マギウス・アーティファクト -英国魔法道具物語-

如月にがつ

Episode.01 蒼き妖精眼 -Lapis Lazuli- (アルト♂配役ver)

<台本概要>

【台本名】

 マギウス・アーティファクト -英国魔法道具物語-

 Episode01.蒼き妖精眼 -Lapis Lazuli- (アルト ♂配役ver.)


【作品情報】

 ジャンル:魔法ファンタジー

 男女比 男:女:不問=3:2:1(総勢:6名)

 上演時間 50~55分


<登場人物>

アルト・クナギリ Aruto=Kunagiri ※この台本では♂配役となります。

 性別:男性、年齢:19歳、台本表記:アルト

 本作品の主人公で、日本人の父親とイギリス人の母親を持つハーフ。

 母親の姓で名乗る場合は「アルトリウム・エムリス(Artorium Emrys)」。

 性格は温厚で優しく人情深く、他人が傷つけられるのを何よりも嫌う。

 中性的な容姿で、時折女性と間違えられる。


シオン・ティールグリーン Sion=Tealgreen

 性別:女性、年齢:17歳、台本表記:シオン

 本作品のもうひとりの主人公であり、ヒロインでもある魔法使い。

 女王陛下から政府や警察が対処出来ない魔法使い関連の事件を

 任させた組織『時計塔とけいとう騎士団きしだん』を統括とうかつしている。

 良家りょうけ令嬢れいじょうではあるが、本性ほんしょう尊大そんだいかつサディストで他人の

 困る様が好き。


ニニアン・クナギリ=エムリス Ninian Kunagiri=Emrys

 性別:女性、享年:30歳、台本表記:ニニアン

 アルトの母親で、彼が幼い頃に事故で亡くなっている。

 彼女から届いた突然の手紙がアルトの元に届いたことで、

 アルトはイギリスへ向かう。


フィアンマ Fiamma

 性別:女性、年齢;見た目は10代後半、台本表記:フィアンマ

 ニニアンにかつて仕えていた妖精で、リトアニアの家事妖精ブラウニー

 ガヴィージャの子。

 炎を扱う魔法を得意とするが、怒ると制御出来ない時がある。

 ニニアンの命でロンドンにある彼女の家で、アルトが来るのを待っていた。


カルタフィルス Cartaphilus

 性別:男性、年齢:見た目は20代後半~30代前半

 台本表記:カルタフィルス

 マジスターと呼ばれる謎の男性の命令でアルトを襲撃しゅうげきする。

 使い魔としてブラッグドッグのグリムがいるが、奴隷どれいのようにしいたげている。

 正体は、3世紀にヨーロッパで伝説が広まり始めた神話上の不死の男である

 「さまよえるユダヤ人(Wandering Jew)」。


グリム Grim ※性別不問キャラです。少年ボイスを出せる方推奨。

 性別:男性、年齢:見た目は10代後半

 カルタフィルスの使い魔である妖精で、イギリス全土に伝わる黒い犬

 の姿をした不吉ふきつな妖精「ブラックドッグ」。

 カルタフィルスに奴隷どれいの如く酷使こくしされているが、

 反抗せずに忠実に従っている。


オベロン Oberon

 性別:男性、年齢:見た目は20代後半、台本表記:オベロン

 アルトの夢の中に現れた青年で、自身の事を【妖精王ようせいおう】を称する謎の青年。


マジスター Magister/■■■■■■ ■■■■■

 性別:男性、年齢:見た目は20代後半、台本表記:マジスター

 カルタフィルスにアルトの殺害を命じた謎の男性。

 ふざけた言動や行動をとるが、その裏で何か企む素振りを見せる。



<用語説明>

マギウス・アーティファクト Magius Artifact

 制作者不明の魔法道具であり、人類史より前の神代しんだいの時代に

 創られたと云われている。

 持ち主にその道具が持つ魔法の力を授ける事ができ、

 例え非魔法使いの人間であっても使用することが出来る。

 モノによっては例外的なモノも存在する。


時計塔の騎士団(とけいとう-の-きしだん)

 シオン・ティールグリーンが団長を務める、魔法使いたちの秘密結社ひみつけっしゃ

 政府や警察が対処できない魔法使い関連の事件を取り扱い、女王陛下に

 よって創設されたことで「女王陛下の懐刀(ふところがたな)」とも

 呼ばれている。

 騎士団の本部は、ウェストミンスター宮殿内の秘密部屋。


妖精眼(ようせいがん)

 『魔法道具』の一種ではない。

  魔術の気配・魔力・実体を持つ前の幻想種などを把握でき、ヒトであれば

  嘘をついているかどうか見抜くことが出来る。

  しかし『魔法使い』たちは自身の腹の内が暴かれることを何よりも

  嫌うため、有効ではない事が多い。

  基本は「人間が持つことは出来ず、妖精でないと持つことが出来ない」。

  また『妖精眼』の中でもランク付けされており、特に『蒼の妖精眼ラピス・ラズリ』は

  最上位に位置されている。



<配役表テンプレート>

台本名:マギウス・アーティファクト

    Episode01.蒼き妖精眼 -Lapislazuli- (アルト ♂配役ver.)

URL

https://kakuyomu.jp/works/16817330661662232096/episodes/16817330661663061385


 アルト・クナギリ:

 シオン・ティールグリーン:

 フィアンマ/ニニアン・クナギリ=エムリス:

 グリム:

 カルタフィルス:

 オベロン/マジスター:


----------------キリトリ線----------------

※台詞検索にお役立てください。

☆:アルト、青年(♂)

〇:シオン、アナウンス(♀)

△:フィアンマ、ニニアン(♀)

▽:グリム(不問)

□:カルタフィルス、運転手(♂)

◇:オベロン、マジスター(♂)



<台本本編>

【アバンタイトル】


☆アルト:ここは……


▽グリムN:アルトは気付くと、自分が何処どこか知らない場所にいる

      ことに気付いた。

      見たことがないいろどゆたかな花が、水平線すいへいせん彼方かなたまで咲き誇り、

      ちゅうに浮かぶ神殿しんでんのような建造物けんぞうぶつ

      に映る光景が、現実離れしたモノなのは明らかだった。


◇オベロン:驚いたかい?


▽グリムN:声がした方向に振り向くと

      ――おだやかなみを浮かべる、ひとりの男性。


◇オベロン:うんうん! その顔を見たかった!!

      初めまして、アルト・クナギリ

      ――いや、アルトリウム・エムリスのほうがいいかな?


☆アルト:どうして知って――


◇オベロン:しっー!


☆アルト:……!


◇オベロン:キミは此処ここで声をあげてはいけない。

      〝彼ら〟が集まって来てしまうから、いいね?


☆アルト:(※忠告に素直に従い、声を出さずに頷く)


◇オベロン:賢明けんめいな判断に感謝するよ。

      シェイクスピアも言っていたからね。

      ――「賢明けんめいに、そしてゆっくりと」

      ――「速く走る者たちは、つまずきますからな」

      さて、ここからは真面目まじめになる時間だ。


▽グリムN:そう言って、先程さきほどとは一転いってんして真面目まじめな顔へと変わる。

      不思議な雰囲気ふんいきだったのが、どこか威厳いげんを感じさせるような

      王者の風格ふうかくがあった。


◇オベロン:なんじが視る光景は、やがて訪れるであろう未来の世界。

      しかし、此処ここに到達するのは時期尚早じきしょうそう

      世界の真実を知り、そしておのが運命を切りひらく仲間

      に出会うまでは。

      ――とまあ、簡単に言うと「キミは世界を知らなさすぎる」と

      いうことさ。


▽グリムN:そして、再び優しいみへと戻る。

      あまりの雰囲気ふんいきの変わりように、アルトは困惑こんわくした表情ひょうじょう

      を浮かべた。


◇オベロン:あはは! 本当に、彼にそっくりだ!!

      親子と言うのはここまで似てしまうモノなのか!!

      若き日の父君ちちぎみを思い出すよ。

      でも、そのひとみは……うん、母親と同じあおひとみだ。


☆アルト:えっ……?


◇オベロン:おっと! いけない、いけない!

