第12話 俺たちの意思
街がすっかり日の光に照らされると、人や車をちらほらと見かけるようになった。一日の始まりを体感し、記憶にある懐かしい景色からずいぶん変わったものだとも思う。
「着きましたよ」
と、
連れてこられたのは、都内の一等地にある立派なお屋敷だった。和風建築で大きな門と広い庭があり、
車を降り、鷹見の案内で中へと入る。オレは少し緊張して周囲をきょろきょろしてしまったが、
「族長は一番奥にいます」
先を行く鷹見がそう言い、オレたちはただ後をついていく。
「それにしても誰もいないな」
ふと
「気配は感じるから、姿を隠してこっちを見てるな」
「でも敵意は感じられませんね」
と、静さん。
言われてみれば視線を感じる。廊下に人の姿はないのに、どこからか見られているのが分かる。敵意は感じられないが、やっぱりちょっと怖い。
角をいくつか曲がって建物のずっと奥へ行くと、鷹見が立ち止まった。
「失礼いたします」
と、声をかけてから静かにふすまを開けた。
広い和室に一人、座っていたのは高齢の男性だ。顔はしわだらけでいかにもといった風だが、背中はしゃきっとしていてどこか威圧感さえ覚える。
「どうぞ」
鷹見にうながされ、オレたちは順に中へ入っていく。部屋には掛け軸が一つあるだけで、他には何もない。
鷹見が最後に入ってふすまを閉めた。すると族長と思しき男性が穏やかな声で言う。
「どうぞ、お座りになられてください」
「す、すみません」
「失礼します」
とりあえず彼と向かい合う位置にそれぞれ腰を下ろす。鷹見はオレたちから少し離れたところで、きちんと正座をしていた。
落ちついたところで族長が言う。
「まずはこれまでの数々の非礼をお詫びいたします」
丁寧に頭を下げられて、オレたちは困惑してしまった。
何も返せずにいると頭を上げた族長が名乗る。
「私は
元夢さんが何かに気づいたように返した。
「以前、経済産業大臣を務めていらっしゃいましたよね?」
まさか有名人なのか!? と、内心で驚くオレの耳に「静、知ってたか?」「いえ、知りません」「だよな。政治全然興味ないし」という小声の会話が聞こえてくる。オレも知らなかったから人のことは言えないが、帝人さんと静さんはダメな大人だ。
総田さんは少しだけ嬉しそうに口角をつりあげた。
「ご存知でしたか。いやはや、お恥ずかしい」
「たびたびニュースでお見かけしたので、記憶に残っていたんです。その節は日本のためにご尽力くださり、ありがとうございました」
と、元夢さんが丁寧に返す。どうやらこの場は彼に任せた方がよさそうだ。
「では、さっそく本題へ参りましょう。あなた方が一同に会した現在、私たちは過去の出来事が繰り返されるのではないかと
「神々との戦い、ですね」
「ええ、そうです。そして地球はそうなることを望んでいます」
夢でのやり取りが思い出されて、オレはおずおずと口を開く。
「地球の意思ですよね。地球がオレを選び、レストレーショナーにし、エンキドゥであることを思い出させた」
「その通りです。地球は神々に見放された後、意思を持つようになりました。管理人たちによる幾度もの初期化に嫌気が差し、レストレーショナーとして力を持つ人間を生み出し始めました」
薄々そんな気はしていた。オレが気づいていないだけで、この世界はすでに何度も初期化されている。
「その中心は常にギルガメシュ、あなただったのです」
静さんが小さく息を呑む。元夢さんは「それで?」と、続きをうながした。
「地球は管理人の手から逃れるべく、エンキドゥの魂が解放されるのを待っていました。ギルガメシュとエンキドゥ、かつて最強と名を
戸惑うオレたちだが、帝人さんが口を開く。
「ギルガメシュの守護神であった太陽神シャマシュは、ひそかに様子を見守ってきました。輪廻転生を繰り返すギルガメシュを心配し、時にはそばにいて直接支えることもしました」
すべてが少しずつつながっていく。
「シャマシュが危惧していたのは、エンキドゥと再会した時にギルガメシュがどんな行動を取るか。もしまた神々と戦うことになるのなら、全力で止めようと決めていました」
そうか、帝人さんはそちら側の人間なのか。
「地球の意思など関係ない。シャマシュは彼らに、平穏であるよう願っています」
「なるほど、それが太陽神の考えですか。守護神らしいですね」
と、総田さんが返し、元夢さんは静さんと顔を見合わせる。
「つまり、ここで明らかにするべきはギルガメシュ、俺たちの意思だ」
「そう言われても……」
「そうだよな。俺もすぐには決められないと思ってる」
地球の意思にしたがって戦うか、それとも守護神にしたがって平穏を選ぶか。
「でも、魂が叫んでいる。神々を許すわけにはいかない、と」
静さんの言葉に元夢さんは下唇をぎゅっと噛む。
総田さんは一つ息をつくと、オレの方へ顔を向けた。
「エンキドゥ、あなたはどうしたいですか? またギルガメシュとともに行きますか?」
「オレは……」
分からない、どうしよう。
「管理人とはくらべものにならないほど、神々は強いですよ。もしも負けたら、今度はどうなってしまうか分かりません。初期化どころではなく、この惑星の存在が消される可能性もあるでしょう」
存在が消される? それはつまり、オレたちだけではなく他の人たちもみんな……消えてしまう!?
