第14話 神社巡りと記憶喪失

 二学期も終わり、冬休みに入って間もない十二月二十四日。

 約束した駅の改札前で、オレはそわそわしながら彼女を待っていた。

 日曜日だからか、家族連れやカップルの姿も多い。オレも、詩夏しいかさんとそんな風に見られるのかな……などと考えて、ついにやけそうになる。

 すぐに気持ちを引き締めて、スマホで時刻を確認した。十時五十九分、そろそろ詩夏さんも来るだろう。

 コートのポケットへスマホをしまい、一息ついたところで待ち人がやってきた。

「お待たせしました、燈実とうみさん」

 赤いダッフルコートを着た詩夏さんが、ちょこちょこと急ぎ足でこちらへ来る。

「いや、オレも今来たところだよ」

 と、月並な言葉を返しつつ、にこりと笑う。

 詩夏さんはいつものように明るく言った。

「それじゃあ、行きましょう。一駅なのですぐ着いちゃいますが、今日は三件くらい回りたくて」

「お、いいな。じゃあ、途中で昼食にする感じだな」

「そうですね」

 それぞれに交通系ICカードを取り出し、改札を抜ける。

 詩夏さんは膝丈の茶色いスカートに、シンプルなグレーのショートブーツを履いていた。脚はもちろん厚手のタイツだが、一見するとちょっと寒そうだ。

「神社ってけっこういろんなところにあるから、近い場所にある神社はつい後回しにしちゃってたんです」

 ホームへ向かう途中、彼女がそう話す。

「いつか行こうと思っていたんですが、なかなかチャンスがなくて」

「それで今日は、近いところにある神社を回るのか?」

「はい、そのつもりです」

 にこっと笑う彼女は、やっぱりまだどこかあどけなさがあって可愛い。

「少し歩く感じになりますが、大丈夫ですか?」

「おう、歩くのは全然平気だ。毎日鍛えてるしな」

 と、オレが返せば、詩夏さんはくすりと笑った。

「そうでしたね。燈実さん、だいぶ筋肉ついてきましたもんね」

「まあな」

 努力を認めてもらえたようで嬉しくて、つい照れてしまう。

 ホームへ着くと、ちょうど電車の到着を告げるアナウンスが流れた。

「あっ、ちょうどでしたね」

「ああ、ラッキーだな」

 あまり人のいないところを選び、電車が来るのを待つ。

 ふと彼女を見ると、クリーム色のショルダーバッグに派手なリボンがついていた。いや、リボンじゃない。

「本当にいつも持ち歩いてるんだな、そのふろしき」

 何気なく指摘すると、彼女は笑う。

「こうやって鞄につけると、オシャレで可愛いでしょう?」

「うん、可愛いよ」

 素直にそう返してから、急激に恥ずかしいことを言ってしまった気がして焦る。しかし、直後に電車が来たため、何もなかったような顔をして乗りこんだ。

 車内を見た詩夏さんが言う。

「一駅なので、座らなくていいですよね」

「そうだな」

 扉横のスペースに二人で並んで立った。車内の座席はほどほどに埋まっており、二人で座れる場所はない。

 電車の扉がゆっくりと閉まり、がたんごとんと動きだした。

 窓外を見つめながら彼女が言う。

「わたしたち、出会ってからまだ半年しか経ってないんですよね」

 どういう意図での言葉なのか、判断しかねながらもオレは返す。

「そうだな」

「何だか、それよりもずっと前から、一緒にいたような気がします」

 窓の外は晴天。気温は低く、夜から雨になるかもしれないと、テレビの天気予報は言っていた。

 少しだけ考えてから、冗談まじりに言う。

「もしかして、前世で一緒だったとか?」

 詩夏さんは顔を向けると、「まさか」と、おかしそうに笑った。

「あはは、そんなわけないよな」

 と、すぐにオレも返したが、その可能性を捨てきれないと思う自分もいた。

 少なくとも、前世というのは存在する。静さんがそれを証明してくれているし、管理人側からの証言だってある。

 次の駅が近いことを知らせるアナウンスのあと、詩夏さんは言った。

「でも、もしそうだったらいいですよね」

「えっ」

 思わずドキッとしてしまった。それって、つまり――!?

