、適当な感覚で休憩を挟むように勧めてくる。


 その度に、私はツツハナバチを一旦開放して、元いた場所に送り返した。

 花の蜜や花粉を摂取するたびに魔力が還流されるので、次に呼び出すときにも魔力の心配をする必要はない。

 結果として、私自身はお茶とお菓子を楽しんだだけだった。


「こんなんでいいんですかね?」

 お日様が中天にさしかかるころになると並んだ軽食に手を出しながら質問する。

 それまで黄金の林檎にまつわる話をしてくれていたイリーナさんは、笑顔で肯定した。

「いいのよ。これはあなたじゃなきゃできないことだったんだから」


「それはまあそうかもしれないですけど」

「毎年、この黄金の林檎がたわわに実ったのを眺めることで、ダンクリフの人々は幸せを感じるの。平和で豊かな秋が来たってね。それを守るのも大切な仕事よ。花が咲いて今日で七日目でしょ。仕方ないから人の手を入れるか真剣に討議するところだったんだから」

 レッドに代替わりして最初の秋に黄金の林檎が実らないのは、住民にかなり深刻な動揺が走るところだったらしい。

 実はレッドワルト王の即位は祝福されていないんじゃないか、とかそういう風聞が出る感じかな。


「それじゃあ、僕はレッドの役に立ててるんですね」

「それはもちろんよ。陛下もさっきお礼を言っていたじゃない」

「ほら、レッドは他人に対しては誰に対しても丁寧に労をいたわるところがあるじゃないですか。ほんの些細なことでも。だから、実際はどれほどのことなのか分かんなくなっちゃうんですよね」


「陛下の美点が悪い方に働いちゃったか。あなたも心配性ね。大丈夫よ。前は仕事仕事だった陛下が他のことをする時間を作るようになったのは、あなたが来てからよ。私はそれって皆が考える以上に大事なことだと思っているわ。あんなにいつも根を詰めていたら心にも体にも良くないもの」


「僕はほとんど遊んでばかりですけどね。周囲の人の視線が痛いです」

「それは羨望よ。みんな陛下のことは好きだから、私的な時間をあなたに独占されて悔しいってのもあるんじゃない? 確かにあなたはヴォーダン様の教えとはちょっとずれてるけど」

 ちょっとじゃなくて相当ずれてないですか?


「僕もヴォーダン様の教えを守った方がいいのかな?」

「それはレッドとの関係で?」

「そうです。あ、別にイリーナさんが考えてるようなことじゃないですからね。近くに居る者としてです」


 イリーナさんの笑みが大きくなる。

「別に遊び仲間としてなら問題ないでしょう」

 またそういう含みをもたせた言い方をする。そこまで言ったのなら、交際相手はどうなのかってことも教えてくれればいいのに。


「ただ、信仰は強制されるものじゃないわ。私はヴォーダン様の教えを信じているけど、誰かを無理やり信者にしようとは思わないわよ」

「高司祭様がそれでいいんです?」

「いいのよ」

 そう宣言して笑うイリーナさんは間違いなく大物なのだった。

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