      うっかりと色々としゃべってしまうところだった。

      物語のネタバレなんて野暮やぼなことは無いからね。

      さて、そろそろ夢が終わる時間だ。

      目を覚めす前に、僕の名前をげておこう。

      ――僕の名前はオベロン、【妖精王ようせいおう】オベロンだ。

      異邦いほうの旅人よ、歓迎かんげいするよ。

      ようこそ、現代もなお残る神秘しんぴ領域りょういきへ――



(間)



☆アルト:んっ……あれ? 今のって――


〇アナウンス:当機は、ただいまからおよそ15分でロンドン・ヒースロー空港

       に着陸する予定でございます。

       ただいまの時刻は午前9時30分、天気は晴れ、気温は20度

       でございます。

       着陸に備えまして、お手荷物は離陸時と同じように――


☆アルト:夢、だったんだ……それにしても不思議な夢だった……

     これが来てから不思議な事が起きているような気がする……


▽グリムN: アルト・クナギリは〝ある目的〟を以てこの国を、イギリス

      を訪れた。

      それは一通の便箋びんせんがきっかけだった。

      本来ならば届くはずのない、くなった母親からの。

      それに導かれて、彼の運命は大きく流転する。


☆アルト:マギウス・アーティファクト


〇シオン:エピソード1、あお妖精眼ようせいがん、ラピス・ラズリ。



【シーン01】


▽グリムN:ロンドン中心部にあるウェストミンスター。

      テムズ河畔かはんそびえ立つ、英国の国会議事堂、

      ウエストミンスター宮殿。

      宮殿きゅうでん内のとある一室いっしつにて、ひとりの少女が上機嫌じょうきげん

      誰かと通話していた。


〇シオン:そうか……ついに彼がやって来たんだね。

     うん、もちろんだよ。

     予定通り、私ひとりで会いに行くさ。

     おやおや~?

     可憐かれんいとおしい妹が危険な目に

     うんじゃないかと心配なのかい?

     兄上殿は優しくて心配性しんぱいしょうだな~


▽グリムN:そう言って、少女は自身のつくえに置かれた調査書に目を通す。


〇シオン:安心したまえ! 兄よりも優秀な妹だからね、私は!

     フフッ……そこでえて否定しないのが、兄上殿を

     あいらしいと思うよ。

     まあ、でも、その懸念けねんには同意するよ。

     なにせ規格外きかくがいの存在だ、人間と妖精ようせいの間に

     産まれた子なんて聞いたことがない。

     学院アカデミー魔法省まほうしょうの連中も大騒おおさわぎだろうしね。

     んっ? なんか楽しそうだなって?

     当たり前じゃないか!

     正直、私はとてもワクワクしているよ!

     これから起こることは、きっと――楽しいに決まっている!


▽グリムN:楽しそうにそう言い放った少女とは対照たいしょう的に、

      電話口の男性は深いため息をついた。

      彼女が持つ調査書のタイトルは

      ――『アルト・クナギリこと、アルトリウム・エムリスについて』



【シーン02】


▽グリムN:ロンドン・ヒースロー空港からられて1時間。

      場所はロンドン西部にあるウェスト・プロントン駅。

      駅舎えきしゃは大通りに立地りっちし、のどかな街並みではあるも

      多くの人でにぎわっていた。


☆アルト:ここが母さんが生まれ育ったところなんだ……

     のどかって聞いたけど結構けっこうさかえているなぁ~

     確か住所は手紙に……うーん、とは言ってもどこなんだろう?

     とりあえず、あそこのタクシーの運転手に聞いてみるか。

     すいませーん。

     此処ここに行きたいんですけど、歩いてどれくらいかかります?

     えっ!? 車で30分!?



(間)



□運転手:それにしても、お兄さん、旅行者?

     顔つきを見る限りだとアジア系だろ?

     どこから来たの? 中国チャイナ? 日本ジャパン


☆アルト:日本からです。


□運転手:日本人か! めっずらしいね~

     この街にはあんまり来ないからさ!

     もしかして……心霊しんれいマニアだったりする?


☆アルト:心霊しんれいマニア?


□運転手:なーに、とぼけちゃっているのさ!

     その住所、幽霊屋敷ゴースト・ハウスでしょ?


☆アルト:えっ……ゴースト、ハウス?


□運転手:そうだよ、幽霊屋敷ゴースト・ハウス

     いなくなった主人を待ち続けるメイドの幽霊ゆうれい

     出るらしいんだ。

     目撃者もくげきしゃもそれなりにいるしね!

     おまけに幽霊ゆうれいだけじゃなく、ウィル・オ・ウィスプ

     も出るらしいんだ!

     日本ジャパンにもいるだろ? 火の玉だよ、火の玉!!


☆アルト:そ、そうなんですね。


□運転手:なんだい、お兄さん。

     本当に何も知らないのかい?


☆アルト:はい……それにその幽霊屋敷ゴースト・ハウスですか?

     くなった母親の実家なので……


□運転手:あっー……なんか、ゴメンね。



【シーン03】


▽グリムN:アルトがロンドンに向かう3週間前、それは突然届いた。


☆アルト:国際郵便? ロンドン?

     宛先あてさきが書いていない……んっ、手紙が入ってる。


▽グリムN:突然届いた一通の便箋、それに入っていた2枚の手紙。


☆アルト:『親愛しんあいなる私の誇らしい息子、アルトリウムへ』

     『この手紙が貴方あなたもとに届いたという事は』

     『私はこの世にいないということになります』

     ――これって……どうして……!


▽グリムN:彼が驚くのは無理もない。

      本来ならば届くはずが無い、死んだ人間からの手紙。

      彼は読み進める。


△ニニアン:『悲しい思いをさせてしまってごめんなさい』

      『出来ることなら、最後まで貴方あなたを守りたかった』

      『不甲斐ふがいない母を許してください』

      『あなたに伝えなければいけない』

      『本来ならば避けたかった選択』

      『けれど、貴方あなたには生きて欲しい』

      『――だから、私は選択します』

      『アルト、イギリスに向かいなさい』

      『そして、手紙に書かれている場所に向かいなさい』


☆アルト:『――そこに、貴方あなたを助けてくれる、友人がいます』

     『きっと、彼女は貴方あなたの助けになってくれるでしょう』

     『あなたに神の御加護ごかごを、ニニアン』

     ――もう一枚は……なにこれ?

     これは、詩? 歌?

     初めて見た……


△ニニアンN:『此処ここに うたわれるは 予言のうた

       『妖精ようせいと 人間と 世界を救う』

       『救国きゅうこくの神たる 赤き龍に 選ばれし

       『僕らは 彼を 〝運命の〟と呼ぶのさ』

       『やってくる やってくる』

       『こわい こわい しき妖精ようせいが やってくる』

       『天使と うそぶき 僕たちを いに来るのさ』

       『でも 大丈夫 僕たちには 勇者がいる』

       『いざ 勇ましき ロンディニウムの騎士きしを 率いて』

       『時計塔とけいとうの かねを 鳴らせ』

       『西の大聖堂だいせいどう から 世界の裏側へ』

       『希望の かねを 聞かせておくれ』

       『世界に 祝福を』

       『白き邪龍じゃりゅうに さよならを』

       『さあ まわせ まわせ 運命の歯車を』



【シーン04】


☆アルト:お邪魔じゃましまーす……って、誰もいない、よね?

     それにしても、あの話……本当なのかな?



□運転手(回想):いなくなった主人を待ち続けるメイドの幽霊ゆうれい

         が出るらしいんだ!


☆アルト:ううっ! 寒気が!!

     ホラーとか苦手なんだよなぁ……てか、本当にいるのかな?

     だれもいなさそうだけど――

     なに!? 今、とびらが開く音がしたような……あれ?


▽グリムN:なんとなく窓のほうに目を向けると、人影ひとかげが見えた。

      メイド服を着た女性がひとり、ゆっくりとした足取あしどりでガラス

      の建物へと入っていった。


☆アルト:……マジか、本当にいたよ。

     本当に幽霊ゆうれいなのかな……どうする?

     母さんからの手紙には、友達がいるって書いてあったし……

     うん! 行ってみよう!!



(間)



☆アルト:うわぁ……すごい……


▽グリムN:思わず感嘆かんたんの声がれる。

      ガラスりの建物は、庭園ていえんだった。

      植物園と見違みちがえるほど多種多様たしゅたよう綺麗きれいな花や樹木

      が植えられていた。


△フィアンマ:ふんふんふ~ん♪(※簡単な鼻歌を上機嫌に)


☆アルト:あれ……声がする……


△フィアンマ:ふんふんふ~ん♪(※鼻歌を続けてください)


☆アルト:あ、あの!


△フィアンマ:ふんふんふ~ん♪(※気付かずに鼻歌を続けてください)


☆アルト:あの、すいません!


△フィアンマ:えっ?


☆アルト:あっ……


☆アルトM:しまった! 普通に話しかけちゃった!!

      ど、どうしよう……すごくジッと見ている……!

      あっ、待って、これ、不審者だと思われてる?