 彼女から視線をそらし、口を閉じて黙りこむ。心臓が痛いくらい高鳴っていた。


 最初の神社へ行ってから、オレたちは道中で見つけたうどん屋で昼食にした。

 それから二軒目の神社へのんびり歩いて向かい、詩夏さんは本日二個目の御朱印をゲットした。

 一日にいくつもの神社を回るのは初めての経験だったが、やってみるとなかなか興味深くておもしろい。神社にもいろいろあるようで、詩夏さんが楽しそうに解説してくれるのもよかった。

 そして三軒目の神社へ来た。これまでの二軒と同じように鳥居の前で礼をして、端の方から境内へ入った。

 やがて見えてきた手水舎で手と口を清め、賽銭箱の設置された拝殿へと進む。

 夕方になってきたからだろうか、他に参拝客はいない様子だった。その静けさがより清らかな場所に思わせる。

 賽銭箱の前へ立ち、いざ参拝しようとしたところで彼女が言った。

「燈実さん、実はここ、縁結びのご利益があるんですよ」

「え……?」

 半ば無意識に顔をそちらへ向けると、彼女もこちらを見ていた。

 一瞬だけ目が合ったかと思いきや、すぐに彼女が前を向いて二拝する。

 慌ててオレも前を見て、遅れて二拝二拍したが――縁結びなんて言われたら、願わずにはいられない。どうか、詩夏さんと結ばれますように!

 しっかり祈ったあとで両目を開け、最後の一拝を終えると、先に終えていた詩夏さんが言う。

「御朱印、もらってきますね」

「ああ」

 彼女が社務所へ向かっていき、オレはその後ろをゆっくりとついていく。

 神社のご利益が実際にあるかどうか、オレはよく知らない。真面目に参拝したのも今日がほとんど初めてだし、オカルトは好きだけど神社に対する興味は薄かった。

 そもそも、日本の神様をあまり信じていない。日本神話にもさほど興味がなく、それよりうさんくさい情報ばかり集めては、一人でわくわくしていた。

 しかし、今になって思う。

 そのうさんくさいものの半分ほどが、実際に存在したわけだから、もしかすると神様もいるのかもしれない。神社に参拝するご利益というのも、本当にあるのかもしれない。

 ――そうだったらいいなと、夕焼け空を見上げた。


 待ち合わせの駅へ戻った頃には、すっかり日が暮れていた。

 改札を抜けたところで、詩夏さんが立ち止まる。

「今日はありがとうございました」

 オレも足を止めて彼女へ向き合う。

「オレの方こそ、ありがとう。今日は楽しかったよ」

「それならよかったです。わたしも、その……すごく楽しかったです」

 にこりと彼女が笑い、オレを見上げる。その頰がかすかに赤く色づいているように見えて、また心臓がドキドキと高鳴る。

 ――言うなら今しかないのでは?

 心の声がそう囁く。しかし、オレは詩夏さんから視線をそらしてしまった。

「えっと、その、あの……もしよければ、また」

 と、無難な言葉を口に出しかけて、はっとした。向こうから近づいてくるのは見慣れた顔。父さんと母さんに妹だ!!

 何でこんなところに!? と、動揺した直後に、三人が外食しようと話していたのを思い出す。

 しかも家族の行く方向から察するに、確実にオレがいる方へやって来る。ということは、詩夏さんと一緒にいるところを見られてしまう!!

