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「だいぶ避けるのにも慣れてきたかい?」


「うん……少しだけど」


 一度イッヌーコとの距離を置き、わたしは息を整える。


 イッヌーコの動きをよく見て、動作の癖を観察してきちんと覚える。わたしが攻撃を回避するには、それしかない。


「ガルルルルッ!」


「シャー!!!!」


 距離を置くと、イッヌーコは鋭くわたしを睨み威嚇をする。接近すると仕掛けてくるが、離れれば様子を見るかのように動かない。


「どうして離れると攻撃して来ないんだろ……?」


 わたしが呟いた疑問に、トキヨが答えてくれた。


「おそらく……習性のぶつかり合いかもなあ」


「習性のぶつかり合い?」


「たぶんね。離れたところの獲物の様子を見てチャンスになると飛び掛かる猫と、威嚇して相手を退かせようとする犬の習性がぶつかり合って、結果的に離れるとフリーズみたいなことになっているのかも」


 イヌとかネコとか言われてもわたしにはピンと来ないけれど、要約すると元々は違う動物の頭が、それぞれ違う思考回路を持っているから、離れると威嚇しつつ固まっちゃうってことらしい。


「つまり離れれば安全ってこと?」


「安全マージンはわからないけど、うんそうなるね」


「攻撃して来ない距離は、1メートルちょっとだよ」


 厳密に言うならイッヌーコを軸に半径1メートル13センチ。それがわたしが弾き出した、イッヌーコが仕掛けてくる範囲だ。


「賢いね。ふふん、さすが僕の子孫」


 ちょっとトキヨが嬉しそう。だけどたぶん、これくらいの目算ならトキヨも出来ていると思うから、褒められた気がしないよ。だってトキヨって、この世界の言葉を三日くらいで自力で覚えたって、前にサカヅキが言ってたもん。


「問題はわたしが決め手に欠けるってことなんだよね……」


 攻撃力不足——今回トキヨは、わたしが攻撃を回避することに専念出来るアシストしかしてくれないことになっている。


 具体的なアシスト内容は、肉体強化魔法と回避ミスをしたときの防御魔法の二つ。


 要は、回避行動を可能にする肉体強化をしてもらい、もし回避に失敗しても魔法でノーダメージだけど、終わらせるための攻撃は自分でやってご覧——という訓練だ。


「難しいなあ……戦闘って」


 そもそも戦うこと自体が苦手なわたしには、戦闘難易度よりも戦闘行為自体こそ難易度が高いと言えちゃう。自分で戦ってみると、魔物討伐担当のクウキがいかに凄いかよくわかる。


「わたしにも攻撃力があれば……」


「あはは、悩んでいるね。良いことだよ悩むのは」


 悩んでるわたしからすれば、とても良いことには思えないけれど、しかしその言葉にひとつの直感を得た。


 トキヨの性格的に、可能性がないことはきっぱりと否定するはず。そんなトキヨが悩むことは良いことだ——と、そう言った。


 つまり可能性はある——はず。と信じたい。


 仲間を信じるのは簡単だけど、わたし自身を信じることは難しい。わたしはわたしのスペックを理解しているからだ。


「……………………」


 本当にそうだろうか? わたしは本当にわたしを理解しているのだろうか?


 なにが出来て——なにが出来ないか。


 それを明確に理解出来ているのだろうか——いや、出来ていない。


 わたしに出来ること——わたしに出来ないこと。その明確な線引きを今ここでする必要がある。


 わたしには一撃で戦闘を終わらせる攻撃は出来ない。


 本当にそう? それってわたしが勝手に決めつけているだけじゃないの?