      これ、そうだよね! どうしよう!

      こういう時ってどう言いわけすればいいんだ?

      やばい、思いつかない!!


△フィアンマ:あっ……あっ……


☆アルト:ちょっと待ってください!

     決して怪しい者じゃ――


△フィアンマ:アルト様……?


☆アルト:えっ? どうして名前を――うわっ!!


△フィアンマ:間違いありません! アルトリウム・エムリス様ですよね?!

       ニニアン様にそっくりなお顔に、あお妖精眼ようせいがん

       お待ちしておりました!


☆アルトM:抱きついてきたー! そしていい香りが……じゃなくて!


☆アルト:あの……その……


△フィアンマ:お待ちしておりました!

       あなたが再びこの地に訪れるのを!!



【シーン05】


▽グリムN:ロンドン・ウェストミンスター地区、ハイド・パーク。

      時刻は夜の7時。

      多くのヒトで賑わう公園は夜の闇と静寂じょうみゃくで包まれていた。


□カルタフィルス:おい、来たぞ。


◇マジスター:んっ? おおっ、時間ピッタリだ!

       時間にルーズなキミにしては珍しいことがあるものだね。

       あと一分遅れていたら、八つ裂きにしていたよ。

       まあ、冗談だけどね。


□カルタフィルス:ちっ。


▽グリムN:ベンチに座る銀髪の男性が愉快ゆかいな顔を浮かべる一方で、

      遅れて来た長身痩躯ちょうしんそうくの男は不機嫌な顔であった。


◇マジスター:相変わらず、ノリが悪い男だ。

       まあ、いいさ。

       それがキミという存在だ。


□カルタフィルス:それよりも!


◇マジスター:おやおや、どうしたんだい?

       そんな必死な顔を浮かべちゃってさ~


□カルタフィルス:なあ、マジスター!

         いつになったら、俺はのろいから解放されるんだ?

         前に言ったよなァ?!

       「自分の言う事を聞けば、のろいから解放してくれる」って!!


◇マジスター:(※ため息を一回吐いた後に)やれやれ。


□カルタフィルス:俺はこれ以上、彷徨さまよい続けるのはつらいんだ!

         いつまでたっても、しゅ再臨さいりんときは来ない!!

         限界が近付いてきている……

         頼む、なんとかしてくれよォ!!


◇マジスター:カルタフィルス、落ち着きなよ。

       ロミオとジュリエット、第二幕。

       ――「賢明に、そしてゆっくりと。速く走る者たちは

       つまづききますからな」

       要は〝いては事を仕損しそんじる〟ということさ。

       今の君に贈るべき言葉だ。


□カルタフィルス:くっ!


◇マジスター:安心しなよ、僕はキミとの約束を守るつもさ。

       だからこそ、キミに最後の頼みをしたいと思う。


□カルタフィルス:最後の頼み、だと?


◇マジスター:そうとも、それで今回のキミの仕事は終わりだ。

       労働には対価は必要だ、長きにわたるろうねぎらってあげよう。


□カルタフィルス:それって……!


◇マジスター:そうとも、キミが考えている通りさ。


□カルタフィルス:本当か!? なら是非ともやらせてくれ!!

         何でもする!!

         俺は一体、何をすればいいんだ?


◇マジスター:水を得た魚のように元気になったね。

       やる気がある者は大歓迎だ。

       ウェルト・プロンプトンに幽霊屋敷ゴースト・ハウスと呼ばれる屋敷やしきがある。

       そこに向かい――その屋敷やしきの主人である青年を殺すんだ。


□カルタフィルス:なっ!?


◇マジスター:そんなに驚く事かい? 簡単な話だろ?

       それに人殺し自体は初めての事じゃないだろう。


□カルタフィルス:しかし、それは今までのは異教徒いきょうとだったか――


◇マジスター:カルタフィルス。


□カルタフィルス:っつ!


◇マジスター:僕を失望させないでくれ。

       それにどんな言い訳で取りつくろうとも、正当化しようとも

       ヒトをあやめた事実は変わらない。

       ……まさか、キミ、出来ないのかい?


▽グリムN:青年の声がおだやかなモノから、暗く低いモノへと変わる。

      カルタフィルスは底知れぬ恐怖を抱き、全身をふるわせて

      おびえる。


□カルタフィルス:や、やる! やりげてみせる!!


◇マジスター:……うん! そう言ってくれると信じていたよ。

       それじゃあ、良い報告を楽しみにしている。


□カルタフィルス:…………ちっ、クソが!

         おい、そんなところに突っ立ているんじゃねえよ!

         この駄犬だけんがァ!!


▽グリムN:カルタフィルスは、彼の使い魔である少年を蹴りつけた。

      あざだらけの姿から、少年にとって暴力を受ける事は日常茶飯事にちじょうさはんじ

      であることがわかる。

      ふらつきながらも、少年は黙ってカルタフィルスの後を

      着いて行った。


◇マジスター:使い魔とは言え、幼い少年に暴力を振るうとは……

       〝さまよえるユダヤ人〟よ、隣人愛りんじんあいいた

       お前の神はきっと悲しむぞ?

       元は賢者であったはずの者が、今では愚者ぐしゃへと成り果てている。

       愚者ぐしゃ愚行ぐこうおかすのは滑稽こっけいではあるが、賢者が愚行ぐこうおかすのは

       悲惨ひさんでしかない。

       ……果たして彼は理解しているのかな?


▽グリムN:そして、彼はある詩を朗読し始める。


◇マジスター:『此処ここに うたわれるのは 予言のうた

       『妖精ようせいと 人間と 世界を救う』

       『救国きゅうこくの神たる  赤き龍に 選ばれし

       『僕らは 彼を 〝運命の〟と呼ぶのさ』

       『怖い 怖い しき 妖精ようせいが やってくる』

       『天使と うそぶき 僕たちを いに来るのさ』


▽グリムN:そして、悪魔を彷彿ほうふつとさせる邪悪じゃあくみを浮かべる。


◇マジスター:『い改めた 罪人ざいにんに 首を切り落とされて』

       『運命のは 永遠に さようなら』

        ――こっちのほうが愉快ゆかいうただよ、フフッ。



【シーン06】

☆アルト:――うん、眠れない。

      ベッドはすごくフワフワして気持ちいいけど、

      部屋が広すぎて眠れない……

      それにしても――



(間)



△フィアンマ:どうぞ。


☆アルト:ありがとうございます。

     (※紅茶を飲んだ後に)この紅茶、おいしい。

     それにグレープフルーツの香りがする。


△フィアンマ:H.R.ヒギンスのブルーレディです。

       マロウとマリーゴールドの花がブレンドされた

       フレーバーティで、店一番人気の紅茶です。

       ちなみに、H.R.ヒギンスは英国王室御用達ごようたつのお店なんです。


☆アルト:王室御用達ごようたつ……なるほど、それならおいしいのも納得。

     フィアンマさんのお気に入りの紅茶なんですか?


△フィアンマ:はい……でも、私のお気に入りと言うよりは、ニニアン様が

       大好きだったんです。

       ご健在だった時、私が淹れた紅茶をよく褒めて頂きました。

       あの御方の笑顔を見ると、とても幸せな気持ちになるんです。

       「喜んでもらえるように頑張ろう」って。


☆アルト:母さんが、好きな紅茶だったんだ……初めて知った……


△フィアンマ:アルト様……す、すいません、私としたことが……


☆アルト:大丈夫ですよ、気にしないでください。

     それに母さんの事を知らないのは当然なんです。

     あんまり一緒にいる時間が少なかったので。

     だから嬉しいんです、自分が知らない母さんの事を知ることが出来て。

     フィアンマさんが知っている事、僕に教えてください。


△フィアンマ:アルト様……


☆アルト:あと、「様」とつけなくて大丈夫ですよ。


△フィアンマ:い、いえ! そういう訳もいきません!!

       アルト様は、ニニアン様のご子息しそくなのですから!

       私にとっては仕えるべきご主人様なのです!


☆アルト:……ということは、御主人の命令は聞いてもらえるんですか?


△フィアンマ:もちろんです! 何でも聞きます!!


☆アルト:言いましたね、何でもって言いましたね?

     それじゃあ、主人として命じます。

     今後、僕の事を「様」付けで呼ばないでください。


△フィアンマ:うっ……それは……


☆アルト:お願いしますね。


△フィアンマ:か、かしこまりました……圧を感じさせる

       笑顔は旦那だんな様にソックリです。


☆アルト:父さんの事も知っているんですか?


