王城の会議室に秘密裏に緊急招集がかけられた。声がかかったのは国王バルドゥルの腹心たちと『レンと沙織失踪事件』に関わる者達。緊迫した空気が流れる中、最初に口を開いたのは他でもないバルドゥルだった。


「二人が消えた……というのは本当なんだね?」


 バルドゥルの問いかけに、クリスティーヌが立ち上がってはっきりと答える。


「間違いありませんわ! 山の中を騎士達に総がかりで探させましたが見つからなかったんですもの!」


 クリスティーヌの意見を肯定するように、トビアスが頷く。黙って報告を聞いていたマンフレートが鋭い視線をトビアスに向ける。


「二人の姿を最後に見たのはおまえか?」


 下手な誤魔化しはできないと直感したトビアスはゴクリと息を呑む。あの時、トビアスはクリスティーヌの護衛についていて現場にはいなかった。そのことを堂々と言うのは憚れる。けれど、嘘はつけない。アメリアも知っているのだから。

 悩んだ末、トビアスは一つ咳ばらいをしてペーターに視線を送った。慌ててぺーターが口を開く。

 トビアスは万が一の時の為にペーターを連れてきておいてよかった、と内心ホッとした。


「レン様とサオリ様を最後に見たのは私です。サオリ様が少し山の中を歩いてみたいということでしたので、レン様が護衛としてついて行かれました」

「二人だけでいかせたのか?」

「は、はい。ご存じの通りあの山には強い魔物はいません。ゴブリンの集団は出ましたが、それもすぐに制圧しました。その後は魔物の気配すらありませんでしたので安全だと判断しました。それに……レン様でしたらどんな魔物でも対処できるだろう……と」


 尻つぼみになるペーター。マンフレートはトントンと机を叩く。


「その結果、二人は消えたのか」

「は、はい! わ、私の判断ミスです。申し訳ありませんでした!」


 ペーターは深く頭を下げた。マンフレートは眉頭を摘まみながら唸る。


「いや、その場に俺がいたとしても同じ判断をしたかもしれん。レンならたいていの魔物なら一人で処理できるだろう。……血痕などはなかったというし、おそらく二人とも無事だとは思うが……足跡は残っていなかったのか?」

「残念ながら山の中ということもあり、足跡らしきものは確認できず……申し訳ありません」


 トビアスの答えに、マンフレートが険しい表情のまま思案する。


「もしかして……レン様はサオリ様を連れて逃げたのではないかしら」


 そう呟いたのはクリスティーヌ。皆が注目する中、クリスティーヌは悲痛な表情を浮かべた。


「元々レン様は勇者としての立場を望んではいませんでしたわ。私のことも嫌っていたようですし。はやくこの国から逃げ出したかったのでは……。最近では魔物討伐もユウキ様に任せていたくらいですし、『真の勇者』と謳われるユウキ様が現れた今なら逃げても支障はないと判断したのかもしれません。そして、サオリ様もまたこの国に居づらくて一緒についていったのではないかしら。あの二人は仲がよろしかったようですし」


