第10話 相性と火の矢
社長が午前の試合の振り返りをしてから昼休憩へ入り、オレは
ブルーシートの上で四人、それぞれの弁当を持って座る。このメンバーでこうして食事をするのは初めてなはずなのに、不思議とデジャヴを覚えた。前にもこんなことがあった気がするが、当然気のせいだ。
帝人さんの昼食は大きめのお弁当箱で、二段になっていた。
「ふっふっふ、愛妻弁当だぞ。いいだろう?」
と、自慢げにふたを開ける帝人さん。
「わあ、美味そうっすね!」
いかにも奥さんが作った感じの、彩り豊かなお弁当だ。白米に梅干しが添えられているのもなんかいい。
一方、元夢さんはコンビニのおにぎりを二つとサラダだけだ。
「元夢さん、あんま食べないんですね」
と、オレが気になってたずねれば、元夢さんは横目に静さんを見た。
「こいつがおかしいだけだ」
「何か言ったか?」
静さんのお弁当はでかいタッパー二つにぎっしりつまった白米と、三つ目のこれまたでかいタッパーに何種類ものおかずがつめこまれていた。
「知ってはいましたけど、静さんって大食いですよね」
その量はどう見ても三人前から四人前はある。
さっそく割り箸を手にしながら静さんは言った。
「毎年、食堂のおばさんたちが作ってくれるんだ。だが、これだけでは足りない」
「そんなこともあろうかと思って、おにぎりいっぱい作ってきました!」
急に入って来たのは
「好きなだけ食べていいですからね」
と、かごを置いた彼女へ静さんは返す。
「ありがとう、助かる」
満足気に芽衣さんがラナさんたちの方へ戻っていき、オレは自分の弁当を見た。いつものように母親が作ってくれたのだが、学校の購買ではパンも買っていた。つまり足りない。
「オレもあとでもらおうかな」
ぽつりとつぶやいてみると、元夢さんが信じられないといった顔をする。
「お前も大食いか」
「いえ、それほどでもないですよ。オレの場合は成長期っていうか?」
「ああ、まだ高校生だもんな。いっぱい食えよ」
と、帝人さんが言ってくれてほっとした。
「ありがとうございます」
オレはまだまだ成長期だ。身長はもう伸びなくなってきたが、筋トレはこれからもずっと続けていく。そのためにしっかり食べるのはいいことだった。
それにしても、静さんの食べる量はおかしいと思う。凜風さんも大食いだし、
昼休憩が終わり、第三試合の準備が整った。
「第三試合、
ここからは本格的に超能力を使った試合になる。オレはごくりとつばを飲み、向かい合う二人を見つめた。
「レディ――ファイッ!!」
すでに準備していたのだろう、元夢さんが呪文を唱えた。
「――現出、
次の瞬間、壁のように大きな
しかし朝陽さんはそれを予測していたらしく、すぐさま瓦礫の上へと飛び上がる。
「こんなことで僕が……あれ?」
その時には元夢さんは駆け出しており、瓦礫の陰に姿を隠していた。
朝陽さんがきょろきょろと周囲を見回した直後、背後に回った元夢さんが唱える。
「返却」
はっとして振り返る朝陽さんだが時すでに遅し。立っていた瓦礫がぱっと消えて地面へ落下した。
「おっと、危ない」
ギリギリのところで浮遊してダメージを回避するが、元夢さんは再び陰へと消えていた。超能力を存分に活かした頭脳プレーだ。朝陽さんの超能力を知っているからこそ、最初に瓦礫をたくさん出したのだろう。
朝陽さんはその場に立ちつくしたかと思うと深呼吸をした。
「すべての未来を開示せよ――開扉、
直感でやばいやつだと分かった。朝陽さんは姿を見せない元夢さんの動きを、その場ですべて透視したのだ。やっぱり透視はずるい!!