「あ、えっと、その……」

 しどろもどろになるオレを、詩夏さんが不思議そうに見つめている。

 どうしたらいいか分からず立ちつくしていると、とうとう三人がすぐ近くまでやってきた。妹の視線が確実にオレをとらえ――た、はずだった。

 家族は何も言わずにオレたちの横を通り過ぎていった。

「あ、あれ……?」

 拍子抜けだ。まさか、気を遣ってくれたのか? いや、そんなはずがない。

 少なくとも妹は、オレを見たらすぐ声をかけてくるはずだ。家の中だけでなく、外にいてもそうだった。昔からあいつは、オレを見れば近寄ってきて、何か一言言わずにはいられないのだ。

 絶対に今のはおかしい。何だか嫌な予感がする。

「ごめん、詩夏さん」

 居ても立ってもいられなくなり、オレは三人を追いかけた。

「母さん、親父!」

 と、声をかけると、二人がほぼ同時に立ち止まって振り返る。

「何で無視するんだよっ」

 遅れて足を止め、こちらを見た妹は首をかしげた。

「誰、この人。お母さん、知り合い?」

「は……?」

 目の前が真っ暗になったかと思った。

「ううん、知らないわ」

「俺も知らないな。人違いじゃないですか?」

 と、親父がどこか哀れむように見てくる。冗談ではなく、本気で他人にする顔だった。

「な、んで……」

 呆然とするばかりのオレから視線を外し、母さんが言う。

「行きましょ、お父さん」

「ああ」

 三人がさっさと歩いて行ってしまう。

 その場にくずおれそうになったが、そんな気力すらもわかなかった。ただ、今の出来事に打ちのめされる。

「今のはご家族ですか?」

 と、詩夏さんの声がしてはっと我に返った。

「ああ、そうだ。でも、オレのこと……」

 寂しさと悲しみで泣きたくなってくる。しかし、詩夏さんは真剣な顔をして言った。

「わたしのお家へ行きましょう。わたしの家族も同じなら、確実に異変が起きていることになります」

「……うん、そうだな。行ってみよう」

 詩夏さんがオレの手をぎゅっと握り、落ち着いた声で言う。

「テレポーテーションで行きますね。ちゃんとついてきてください」

「ああ」

 意識して呼吸をし、気持ちを落ち着かせる。泣くのは後だ、それよりも今は状況の把握が最優先。

 ぎゅっと彼女の手を握り返し、オレたちは人目もはばからずにテレポートした。


 彼女の家は立派な門構えの日本家屋だった。庭は広く、門から玄関まで距離がある。いかにも裕福な家といった感じで、普段なら足を踏み入れるのに怖気づいてしまう場所だった。

 屋内の明かりが外へ漏れており、中に人のいることが分かる。

 玄関の戸を開けて、詩夏さんが「ただいま戻りました」と、奥へ声をかけた。すぐに足音が聞こえ、高齢の女性が現れるが――。

「まあ、どちら様ですか!?」

 と、びっくりした顔をしてこちらを見た。

「詩夏です」

 彼女がそう返すが、女性は眉間にしわをよせる。

「どなたでしょうか? いったいどんなご用件で?」

 ダメだ、やっぱりオレの家族と同じだ。

 すると、やり取りを聞きつけたらしい男性が来て、女性へ言う。

「何かあったんですか? こちらの子たちは……」

「それがよく分からないんです」

 詩夏さんはオレを振り返ると、首を左右へ振った。

「行きましょう、燈実さん」

「うん」

 すぐに二人で外へ出たが、家の中がにわかに騒々しくなるのが分かる。いらぬ混乱を招いてしまったようだが、オレたちだって本当は落ち着いてなどいられない。

 門のところまで来て、詩夏さんは言った。

「どうやら、わたしたちに関する記憶だけが失くなっているようですね」

 自分たちの記憶だけが失われているなんて、詩夏さんと一緒じゃなければ受け入れられなかった。

 詩夏さんもオレと同じで胸を痛めているらしく、表情は浮かない。いくらレストレーショナーでも、不思議なことに慣れていても、家族が自分のことだけ忘れているのは悲しい。管理人のしわざだと、頭で理解していても。