 なにかあるんだ——きっと。トキヨが特訓と言っていたのだから、鍛えればモノに出来るなにかがあるはずなんだ。


 考えろ考えろわたし——距離を取ればイッヌーコは攻撃して来ないから、きちんと考える時間はある。この時間を使って、なにかを見つけるんだわたし。


 出来ないことじゃないんだ。出来ないかもしれないことなんだ。もっと言えばやらないだけで、やれていないだけ。


 だから、やってみる必要がある。やらなきゃわからないんだから、まずはやってみることが大切なんだ。


「……そっか、わたし……挑戦したことがないんだ」


 挑戦もせずに、絶対出来ないと決めつけていた。なにもかも。


 わたしは弱いのが当たり前だと思っていた。デフォルト弱者。


 何もせずに決めつけて、何も出来ないと思い込む。ダメ人間。


 知っていたけど、自覚ありまくりだけど、相当なダメ人間だ。


「うん……まずはそこからだよね」


 トライせずに決めつけるのは辞めにしよう。やってみてから判断しよう——とは言っても。


 とは言っても——だ。攻撃力不足なのはトライせずとも判明している。いや、厳密に言うなら少しくらいはトライしている。イッヌーコの攻撃を回避しながら、何度か剣を当てている。


 無傷。イッヌーコは無傷。イッヌーコの毛が鎧のような硬度で刃が通らなかったのだ。


 刃は通らないけど、そういえばトキヨが刃こぼれした様子はない。


「ねえ、トキヨって刃こぼれしないの?」


 今聞くことなのか自分でも疑問だけど、知りたかった。トキヨを勇者の剣として引き抜いてから、思えば一度たりとも手入れをしたことはない。引き抜いたまま、わたしは今の今まで剣として使っているんだもん(使用回数これで二回目だけど)。


「しないよ刃こぼれ。僕の強度は持ち主の魔力に完璧に依存しているからね。ユーシアノさんが手にすることで、僕の強度は常にカチカチってわけ。あはは」


「じゃあ切れ味もわたし次第ってこと?」


「切れ味は刃依存だから、えっとね、簡単に言うと僕は絶対に刃こぼれしないし折れたりもしない頑丈な剣——だけど、なんでもスパスパ斬れる剣、ってわけじゃないんだ」


 頑丈だけど切れ味は普通の剣——と、トキヨは笑いながら言った。


 切れ味が普通だとしても、魔法を使ってくれる時点で普通の剣とは違う——ん?


 魔法を使ってくれる……。今もわたしに肉体強化の魔法を使ってくれている……魔法、魔法魔法……。


「あ、そっか! わかったかも!」


「なにか思いついたかい?」


「うん! 固定観念を捨てちゃえば良いんだ!」


 トキヨは剣。剣の攻撃は斬ること。それは固定観念。


 そんな固定観念は、必要ない。ポイしちゃうべきだ。


「ねえトキヨ、わたしが合図したら、肉体強化の魔法をもっと強くしてくれる?」


「一瞬だけなら強めることも可能だよ」


「複数回できる?」


「それも可能だよ。でも一応言っておくけど、一瞬とはいえ今よりも強化したら、たぶん後で筋肉痛になると思うよ? 平気かい?」


「う……筋肉痛かあ……痛いのは嫌だけど……うん、でも——なってから考えることにするよ。まさか歩けなくなるくらいの筋肉痛ってわけじゃないんだよね?」


「まあ歩けなくはならないかな、あはは」


「じゃあ、合図した瞬間に、その一瞬の強化をお願い」


「おっけーい」


 分析は済ませてある。イッヌーコの攻撃サンプルは集めたつもりだ。


 そこから逆算する——イッヌーコの攻撃を避けて、わたしの攻撃を当てるまでのプロセスを逆算。


「……………………」


 うん、出来た。


 わたしがイッヌーコの攻撃を避ける回数は七回。


 わたしがイッヌーコに攻撃を当てる回数は三回。


「あと三撃で、この訓練を終わらせる」


 そして今夜はわたしがみんなに奢るんだからっ!



 ※※※



「あー! なに私が居ない時に楽しそうなことしてるんですかー!!?」


 お腹空いたから戻って来たら、黒絵さんもサカヅキさんもバニカさんもテレビを見てますよ!


 テレビなのかわかりませんけど、テレビっぽい形してます!