△フィアンマ:もちろんです。

       旦那だんな様は、私の命の恩人おんじんなんです。

       ニニアン様と日本に戻るまでの短い期間でしたが、

       とても楽しかった日々であったことを覚えています。

       人間の社会や考古学について……色々と教えて頂きました。

       ニニアン様の伴侶はんりょとして相応ふさわしい素敵すてきな方で、

       私のような下級妖精かきゅうようせいに物腰が低かったのが印象的でした。


☆アルト:えっ……


△フィアンマ:どうかしましたか?

       なにか、すごく驚かれていますが……


☆アルト:い、いま……妖精ようせいって……


△フィアンマ:はい、そうですよ。

       そういえば、正式な自己紹介をしておりませんでした。

       私の名前は、フィアンマ。

       炎の女神・カヴィージャの末娘すえむすめであり、くなられた

       ニニアン・クナギリ=エムリス様の眷属けんぞくかつ家事妖精ブラウニーです。

       以後、お見知りおきを〝私のご主人様マイ・マスター



(間)



☆アルト:うーん……妖精ようせいってアレだよな?

     ファンタジーの漫画やゲームに出てくる、あの妖精ようせいだよね?

     当たり前の事のように言うから、何も言えなかった……

     あっー! もう!! 訳が分からない……


〇シオン:悩み事かい? ミスター?


☆アルト:うーん……悩み事と言うか、なんて言うか――あれ?


〇シオン:こんばんわ、素敵な夜だね。


☆アルトN:窓のわくに腰掛ける、ひとりの女の子。

      綺麗な赤い髪のロングヘアーがなびき、小悪魔の様な

      蠱惑こわく的な笑みを浮かべる。

      彼女が持つ雰囲気ふんいきは「高貴こうき」の一言で、何処どこかれる

      部分があった。


〇シオン:おや? これはつまらないな~

     キミの事だから、驚いたリアクションひとつでもしてくれる

     かと思ったが……

     まさか、ハトが豆鉄砲まめでっぽうをくらったようなマヌケ面を見る事が

     出来るとはね。

     私としては。それはそれで面白いんだけれども。

     サプライズの予定だったから、この結末には興ざめだよ。

     よっと!


☆アルトN:茫然ぼうぜんとした僕の元に、少女はやってくる。

      珍しいモノを見定めるかのような目付きで見つめてきた。


〇シオン:おお! これが『妖精眼ようせいがん』!!

     正真正銘しょうしんしょうめいの、本物の『妖精眼ようせいがん』!!

     『妖精眼ようせいがん』を模した義眼ぎがんを何度も見た事はあるが、

     やはり本物は違うな!!


☆アルト:えーっと、その……


〇シオン:あぁ、申し訳ないな。

     つい本物を見てしまった事で興奮してしまった。

     初めまして、アルト・クナギリ……いや、アルトリウム・エムリス

     の方がいいかな?

     僕の名前は、ストラスフォード伯爵はくしゃくティールグリーン家の当主、

     シオン・ケイト・ティールグリーン――魔法使いだ。



【シーン07】


☆アルト:魔法、使い……


〇シオン:そうだよ。

     君が見ているのは、物語に出てくる空想の存在ではない。

     現実の存在だよ。


◇オベロンN:そう言って、目の前の少女は不敵な笑みを浮かべる。

       彼女の声にはいつわりを感じない。

       ただ、当たり前の真実をげる声。

       どんな夢物語でも、説得力がある声。


〇シオン:キミは本当におもしろい反応をしてくれるね。

     からかい甲斐かいがある。


☆アルト:それよりも、僕に一体何の用が……それに『妖精眼ようせいがん』って……


〇シオン:それは――


△フィアンマ:アルト様!!


☆アルト:フィアンマさん?!

     そんなに慌ててどうしたんですか?


△フィアンマ:実は……きゃ! 誰ですか!?


〇シオン:こんにちは、家事妖精ブラウニー

     自己紹介をしたいところだが……今はどんな余裕よゆうがなさそうだね。

     緊急事態なのだろう?


☆アルト:緊急事態……どういうことですか?


△フィアンマ:逃げてください、アルト様! 今すぐに――


◇オベロンN:フィアンマの背後にある廊下の窓ガラスに黒い物体が見えた。

       いぬだ、黒いいぬ

       獲物えものを逃さない狩人かりうどのような紅い目に、漆黒しっこく体毛たいもう

       ねらった獲物えものを食いちぎるために、するどきばがついた口を大きく

       開けていた。


△フィアンマ:えっ……


☆アルト:危ない!!


〇シオン:停まれ、『プロヒベーレ』!


☆アルト:と、停まった……!


〇シオン:燃えろ、『ケナ-ズ』!


◇オベロンN:魔法陣まほうじんが展開され、そこから火の玉が勢い良く放たれた。

       それはガラスを突き破り、黒狗くろいぬを吹き飛ばした。


〇シオン:ボッーっとしている暇はない! 逃げるぞ!!


☆アルト:わかった! 行こう、フィアンマさん!!


△フィアンマ:は、はい!


〇シオンM:紅い目に、黒い狗……おかしい、奴らはヒトを

      本来おそわないはずだ。

      嫌な予感がする――



【シーン08】


▽グリム:『来たれ、地獄の女神の番犬たちオルビス・インフェリンス・ヘカテイア・ウォッチドッグス


◇オベロンN:使い魔の少年が地面に手を付けて詠唱えいしょうする。

       そうすることで、自分の影から〝ブラック・ドッグ〟

       を産み出す。

       産み出されたいぬたちは、次々と屋敷やしきへと駆け出して行った。


□カルタフィルス:これで12匹目か。

         流石にここまで召喚しょうかんしておけば十分だろ。

         どうだ、グリム。

         いぬどもは奴らを食い殺したか?


▽グリム:……いや、まだ。


□カルタフィルス:あっ?


▽グリム:〝モディ〟と〝ジャック〟の消滅を確認した。


□カルタフィルス:ちっ、相変わらず役に立たねぇなァ! この駄犬だけんが!!


▽グリム:ぐっ……!


□カルタフィルス:わかってるのかよォ! この! この!!


▽グリムN:こうやって癇癪かんしゃくを起すと、暴力を振るうのはいつもの事だった。

      強制的に契約けいやくを結ばれた時からずっと。

      ただ、主従関係を結ばれている以上に反抗はんこうすることは出来ない。

      いや、許されない事だ。

      この男は用心深く、裏切ったら死ぬようにのろいをかけている。


□カルタフィルス:消えるしかなかったクズ妖精を救ってやったの誰だ?!


▽グリムN:お決まりの常套句じょうとうくを投げかけてくる。

      でも、それは事実だ。

      この男がいなければ、自分は消える運命だった。

      妖精ようせいである以上、自分が消える時は「必然の運命」として

      受け入れなければいけない。それが妖精ようせいおきて

      そのはずだった――


□カルタフィルス:なあ?! 何か言ったらどうなんだよォ!!


▽グリムN:罵倒ばとうと暴力を辞める気配けはいはない。

      この男は、何も言わずに強制的に俺を使い魔

      とする契約けいやくむすんだ。

      きっと奴隷どれいが欲しかったのだろう。

      けれども――


▽グリム:必ず……役立て、る……


▽グリムN:――あの時に「生きたい」と思ってしまったから。

      おきてやぶってしまった。

      これはそのばつを受けているんだ。

      だからこそ――


□カルタフィルス:ちっ……胸糞むねくそが悪い、行くぞ!


▽グリムN:だからこそ、果たさなければいけない……!



【シーン09】


〇シオン:『ケナーズ』!


◇オベロンN:次々と屋敷やしき侵入しんにゅうしてきた黒狗ブラックドッグたちを退治するシオン。

       1匹、また1匹と。

       展開された魔法陣まほうじんから放たれた火の玉で。


〇シオン:ふぅ……これで5匹目か。

     さて、何匹といるとやら……


☆アルト:後ろ! 危ない!!


△フィアンマ:させません!

       まとえ、炎の障壁しょうへき、『ギール・フランマ』!!


◇オベロンN:死角しかくからの黒狗ブラックドッグ強襲きょうしゅうを、

       フィアンマが展開した炎のバリアでシオンは守った。

       バリアに触れた黒狗ブラックドッグに炎が燃え移り、やがて消滅した。


〇シオン:やるじゃないか、助かったよ。


△フィアンマ:……私の使命はアルト様をお守りする事です。


〇シオン:わかっているよ。

     そこまで頭が回らない人間ではないさ。

     僕を助けたのは、おまけだろ?