「だ、ダメです、そんなの。戦うなんて無理です、やめましょう!」
慌てて静さんへ言うけれど、彼は苦しそうに返す。
「神々を許せと言うのか? 理不尽にお前を殺し、何千年も孤独にさせたあいつらを……」
ああ、ギルガメシュはエンキドゥと会えなかった期間のことも含めて、神々を憎んでいるんだ。孤独に耐えるしかなかったオレを、守ろうとしてくれているんだ。
オレも泣きそうな顔になってしまうと、元夢さんが口を開いた。
「もしも戦うことを決めたなら、あなた方はどちらへ味方するおつもりですか?」
総田さんは「悩んでいます」と、率直に答えた。
「私は今の暮らしを、日本という国を愛しています。この暮らしを守れるのなら、どちらだってかまわないのです。ですがレプティリアンとしては、やはり勝てそうな方につくしかないだろうとも思います」
勝てそうな方、とは正直な人だ。オレも自分の生活を守るために、これまでレストレーショナーとしてやってきたから、気持ちは理解できる。
「そうですか。少し相談をしてもよろしいですか?」
「ええ、どうぞ。今日中に結論を出すのが難しければ、後日でもかまいません。神々も今は様子を見ている状態ですから」
「ありがとうございます」
と、元夢さんは返してから、オレたちの方を見た。
「帝人先輩、この件はレストレーション協会に持ち帰って、社長も交えて議論するべきでは?」
「理解を得るつもりか? 難しいと思うぞ」
「ですが、戦うなら戦力は多い方がいい」
「他のやつらを巻きこむのはダメだ」
帝人さんがにわかに語気を荒くした。
元夢さんは負けまいとするように声を大きくする。
「許せって言うんですか? そんなことできない」
険悪な雰囲気を割ったのは静さんだった。
「もういい、元夢。俺、ちゃんとよく考えたい」
「静……」
「エンキドゥのことを考えると、許せないし腹が立つ。でも、
元夢さんがはっと息を呑み、静さんは続ける。
「お前だって、ラナと手つなぎたいんだろう? いつかロマンチックにプロポーズしたいって、言ってたよな?」
「……」
元夢さんが黙りこむと、帝人さんが息をついた。
「そうなんだよなぁ。
みんな同じだ。愛すべきものがあり、守りたい人がいる。
静さんが元夢さんの肩へそっと手を置いた。
「社長に話すかどうかも含めてよく考えよう、元夢」
「……ああ」
うなずく元夢さんだったが、まだ納得したわけではないようだ。どちらともいえない複雑そうな表情をしていた。
「そういえばあなた方は、
ふいに総田さんが言い、同時にそちらへ顔を向けた。
「発案者は確か……照島さん、あなたでしたよね」
ぎくっとしたように帝人さんが背筋を伸ばす。鷹見も目を丸くして族長を見ていた。
「え、ええ、そうです。ですが、もうその件は」
「達希君はコミュニティ内での立場を優先しましたが、本心ではあなた方に興味を示しています。そもそも達希君はレプティリアンと人間のハーフです。それなのに父君が真面目なため、幼い頃からレプティリアンのコミュニティで生きてきました。人間のコミュニティに入りたいと願うのも、思えば当然のことです」
鷹見が困惑した顔で口を出す。
「族長、でも俺は――」
「達希君、正直に言いなさい。あなたはレプティリアンとして生きたいですか? それとも、人間として生きたいですか?」
青年はうつむき、膝の上に置いた手をぎゅっと握りしめる。
「俺は……」
悩み迷う姿を見れば、答えは聞かずとも分かった。人間として生きたいのだ。
総田さんも「ふむ」と、息をついてから言う。
「達希君はまだ若い。社会勉強という名目で、今回は許可しましょう」
「えっ、でも族長、やっぱりダメです! そんな理由で、みんなが分かってくれるわけありません!!」
「ええ、もちろんただでは行かせませんよ」
「え?」
族長が再びオレたちを見る。
「我々と勝負をしましょう。そしてあなた方が勝てば達希君はそちらに、負ければ達希君は行かせません」