 ちらりと、確認するようにアメリアを見るクリスティーヌ。けれど、答えたのは勇気だった。


「ありえない。沙織が俺に何も言わずにどこかへ行くわけがない! ましてや、あんなガキについていったなんて」


 怒りを抑え込むように拳を握る勇気。そんな勇気を見てクリスティーヌは一瞬気にくわないというように顔をしかめたが、すぐに悲し気な顔を浮かべ、勇気の手を握った。


「ユウキ様がそうおっしゃるのなら、そうかもしれませんわね」

「ああ、きっとあのガキが沙織を攫ったんだ。絶対に許さねえ」


 どうやら勇気の中では一つの仮説が出来上がってしまったらしい。

 しかし、そこにアメリアが横やりを入れる。


「落ち着いてください」


 じっと勇気を見つめる。無表情のアメリアはまるで精巧な人形のようだ。聖女特有の金色の瞳は心の中まで見透かしてきそうで勇気は堪らず視線を逸らした。

 皆が黙っている中、アメリアは言葉を続ける。


「今わかっている事実は一つだけですわ。『レンとサオリが消えた』ただ、それだけ。憶測を語るには早すぎる」


 反論したい様子の者達もいたが、アメリアの言っていることは間違っていないので黙るしかない。誰も反論しないのを見て、アメリアはニッコリ微笑んだ。


「ひとまず、二人が失踪したことは公表せずに内密に捜索しましょう。そのうちひょっこり顔を出すかもしれないでしょう?」


 先程までの深刻さは消え、楽観視しているようにさえ聞こえる口調。

 確かにその策が今の段階ではいいのかもしれない。けれど、万が一何かあったら……と思うと簡単には賛同できない。と、複雑な表情を浮かべる面々。

 けれど、意外にもクリスティーヌがアメリアの提案を支持した。


「ええ、そうですわね。彼らがいなくとも特に問題はありませんし」

「でもっ!」


 焦ったように反論しようとした勇気に待ったをかける。


「ユウキ様。捜索自体は続けるのですから、きっと大丈夫ですわ。ねえ、トビアス?」

「もちろんです。二人が消えたのは総指揮を任されていた私の責任でもありますので、全力で捜索にあたらせてもらいます」

「よろしくね。ユウキ様、大丈夫。きっと、すぐ見つかりますわ。ね?」


 そう言って、クリスティーヌは慰めるように握った手に力を入れる。勇気はその手を握り返して頷いた。

 アメリアはそんな二人を白けた目で見つめていたが、黙ってバルドゥルに視線を移す。

 バルドゥルは何とも言えない顔で深く息を吐くと言った。


「ひとまず、アメリアとクリスティーヌの意見を採用するとしよう。対外的にはレンとサオリ様は今まで通り教会にいることにする。第三部隊には極秘任務として二人の捜索を命じる。他の者達は決してこのことを誰にもバラさないように」

「はっ」


 緊急会議が終わり、クリスティーヌは勇気と共に出て行く。どうやら、もう実の父親の前でも隠すつもりはないらしい。次々と人が出て行き、アメリアも退出する。バルドゥルの方はチラリとも見なかった。慣れているとはいえ、『世の女性を皆愛している』と公言しているバルドゥルとしては苦笑するしかない。いつまで経っても正妃との距離は縮まりそうにない。


 部屋の中に残されたのはバルドゥル、ベンノ、ギュンター、マンフレート……まあいつものメンバーだ。

 バルドゥルが相好を崩して呻き声を上げる。


「ねえ~あの二人絶対出来てるよね~」

「おまえ、今気になるのがそこかよ。もっと他にあるだろう?!」

「言いたいことはわかるけどさ~親としては複雑な気分なんだよ~……あの浮かれよう……大丈夫かなあ」

「さすがにあいつだって自分の立場はわかっているだろう。まさか、この曖昧な状況下で一線は超えないさ」

「うーん」


 マンフレートの言葉に中々頷けない様子のバルドゥル。ベンノがフンッと鼻で笑い、冷たく言い放つ。


「自分の子供だからこそ、信用ならないんでしょう」

「ああ……なるほど。確かにマルクスもだしな」

「うぐぐ。とにかく! レン達を早く見つけないとだね!」


 ――――あの二人が暴走する前に。


 という言葉を呑み込んでバルドゥルは話を纏めようとした……のだが、ずっと黙っていたギュンターが思いもよらないことを呟く。


「私としてはユウキ様を推したいところですけどねえ」


「は?」と固まる面々。ギュンターの独特な思考を誰よりも理解しているベンノがいちはやくその言葉の意味に辿り着いた。溜息を吐き、睨みつける。

「ユウキ様はあなたの知識欲を満たす玩具じゃないんですよ」

「……ふふ」

「わらってごまかすな!」


 無意味な言い争いが行われる中、バルドゥルはやれやれと頭を振る。

 ――――いっそのこと、ユウキが本当に勇者なら……。

 そんなことをつい考えてしまった。

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