     それよりも、家事妖精ブラウニー


△フィアンマ:私には、「フィアンマ」という名があります。

       以後お見知りおきを、魔術師ウィザード


〇シオン:それはすまなかったね。

     それで、フィアンマ。

     今回の襲撃しゅうげきについて、キミはどう思う?


△フィアンマ:……違和感を感じます。

       ブラックドックがヒトを襲うなんて信じられません。

       私を襲うのなら理解は出来ますが……


〇シオン:やっぱり、キミもそう思うか。


☆アルト:あ、あのさ……〝ブラックドック〟ってなに?


〇シオン:〝ブラックドック〟は、イギリス全土に伝わる

      黒いいぬの姿をした妖精ようせいだ。

      古代ギリシャの神、ヘカテーの眷属けんぞくであり、

      「死の先触れ」の側面がある事から不吉ふきつ妖精ようせいと言われている。


△フィアンマ:はるか昔にヒトを殺した記録はあります。

       ……ですが、私たちの知るブラックドックは墓荒らし

       から墓地を守る妖精ようせいです。

       彼らは迷子の子供を助けたり、葬儀の時に鳴る教会の鐘

       に合わせて遠吠えをあげることで死者の行き先を神父に

       知らせます。

       不吉ふきつ妖精ようせいとは言われていますが、基本的に温和おんわ性格せいかく

       の持ち主なんです。


☆アルト:……確かに、二人が奇妙に感じるのがわかる。

     けど、僕たちを襲ったのは、そのブラックドックで間違いない。

     妖精ようせい、使い魔……まさか!


△フィアンマ:はい、つまり――


〇シオン:待った、二人とも。話は後だ。


□カルタフィルス:おいおい、聞いていねぇぞ……


〇シオン:黒幕くろまくのお出ましだ。


□カルタフィルス:ガキがひとりの話のはずだが……まあ、グリムのいぬどもを

         退しりぞけたと聞いた時は予感していたが……

         ガキばっかりかよ。


▽グリム:…………。


〇シオン:それはすまないことをしてしまったようだね。

     生憎あいにくだが、僕は悪党あくとうの仕事を邪魔するのが大好きなんだ。


□カルタフィルス:おまえは……ちっ、魔術師ウィザードか。

         厄介やっかいだが関係ない。

         お前ら、全員を殺せばいい。

         うらみはないが、こちらも色々と事情があるんでな。


〇シオン:そうか……なら!

     対象捕捉たいしょうほそく、『キャプティス』!!


□カルタフィルス:なっ! 足元に魔法陣まほうじんが……動かねぇ!!


〇シオン:無駄だ、その転送魔法陣てんそうまほうじん捕捉ほそくされた以上は僕と一緒に飛んでもらうぞ!


□カルタフィルス:このガキィ……!!


☆アルト:シオンさん!!


〇シオン:フィアンマ!

     お前は、そこのブラックドックの相手をしろ!!

     この男は、僕に任せてくれ。

     『運命の』を頼んだぞ!


△フィアンマ:――ええっ、承知しました!

       アルト様は、私が必ず守ります!!


▽グリム:……そこを退け。

     同じ妖精ようせい同士で争いたくない。


△フィアンマ:お断りします。

       主人を守るのが、私の使命です。

       傷つける者が人間であろうと、妖精ようせいであろうと関係ありません。

       私は自分の命をけて、アルト様を守ります!           


▽グリム:残念だ……なら、しょうがない。

     そうであれば容赦ようしゃしない。


△フィアンマ:来る……!


▽グリム:悪いが、最初から手加減なしだ

     ――集え、黒狗くろいぬたち。そして、ひとつとなれ。

     ここに全てを喰らう魔犬まけんあぎとを!!

     『デクルティエン・バーゲスト』!!


△フィアンマ:影が巨大なおおかみの顔に!

       まとえ、炎の障壁しょうへき! 『ギール・フランマ』!!


▽グリム:無駄だ。


△フィアンマ:そんな!? 炎を……んだ……!

       っつ! まだまだ!!


▽グリム:だから、無駄と言っただろ。

     これはお前らを襲ったいぬたちとは違う。

     ブラックドッグの集合体――これがバーゲストの血が流れる俺の最大出力だ。


△フィアンマ:『ギール・フランマ』!!


▽グリム:お前もわかっているだろ。

     バーゲストはブラックドッグの中で最上位の存在。

     それは全てを喰らう存在ものだ。

     だから――


△フィアンマ:っつ!


☆アルト:フィアンマさん!


△フィアンマ:アルト様、ごめんなさい……私、お役に……


▽グリム:まずは、ひとり。



【シーン10】


〇シオン:さて、ここなら派手に暴れることが出来るだろう。

     森の中だ、しかも人除けの結界も張っている。

     一般人に私たちの存在や魔法を見られることはない。

     だから……来なよ、全力で。


□カルタフィルス:いいのか?


〇シオン:んっ?


□カルタフィルス:人除ひとよけの結界けっかいを張っちまったら助けに来ないだろ?


〇シオン:ぷっ! あははは!!


□カルタフィルス:何がおかしい?


〇シオン:あははは!

     だってさ……僕がキミに負けると思っているの?


□カルタフィルス:生意気な小娘が……めるなよ……!


〇シオン:めてはいないよ。

     キミが持つ魔力量に気付かない訳ではない。

     きっと、実力については上位と言っても良い程だろう。

     でも――


□カルタフィルス:あっ?


〇シオン:僕の敵じゃない。


□カルタフィルス:……いいだろう!

         そこまでの大言壮語たいげんそうごいたんだ!!

         後悔することだなァ!!

         来たれ、雷雲らいうん!!


〇シオン:へぇ……天候をあやつるとは、これはこれは素晴らしいねぇ。


□カルタフィルス:壱の雷針エナス・ベローナ弐の雷針ディオ・ベローナ参の雷針トリア・ベローナ

         ――お望み通り全力で、高出力の雷魔法を

         喰らわしてやるよ!!

         雷鳴らいめいとどろけ、神の裁きたるいかずちおの

         『アストラ・クリーシス』!!


◇オベロンN:巨大な雷がシオンに向かって落とされた。

       高出力の魔力で創られた雷に、ヒトの身であれば

       灰ひとつも残さない。

       彼は確信した、勝利を。

       けれど――


〇シオン:……見事だ、正直あなどっていたよ。


□カルタフィルス:そ、そんなバカなァ!?


〇シオン:流石の僕も今回については肝を冷やしたよ。


□カルタフィルス:どうして生きている!?

         信じられねぇ! 高出力の魔力が直撃ちょくげきしたんだぞォ!!


〇シオン:それは〝ただの人間〟であれば、の話だ。

     僕は魔法使いだぞ?

     目には目を、歯には歯を、魔法には魔法を。

     君が放った雷より強い防御魔法を展開すればいい。

     そして、その通りになった。

     事実は単純明快だ。


□カルタフィルス:ふざけてやがる……!


〇シオン:じゃあ、次はこっちの番だ。


□カルタフィルス:させるかァ!!


〇シオン:プロヒベーレ


□カルタフィルス:なっ、動けな……い……?!


〇シオン:言っただろ? 僕の敵ではない、と。

     味わせてあげるよ、本当の雷魔法というものを。

     ――天空を支配せし太陽神よ、我が呼び声に応えよ

     闇夜を切り裂く、一条の光の如し。

     我が手に宿れ、白き稲妻いなづま


□カルタフィルスM:な、なんだ……これは……

          さっきと違うじゃねえか……!!

          爆発的に魔力量が跳ね上がってやがる!

          俺の何倍以上だ?

          まずい! こんな考え事をしている場合じゃ――


〇シオン:もう遅いよ。

     我、投擲す――『閃光の海獣骨槍フラッチ・ゲイボルグ』!!


□カルタフィルス:ぐああああああああああああああああ!!


◇オベロンN:閃光せんこうのように光輝くやりが、カルタフィルスを

       貫いたのと同時に森全体が光と衝撃に包まれた。

       勝敗は一瞬にして決した。


〇シオン:……しまった、調子に乗りすぎた。

     まあ、森の半分を吹き飛ばしたとは言え?

     特に被害は出ていないし、魔法も見られていないし?

     うん、この被害状況と必要な事後処理を考えると……

     兄上の1時間説教コースが妥当だとうかな?

     やれやれ……んっ?


□カルタフィルス:ああっ……アアアアアアアアアア!!


〇シオン:なっ!


□カルタフィルス:俺は……私は……儂は……ここでマケ、負ケル……

         ワケ、には行かなインダァ……!


〇シオン:想像以上のしつこい男なんだなぁ!!


