第2話 馬のくそ

 少女たちが集まって、道の真ん中で円陣を組んでいた。

 七人、いや八人の少女たちが、眉間に皺を寄せ睨み合っている。

 どうやら、じゃんけんをしようとしているらしい。


『じゃんけんに負けると、嫌なことをしなきゃいけないんだろうな』


 そんな空気が、ビシバシと伝わって来た。

 俺はそのまま脇を通り過ぎようと思った。

 すると突然、こんな言葉が飛び込んできたのだ。


「じゃんけん ぽっくらけっつ 馬のくそ」


 どうやらこの地方のじゃんけんの掛け声らしい。

 初めて聞く掛け声だ。俺は思わず吹き出してしまった。

 少女たちのただならぬ雰囲気と、じゃんけんの掛け声が全くマッチしていない。


 しかし、少女たちは俺の存在をまったく気にしていない。

 相変わらず眉間に皺を寄せ、あの掛け声でじゃんけんをし続けている。


「じゃんけん ぽっくらけっつ 馬のくそ。馬のくそ。馬のくそ!」


 八人のじゃんけん。なかなか、勝負はつかない。

「馬のくそ」と、何度もあいこが続いているようだ。

 あまりのおかしさに、俺は少女たちの様子を見ることにした。


 ようやく勝負がついたようだ。

「嫌だ! 嫌だよ! 私、あんな奴のお嫁になるのは嫌だぁ~~~」

 一人の少女が、地面に座り込んで号泣している。


 じゃんけんに勝った少女たちはホッとしているようだったが、目の前で泣き崩れている少女に対して憐みの目を向けていた。


『今の時代に、じゃんけんで結婚を決めるのか?』


 俺は驚いた。しかし、通りすがりの俺がどうこうできる問題ではない。そう思っていると、杖をついた老人が現れた。


「おうおう、次の嫁っこは圭子ちゃんか。今夜、俺の屋敷さ来い。逃げようなんて思うなよ。おめぇの家族が不幸になっちまうからな」


 禍々しい笑みと嫌らしい目つきをした老人は、そう言って去って行った。

  

 ここは、異様だ。

 あんな年寄りの嫁をじゃんけんで決めることも、こんな村から逃げない少女たちも。まるで、大正か昭和初期のままで時代が止まっているようだ。


 俺は持っていたハンティングナイフを、少女の側にわざと落としてやった。

 少女が今晩、このナイフを使うかどうかはわからない。けれど、身一つであの老いぼれじじいの屋敷に行くこともないだろう。


 泣いている少女は、ハンティングナイフを拾い上げ懐に隠した。

 周りの少女たちは、一瞬大きく目を見開いたが、無言で見て見ぬふりをしている。


 事の成り行きが気になった俺は、大きな屋敷の側で野宿することに決めた。

 夜遅く、屋敷からしわがれたじじい悲鳴が聞こえて来た。


 少女の叫び声も聞こえて来る。

「馬のくそ! 馬のくそ! 馬のくそぉ~~~~!」



           完 



 

  

  




 

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