9話
氷雨 side
「大丈夫…大丈夫だから…」
扉の向こうから小さく紺くんの声が聞こえた。
「僕じゃ無理なのかな…」
僕は小さく呟きを零す。僕は二人が煉くんの部屋に入っていくのを見て、気になり会話をこっそり聞いてしまった。
『僕と氷雨だけじゃ無理なんだよ。』
さっき煉くんが言っていた言葉を思い出す。
僕じゃ無理なんだね…
僕と煉くんは正反対の病気だから相性がいいと思う。
今までお互い辛い時は支え合っていた。
だから二人でもやっていけると思ったのに…
煉くんにとっては違うんだね…
煉くんは紺くんのことが好きなのかな?
だから離れてほしくないんじゃないのかな…
僕は煉くんのことがずっと前から好きだった。
だけどだけど煉くんが好きな人は違うんだね。
この気持ちは心の底に隠そう。
大丈夫…上手くやれる
だって今までもしてきたんだから……
大丈夫…大丈夫な筈なのになんで涙が出てくるのッ…
「止まって…お願いだからッ」
バレたくない…
こんな気持ちを持っていたことを…
僕だけの秘密を
僕は無理矢理涙を拭い人差し指で口の端を押し上げ、笑顔を作る。鏡で見れば目がほんのりと赤くなっていて、歪な笑みを浮かべている。
「違う…こんなの僕じゃない…」
違う、違う!
こんな歪な笑顔じゃない!
違う違うッ!
……あれ?僕って、どんな笑顔だったっけ…
また涙が溢れてくる。ポタッポタッと静かに床に落ちていくと思っていたら、カランッと小さな音が連続して聞こえた。
「あれ?涙が…」
手のひらに溜まっていく涙は小さな氷の結晶だった。気づけば涙だけではなく、さっき泣いて作った小さな水溜りも凍っていた。涙が氷の結晶として出てきたのではなく、正確には部屋自体が寒くなっていた。
「痛くない…?」
部屋が冷えているのは病気が原因だと思ったがその症状は出てなく、凍る時のあの痛みは全くなく不思議な感覚だった。部屋の寒さのせいで吐息は白く部屋の明かりで煌めく。涙はもう止まらず勝手に落ちてはカランコロンと音を奏でる。宝石のような涙を光に当てればキラキラと輝く。
「綺麗…」
息の音と涙が奏でる音、時計の秒針が時を刻む音がこの部屋を支配する。ゆっくりゆっくりと時が過ぎていく。カチッカチッと時が刻まれる音と共に。部屋の温度はどんどん下がっていく。時々ピキッと何かが凍る音がする。気がつけば息や涙だけではなく、机に置いてあったコップの中身さえも凍らせ始めた。
「眠い…」
突然眠気が僕を襲ってきた。普通寒ければ眠れなくなるのに。寝ても平気だよね…
ゆっくり目を閉じようとした瞬間、コンコンとノック音が聞こえた。
「氷雨くん?」
「ひ、すいくん…」
「そうだけど、どうしたの?もしかして寝てた?」
「う、ん…」
「大丈夫?」
どうしようもないほどに眠くて、声を出すことさえ出来なくなってしまった。
「部屋に入るよ」
何も言わなかったら翡翠くんが部屋に入ってこようとした。
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