第27話 アパナ聖殿
目に飛び込んでくる炎のまばゆさに私はまぶたを
樹海の奥でほのかに見える松明の炎が、時折木々の隙間から
木々も夜空も星々も、瞳に捉える全てが朱色に染まり、静まり返った森は熱を帯びたように歪んでいた。冴えた夜風に眼球が晒されるたびに炎を受け、揺れる光を瞳に宿した。
徐々に高まる心拍音が
寒空の下で持久走をした後のように顎が上を向き、体内に溜まった熱を空気中に弾ませるとたちまち
樹海の上に荘厳と佇む聖殿へと視線が吸い込まれる。不自然な箇所で途切れた右足の影が波紋のように揺れ動いており、聖殿内で私の身に降りかかった
例えば、
私は今すぐに運命の呪縛から
私は次第に状況を把握してゆき、冷静さと引き換えに顔から表情が抜け落ちた。生気のない瞳でただ、森の奥で
「中学生の頃に頭を打って大量の鼻血を出したことがあるんです」
私はどうして昔の記憶を思い出してしまったのか分からなかったが、止めどなく溢れる感情の
「両手の受け皿にしても溢れだしてしまう程の出血でした。
アパナ聖殿にトラウマがある私を
「私の意識が幽体離脱したかのように客観的になって、その時に漠然と思いました。血の匂いってこんな感じなんだなぁって」
ここまで過去を振り返って、私はなぜ突如として記憶を思い出すに至ったかを理解した。
「知ってますか?数日前に合ったばかりの同級生の死体の匂いを。私が体験したような血の匂いじゃなかったんです。アンモニアと腐敗臭がしたんです。ブレザーは脱いだのに、何度も手を洗った筈なのに、体に彼らの匂いが染みついて離れないんです。匂いが鼻先まで漂ってくると、あの時の湿り気の正体が、
冷めた口調で彼らに質問を投げかけた。
「どうしてアパナ聖殿なんかに戻って来たんですか?」
一、二秒の沈黙の
「それは結界内が一番安全だからじゃないっすか?」
「安全?もし本当に安全なら、同級生は異世界に召喚されることも、魔獣に殺されることもなかったですよ!」
私の喉元から突き上がってくる冷たい熱の塊が口元から零れた。
ここは安全とは程遠い所だ。安全が保障されているなら同級生が殺されることも、私たちを召喚した黒幕が結界内に侵入することもなかった筈だ。侵入できないとされている所に侵入された時点でこの場所の安全性は消失してしまっている。
彼はこれといって感情の
私は再び目線をアパナ聖殿に戻す。眼前に映るアパナ聖殿を眺めていると、あの日の記憶が、醜悪な匂いまでもが鮮明に思い起こされる。聖殿の内部は一寸先すらも見えない暗闇であったため、目の前に映る建造物が私のいた場所であるかは分からない筈だが、出口を探すために這いずり回っていた感覚がアパナ聖殿であると告げている。
私はストレスを抑圧する癖があるようだ。わざと自分の欲求とは反対の行動を取っていた。だから私はアパナ聖殿に目を逸らすことができないのだろう。じっと下唇を噛み締めながら猛然と眺めていた。
口内に鉄の味が滲む。ただ、痛みだけが苦痛を和らげてくれた。
私は幼少期から周囲の人達に助けられてばかりだった。
中学生時代である。私は苛められていた。深刻ないじめではなかったものの、中学時代の生活は窮屈であった。その時に私を救ってくれたのが
「どうして生き残ってしまったんだ」
取り柄のない私がクラスメイトを差し置いて生き残ってしまった理由が分からなかった。前髪を鷲掴みにするように頭を抱えた。
しばらく考える仕草をしていたダンテはこちらへと向き直った。
「それって君の本心っすか?本当に生き残ったことを後悔しているんですか」
「私なんかよりも別の人に生きて貰った方が有意義でしょう?」
今の私がどんな表情をしているか自分では分からないが、多分口元が引きつるだけの笑顔もどきで終わっているのだろう。熱された鉄が急速に冷まされるように、彼の瞳が酷く
「いいやそんなことはないぞアザ――」
「うじうじと
グラフィの声はダンテによって遮られた。
「――はぁ……、君には失望しました」
彼の発言に理解ができなかった。いいや、言葉を理解へ行きつく途中で思考が理解を拒んでいた。ただ、「失望した」という音に反射して彼の方へと視線を向けた、ただそれだけだった。
ダンテの腰辺りで何かが輝いた。そう認識した途端に彼の剣が私の首筋を掠めていた。
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