元夢さんも察したらしく、瓦礫に隠れるのをやめて遠くへ逃げたが、朝陽さんは追いかけていく。
「クソ、だがまだ勝機はある!」
追いつかれる前に、元夢さんが学校の机や椅子をたくさん出現させて、バリケードのように積む。
朝陽さんはいきおいよく蹴って崩壊させていき、向こう側にいた元夢さんの前へ。
「くっ……」
「正々堂々やりましょうね」
にこりと笑って、朝陽さんが拳を突き出す。かろうじてかわした元夢さんが膝蹴りを返すが、朝陽さんは平然としていた。
「そうそう、僕もちゃんと鍛えるようにしたんですよ」
「クソうぜえ!!」
急に口が悪くなる元夢さんだが、それほどに彼は追いつめられていた。
ボクシングだけでなく他の格闘術の動画も見るようになったから分かるが、朝陽さんの戦い方はカンフーだった。対して元夢さんは……何だろう、ジークンドーというやつかな。
「いいぞー、アサヒー!! やっちまえー!!」
凜風さんが楽しそうに声援を送り、ラナさんはたまらなかった様子で叫んだ。
「元夢さーん! がんばってくださーい!!」
声が聞こえたからだろうか。元夢さんが瓦礫の方へテレポーテーションした。
朝陽さんは何故かやれやれといった顔をし、バリケードの残りを少し壊してからのんびりと歩いていく。
すると突然、朝陽さんを囲むように新たな瓦礫が現れた。かと思えば、すぐにテレポーテーションで逃れる朝陽さん。やはり分かっていたから歩いていたのだ。余裕
しかし元夢さんは頭が回る。さっき出した瓦礫を使って、再び朝陽さんを閉じこめた。再び朝陽さんはテレポーテーションするが、また瓦礫に囲まれる。
「あれ? 元夢さんって瓦礫の向こう側にいますよね? どうやって位置を確認してるんです??」
ふとそのことに気づいたオレへ静さんが答えた。
「よく見ろ。隙間から見てるだけだ」
「あっ、本当だ!」
絶妙に開いた小さな隙間から、元夢さんは朝陽さんを見ていた。それで瓦礫を細かく移動させていたのだ。
囲むのとテレポーテーションを何度も何度も繰り返していると、ふと朝陽さんが出てこなくなった。
元夢さんはなおも瓦礫の陰に身をひそめていたが、直後、朝陽さんが背後に現れてびくっとした。
「元夢さんもしつこいですねぇ」
「なっ……」
再び格闘戦になり、元夢さんが瓦礫の壁へと追いつめられた。
「まだだ!
今度は人の頭程度の大きさの瓦礫が現れ、朝陽さんめがけて降ってくる。その隙に元夢さんは逃げ出し、朝陽さんは瓦礫たちを足で見事に跳ね返す。
「朝陽さんって、結構強いっすよね」
「あいつは元々体格がいいからな。向いてるんだ」
静さんの言葉の意味を頭の片隅へ置きつつ、オレは試合の行方を見守った。
今度は瓦礫の上へと場所を移し、元夢さんは朝陽さんを見下ろした。
「来れるもんなら来てみろ!!」
朝陽さんは彼を見上げるが動かなかった。最初にやられたことをまたされると、分かっているのだろう。
それは元夢さんも予想しているはずだが、子どもみたいに挑発をする。
「どうした? ほら、来いよっ!」
「申し訳ないけど、全部見えてますからね?」
「はっ、未来なんざ変わるもんなんだよ!」
なるほど、一理ある。でも朝陽さんがいくつの未来を見たか、オレたちは知ることが出来ない。つまり、どんな未来も見えている可能性があるのだ。
しびれを切らした元夢さんが別の瓦礫へと移動し始めた。朝陽さんは下から追いかける。
ふいに元夢さんが地面へ着地した直後だった。ついさっきまで踏んでいた瓦礫がぐらりと揺れた。
「っ……!」
振り返る元夢さんに向かって瓦礫が倒れ、誰もが息を呑んだ。砂煙で何も見えず、無意識に嫌な想像が浮かぶ。
もうもうと上がっていた砂煙がおさまると、瓦礫のすぐ横に倒れこんでいる二人の姿が見えた。すんでのところで朝陽さんが助けたのだ!!
