因習村脱出チャレンジ~生き残れ陽キャくん~

砂藪

第一の村 イワイ

第1話 陽キャからの連絡


真博まさひろく~ん、元気~?』

 クラスの中でも一際目立っている存在。誰が言い出したわけでもないが、それを陽キャの集団と俺は呼んでいる。

 その集団の中でもさらに光を放っている存在。

 いわば、クラス、いや、学校の陽キャの頂点と言っても過言ではないのが現在、俺のスマホに届いた動画に映っている有谷ありや隆樹りゅうきだった。

 目立ってはいるが、校則を破ることはなく、髪は少し明るい茶色。整った顔立ちに、聞き取りやすい声。その上、裏表のなさそうな明るい性格。周りに人が集まってくるのも無理はない。

 それに対して、俺は休み時間でも教室の隅の自分の机に座ったまま、本を読んでいるだけの、いわゆる陰キャ。高校生になってからの交友関係は社交性が物を言い、まったくもって社交性とは程遠い俺は友達ができていない。似たような人間はクラスにちらほらいるが、群れをつくることもない。

 そんな陰キャの俺に対して、陽キャ頂点の彼が連絡してきたのは他でもない。

『俺は今、友人の頼みでとある村に来てるんだけど、ちょっと雰囲気がおかしくて……もしかして、生贄にされそうになってる?』

 画面の向こうの彼は白い死に装束を着ており、引きつった表情でカメラ目線を決めていた。こんな時でもカメラ目線で話ができることに「ちょっとお前の神経どうかしてるよ」と心の中でツッコミを入れる。

 彼の背後に見えるのはごつごつとした岩肌だった。草木が見えず、外の景色が一切見えないため、そこがある程度の広さを持つ洞窟内の空間であることはすぐに分かった。

『真博くんに助けてほしくて……あ、人が来る……』

 そう言うと、彼は撮影をしていたスマホを岩の壁に立てかけて、洞窟の真ん中に用意された一畳の畳の上へと行き、正座をした。

 ゴツゴツとした岩の壁に囲まれた中、剥き出しの地面に置かれた畳は異質だった。

 異質なのは、それだけではない。

 彼の頭上にある円状のしめ縄だ。

 直径百八十くらいの円状のしめ縄はちょうど彼の頭の上にあり、俺の太ももほどの太さのしめ縄の上には、明らかに重さがある粗削りされたような丸く大きな岩があった。

 落ちてきたら、簡単に人を一人潰せそうな大きさの岩が、しめ縄にのっているだけで有谷の頭の上にある。あまりにも危なっかしい状況に俺は息を呑んだ。

『大人しくしていたか』

 足音がすると五人ほどの男と、一人の女子が畳に正座をしている有谷の前に現れた。女子は俺と有谷と同じくらいの歳で、灰色のリボンで結んだツインテールの髪を揺らし、にこにこと笑いながら、危なっかしい場所に座っている有谷のことを見ていた。

 有谷に話しかけた男性は初老の爺さんだったが、それ以外の四人の男性は、土木工事の現場で見かけることがある屈強な筋肉を持つ、お兄さんたちだった。

 男性陣についてはまったく見たこともなかったが、女子に関しては学校で見たことがあった。

 同じクラスではないが、同じ学年の他のクラスに在籍していたと思う。

『これから、イワイ様への貢物をお納めする』

 初老の男性がそう言うと、屈強な男たちが画面外に散っていった。いったい何が起こるんだと思いながら、なにもせずに画面を見ていると、初老の男性と女子が有谷に近づき、その手足を縄で縛り上げた。

 正座をした状態で動くことができない有谷の頭上で、少しずつ少しずつ、しめ縄の高度が下がっていく。それと同時にしめ縄の上にのっている大岩も有谷の頭へと近づいていく。

 人力で動いているのか、ずず、ず、とまばらな速度でだんだんと大岩は有谷に近づいていき、やがて、有谷の頭頂部に大岩が当たる。

 正座を崩せないまま、有谷は上半身を前に倒し、それでも下がる大岩が今度は背中にのる。

 もう無理だ、痛い、やめてくれ、と呻き声と叫び声の合間の懇願など聞こえないかのように大岩は数ミリ、数センチと下がっていく。

 押しつぶされた皮膚が裂け、潰された胴体からめきめきと何かが壊れていく音がしても、大岩は下がる。

 やがて、血がしみ込んだ畳が出来上がり、大岩を支えていた円状のしめ縄が止まる頃には、有谷だった何かが潰れていて、辺りは静かになっていた。

 岩の隙間が見えない角度で本当によかった。

 それでも俺は口を押さえて、トイレに駆け込んだ。

 便器にしがみついて吐きながら、陽キャの頂点の有谷の末路を思い出す。あれは何かの儀式だろう。フェイク動画でもないはずだ。そもそも、あんな悪趣味なものを、よりにもよって有谷が俺に送ってくるはずがない。

「……助けてくれって」

 俺に一体何ができると思って、あの映像を送ってきたのか。

 もしかして、もしかしなくとも、あいつは昔、俺が教えたことを今もまだ覚えていて、今際の際にそれを思い出したのか。

「おーい、真博。どうしたんだ? 体調でも悪いのか?」

 一階にいた父親に俺が吐いていたのがバレたらしい。父は濡れたタオルを差し出してきた。それを受け取り、口元を拭う。

「……ありがとう、父さん」

「ああ、よかった。なにかに憑りつかれたわけじゃなさそうで」

「ちょっと嫌なものを見て……」

 俺は机の上に置いたままのスマホに視線をやった。父がその視線を受けて、スマホに手を伸ばしたが、首を傾げる。

「なにも映ってないぞ?」

 そう言いながら、こちらにスマホの画面を見せてくる。

 しかし、そこにはしっかりと、畳の上に鎮座する大岩と、染み出るように流れた血とはみ出した肉らしきものがあった。

 その映像が送られてきた日付を確認する。

 八月八日。午後八時。

「……父さん、今日の日付は?」

「え? 今日?」

 父からしたら、なにも映っていない黒い画面のスマホを、机に置いてから卓上カレンダーを手に取った。

「今日は七月十八日だな」

 俺は大きく息を吐いた。

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