暴れウォシュレット小説大賞

【出題】

暴れウォシュレットと対峙したときの物語を募集します。

ルール:

必ず文中に"暴れウォシュレット"という単語を登場させること(姫路りしゅうさんより出題)




「暴れウォシュレット?」

「そう! 出るんだって!」


 たくちゃんが元々大きな目をさらに大きくさせて、くりくりと動かしながらみんなの顔を見る。夏休みもまだ半ば。日に焼けた肌は家族でハワイに行ったから、だそうだ。

 夏の夜、花火でひとしきり遊んだ僕らは、帰るでもなく公園でだらだらとお喋りを続けていた。クラスで仲がいい男子三人組と、仲の良いらしい三人の女子。女子となんか普段遊んだりしないんだけど、たくちゃんのお姉さんとクラスメートの宮野が同じピアノ教室に通ってて、それで交流があるらしくて、どうやらそこから今日花火をするって計画が伝わった。それで、集合場所の公園にいってみたら、女子のグループも姿を現したのだった。


 追加の花火セットを持って現れた女子たちを、追い返すための言葉を僕たちは用意していなかった。しかもスイカだ。

「お母さんが、差し入れだって」

 彩子がそんな風に言いながら大きなタッパーに入ったカットスイカを見せてきて、そうなるともう、歓迎以外に選択肢が見当たらない。

 打ち上げ花火と手持ち花火をやって、線香花火をしながらスイカを食べて、自販機で買った冷たい缶ジュースを飲む。

 これで今夜の予定は終了のはずなのに、なんだか名残惜しく感じるのは夏休みのせいか。久しぶりに会った彩子が新しいシュシュを付けていたせいなのか、僕にはまだよくわからない。けれど、気持ちが尾を引いているのは確かだった。


 そんなこんなで冒頭のたくちゃんの話に場面は戻るわけだけど。

「でもさぁ、例えばトイレの花子さんとかならわかるよ? ウォシュレットってなによ」

 宮野が口を尖らせる。

「ウォシュレットはあれでしょ、尻を洗う」

「じゃあ暴れって? 暴れるの?」

「わかんないよ!」

「見に行くか!」

「えー、やだー」

「……あー、怖いんだな?」

「そういうことじゃなくって!」

 雲行きが怪しくなってきたぞ、と察知する間もなく話がまとまってしまったのは、きっとみんな心のどこかで期待していたのだ。だって、幽霊とかじゃなくてウォシュレット。なんか、変だろう。そんなの確かめてみなくちゃ夏休みじゃない。

 そうやって僕らは夜の校舎に忍び込むことになった。

 ペアで北棟四階の男子トイレの個室を見て帰ってくる事に決まって、グーチョキパーで組み合わせを作る。僕のパートナーは彩子で、口うるさい宮野や、噂好きの比奈乃じゃなくて良かったと思う。

「姫川がペアで良かったぁ」

 だから彩子が小さな声でそう言った時、僕も彩子で良かったと言うタイミングをなぜだか掴めなくて、それがすごく不思議な気がした。さっきまで思ってたことが口から出ないなんて、そんな事あるのかって。


 僕らは一組ずつ間隔を空けながら校舎の中を進む。特に何もなく、無事に北棟四階の男子トイレまで辿り着くことができた。

 問題はここからだ。暴れウォシュレットとやらを確認するってことは、個室を覗かなければならない。

「姫川ぁ、ほんとに見るの?」

「見るだろ。だって、約束したし」

「……怖くない?」

「は? 彩子も怖いなんて思うんだ」

 いつも周りのみんなより落ち着いててしっかり者の彩子が、暴れウォシュレットを怖がるなんて、何だか新鮮だ。

「ちょっとぉ〜」

 少し不貞腐れた声を出すのも、困ったような顔をするのも、初めて見たかも知れない。

 そんなふわふわした気持ちで僕は、ふたつある個室のうちひとつを覗き込んだ。ウォシュレットは付いていそうだけど、特に暴れるような感じはしない。

「大丈夫っぽいよ?」

 言いながら隣の個室を覗く。入り口付近で立ち止まって様子を伺っていた彩子が「ひとりでいる方が怖い」なんて言いながらやって来て、個室を覗き込んだその時だった。

 ヴヴヴ……と何かが鳴った。

「いま何か音が」

 そう言った彩子が僕のTシャツの裾を掴もうとして、掴み損ねて前屈みになる。

「きゃっ!」

 しゃがみ込んだ彩子を見て、何かが起こったことを知る。

「どうした? 大丈夫?」

 ヴヴヴ……

「うわっ!」

「やだっ、なにこれ!?」

 大変だ、何かが僕らに向けて飛んできている。僕はとっさに彩子の前に出た。途端によくわからない液体があちこちにかかり始めて驚く。

「ちょっと姫川! 危ない!」

 僕と彩子はお互いの体を引っ張り合い、押し合いながらそこから離れようとした。どうやらウォシュレットの攻撃は連続できずに少しだけインターバルが空くみたいだ。それに気付いた僕は彩子を先に逃がそうと背中を押した。

「早く! 彩子だけでも先に!」

「イヤ! 姫川と一緒がいい!」

 ヴヴヴ……

 えっ! と一瞬衝撃を受けた僕だったけれど、ウォシュレットが今にも次の攻撃をしようとしているのが分かる。とにかく、ここを出なくちゃ!

「彩子、こっち!」

 怖さのせいで立ち上がれなくなったらしい彩子を、僕は全力で抱えた。彩子が僕にしがみ付くように腕を回してきて、うちのと違うシャンプーの甘い香りが鼻をくすぐる。よくわからない感情とパワーが湧く。それに任せて彩子を引き摺り気味に移動して、男子トイレから転がるように逃げ出した。

「姫川ぁ……」

「……もう、大丈夫だよ」

 彩子は泣いていて、僕は安心させるようにゆっくりと、優しくその頭を撫でてみた。



 北棟四階男子トイレの暴れウォシュレットは実は縁結びの神なのだ……とは、比奈乃によって夏休み明けの学校中に広められた噂話なんだけど。

 それの由来は知らないってことにしておこう。僕と彩子はそう決めて、顔を見合わせてにっこりと笑い合った。

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