「よかったぁ!」
「さっすがアサヒだぜ!!」
「そこまでっ!」
二人がゆっくりと体を起こす。
「今回の試合は引き分けとする!」
試合続行に支障があると判断したらしい。事故にならなくてよかったが、危ないところだったもんな。
朝陽さんは眼鏡の位置を直しながら、元夢さんへ顔を向けた。
「どう考えても、今のは僕の勝ちでしょう?」
「調子乗んな、クソメガネ」
「あなたを助けたの、僕なんですけど?」
「……すまん、ありがとう」
とにかく二人が無事でよかった。引き分けになってしまったのは悔しいけれど、いい勝負だった。
凜風さんが朝陽さんへ向かって駆けていき、「かっこよかったー!!」と、叫ぶ。そんな彼女を抱きとめつつ、朝陽さんは笑みを浮かべていた。
そんなカップルを横目に元夢さんが戻ってくる。静さんはすぐに声をかけた。
「精度が上がったな、元夢」
「だろ? 俺だってやれるんだ」
静さんの前で足を止め、元夢さんは来た方向を振り返る。
「どうする? あれ、全部使うか?」
「もちろんだ」
顔を見合わせた二人は同時ににやりと笑い、拳を突き合わせた。
「勝ってこいよ、静」
「ああ、今年こそたたきのめす」
静さんだけでなく、元夢さんにとっても帝人さんという存在はでかいらしい。彼に勝利することに対して、並々ならぬ思いが感じられた。
そして始まる第四試合。
「第四試合、
二人が戦うところを見られるなんて、すっごくわくわくする。どちらも強いのを知っているから、どんな試合が展開されるか期待してしまう。
「レディ――ファイッ!」
わずかな差で静さんが早く動いた。
「解放、
近くにある瓦礫へ手を伸ばし、向かってきた帝人さんを妨害するように置く。
帝人さんはジャンプをして軽々と飛び越えた。
「放射、
光の屈折を利用して姿を隠す帝人さん。静さんはすかさず移動し、どんどん瓦礫に触れていく。
オレたちの側からは帝人さんの動きが分かるため、静さんが次にとる行動に注目が集まっていた。
「元夢さんがいっぱい物を出したのって、もしかして静さんのためだったりします?」
ふとたずねたオレへ彼は言う。
「あいつは物がないと戦えないからな。その点では相性がいいんだ」
「なるほど」
確かに相性はいいと思い納得したが、ふと思い出してしまった。
「そういえば、元夢さんって自分の超能力にコンプレックスがあるとか」
「あ?」
じろりとにらまれてびくっとし、オレは苦笑いをする。
「ほ、他の人からそんな話を聞いて……」
元夢さんは前を見ながらため息をついた。
「否定はしない。こんな超能力があったところで何にもならないと、ずっと思ってる」
「あ、そうなんすね。でも、静さんとの相性はいいんですよね」
「物がない場所ならな」
強い口調で返され、はっとした。
「そうか、物がない場所なんて滅多にないっすよね」
考えてみれば、去年の戦いは街中で行われた。静さんは破壊されたビルの瓦礫を使っており、もしあの場所に元夢さんがいたとしても、超能力を使う状況にはなかっただろう。たくさん物を出されたら、それこそ邪魔なだけである。
「ああ、そうだ。しかもあいつは電柱でも車でも操れる。物にあふれた現代では、あいつの方がよっぽど有能ってわけだ」
「うーん、なるほどです」
限られた場所でしか活躍しない超能力だから、元夢さんはコンプレックスに思っていたのだ。
意識を試合の方へ戻すと、帝人さんが立ち止まるところだった。静さんだけが走り続けており、相手の位置を特定できていない様子だ。
相手が地面に立っているか、宙に浮いているかも分からない。そんな中で戦うのは厳しいわけだが、静さんは崩れたバリケードの方まで来ると足を止めた。くるりと振り返ってから、その場に片膝をつくと、右の手の平を地面へあてて唱えた。