「勝負、とは?」
神妙な顔で問う帝人さんだが、総田さんは言った。
「私が代表になって以来、血なまぐさいことは避けてきました。しかし、血気
ゆっくりと立ち上がり、総田さんが鷹見を呼ぶ。
「達希君、来なさい」
「は、はい」
二人が廊下へと出ていき、残されたオレたちは戸惑って顔を見合わせた。
「戦えってこと、ですよね?」
「聞いてないぞ。しかもこっちは四人しかいない」
「どんな相手かも分からないので、嫌な予感しかしませんね」
「……腹減った」
三人同時に静さんへ注目し、オレは苦笑する。帝人さんと元夢さんは呆れてため息をついていた。
「朝食、食べてないんだ。この状態で戦うのは辛い」
と、めずらしく眉尻を下げて困った顔を見せる。気持ちは分かるがオレは返した。
「オレも空腹ですけど、もっと緊張感持ちましょうよ」
「まったく、静は昔からマイペースだよな」
元夢さんが
「これでも食っとけ」
「あ、ありがとうございます」
静さんが受けとったのはプロテインバーだった。
思わず見てしまったオレたちへ帝人さんが釘を差すように言う。
「お前らの分はないぞ。っつか、自分で食おうと思ってたやつだからな?」
オレと元夢さんは微妙な顔になり「分かってます」と、返事をした。どうにも緊張感に欠ける。
静さんはもぐもぐとプロテインバーを食べており、総田さんたちが戻ってくる気配もない。
これからどうなってしまうのだろうと、少し不安になってきた頃だった。
地鳴りのような音がし、とっさに立ち上がる。
「な、何ですかこれっ」
しかし地面は揺れていない。音がにわかに大きくなったかと思うと、食べかけのプロテインバーがぽとりと床へ落ちた。
「え?」
静さんと元夢さんの姿が消えていた。
目をぱちくりさせながら、オレは帝人さんを見上げる。
「いったい、何が?」
「勝負が始まってるんだ。こっちの準備はまだだってのにな」
と、少し苛立った様子を見せる。
「確かに急ですもんね。しかも、二人がどこかに行っちゃうなんて」
「気をつけろ、燈実。もういるぞ」
はっとして周囲を注意深く見やる。室内にはオレと帝人さんの姿しか見えないが、くぐもったような声が聞こえた。
「気配を悟られましたか。さすがはシャマシュの加護を受けた者だ」
「さっさと終わらせて帰りたいだけだ。朝飯食ってないし、娘を保育園に送らなきゃいけないからな!」
帝人さんが対角線上にある天井へ飛び上がった。攻撃をしかけるものの、気配が動いたようで不発に終わる。
さっきの声がどこかおかしそうに言った。
「それは大変だ。早く終わらせましょう」
「だったら逃げんな!」
気配だけで相手を追う帝人さん。
オレはどうしたらいいか分からず立ちつくしていたが、ふいに目の前に殺気を感じた。無意識に体が動いて直撃はまぬがれたが、左の頬に痛みを覚える。うっすら切れたようだ。
「二人いる!」
と、帝人さんが叫び、オレは後方へジャンプして距離を取る。拳をぎゅっと握ってかまえれば、またあの殺気。
姿が見えなくても直感で避けていく。
「放射、
帝人さんがまばゆい光を放つと、一瞬だけ相手の輪郭が見えた。すかさず拳を突き出したがあたらなかった。
「くそ、避けるのが精一杯です!」
はっきり言って勝ち目がなかった。どんな相手か分からず、どこにいるかもはっきりしないからだ。
「考えろ、燈実! お前にできることが何か――ぐっ」
帝人さんの体がいきおいよく畳へ打ちつけられ、オレは慌てて駆け寄った。
「大丈夫ですか!?」
「ああ、ちょっと油断しただけだ」
腹部に手をやりながらも立ち上がり、帝人さんはすぐにかまえて気配を目で追う。
オレも周りへ意識を集中させて、じりじりと背中合わせになった。床が畳だから靴下を履いているとすべる。気をつけて戦わなければ。
「負けたら俺のせいだ」
「は? 急に何言ってるんすか」
「ここだけの話だけどな、娘が生まれてからトレーニングがちっともできていない」
