第7話 回想:桑田と鮎田、そして猫と袋

 異端集団の巫術によるハロウインの陰謀の被害者は3人。


 「とある理由」により、恋人高橋とその浮気相手烏池が異世界に「厄介払い」した鈴木。

 巻き込まれた鮎田。


 巫術の使い手の傀儡かいらいとして自分の意思と関係なく操られた桑田。


 桑田は、真の加害者である高橋と烏池と一緒に、鮎田と鈴木よりあとに白い部屋に来た。

白い部屋の主が、鈴木が持っていた媒質器具と呼ばれる道具を使って召喚した。その媒質器具は、実は高橋から贈られた指輪で、後に真実を知った鈴木には無用の長物となった。

 主によると、クズ浮気男が巫術のために作ったその道具には欠陥があったため、それに乗じ術をかけたそうだ。鮎田と鈴木にはクズ男女のその他の情報は知らされず、会うこともなかった。


 傀儡にされた桑田は、薬物と巫術の副作用で重篤な障害を負った。


 ***


 凪海浦大学にはいわゆる「学部」がない。教養課程の2年間はさまざまな専攻に進む者たちが一緒に学ぶ。

 専攻に所属する前、大学二年のおわりまで、桑田と鮎田は一緒に行動する機会が多かった。

 よく隣同士に並んでいた。

 座っていた。

 コーヒーを飲んでいた。

 立ち尽くしていた。

 移動していた。


 あっさりした付き合いしかしてこなかったが、鮎田にとって桑田は友達だった。


 たとえば、大学一年生、少し肌寒くなった秋の日のことだった。鮎田は、同級生たちと一緒に、遅めの昼ごはんを食べるため「高い方の学食」に行った。桑田もその中にいた。

 鮎田たちはその日の午前中、教養課程科目「行政法A」のレポート準備のため、他の同級生たちと一緒に準備をしていた。ついつい時間を忘れて熱中してしまったのだ。


「やべっ、安い方の学食、閉店時間、過ぎてるよ」

「かなり腹ぺこ……」


 男女混合の7人グループは顔を見合わせた。18歳から20歳。夢中で勉強に熱中したあとで、空腹で目がくらむような気持ちだった。

 鮎田はふと思い出した。今日集まるために借りた小教室は、初めて来た校舎にある。いつも授業を受けている校舎より、気になっていたあの食堂に近い。


「この校舎、ホテルに近いよね。高い方の学食、行ってみない?」

「マジ? 俺行ったことないよ。鮎田くんは?」

「僕もないけど……」


 高台に位置する殺風景な大学の敷地のはずれ、唯一美しい海が垣間見える場所に「凪海浦産学ホテル」がある。大手ホテルチェーンが参画した産学連携プロジェクトだ。


 行き届いた伝統的なサービスと、学生や若手研究者の視点からの斬新な改革がうまく調和して、人気がある。


 連邦凪海浦大学では、産学連携の取り組みが盛んだった。

 クズ……高橋の所属していた媒質器具専攻も、基礎理論のみならず、産学連携……実際の商いを体験して学べた。


 商いの実践の学びで高評価を得たことは、職人高橋の慢心に繋がったのではないかと鮎田は思っている。なお、桑田は鈴木や畑中と一緒の高校の出身で、剣道用の媒質器具について助言を受けたことがあると話していた。


 話が逸れた。今は「高い方の学食」の話をしよう。

 

 ホテル1階にある広い食事スペースでは、朝はビュッフェ式の食事が供され、夜はカジュアルな宴会場にもなる。

 そして昼から夕方にかけ、1階は「海望凪茶館かいぼうなぎちゃかん」というカフェになる。


 この海望凪茶館は2つに区切られている。


 海が見える瀟洒なしつらえの席では、それなりのお値段のホテルランチやスイーツを楽しめる。

 一方で、学生証を提示して、海望凪茶館に入ると、地味な席に案内される。そして、学生向けの食事や喫茶メニューが提供される。値段は学生向けだが、質は高い。そのように聞いていた。