「
砂や小石がふわりと浮き上がったかと思うと、その先の小石たちも浮き上がった。いや、地面が隆起しているのだ! どんどん大きくなって速さも増していく!! 津波のように高くなったそれは、でかい瓦礫さえもいきおいよく吹き飛ばした。
「うおお、何だあれ!?」
思わず叫んだオレへ元夢さんが冷静に説明をする。
「静の新技だ。グラウンドにある砂は無機物であり、隣り合っていればエネルギーを伝播させることができる。エネルギーをこめた物質がある方向へ放ち、引力を働かせてやれば、より速く、強くなっていくというわけだ」
「すげえ!!!」
帝人さんも想定外だったようで、すぐに離れた距離へ移った。その時には光の屈折が崩れていたのだろう、エネルギーをこめられた物体が次々に彼を襲う。
「くっ、やるようになったな」
「先輩を越えるのが目標ですから!」
隙を突いて宙へ逃げた彼を静さんも追いかける。
「目をつぶせ――放射、
まるで太陽を直視したかのようなまぶしさで、オレたちも目をつぶってしまう。
目を開けた時には、静さんが帝人さんの腕をつかんでいた。
「えっ、今ので!?」
驚くオレたちだったが、元夢さんは言った。
「お前も前に似たようなこと、やっただろう?」
「まさか、オレのまねをしたと?」
思い出してみれば、ハロウィンパーティーの模擬戦でオレは両目を閉じたまま突っこんでいき、あと少しのところまで帝人さんを追いつめた。
「えっ、うわ……なんか、そわそわします」
オレが落ちつかない気持ちになると、元夢さんは試合を見ながら返した。
「俺たちはみんな、少なからずお前の影響を受けてる。俺が精度を向上させたのもそうだし、静が新技を習得したのもそうだ」
「……マジすか」
知らずしらずのうちに影響を与えていたなんて、はっきり言って身にあまる光栄だ。だってオレはそこまですごいやつだと思わないし、まだまだ弱い。いや、強いと言えばそうではあるんだけれども……「
「噂では社長も新しい技を身に着けたらしいぞ」
「えっ、社長まで!?」
そこまでオレが影響をおよぼしていたなんて! やばい、勝てる気がしなくなってきた。
試合はいつの間にか格闘戦になっていた。帝人さんの蹴りを受けて体勢をくずした静さんだが、倒れまいとしてついた手から地面へエネルギーを流す。
足元で砂や小石が弾け飛び、帝人さんがひるんだ隙に静さんは立ち上がる。
再び格闘戦になるかと思いきや、静さんは唱えた。
「解放、念動力――!!」
帝人さんの背後にあった机や椅子が、ぐわっと空中へ浮かんだ。
振り返った帝人さんが逃げ出そうとするが、物の数が圧倒的に多い。避けきれずにぶつかりながらも、帝人さんは距離を取る。その先で待ち受けていたのは……。
「これで終わりだっ!」
静さんの強い拳だった。
「ぐっ」
腕を上げて防御した帝人さんだが、その足元が
すかさず静さんが蹴りを繰り出して、帝人さんが地面へ倒れる。立ち上がろうとする彼の腕を素早くつかんでうつ伏せにさせ、静さんはその背中にまたがった。制圧だ。
「そこまで! 第四試合は静くんの勝ち!!」
完璧な勝利だった。見ていたオレたちはわっと盛り上がる。
戻って来た静さんへ元夢さんが片手を高くかかげる。
「よくやった!」
「ああ」
二人がバシッとハイタッチをした瞬間は、あまりにかっこよすぎて胸が熱くなった。オレもあんなことができる親友がほしい。
最終試合の前だった。羽織っていた上着を脱いで準備運動をしていたオレへ、元夢さんが聞いてきた。
「
「あー、うーん……そうっすね。残しておいてください、社長の炎怖いんで」
「そうか。存分に使えよ」
「はい」
