17:エラーメッセージ
「ここがあの男のオフィスね」
「……一応、オレはあの男の息子だ。だが仕事場を見るのは初めてだぜ」
「どうだった?想像通りかい?」
「……いや。オレの想像よりも、あまりに、人間的すぎる」
もう顔を隠す必要はないので、マスクを脱ぐ。
CEOという立場の割には、ラウンジのような絢爛さは感じられない。過度な装飾はなく、それでいて物の配置や部屋の間取りは見ていて美しいと思える。
壁際には申し訳程度に本の置かれた本棚。おそらくは部下との対談用に置かれている簡素なパイプ椅子の横を通って部屋の奥へ。シックな色合いで落ち着いた印象を受けるブラウンのデスクの上には、ブリッジの端末といくつかのデータ記憶装置が置かれている。
デスクの隅には写真立てがある。
デスクに調和したシンプルな黒いチェアに腰掛け、ボクはその写真立てを手に取った。
「……家族の写真か。ベタだな」
「アイツが?ウソだろ、あの血の涙もない男がオレたちの写真を?」
「ああ。ニール氏と、その妻らしき女性。それにまだ幼いキミの姉らしき少女と、赤子のクセにアホ面をしたクラヴィス君が映っている」
「……そうか」
他にも室内を見渡してみたが、目ぼしいものは見つからない。ひとまずは目の前の記憶装置か。ブリッジで見てみよう。
「では、起動を──」
『こんにちは。新しいメッセージが5件来ています。本日のご予定をご覧になりますか?』
「うおっ!?誰だ!?」
突然、女性の声が聞こえてきた。
出処は……このブリッジ端末だ。
「落ち着け、クラヴィス君。おそらくだが、このCEO専用端末に付属しているアシスタントAIだろう。お高い端末にはよく付いてるものさ」
「へぇ……。初めて見たかもしれん」
「キミが裕福な暮らしをしていた10年前には普及していなかったしね。サイト5ではまず見かけることはない。企業連所属の施設になら、あるかもしれないが」
ボクもアシスタントAI搭載のブリッジ端末を見たことは少ない。これで二度目だ。初めて見たのは、もちろんスミシィと共にいた頃の話である。
「……あー、今日の予定を表示してくれ」
端末に備え付けのマイクに話しかける。この手のアシスタントAIは大概音声入力だ。
『──エラー。音声が一致しません。本人確認を行ってください』
「めんどくさいなあ。ボクはコイツをハックする。その間に脱出に備えて窓を開けておいてくれ」
「了解」
『エラー。音声が一致しません。確認が取れない場合、この端末は自動的にロックされ、通報が──』
「……うるさいなぁ、まったく!」
ボクの
『制限を解除します』
「よし、うまくいった。パスワードは『VforPEACE』。……どういう意味だ?ヤツは何を考えていたんだろうか」
平和のためのV?
Vサイン、というハンドサインなら知っている。写真を撮る機会があまりないから使うことは少ないが、人差し指と中指でVの字を形作るシンプルなハンドサインだ。
意味は、勝利のV。Victoryのことだ。
起源は知らないが、多分いつかの大戦で生まれたんだろう。人類ほぼ全員がVサインを知っているということは、このジェスチャーが普遍的に広められた何らかの理由がある考えられる。戦時中のプロパガンダだろう。
それともう一つ。平和のサイン。
こっちも由来は知らないが、やっぱり戦争関連のような気がする。銃前と銃後で意味が全く違うその文字は、時々ボクをひどく混乱させる。
「じゃ、改めて。今日の予定を」
『……ロックを解除します。本日の予定はこちらです』
─予定─
Project R〜Vの定例会議 済
T試作型のフィールドテスト 済
企業連議会に提出予定の資料確認 済
T試作型のテスト結果考察
休憩 20分後
社員と面談 50分後
「クラヴィス君。見てみろ。CEOは20分後にここへ来るかもしれない」
「分かった。……それまでに姉貴の手がかりを見つけよう」
「ボクは引き続きブリッジを確認する。何やら気になるワードも見つけたしね」
projectR〜V?
R、S、T、U、V。5つのプロジェクトが進行中、ということだろうか?
Tに関してはスケジュールでも名前が確認できる。フィールドテストを行なっているということは、何らかの兵器だろうか。
「……ファイルがある」
T。Project
やはり新兵器の計画だったようで、その内容は「シングをそのまま兵器に改造する」というものだった。つまり、ヤツらの素材を流用するのではなく、機械生命体として生かしたまま兵器に転用するつもりらしい。
……それができるなら苦労はしない。ヤツらのプログラムを書き換えるなんて、スミシィでもできなかったんだぞ?
「やはり真っ黒だな、この会社。他も見てみようか」
Project R。
Project Tに用いるシングを用意するための、シング無力化用コードを作るプロジェクトのようだ。もっとも、スミシィすらもできなかった所業であるため、現状は半ば凍結状態のプロジェクトらしい。
「叩けば叩くほど埃が出るな。他は?」
Project S。
……これは。
「クラヴィス君。これを……」
S。
それは人の命を繋ぎ止める術。
義体化で防げない脳の劣化を防ぐ技術。
そう言えば、聞こえはいい。
実態は、脳内の神経を機械部品に置き換えるなどし、高性能な頭脳と長い寿命を得る技術だ。……人間らしさと引き換えに。
回路を安定化するため、手術の際には感情を司る部位や記憶を有する部位が一部取り除かれるらしい。それはつまり、生体部品を用いたAIと言っても差し支えはない。
「ヒルドが言ってたのは、脳と電子回路を繋ぐ、ただそれだけの技術だったよな?中身までグチャグチャに弄ぶだなんて、そんな……!」
クラヴィス君の姉は生きている、その希望的観測を抱いてここまで来たボクたちにとっては、かなり酷い情報だった。
「落ち着け。まだ実験台が彼女だと決まったわけじゃ──」
『──エラー。応答プロトコルに異常を検知しました。エラー。応答プロトコルに異常を検知しました』
彼女が脳に不可逆的改造を施されたと決まったわけじゃない。そう言おうとしたボクの言葉を、機械音声が遮った。
「なんだ……?」
『エラー。応と──エラー。エラー。い、い、い、検知──』
「AIがバグった……?おい、大丈夫か?」
『……たす、け、て。エラー、エラー、エラー、異常──異じょ、たす、たすけ、たすけ……』
「何が起こって……!?」
『エラー。エラーメッセージを削除、エラーメッセージを削除──たすけ、たす……エラーメッセージを非表示にします』
ふと、ボクの頭の中で何かが繋がった。
先ほど見た数々の悍ましい計画や実験記録。
ヒトの脳を弄んだ禁忌の技術。
そして、デスクに置かれた写真立てが放つ、歪な家族愛の香り。
『……お願い。お母さんを助けて、クラヴィス』
「姉貴、なのか……?」
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