 海の見えない殺風景な立地で機能一辺倒な内装の「安い方の学食」に比べると、海望凪茶館の食事は高い。慎ましい学生生活の家計費のやりくりを考えると、気軽には行けない。


 ***


 鮎田は、端末を取り出した。海望凪茶館の学生用メニューを表示して、他の同級生と一緒に覗き込んだ。


「うーん。毎日は無理だけど、たまになら、いいかな」

「私、ハムカツサンドにする」

「あー、美味しいらしいよね」


 海望凪茶館の一般メニューでは肉汁豊かな豚カツサンドが楽しめる。

 一方、何年か前、学生が提案した「ハムカツサンド」は、低コストなのに、ホテルの料理人の技術と才気が活かされている。安くてボリュームがあり、美味しい名物料理とのことだ。


 7人は意気揚々と「高い方の学食」を目指した。


 学生スペースには賑やかな先客がいた。


「あ、畑中さんだ」


 神崎がつぶやいてから、女子の群れへ挨拶に行く。


 教養課程の必修科目「超現象研究A」で鮎田たちと一緒のクラスである畑中と鈴木が、他の見覚えのある女子学生と一緒にコーヒーといろとりどりの甘いものを楽しんでいた。畑中とひそひそ声で軽口を叩き合ってから、神崎は戻ってくる。

 鮎田たちは軽く会釈だけして、席について注文した。


 鮎田は視力と聴力が優れているらしい。そして、すぐ近くに、入学以来気になっている憧れの鈴木がいる。


 女子学生たちは華やかにはしゃいでいた。抑えた声だが、聞き取れた。


「あーーでもさっ! ずっとやきもきしてたからさ! よかった! ついに高橋先輩とつきあうことになって」

「そうそう! がんばったね!」


 背中をバンバンたたかれて照れ笑いする鈴木。


「ありがとう、みんなが応援してくれたからだよ」

「ふふふ、かんぱーい!」

「かんぱい!」


 コーヒーカップがカチャカチャと音を立て、笑い声が響く。鮎田たちの席のひとたちも思わず注目した。


「何かお祝いごとなのかな?」


 そう言った同級生に、神崎くんが訳知り顔で言った。

「畑中さんからさっき聞いた。畑中さんたちのやってた縁結び、うまくいったんだって」

「え、何々?」


 ハムカツサンドは、薄いハムを包むパリッとした衣にちょうど良くソースがしみて、ピリッと和辛子か効いて、美味しかった。

 セットのコーヒーも芳醇な香りと雑味のない品の良さがたまらない。


 鮎田は隣に座る桑田、重いまぶたの下の細い目が無表情な桑田の中で、何かが動くのを感じた。高校時代の事故で残ったという斜めの傷が額や口角にうっすら見える。

 鮎田が今感じているのと同じような複雑な諦めの匂いのこもった気配が動く。


 ――あれ、もしかして、桑田くんも……いや、これは言ってはいけないな。


 神崎は冗舌に話している。おそらく、畑中に「鮎田たち」のような男を諦めさせる工作員に予め任命されていたのだろう。

 ――余計なお世話。だけれど、そうだな、諦めるなら早いほうがいいか。


 ***

 

 それから3年後、白い部屋に来た桑田は心身ともに危険な状態。異端の薬を長期間投与され、良からぬ巫術もかけられていた。治療専門の亜空間内の場所「青い部屋」に移され、青い部屋の主(猫)の治療を受け、危険な状態を脱した。

 そう、白い部屋の主は袋。青い部屋の主は猫。


 桑田は青い部屋の主――「ネコ」と呼ぶよう指示があった――による奇妙な治療を受け続けた。

 麻薬と魔術の後遺症が改善するまで、泥土に埋める治療をすると説明を受けた。


 効き目があったらしく、やがて鮎田の厳しく面倒臭い教育の一部に桑田は同席した。耳は聞こえ、目は見え、見聞きし読んだことは理解できるらしい。

 桑田を包む泥はだんだん量が減っていった。


 亜空間の青い部屋で桑田と同席した勇者訓練の初日、鮎田の指導者である白い部屋の主が唐突に言った。


「では、次に、高橋のことを話す」


 鮎田は面食らった。


 ――主に呼び捨てにされるレベルで極悪人認定されている高橋の強い力?


---


次、第8話 回想:勇者と先輩


2023-10-01 改行を増やしました。誤字(敬称ルールの揺らぎ)を訂正。学食に関する説明を修正しました。

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