「やかましいのお……うぬ」


「なんですかこのテレビ!」


「テレビとは違うぞい。今現在バトルしちょるシアノを映す鏡らしいぞい」


「鏡の原型ゼロの見た目してやがりますけど」


 まあ、その辺は良いとしよう。どうせ偽物ってことにするために、このテレビっぽい形になったのでしょうから、そこはもうどうでも良いです。


「え、てかシアノさんバトってるんですか? なんで?」


 おもしろそーう。人のバトル見るの私好きー。


「うわなんですあの魔物……猫と犬のキメラ? キモいですねえ」


「ですが顔は可愛いと思いませんか? 空姫さま」


「顔はまあ……はい、でも大きさに問題ありますって」


 三メートルくらいあるんじゃないですか? でけえです。


「顔は可愛くても私にはあれは愛せませんねえ。可愛いと可愛いを融合させたダメなパターンですよあれ」


「可愛いと可愛いが合わされば無敵——というのは、いささか間違いと空姫さまは言いたいのですわね? うふふ」


「可愛いの種類によりますって。美味しいと美味しいを合わせても無敵にはならないのと一緒ですよ」


「美味しいと美味しいは結構無敵に近いのではありませんか? マヨネーズとご飯のように」


「いちご大福と焼肉を一緒に口に含んで美味しいと思わないでしょうってことですよ。思えますか? いちご大福と焼肉のバチクソ音痴なデュエットを美味しいと?」


「ふふ……うふふ。失礼しました、生まれて初めてわたくし、空姫さまの例え話で納得してしまい、自然と笑みが溢れてしまいましたわ」


 失礼な人ですよ全く。私だって成長しているのですから、例え話のひとつやふたつ、ビシッと例えてやりますとも。ビシッと。


「てかなんでシアノさん戦ってるんです?」


 私の純粋な疑問には、黒絵さんが答えてくれました。


「どうやらお金を稼ぐため、のようですわよ」


「えっ……シアノさんがお金稼ぐようになったら、てか魔物を倒せちゃうようになったら、私のパーティでの立ち位置がマズいことに……!」


 寝床は用意してもらってるし、ご飯も用意してもらってるし、このままだと私は、お風呂に使うお水を汲んでくるだけの魔法少女になってしまう。そんなの魔法少女じゃなくて、ただの少女でも出来ますし、これはピンチなのでは……っ?


 かと言って私の立場の為にシアノさん負けろ——とは死んでも思えないですし。


「これが歯痒い思いってやつですか……学んでしまいました」


「学び方に問題ありすぎじゃろ。ちゅーか、そんな風に思っちょるんじゃったら、日頃からもうちょい仕事せえようぬ」


「アウトドア生活において、私に出来る仕事がなさすぎるのも問題ですよねえ、残念なことに環境が私にお仕事をくれないのですよ」


「残念なのはうぬの頭じゃろ」


「タンブラーに言われたくないです。私が運搬しないと動けないタンブラーにだけは言われたくありません」


「儂には湯船っちゅー役割あるからのう。うぬのパーティでの活躍の場所、シアノが魔物を討伐出来てしもうたら、もはや湯船以下じゃろ」


「悲しい」


 言われてみると、本当に悲しい。ガチで現状湯船以下ってことが自覚あるので本当に悲しい。


「まあ……はい、私は私の出来ることをするだけのことです、めげません!」


「……いい性格しとるのう」


「パーティで性格が良過ぎる担当、それが私なのです!」


「それもシアノに軍配が上がるじゃろうなあ」


「ふふん、なんと言われようとめげませんとも!」


 逆風逆境フルシカト。そのメンタルが私にはあるのです!


「おっ、シアノさんが仕掛けましたよ! ほらしっかりテレビ見ましょうテレビ!」


「テレビじゃないがの。形はモニターじゃし」


「やかましいですよサカヅキさん」


 テレビもモニターもない時代に現役だったタンブラーの戯言は華麗にスルーしまして、私は今度こそシアノさんのバトルを最後まで見届けようと思います。


「てかボロさんは? ボロさんなにやってるんです?」


「ナルボリッサさまは、造船所で腕相撲大会に参加しておりますわね。現在七十四人抜きしているようですわ」


「え……そっち見たいな……」


 なんでボロさんがそんなことになっているのかよりも、そっちの方が楽しそうだなあ……と、私の思いは早速揺らいだのでした。えへへ。

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