欠けた月が見える異世界で病気を治した僕は、錬金魔術師として生きることにした

伊都海月

二人の異世界

第1話 ここが闇?

「マティアス!」


 僕を木の上に押し上げて、マティアスは魔物と向き合っていた。目の前には、魔物の群れ。僕とマティアスは、森の中に置き去りにされた。僕が旅に出る前の日、聞いてしまった義母の言葉は夢じゃなかった。


『闇に落ちる子どもは、処分しないといけないの。』悲し気な声で聞こえたその言葉、何のことだか分からなかったけど…。


「レミ様、これは、何かの間違いです。私が、レミ様をお守りして、必ずおじいさまのところまでお連れします。ですから、そこから落ちるんじゃありませんよ。」


「分かった。しっかりつかまっておく。」


 背中が灰色のオオカミの魔物。フォレストウルフの群れ。どれだけいるのだろう。20体いや、まだ、いる。40体近くはいるのではないだろうか。マティアスは、既に、10体以上のフォレストウルフを屠っていた。それでも、終わりが見えない。マティアスの鎧は、砕かれ、肩や腕から血が流れ落ちていた。その時、オオカミの群れが割れていき、そいつが現れた。


 多分、この群れの統率者。金色のオオカミだ。そいつが前足を振り上げるとマティアスの鎧が削られていく。


『ズザッ』


 僕がしがみついている木か揺れた。金色オオカミが放った風の魔法が幹に当たったようだ。その音に驚いたマティアスが、オオカミから目を離してしまった。


 一斉に、飛び掛かっていくオオカミたち。


『ギャウン、ガッ、ゴグ、ガッ』


「マティアス!」


 剣が折られ、オオカミの群れの中にマティアスが沈んでいった。


「マティアスー!」


『ギャイン』


 マティアスの上に何重にも折り重なっていたオオカミが振り払われてマティアスが現れた。その全身は赤く染まっていた。それでも、僕が捕まっている木を守るように手を広げ、オオカミの群れを睨みつけている。


 良かった。マティアス…。無事だったんだ。立ち上がったマティアスを見た僕は、下腹部を襲う魔力病の痛みと一瞬の安心で必死にしがみつき、何とか保っていた意識を手放してしまった。




 ******************************************************************************************************************************************



 ピッピッピッピッ…。

 心拍が早い。

 先生が僕のお腹を押さえてきた。


「筋性防御が確認できます。」


「先生、昨日の手術は、うまくいったのですよね。」


 お父さんの声が聞こえた。お腹が痛い。


「凜君、大丈夫ですよ。しっかりして。」


 看護師さんの声?


「凜、しっかりしろ。大丈夫だ。大丈夫だから。」


 お父さん。痛い。でも、頑張るよ。頑張るから…。僕の意識は薄く溶けて行って、痛みとともに暗闇の中に広がって行った。良かった。痛みが薄くなっていく。僕の意識も…。




(ここは…。暗い。でも、暖かい。音はない。心配なことなんてここにはないよ。大丈夫。)


 僕は痛むお腹を抱えて丸くなった。重くズンズンと響いてくる痛み。生まれた時から付き合ってきた痛みだ。薬を飲めばしばらくは良くなる痛みだけど、手元に薬はない。しばらくすると収まるかもしれない。少しだけ我慢しておこう。僕は、目を閉じ、力を抜いた。痛みから意識を遠ざける。今までだって出来ていた。そして、眠りに落ちていった。



「点滴。痛み止めだ。急いで。昨日の手術はうまくいっています。壊死部分は取り除かれているはずです。多分、痛みによる症状でしょう。新たな組織が壊死しようとしているのかもしれません。兎に角、今は、痛みを抑える治療を行います。少しの間意識が混濁するようなことになると思いますが…。大丈夫です。直ぐに、元の凜君に戻ります。」


「先生。宜しくお願いします。凜は、昨日も頑張ったのですから。」



 ******************************************************************************************************************************************



 その騎士は、守るべき子どもを木の枝に乗せ、魔物を寄せ付けまいと最後まで戦ったようだ。この老人が森の異変にもう少し早く気付いたなら、その騎士も助けることができたかもしれない。子どもを守ろうとしたのは、その騎士だけだったのか、騎士に屠られた数匹の魔物の死骸と騎士の遺体しかない。騎士の戦い方が、よほど激しかったのか、魔物たちは、騎士に近寄ろうとしない。


 残りの魔物の数は、40匹程度。フォレストウルフだ。一匹だけ風の魔法を操る上位種がいるようだ。シロッコ…。こんな森の中に騎士と子どもだけが取り残されていること自体おかしなことだが、この時期にこんな森の浅い場所にフォレストウルフの群れがいることの方がおかしなことだ。


「騎士殿、少年は、俺が必ず助ける。安心してお眠りなされ。」


 白髪の老人は、物言わぬ騎士に語り掛けると、騎士とオオカミの間に身を滑り込ませた。


『キャワン』


 一体の魔物が悲鳴に似た鳴き声を上げその場に崩れ落ちた。


『ギャン・キャン・クゥン。』


 身動き一つしていないように見える老人の前にいる魔物が次々と崩れ落ちていく。老人は、シロッコから目を離さない。老人に睨みつけられたシロッコは、とうとう目をそらすと、踵を返し、森の奥へと逃げ去って行った。


 老人は、警戒を解かぬまま、素材となった魔物の死体に手を触れ、次々に消し去って行った。ストレージへの収納。老人が持っているスキルだ。


 立ったまま、亡くなっている騎士の前に来ると


「騎士殿、あの子が花を手向けることができる場所を墓とし、お主が眠る場所とすることを約束しよう。それまで、無粋な場所で申し訳ないが、俺のストレージの中で眠っていてくれ。」


 小さな声で、騎士に話しかけると、その肩に手を当て、ストレージの中に収納した。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る