「メリークリスマス、燈実お兄ちゃん」

 はっとして声のした方に顔を向けると、塀の上に小さな影が座りこんでいた。

「スー?」

 オレが無意識につぶやくと、隣で詩夏さんがはっと息をのむ。

 あいかわらず中性的な顔でにこにこと笑いながら、スーは無邪気にたずねた。

「スーからのプレゼント、喜んでもらえた?」

「な……」

 何を言われているのか、理解が出来ない。頭がうまく働かないというより、理解したくないと拒否していた。

 立ちつくすオレたちへスーは言う。

「うふふ、二人ともおもしろい顔しちゃって、可愛いの」

 くすくすと笑う姿は、暗い闇の中でさえ異質に見える。

「なぁに? 言葉が出ないくらい、喜んでくれてるの?」

 胸にわくのは怒りか悲しみか、虚しさか。ぐちゃぐちゃになる感情の渦中、溺れないように冷静を保つので精一杯だ。

「スーちゃん、わたしたちを騙してたんですね」

 詩夏さんが震える声で返すと、管理人は塀の上に立った。

「当然でしょう? お祭りが見たいなんて嘘。イルミネーションだってどうでもいい。管理人が下等な人間の暮らしに憧れるなんて、そんな馬鹿げたことはするわけがないの。生物としてのレベルが違いすぎるもの」

 ――ああ、そうなのか。

「それなのに愚かな人間は勝手な思いこみで、自分に都合のいい解釈をして理解した気になる。スーが子どもの姿をしていたから、なおさら疑いもしなかったんだね。本当に愚かで滑稽な生物」

 管理人がくすりと笑う。

「そもそも、自分たちの方が子どもなのにね」

 地面を蹴って飛び上がった。

「ふざけんなっ!」

 オレが塀の上へ乗るのと同時に、スーが空中へ浮かぶ。

聖夜クリスマスはまだ始まったばかり、お楽しみはこれからなの。またあとでね」

 と、闇へ溶けるように姿を消していった。

 行き場のない感情が全身を右往左往している。

 近くで見たスーは、もう子どもの姿をしていなかった。小さいと思ったのは、ただの思いこみだ。これまでがそうだったから、そう思ってしまったのだ。そう、これまでのことも、全部……。