瓦礫はそのままにしてもらい、いざという時の盾にしよう。他にも別の使い方があるかもしれないし、オレも物がないと戦えないタイプだから、無いより有る方がいい。
日高社長がネクタイを外し、ワイシャツの袖をまくった。
「燈実くん、君と戦えるなんて光栄だよ」
「オレの方こそ、光栄です。よろしくお願いします」
「ああ、こちらこそ」
挨拶をかわしてから、オレは鞄に入れていたフェイスタオルを取り出した。
社長を追うようにしてグラウンドの真ん中付近へ移動し、一定の距離まで離れて向かい合う。
拡声器を手にしたのは
「最終試合、日高社長対
緊張しつつも相手をにらみすえる。自分より三十歳以上も年上と戦うのは、さすがにちょっとこわい。どうしたって埋められない経験の差があるからだ。でもオレなら……!!
「レディ――ファイッ!」
「タオルは剣にならない――改変、
社長がこちらへ向かって駆けてくる。鍛えているだけあって速い。
すかさずオレも走り出して彼を避けたが。
「突出、
放たれた炎が一瞬で目の前まで迫ってきた! とっさにタオルを盾にしてしまったのが失敗だった。
「うわっ、あちぃ!!」
耐火性にしていなかったため、燃えてしまったのだ。慌ててぶん回したところで火は燃え広がり、持っていられなくなって地面へ捨てる。
「くっそ」
なんて悪態をついている間に社長が距離をつめていた。
急いで空中へ逃げたオレだが、また炎が迫ってくる。火は上へ向かって燃えるからだ!
「やばい、負ける!」
元夢さんが出した瓦礫の方へ移動し、ひとまず炎をしのぐことに成功した。しかし、社長は追ってくる。
「君と僕では相性が悪いかもしれないね」
と、瓦礫を飛び越えてきた彼から目を離さないよう、注意しながら後ずさった。
「しかもこんなせまい場所に入りこんだら、炎はあっという間に君を包んでしまうよ」
「そうっすよね、失敗したと思ってます」
しかも瓦礫の半分ほどがバラバラに倒れて障害物になっている。ここで炎を使われたらオレは負ける。――日高社長が強いのは身体能力はもちろん、炎を使えるからだった。
じりじりと移動を続けるしかないオレへ、社長が穏やかにたずねる。
「どうする? 待ってあげてもいいよ」
「いや、その必要はないです!」
言うと同時にオレは近くの瓦礫へ突進した。突き出した片手が硬いコンクリートに触れたと同時に叫ぶ。
「コンクリートは硬い!
ぐにゃりとやわらかくなったそれを、勢いだけで突き破る。
「ふむ、そう来たか」
オレはすぐに振り返って瓦礫に手を触れた。
「ふさがらない!」
通った穴が一瞬にしてふさがる。
「伸びない! くっつかない!」
瓦礫がぐいーんと伸びてドーム状に広がり、周りの瓦礫と一体化していく。しかし、この手を離せば元通り。とはいえ、それには数秒かかる。
一時的に社長を閉じこめたはいいが、炎の熱が伝わってきた。
限界まで我慢してから手を離し、瞬間移動で机と椅子のある方へと向かう。
「えぐいことするね、燈実くん」
「社長だってえぐいっすよ!」
言い返しながら急いで手を動かし、即席のバリケードを積み上げた。しかし、これもそう長くは持たない。
「燃やしつくせ――突出、
大きな炎が広がり、あっという間にバリケードを飲みこんだ。燃えあがるバリケード、しかし崩れはしない。
「木なのに崩れないだと?」
驚く社長へ炎越しにオレは言う。
「静さんの新技、オレにはできねぇなって思ったんですよね」
オレが手を触れているのはバリケードから少し距離を置いた椅子。念のために机や椅子をくっつけて道筋を作っておいた。これは完全なる失敗だ。
「ついでに全部燃えやすくしておきました」
だからバリケードは崩れない。炎に包まれてはいるが燃えてはいないのだ!