□カルタフィルス:ワレの名前ハ……カルタフィルス……!

         巡礼じゅんれいがオワルまでハ……立ちツヅケる……!!


〇シオン:カルタフィルス……「さまよえるユダヤ人」伝説の不死人!

     全く、面白い事は好きだが厄介やっかいなのは嫌いだよ!

     ならば、倒する事が出来なくても捕まえれば――


□カルタフィルス:対象捕捉ほそく……『キャプティス』!


〇シオン:しまった! この魔法陣は……!


□カルタフィルス:なんじ……退去せよ! 『ジ・フィーゲ』!!


〇シオン:くっ、どこかに飛ばされ――


□カルタフィルス:イヒヒヒ……ケハハハハ!!

         トバシタ、遠くにトバシタ!!

         つぎハ屋敷やしきのアイツだ……コロス、ころしてやるぅぅぅぅ……!!



【シーン11】


△フィアンマN:炎の化身けしんと呼ばれ、処女神しょじょしん・ヘスティアの分霊ぶんれい

        女神・ガヴィージャ――それが私の母親。

        その娘であれば母親と同様に神霊しんれいであったはず。

        はずなのに……私は唯一の〝失敗例〟だった。

       「恥さらし」という烙印らくいんを押され、下級妖精かきゅうようせいへとちた。

        神霊しんれいほむらを使えども、未熟な私には不要のモノだった。

        ――私は誰にも必要とされない存在であり、欠陥品。

        ――だから、この世から消えようと思った。


☆青年:大丈夫かい?


△フィアンマ:えっ……?


△フィアンマN:命のともしびが消えかけようとした時、ひとりの人間が現れた。

        本来であれば私の姿すがたが見えるはずが無い。

        理由はどうあれ、その時の私には考える余裕よゆうはなかった。


☆青年:こんなところで寝込んでしまうぐらい衰弱すいじゃくしてしまっているんだね。

    それに随分ずいぶんと汚れている……いますぐ手当を……

    君は……あぁ、そうか、妖精ようせいなんだね。

    ならば、ニニアンに相談しないと。

    ――必ず君を助ける。


△フィアンマN:そう言って、彼は私を抱きかかえて何処どこかへと向かった。

        ――そして私はニニアン様に出会い、治療を受けて、

        私は生きながらえる事が出来た。

        そして、ニニアン様の眷属けんぞくとなり、今日まで生きてきた。

        妖精ようせいには〝ある不文律ふぶんりつ〟がある。

        どんな理不尽りふじんな運命であったとしても、

        それを受け入れなければいけない。

        だからこそあらがってはいけない、力がない下級妖精かきゅうようせいであれば

        あるこそ許されない。

       「弱肉強食じゃくにくきょうしょく」、「自然淘汰しぜんとうた」――本当だったら私は死ぬべき

        運命だった。


☆青年:自分の生き方を選べない運命でいいのかい?

          

△フィアンマN:良い訳がない……まだ、私は何も果たしていない。

        生きたい、どんな些細なことでも良い……

        生きて何かを果たしたい……!!


☆青年:なら、その「生きたい」という気持ちが本物ならば……

    そんな運命、クソくらえだ!



【シーン12】


☆アルト:うわあああああああああああ!!


△フィアンマ:きゃ!


▽グリム:かわされた!?


☆アルト:いてて……ぐっ!


△フィアンマ:アルト様!!


☆アルト:良かった……間一髪かんいっぱつで間に合った……


△フィアンマ:何をしているんですか!

       腕から血が……


☆アルト:大丈夫、こんなのかすり傷、だよ……


△フィアンマ:何を言っているんですか!

       今すぐ手当てを――


☆アルト:いや、そんな時間はない……


△フィアンマ:でも!


☆アルト:大丈夫……ここは、僕に任せてください……


△フィアンマ:お待ちくださ――いっつ!

       足が折れて……こんなときに……


☆アルト:ブラックドッグ! お前の狙いは、僕だろ?

     だから……これ以上、彼女には手を出すな。


▽グリム:……驚いたな。


☆アルト:えっ?


▽グリム:使い魔をかばう主人なんて初めて見た。

     使い魔は道具だ、道具を守るなんて意味ない事だ。


☆アルト:道具……?


▽グリム:そうだ。

     俺たちは、下級妖精かきゅうようせい妖精ようせいモドキのような存在だ。

     野垂れ死ぬか、魔術師ウィザード上級妖精じょうきゅうようせいに仕えることしか

     生き残る道しかない。

     使えない道具は死ぬしかない。

     どんな理不尽であっても、それを必定ひつじょうとして

     受け入れなければいけない。

     ――それが妖精ようせいおきてだ。

     全ての事象は必然だ、弱いからこそ死ぬんだ。


☆アルト:ふざけるな!


▽グリム:っつ!


☆アルト:何が掟だ! 何が必然の事だ!!

     そんな生き方、認める訳にはいかない!

     妖精ようせいだから、力が弱いから?

     それが運命なら、そんなの――クソくらえだ!!


△フィアンマN:あの時の光景がよみがえる。

        あぁ、やっぱり……貴方あなたは、あの方の子供なんですね……


☆アルト:それにえるよ、君はその運命にそむいたことで

     罪悪感を感じ、苦しんでいるのを!


▽グリム:お、お前に……人間であるお前なんかに何がわかる!!

     その口を閉じろ!

     『デクルティエン・バーゲスト』!!


△フィアンマ:アルト様! 逃げて!!


☆アルトN:自分の行動に驚いた。

      かなうはずもないのに、強い存在に無謀むぼうにも

      立ち向かう自分がいる。

      でも……不思議と恐怖きょうふを感じない。後悔もない。

      これ以上、自分のせいで誰かが傷つくのが嫌だった。

      影が迫る、自分を食い殺す黒狗くろいぬあぎとが迫る。


◇オベロン:全く、キミには本当、驚かされるよ。


☆アルトN:突然の声に時が停まるような感じがした。

      この声に、僕は聞き覚えがあった……


◇オベロン:無謀むぼうにも立ち向かう蛮勇ばんゆうには賞賛を送るけど……

      でも、このままだと、死ぬよ?

      どうするんだい? 策はあるのかい?


☆アルト:策は……ない。

      

◇オベロン:おいおい……


☆アルト:さっきまでは、ね。

     説教するために来たんじゃないんでしょ?

     【妖精王ようせいおう】オベロン。


◇オベロン:ぷっ! あははは、全く!

      言ってくれるじゃないか!

      やっぱりキミは本当におもしろい!

      物語を此処で終わらせるのは惜しい。

      ――アルト、君に〝ある言葉〟を教えよう。

      ただ、それを口にしたら最後……君はもう後戻りは出来ない。

      かつての平凡なる人生は尊いものだ。

      それに終わりを告げ、過酷な運命が待ち受けるだろう。

      死ぬ事よりも辛いことかもしれない。

      それでもいいのかい?


☆アルト:……不安がないのは嘘だ。

     だけど、ここに来た以上……僕は覚悟を決める!

     この選択は、自分の心に誓ったものだ!!


◇オベロン:わかった……その心、受け取った!

      告げる言の葉は〝キミの決意の証〟であり、

      そして〝運命を切り拓く力〟だ!

      さあ、唱えろ! 精一杯大きな声で!!


☆アルト:――『開け、【蒼の妖精眼ラピス・ラズリ】』!

     『そのは、決意の輝きをる』!!


△フィアンマ:その言葉――!


☆アルト:投影とうえい神霊しんれい憤怒ふんぬたる炎を此処ここに!

     ――『炎女神の憤怒ミヌス・カヴィージャ・フローレン』!


▽グリム:なっ……!


△フィアンマ:あの炎は……お母様の……!?


▽グリム:バーゲストの影を……燃やし尽くしただと……!?

     くっ! 炎がこっちにも!!

     ……ここまでか。


☆アルト:炎よ、しずまれ!


▽グリム:炎が消えた……どうして……?


☆アルト:僕はキミを殺さない。


▽グリム:バカなのか!?

     俺を殺さないと、お前は――


☆アルト:それでも殺さない。


▽グリムM:な、なんなんだ……アイツのまっすぐなは……!


□カルタフィルス:ギャハハハハハハ!

         お笑いグサだなァ!!


▽グリム:この声は……カルタフィ――ぐう!!


☆アルト:ブラックドッグ! 何をするんだ!!


□カルタフィルス:あたり前だァろ?

         役立たずのツカイ魔なんて生きる価値モない。

         安心シロヨ? 次ハお前ヲ殺してやるカラァ!!


☆アルトM:来る! さっきの力を使えば――えっ?

