手錠で繋がる絆(8)

 頭が痛い状態で更に誰かに怒鳴られる。


「おおい! 道路の真ん中で立ち止まってんじゃねえぞ!」


 馬がカッポカッポ走り去っていく音も頭に鳴り響く。それからハッとして、気が付いた。

 馬車が西洋風のレンガでできた街を歩いている。つまるところ、また僕は異世界転移してしまったのだと。ただ目の前にいるのは美少女ではない。

 鎧をまとったむさくるしい男だ。何だか鈴岡刑事や大次郎探偵を想起させる。そんなおっさんが僕を睨んでいる。


「怪しいな……」


 僕からしたら怪しいのは貴方です。なんて言い訳は通用しないだろう。この方が衛兵だったら、刑務所的な場所にしょっ引かれるのは僕である。

 身分証も何も持っていない。どんな魔法を使えるかも分からない。僕だったら、こんな奴、街に入れたくない。

 どうしようか。自分に入れたくなるような要素はないかと考えるも、名案は思い浮かばない。どうにもならないこの状況。


「ええとええと……」

「この街のものじゃないな。何しに来た」


 何しに来たと言われましても。

 最上級の圧迫面接に対し、何も言えなくなっている最中だった。


「あっ、ちょっとちょっと、うちの彼氏に何やってるの!?」

「えっ!? あっ!? メアさん!?」


 聞き覚えのある声が後ろから。知っている名前が男の口から飛んできた。


「うちの彼氏のサインに何絡んでるの?」

「し、失礼しました。メアさんのお客さんだとは……」

「まっ、身分証とかたぶん持ってないから怪しいってのは否定できないから仕方ないけど。お疲れ様」

「メアさんの方こそ!」


 男がそそくさと去っていく。カシャンカシャンと妙に騒がしい音が街中に響くと同時に赤髪の優しそうな少女の顔がばぁと現れた。

 メア・リリー。以前、異世界に来て何も分からなかった僕を助けてくれた少女だ。

 知っている顔に会えてホッとする・タイミングを同じくして「彼氏」との言葉も蘇った。


「って、彼氏!?」

「それ以外に色々言うと面倒臭いんだもーん! 彼氏とか結婚相手って言った方が根彫り深掘り聞かれなくて済むでしょ!」

「確かに!」


 いや、しかしとも思う。この異世界。魔物がいるのだからギルドなども存在するのではないだろうか。となると、必然的にパーティメンバーだとかと紹介すれば良いのではなかろうか。遠くから募った仲間を招待した、だとか。

 疑問に思うも、自分の細い腕と先程の衛兵の体付きを比較して納得した。僕が魔物とどう闘い合うのか、と。

 メアは僕のことを聞いてきた。


「で、今回はどうしてこっちに来たの?」

「それは僕が知りたいことなんだよね。何か酷い目に遭うと、異世界転移するみたい……いや、転生したとかではないと思いたいけど……」

「た、大変なんだね。で、帰る方法も、いつ帰るのかも分かんないと」

「そうそう」


 頷いていると、彼女は僕が浮かない顔だったのか心配してくれた。


「で、前もそうだったけど、何があったの?」

「えっ?」

「前の時も同じ。最後は凄い明るい顔になってたけど、今回も何か悩みがあったから異世界に連れてこられたのかも、だね」

「そんな顔に出てたか……」


 絶対理由は一つに決まっている。悩み事。それは事件のことだろう。僕は彼女に事件の謎を解いていることを話した。不安がられるのは嫌だから、自殺した人物は自分とは関係のない人物であるなどと色々脚色を付けてはみる。

 しかし、彼女には話が難しかったのか、ちんぷんかんぷんそう。目を回し始めていた。


「えっ? 自殺? えっ!? ええと、ええと……最後には『犯人は貴方です!』みたいなこと言うの?」


 どうやら皮肉にも僕が探偵というところだけは伝わったらしい。


「いや、首吊りだし、自殺で間違いない状況だよ。今回の論点は誰か、じゃなくって、どうして亡くなったのかを知りたいんだ」

「自殺の理由ってこと……?」

「うん。このままだと、自分の好きなものが自殺の理由にされそうで怖いんだよ……。漫画が人に悪影響を及ぼしたとか、そう決め付けられるのが凄い嫌で……だから、いやいや探偵をやってる訳なんだけどね」


 彼女はやっと理解してくれたのか。頭の中をつんつんと触ってじっとしてから、僕に告げる。


「でも凄いと思うな」

「えっ?」

「自分の好きなものを守るために頑張るの。好きなもののために自分の気持ちを貫こうって、意外と難しいんだよ。体力とか気力とか。絶対苦手なことをしなくちゃいけないことも出てくると思う。でも、君はそれをやろうとしてるんだよね」

「……ありがとう。頑張ってみるよ」


 何だか少し照れ臭くて、彼女の顔を正面から見れなくなっていた。何だか笑顔が眩しい。

 「さて」と声がすると、今度は彼女が自己紹介をしてきた。


「で、わたしのことも言わなくちゃね! いつ元の世界に戻っちゃうか分からないし! メアってことは教えたよね」

「メアさん、だよね」

「もっと馴れ馴れしく! 敬称なんて必要なし!」

「メアでいいかな」

「OK! で、わたしは回復や戦闘補助の魔法を使ってる魔法使いなんだ!」


 回復の方は前に見せてもらったから、分かる。ただ戦闘補助などについてはあまりピンと来ない。

 いや、今は事件のことを考えるため、そちらの理解に脳のエネルギーを使う訳にもいかないのだが。できれば、事件とは関係のない時に彼女に出会いたかったところだ。

 ただ事件のことばかり考えていても疲れてしまう。一旦、休憩をさせてもらうのもありだろうか。口はそう判断したのか、動いていた。


「戦闘補助? 色々あるけど……」

「わたしが一番得意としてるのは……! うちの家に来てやってみようか」

「い、家か……」


 女子の家に入る。しおら以外の部屋を見るのは初めてだから、少々緊張はするが。好奇心もあった。

 しかし、その期待は裏切られる。

 体全身を震わせるような叫び声がした。


「サイクロプスが出やがった! 戦闘できる者は、裏門に来い!」


 あの衛兵の声も混じっていた。密かに聞こえる地を震わせる恐ろし気な足音。

 とんでもない魔物が街を狙っているのだろうか。

 メアは突如、真剣な顔つきを見せてきた。


「ごめん! 闘いに行かなきゃ! サインくんはここで待ってて!」

「だ、大丈夫なの!?」


 欲しかったのは「大丈夫」との言葉。何とかサイクロプスを止められるのか。彼女は何も言わずに飛び出していく。

 だから、僕は無意識に追ってしまった。戦えるはずもないのに、その身を危険に投じてしまった。

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