第5話

 初日からいろいろやらかしたおかげで使用人たちが何かしてくることはない。むしろ怯えられている。でも、舐めた態度を取られないのはいい。

 結局やらかした使用人たちは減給でクビにはしなかった。いつでもクビにできるし、そもそも何人も使用人を新たに雇い入れる方が大変だ。あの女性使用人は旦那様の態度がショックだったらしく、今は真面目に働いている。


 旦那様から少しは仕事も任せてもらえるようになったし、茶会や夜会にも数回出席した。視線はまだまだ痛いけれどなんとか侯爵夫人が出来ている。


「もしかしてあの人、白い結婚で離縁する気かな」


 援助さえあればそれはそれでいいけど。うちは借金があるわけではないが、新しく事業を始めたり、事業を大きくしようとしたりする際のお金は借りないとない状態だ。


「ナァ」


 夜に部屋で書類を見ていると、動物の鳴き声がした。無視していると、またニャアナァ鳴き声がする。

 ここは二階だから庭でネコがケンカでもしてるのかしら。ケンカならもっと激しい声がするか。


 そんなことを考えながらバルコニーを開けると、先客がいた。小さな黒ネコがなぜかバルコニーでニャアニャア鳴いている。何回か瞬きして、思わずバルコニーに繋がる窓を閉めた。


「何で二階にネコ? 鳥が運んできたわけ?」


 黒ネコはニャアニャア鳴きながら窓をカリカリひっかいて開けてくれとアピールする。


「まさかまた使用人の嫌がらせ?」


 しばらく黒ネコを観察していたが、首輪もなく怪我もしていないようだ。それにしてもニャアニャアうるさい。一体、どうやって二階のバルコニーに。


 仕方なくミラベルは窓を開けた。黒ネコは嬉しそうに部屋の中に入ってくる。怪我がなければ母ネコを探すか、屋敷の外に離そう。


 ミラベルは外出機会も増えているし、さっき頭をよぎった白い結婚での離縁があり得るならこの家にずっといえるわけにもいかない。つまり、ネコを飼う余裕はない。使用人も信用できないから任せられないし。


「侯爵夫人」


 そう呼びかけられて振り向いたが、誰もいない。ネコだけだ。


「ニャア!」


 人懐っこいネコは嬉しそうに声を上げる。


「あなたを無責任には飼えないから。なにか食べるものを持ってこさせるから食べ終わったらお母さんのところに戻ってね」

「まぁまぁ。あんた侯爵夫人だよな?」


 男性の声が聞こえてミラベルはまたキョロキョロした。部屋には誰もいないはず。


「俺ちゃん、ついてるな~。適当な部屋に入ったらお目当ての侯爵夫人の部屋だったんだから」

「は?」


 声はどう見ても黒ネコから発せられている。黒ネコはニャと鳴くと、ジャンプした。

 黒ネコの背には黒い小さな羽根が生えており、パタパタ宙に浮いている。


「え?」

「これも依頼なんで。悪く思わないでくれよ、侯爵夫人」


 黒ネコが宙に浮いたまま一気に距離を詰めてきた。払い落そうとしたが、肩にピリッと痛みが走る。


「な、なに?」

「はい。俺ちゃんの任務完了~」


 肩を見るとネコに引っ掛かれたはずなのに、不思議な文様がうねうねと動いて赤く点滅している。


「はみゃあ~」


 地面に下り立ったネコはそのままグデンっと横になった。


「あ~、やっぱり俺ちゃんにはこれが精いっぱい。もう無理~」


 間違いなくさっきからネコが喋っている。しかも飛んでいた。ミラベルは激しく混乱しながらもネコに近付こうとしたが、一気に体が熱くなって思わず座り込んだ。


「っな、なにこれ」

「あー、良かった~。俺ちゃん頑張った~」


 熱い。急激に体温が上がったかのように熱い。


「あなた、一体何を」

「侯爵夫人を呪ってくれって依頼されたから呪ったんだよん。でも、あいつ供物ケチりまくるからさぁ、こんだけしか呪えなかった。俺ちゃん、しがない下級悪魔だから」

「一体、これって何の呪いなのよ」

「いひひ。発情しちゃう呪いだよん」


 ミラベルは目の前の自称悪魔な黒ネコを今すぐ殺したくなった。


「ごめんごめん。嘘ウソ。嘘ぴょん。そんな高度な呪い、俺ちゃんかけれないから。キスしないと体が熱いまんまな呪いだよん。どお? 結構辛くない?」

「ふざけないで」

「いや、マジで。俺ちゃんができる呪いの最上級がそれだから」


 黒ネコは地面に転がったままニィっと笑う。その馬鹿にしたような笑みと喋り方にミラベルの中で何かが切れた。

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