      身体が、うごか……


△フィアンマ:まずい、慣れない妖精眼ようせいがんの力を使った

       反動が……手出しをさせません!


□カルタフィルス:風ヨ、吹き飛べェ! 『ラファール』!!


△フィアンマ:かはっ!

       壁に打ち付けられて……動くのが……ダメ、アルト様……


☆アルトM:ま、ずい……でも、このままじゃ……


□カルタフィルス:おいオイ、さっきの威勢いせいのヨサはどうシタ?

         うごカナいなら、コろしてヤルヨォ!!


△フィアンマ:いやあああああああ!


☆アルトM:ダメだ……間に合わな――


▽グリム:『デクルティエン・バーゲスト』!!


□カルタフィルス:ああああアアアアアアアア!!

         おレの腕がああああああ!!

         グリム、おまエエエエエエエエ!!


▽グリム:アンタには……命を救ってもらった、恩がある……

     だけど……ソイツにも命を、救ってもらった……!


☆アルト:グリム……


▽グリム:ぐっ……ぐああああああああ!!


☆アルト:グリム!! なんだ、あの黒い影は……


□カルタフィルス:バカな奴ダ!!

         強制ケイヤクののろイを忘れてイタノカ?

         ハンコウすれば、お前ハのろい死ヌ!!


▽グリム:ああああああああああ!!


☆アルト:やめろ……


□カルタフィルス:アハハハハハハはははははは!!

         弱イくせに逆らウかラダ!!


☆アルト:やめろおおおおおお!!


□カルタフィルス:オッ、立つコトが出来タか!

         ダガ……フラフラと無様だな!!


☆アルト:開け……『蒼の妖精眼ラピス・ラズリ』――


□カルタフィルス:殺してヤルヨぉおおおお!!


△フィアンマ:させない! 炎よ、守り給え!!

       『ギール・フランマ』!


□カルタフィルス:こんな炎! キカナイ!!


☆アルト:その瞳は……


☆アルトM:負担は想像以上だ……

      少しでも気を抜けば意識が飛ぶ……

      けど――


☆アルト:けど……ここで、諦めたら……

     一生、後悔することになる……!!


□カルタフィルス:シツコイ奴めええええええ!!


☆アルト:『そのは、決意の輝きをる』!

     照準固定フィックス! 座標把握ポイント・キャッチ!!

     来い! シオン・ケイト・ティールグリーン!!


◇オベロンN:そうアルトが叫んだ瞬間、魔法陣が出現する。

       目をつぶる程のまぶしい光が放たれると――


〇シオン:――やれやれ。

     呼び戻すのなら、もう少しゆっくりとした方法を

     考えておきたまえよ。

     少しは強引すぎないかい?


◇オベロンN:そこにはシオン・ティールグリーンの姿があった。


☆アルト:あはは……ごめん……


〇シオン:まっ、ヘマをしたのは私だからね。

     責任はとるさ――【時計塔とけいとう騎士団きしだん】、騎士団長きしだんちょうとしてね。


□カルタフィルス:どうして、お前が此処にィ?!


〇シオン:おや? 驚きのあまりに正気に戻ったのかい?

     私だって驚いている。

     それはさておき……戻ったところで申し訳ないが、

     気付きつけ薬を喰らってもらうよ。


□カルタフィルスM:一瞬で目の前に……!?


□カルタフィルス:や、やめ――


〇シオン:私は最高に、今! 機嫌が悪いからね!!

     我がこぶしに宿れ、いかずち! 『集束雷迅撃トール・ハンマー』!!


□カルタフィルス:ぎゃああああああああああ!!


〇シオン:――そこで寝ていろ。

     目が覚めた時は牢屋ろうやの中だがな。

     さて……


☆アルト:遅い、ですよ……シオンさん……


〇シオン:すまないな、もう大丈夫だ。

     フィアンマもよくやった。

     これですべて――


☆アルト:い、いや……まだ、終わっていない……


〇シオン:ちょっと! 無理に立つんじゃない!!


☆アルト:最後にやらなきゃいけないことが――


△フィアンマ:アルト様! あぶない!!


☆アルト:フィアンマさん……ありがとう……大丈夫?


△フィアンマ:ご自身の事を心配してください!

       今にも倒れそうじゃないですか!!


☆アルト:うん……ごめん……でも、彼を助けなきゃ……


〇シオン:アルト、あのブラックドッグを助けるのか?

     少なくともキミを殺そうとした奴だぞ?


☆アルト:…………。


〇シオン:それに、奴にかけられたのろいは強力のモノだ。

     いくら君が妖精ようせいの力を持っていたとしても、

     それを取り除けるかどうかわからない。

     もしかしたら、君にまで呪いが伝播でんぱんするかもしれない。


☆アルト:それでも、彼のお陰で……こうやって僕は生きている……

     だから、彼を助ける……それだけだよ。


〇シオン:ハァ……大馬鹿者め、満身創痍まんしんそういの癖にかっこつけて……

     ミスター・お人好し、ちょっと待ってろ。

     女神の加護よ、『ティール』

     せめてのろい対策の加護ぐらいをつけておかないといけないだろう。


☆アルト:ありがとう……優しいんだね。


〇シオン:いいから、早く助けてあげなよ。


☆アルト:うん……フィアンマさん、申し訳ないんだけど肩を貸してもらってもいいですか?


△フィアンマ:もちろんです、アルト様。


〇シオン:――まったく、私もヒトの事が言えないな。



【シーン13】


▽グリムN:なつかしい夢。

      まだ、自分がただの黒い犬でいた時の記憶。

      飼い主はとてもお人好しで、困っている誰か

      を見つけては必ず助けていた。

      いつかは悪い人間に騙されるんじゃないかと、

      ヒヤヒヤしたのを覚えている。

      でも――そんな彼が大好きだった。

      毎日が楽しくて幸せな日々だった。

      だから、死んでしまった時はとても悲しかった。

      「どうして自分を置いて逝った!」

      ――何度も何度も悲しみの遠吠えをあげた。

      そして、雨の日も、雷の日も、雪の日も墓の傍に居続けた。

      ある日の事だった――


◇オベロン:君が話題の墓守犬チャーチ・グリムか。


▽グリムN:【妖精王ようせいおう】と自称する胡散臭うさんくさい男が話しかけてきた。

      胡散臭うさんくさい笑顔を浮かべて。


◇オベロン:君も気付いているんじゃないのかい?

      自分がただの犬じゃないということに。


▽グリムN:【妖精王ようせいおう】はそう言って、

      俺が妖精・バーゲストのであることを伝えた。

      〝妖精の國〟に来ないかと誘ってきたが、俺は断った。


◇オベロン:残念だよ……まあ、やっぱりそうなるよね。

      それじゃあ! お元気で!!

      ――おっと、忘れてた!

      君にひとつ、伝えたい事があったんだ。


▽グリムN:そう言って、奴は愉快そうな笑みを浮かべてこう言った。


◇オベロン:〝彼女〟の言った通りならば、教えてあげないとね。

      ――君は、近い未来にひとりの人間に出会うだろう。

      人間と、妖精と、そして世界を救う【運命うんめい】。

      人間と妖精の間に産まれ、【蒼の妖精眼ラピス・ラズリ】を持つ人間にね。

      そして、キミの一生涯の友となるだろう。

      そこに眠る、飼い主にソックリなお人好しさ!


(間)


▽グリム:んっ……ここは……?


△フィアンマ:気が付きましたか?


▽グリム:お前は、あの人間の――ぐっ!


△フィアンマ:無理に動かないでください!

       さっきまで呪いで苦しんでいたんですから。


▽グリム:えっ……そうだ、俺は!

     カルタフィルスに逆らって、呪いが発動して……

     どうして生きているんだ?


△フィアンマ:アルト様……マスターのお陰です。


▽グリム:マスターって……アイツが助けてくれたのか……?


△フィアンマ:本当にびっくりしました。

       呪いを浄化させるだけではなく、あなたと

       契約するなんて……


▽グリム:えっ?!


△フィアンマ:呪いを解除しても、あなたは消滅する運命でした。

       ですが、マスターはあなたを死なせまいとするため

       に契約を結んだのです。

       全く、本当にお人好しなんですから……

       (※小声で)ニニアン様そっくりです。


▽グリム:契約……


△フィアンマ:お着替えはそこに置いてありますから。

       動けるようになったら、居間に来てくださいね。


▽グリム:――行っちまった。

     俺、また助けられたんだな……

     【妖精王ようせいおう】が言った通りなのかな?

     アイツが――



【シーン14】


〇シオン:まったくキミという人間は!