触れていた椅子からぱっと手を離し、蹴って壊したついでに脚だった部分をつかむ。
「金属は伸びないし盾にならない――改変、
ぐにゃりと丸い盾ができあがり、オレは崩れたバリケードの向こうをにらむ。
社長は何も言わずにじっとこちらを見ていた。どちらが先に動くか、張りつめた空気の中で探り合う。
バリケードが跡形もなくなったところで、社長がふうと息をついた。わざとらしく緊張を解いて笑みを向ける。
「僕はそろそろ疲れてきたよ。さっさと終わりにしないかい?」
「そうっすね」
うなずきつつもオレは戦闘態勢を維持していた。絶対に何かしてくるからだ。いくら五十歳を越えていても、一番強いはずの社長に体力がないとは思えない。
すると社長は左の腕をすっと上げ、虫を払うかのように動かした。
「旋回、
ぶわっと炎が放たれるが、すぐに散り散りになった。小さく火の玉のようになったそれが、オレの背後へと回り突撃してくる。
「溶ける!」
回転しつつ盾で防御し炎をかわす。
ふと背後に気配を感じてはっとすると、社長の拳が飛んできた。
「うっわ!」
ギリギリのところで避けて、オレは宙返りをして距離を取る。
再び火の玉が発射されて横へ逃げたが――「何で追ってくるんすか!?」火の玉はオレの動きに合わせて追跡してくる。
「これが僕の新技だよ。小さな炎も武器になる。燈実くんが紙ナプキンをダーツにしたみたいにね」
「うわああああ! 最悪だああああああ!!!」
マジでオレの影響受けて強くなってるじゃん!? しかも炎だ! オレがやったのとは全然威力が違う!!
避けきれない分は盾で防ぐが、火の玉は次々とオレを狙ってくる。必死で防御するしかなく、攻撃するタイミングがない。
「今度こそ終わりにしよう。――突出、
怪物みたいに大きな炎が襲ってきて、オレはとうとう地面へ尻もちをついてしまった。飲みこまれる――と、思った直後に炎がぱっと消えて紗鳥さんの声が響く。
「そこまで! 勝者は日高社長です」
か、勝てなかった……。どうして社長が強いのか、思い知らされただけだった。
呆然とするオレの元へ、静さんと元夢さんが駆け寄ってきた。
「大丈夫か?」
「泣くか?」
静さんの手を借りて立ち上がり、たまらずにうつむく。
「オレ、もうちょっとやれるはずだった。オレの方が強いって、思って……」
元夢さんが頭に手を置き、静さんが肩を抱いてくれた。
「経験の差だな、燈実」
「そもそも炎に勝つのは無理なんだ。落ちこむな」
「っ……はい」
もっとしっかり作戦を練ってくればよかった。タオルの剣を失ったところから自分のペースをくずされ、相手のペースにハマっていたのだ。きっと、その時点で勝敗はついていた。
「燈実君!」
戻る途中で
「伊織さん……」
彼の姿を見た途端、何故か我慢できていたはずの涙があふれた。
オレも歩み寄って伊織さんへぎゅっと抱きつく。
「伊織さぁん! オレ、負けちゃっ……オレ、オレ……っ」
「うん、悔しかったね。今は泣いていいからね」
ぎゅっと彼が優しく抱きしめてくれる。その温かさに今は甘えて、オレは気が済むまで悔し泣きをした。
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