急な告白にオレはびっくりした。
「マジっすか!?」
「可愛くてたまらねぇんだ。おしっこやうんちまで全部可愛いんだ」
「溺愛じゃないすか……」
こんな場所でそんな話をされてもドン引きするだけだが、帝人さんは言った。
「最低限の筋トレしかしてないから静に負けた。しかも、あいつはまだ強くなり続けている」
この前の合同練習を思い出してはっとした。
「お前もだ、燈実」
「――はい」
あらためてかまえの姿勢を取る。帝人さんを早く娘さんのところに帰せるよう、少しでも早く勝負をつけなければ。
◇ ◇ ◇
二人が強制的に移動させられた先は、何もない真っ白な空間だった。
「何だ、ここは」
戸惑う元夢の隣で静もきょろきょろと周囲に目をやる。
「何もないな」
白い床に白い壁、高い天井も白一色だ。
ふと静が足元を指さした。
「元夢、靴がある」
「はあ?」
意味が分からないといった顔をする元夢だったが、下を見るとたしかに靴があった。
「俺のだな」
「ああ、俺のだ」
中へ入る時、玄関で脱いだはずの靴が綺麗にそろえて置かれていた。
「履けってことか?」
「そうかもしれないな。これから何が起こるか分からんし、安全面からしても履いておいた方がいいだろう」
それぞれに靴を履きながら、静はぼやく。
「プロテインバー、まだ半分残ってたのにな」
「半分食えただけマシだろ」
すかさずツッコむ元夢。靴を履き終えて顔を上げた時、気がついた。
「おい、あそこを見ろ。扉があるぞ」
白い壁の真ん中に扉が見えた。一見すると分からない程度には壁にまぎれている。
「あれが出口か」
「だが、そう簡単に出させてはもらえないようだ」
扉の前へ瞬時に現れたのは鷹見達希だった。
「すみません、どうしてもと族長が言うので」
申し訳なさそうにしつつも顔が笑っている達希へ、元夢は冷静にたずねる。
「つまり、お前を倒せば俺らの勝ちってことか?」
「いえ、俺は戦いません。あなたたちの相手をするのはこちらのお二人です」
達希の前に現れたのは二人のレプティリアンだ。肌はくすんだ緑色で
「人じゃねぇじゃん」
「本来の姿だな。硬そうだ」
「人の姿の方がよかったですか?」
と、達希が問いかけ、元夢は返す。
「どっちでもかまわない。お前がいるってことは、そういうことだからな」
静と目を合わせ、同時に拳を握りしめてそれぞれにファイティングポーズをとる。
達希は「ですよね」と、少し苦笑してから唱えた。
「――スイッチ・ブレイク」
超能力を制限されたにも関わらず、元夢と静はいきおいよく駆け出す。
「超能力が使えないならっ」
「殴ればいいだけだ!」
同時にパンチを繰り出したが、対するレプティリアンも体術に長けているらしく、余裕の表情でかわされる。
鍛えあげた肉体を思いきり使って攻撃をしても、硬い鱗が盾となり与えられるダメージが少ない。このままでは長期戦になるほど不利だ。
達希は天井近くまで浮き上がり、上から戦闘をながめていた。
「くそっ、なかなかやるじゃねぇか」
空腹の限界で元夢が苛立ち始めた時だった。レプティリアンの片手が肩に当てられ、ぐっと押された。
「!?」
直後、後方の壁まで飛ばされて元夢は目をみはる。何が起きたのか分からなかった。
「元夢!?」
気づいた静が振り返った隙に、相対していたレプティリアンがその腹を押した。ほんの一瞬で壁まで飛ばされ、同様に床へと落ちる。
「うぐっ」
静を横目に見つつ、元夢は立ち上がった。
「そっちは超能力ありかよ」
上から見ていた達希がにやりと口を開く。
「強弱を操ることもできると前に説明しましたよね」
「っ……!!」
理解すると同時に
「やべぇぞ、静」
ゆっくりと立ち上がる相棒へ元夢は言った。
「この勝負、完全に操作されてやがる」
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