☆アルト:それは何度もゴメンって言ってるじゃん!!


〇シオン:いざ、威勢いせいよく向かったとは言え、何の策が無かったとは……

     たまたま妖精眼ようせいがんに『浄化じょうか』の能力があったから良かったものの。

     ……それがなかったらどうするつもりだったんだ。キミは?


☆アルト:えーっと、それは……


〇シオン:まったく、あきれてモノが言えないよ。

     それじゃあ、いくら命があっても足りない。

     自殺志願者なのかい?


☆アルト:ごめん……次は気を付けるよ、シオンさん……


〇シオン:……いまいち信用出来ないがな。

     どうせ、またやるんだから。

     まあ、いい……それよりも、だ。

     アルトリウム・エムリス。

     私が君を尋ねた理由を伝えなければいけない。

     結論から言う――君の力を貸して欲しい。


☆アルト:僕の力を……


〇シオン:正確に言うと、キミの〝妖精眼ようせいがん〟の力だ。

     私は……いや、我々は〝ある物〟を探している。

     ――その名は、『マギウス・アーティファクト』。

     謂わば、〝魔法道具〟というやつだ。


☆アルト:『マギウス・アーティファクト』……魔法道具……


〇シオン:魔法は秘匿ひとくすべきモノであり、魔法道具は

     魔法が使えない者にも同等の力を授ける。

     それが何処かに存在するのだが……

     厄介な事に中々見つけられなくて困っている。

     そこにキミが現れた!

     妖精眼ようせいがんは、魔法の気配・魔力・実体を持つ前

     の妖精などの幻想種げんそうしゅ把握はあくできる。

     これは私たちにとっては助け船だ。

     だからこそ、君に協力を要請する。


☆アルト:…………。


〇シオン:もちろん、タダとは言わない。

     対価として、ニニアン・エムリスについて。

     キミの母君についての情報を集めることに協力しよう。


☆アルト:それは……!


〇シオン:この取引は私にとっても、キミにとっても悪い話じゃない筈だ。

     もちろん、私は約束を守る人間だ。

     どうする?

     見知らぬ地で、独りで情報を集めるのは困難なことだと思うけど?


☆アルト:……わかりました。

     此処に来たのも、母さんについて調べるためです。

     自分の力が役に立てるのなら。


〇シオン:随分と早い返答だな。

     もう少し悩むモノだと思ったのだが……

     安請け合いしすぎる人間なのか?


☆アルト:なんで困っているんですか……

     まあ、正直悩みましたけど……

     でも、シオンさんの言う通り、悪い話じゃないですし。

     それに――


〇シオン:それに? なんだい?


☆アルト:拒否権なんてないんですよね?


〇シオン:どうして?


☆アルト:……すいません、【蒼の妖精眼ラピス・ラズリ】が勝手に起動していて。

     その、心の中が……視えちゃったので……


〇シオン:キミ! セクハラだぞ!!

     デリカシーがないんだな?!

     このバカ!!


☆アルト:ごめんって!


〇シオン:……次、また心の中を視たら容赦ようしゃしないからな!

     一応聞いておくが……他に何が視えたのか?


☆アルト:い、いや、特に――


〇シオン:ほ・ん・と・う・だ・な?


☆アルト:(※勢いよく頷く)


〇シオン:そ、そうか……なら、いい!


△フィアンマ:よ・ろ・し・い・で・す・か?


☆アルト:うわぁ!? フィアンマさん、いつから……


△フィアンマ:どうやら、お楽しみでしたので!

       邪魔したら悪いなって思ったんですけどね!!


☆アルト:えーっと……フィアンマさん?


△フィアンマ:なんでしょうか?


☆アルト:どうして、怒っているんですか?


△フィアンマ:怒っていません!


☆アルト:怒っているじゃないですか!


▽グリム:……あ、あのさ。


☆アルト:グリム! 良かったんだ、目が覚めたんだ……!!


▽グリム:あっ……ああ、まあ何とか。


☆アルト:本当に良かった、無事で……良かった……


▽グリム:大袈裟おおげさな奴だ……

     それよりも聞きたいことがあるんだけどさ。


☆アルト:なんだい?


▽グリム:どうして、俺を助けたんだ?


☆アルト:えっ?


▽グリム:俺はアンタを殺そうとした。

     それにアンタを助けたのだって、借りを返しただけだ。

     ……別に、そこまで、しなくても。


☆アルト:違うよ、グリム。

     僕がキミのことを助けたかっただけだ。


▽グリム:えっ?


☆アルト:自分勝手なことをしたって理解はしている。

     けど……なぜだろう、「このまま死なせちゃいけない」って思ってさ。


〇シオン:ブラックドッグ、そこにいる青年は底抜のお人好しなんだよ。

     自分も呪いがかかるかもしれないのに、だ。

     それを一切考えず、君を助けた。


▽グリム:お人好し……アンタ、名前は?


☆アルト:アルトリウム、まあ周りからアルトと呼ばれているけどね。


▽グリム:……そうか。

     なあ、アルト……俺を、アンタの使い魔にしてくれないか?

     強制契約ではなく、正式な契約として。


☆アルト:もちろん、嬉しいけど……キミはそれでいいのかい?


▽グリム:……アンタには二度も助けられた。

     それに、あのヒトにそっくりだからな。


☆アルト:あのヒト?


▽グリム:何でもない……んっ?

     なんだ、その手は……


☆アルト:握手だよ、友人としての。


▽グリム:だから、俺は使い魔だって――


☆アルト:それでも、だよ。


▽グリム:……意外と強情なんだな。


☆アルト:よく言われるよ。

     改めてよろしく、グリム。


▽グリム:あぁ、こちらこそ。

     私の御主人マイ・マスター


〇シオン:ガヴィージャの末娘すえむすめに、バーゲストの……大したものだ。

     妖精眼ようせいがんを持つとは言え、二はしら妖精ようせいを使い魔にするとは……

     おや~? どうしたんだい?

     さっきよりも不機嫌そうな顔をしちゃって~


△フィアンマ:ナンデモアリマセン。


〇シオン:――独占、出来なくて残念だったな~


△フィアンマ:なっ! ななななにを言っているんですかー!!


〇シオン:嫉妬の感情が駄々漏れだ。


△フィアンマ:くうううう!


〇シオン:君も主人に似て愉快なヒト……いや、妖精ようせいだなぁ~


△フィアンマ:うるさい! です!!


〇シオン:あはははは!


〇シオンM:……そういえば、すっかりと忘れていたが。

     カルタフィルスを逃してしまったのはどうするか……

     まあ、霊核れいかくに致命的な一撃を与えたから、消滅までは時間の問題だろう。

     ただ……どうして、アルトを狙った?

     あの口振りだと【蒼の妖精眼ラピス・ラズリ】のことは知らなかった。

     でも、アルト自体を狙っていたことは確かだ……

     となると――本当の黒幕がいる。

     だけど、それは誰だ?


(間)


□カルタフィルス:ハァ……ハァ……

         くっそ……どうして傷が治らない……!

         いってぇ、いってぇよぉ……

         俺は不死身であるはずだ……そのはずだ……

         どうして、意識が朦朧としている?

         どうして、息が苦しい?


◇マジスター:それは君の霊核れいかくに一撃を与えられてしまったからだよ。

       カルタフィルス。


□カルタフィルス:マジスター……いや、アレ――ぐふっ!


◇マジスター:良くないな、実に良くない。

       役に立たないキミに僕の名前を言う権利はないよ。

       ……それにバカだね~

       呪詛じゅそをかけようとしたのかもしれないけど、

       今のキミでは造作ぞうさにもないよ。

       物語をそらんじる詩人のほうが圧倒的に重みが増す。


□カルタフィルス:あっ、あっ……剣が胸にィ……


◇マジスター:さようなら、さまよえるユダヤ人。

       此処がキミの巡礼じゅんれいの最終地点だ。

       貧民窟ひんみんくつのくらーい、暗い……光が届かない場所だけどね。


□カルタフィルス:あぁ、消える……身体が消える……

         いやだ、嫌だ嫌だ嫌だ……


◇マジスター:……消滅した、か。

       まあ、今回は失敗に終わったけれども、大きな収穫だ。

       やっぱり弱い相手をなぶるよりも、力ある者をなぶ

       ほうがボクには性に合う。

       ただ、しばらくは休眠することにしよう。

       種は蒔いた。

       ――【運命うんめい】よ、是非とも予言のうたを叶えておくれ。

       最後に全て台無しにしてあげよう。 



(END)


Episode.02 → (製作中)

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