 ぎゅっと拳を握りしめる。痛いくらいに握りしめて、冷たい夜空をにらんだ。

「今、せいさんにテレパシーを送りました。すぐに日本支部へ行きましょう」

 詩夏さんの声もまだかすかに震えていた。

「ああ」

 返事をして彼女の元へと戻るが、悔しくてたまらなかった。情けなくて、恥ずかしくて、悲しくて、虚しかった。

 そんなオレの気持ちを見透かしたように、詩夏さんは優しく言う。

「大丈夫です、わたしも一緒に事情を話しますから」

「……うん、ありがとう」

 彼女が再び手を握ってくれた。冷たくて小さな手だったが、とても温かくて大きく感じられた。


 日本支部へテレポートすると、静さんと芽衣めいさんがすでに来ていた。二人とも上着を着たままでいるところを見ると、まだ到着して間もなかったらしい。

「管理人と会ったのは事実か、燈実」

 と、すぐさま静さんがオレへたずねてきたが、彼の横にいた芽衣さんは言う。

「その前に、こちらの状況を伝えるのが先です」

 静さんが額へ片手をやり「そうだったな、すまない」と、苦々しく返す。

 そんな彼にかまわず、芽衣さんは冷静に言った。

「私は静さんと一緒にいたんですが、特に異変は感じませんでした。管理人の気配もです」

「いったい何があったのか、内容によって対処が変わる。教えてくれるか?」

 と、今度は落ち着いて静さんが問う。

 オレは「はい」と、返事をしつつも、どう話せばいいか少し迷った。

「最初は、オレの家族です。オレに関する記憶が抜けているみたいで、オレを見ても、誰だか分からないようで……」

「その後、わたしの家に行きました。わたしの家族も同じでした。わたしに関する記憶だけが失くなっていたんです」

 詩夏さんと目を合わせ、オレはため息をこらえて話す。

「そのすぐ後でした。オレたちの前にスーが現れたんです」

「夏に会った、あの小さい管理人か?」

「はい、そうです」

 ここからは誰にも話していなかったことだ。

「実はその後にも何度か、オレはスーと会っていたんです。戦いにはならなかったけど、今日のスーは違っていて……オレは、スーに騙されていました」

 二人が困惑して顔を見合わせる。

 辛くなってうつむくオレに代わり、詩夏さんが続けた。

「お楽しみはこれからだと言い残して、消えていっちゃいました。どうやら、まだ何かするつもりみたいです。それで静さんに連絡をしました」

「そうだったか」

 ため息まじりにそう言い、静さんはふと室内へ目をやる。

「それにしても、朝陽あさひたちが来ないな。何してるんだ?」

 はっとしてオレは思い出す。今日はクリスマスイブ、朝陽さんは凜風りんふぁさんとお家デートを楽しんでいるはずだ。

 芽衣さんもそれを知っていたらしく、何かに気づいたような顔をする。

 すると、朝陽さんと凜風さんが仲良くそろってやってきた。

「遅いぞ、二人とも」

 と、静さんは言うが、すぐに朝陽さんが言い返す。

「すみません。とてもいい雰囲気だったので、とりあえずキスだけ楽しんでから来ました」

 見ると凜風さんはしおらしくしており、頰が赤い。本当にキスをしたようだ。

「そんな場合じゃないだろう」

 と、呆れる静さんだが、朝陽さんはむっとした様子で言う。

「僕にとっては大事なことなんです。何事もなければ、僕は今夜、童貞を卒業する予定だったんですから」

「セクハラです、それ」

 と、芽衣さんがドン引きし、詩夏さんも嫌そうな顔を向けていた。

 オレは慌ててとっさに口を開いた。

「そ、それよりですよ! 朝陽さん、管理人が何かしようとしてるみたいなんで、透視で未来を見てください!!」

 朝陽さんが真面目な顔になって聞き返す。

「それ、本当かい?」

「本当です! さっきスーに会ったんです!!」

 場の空気が緊張感を取り戻し、静さんが言う。

「燈実の家族が、燈実に関する記憶だけ失くしたらしい。詩夏の家族もだ」

「局所的なエラーですか?」

「いや、むしろ管理人による意図的介入だろう。だが、今後どうなるかは分からない」

「なるほど。分かりました」

 朝陽さんは両目を閉じると、その場で深呼吸をした。しっかりと気持ちを落ち着かせてから、おもむろにまぶたを開ける。

「――開扉、天眼通ティエンイェントン

 オレたちは何も言わず、ただじっと待つ。

 ぽつぽつと窓をたたく音がした。どうやら雨が降り出したようだ。

 室内が冷えたように感じると、芽衣さんがエアコンのリモコンを取って暖房を入れた。

 ゆっくりと温風が室内を回り始めたところで、朝陽さんが苦虫を噛み潰したような顔をした。

「どうやら管理人たちは、地球の自動修復機能が働かない程度の、小規模な変化を少しずつ、じわじわと引き起こしていくつもりのようです」

 全員が驚き、愕然がくぜんとした。

「燈実君と詩夏ちゃんの家族は、あくまでもその始まりに過ぎません」

「そんな……」

 小さな声で詩夏さんがつぶやき、泣き出しそうになる。

 オレも泣きたい気持ちになるが、ぐっとこらえて問う。

「自動修復機能が働かないってことは、もうどうにもならないってことですか?」

「ああ、そうなるな。元に戻すには、管理人が初期化するしか方法がない」

 静さんが思いつめたような顔をしてそう答え、芽衣さんは震える声で言う。

「前回のエラーから半年もの時間があったのは、もしかして準備期間だったんですね」

 スーがオレを騙し、信じこませるための……?

「現時点で、彼らにとって脅威なのは燈実君だ。だからこそ、燈実君を狙って弱らせたんだろう」

 と、朝陽さんが結論する。

 オレはまんまと罠にハマり、こんな事態を招いてしまったのか。ああ、最悪だ。

「危機感が足りなかったな、トウミ」

 同情まじりに凜風さんが言い、オレはぎゅっと下唇を噛んだ。いろんな感情がまたないまぜになり、頭が痛くなってくる。

 しかし、そんなことをしている場合ではないことも分かっていた。オレがすべきは、この状況をどう打開するかということだ。

 すると朝陽さんが、オレの心を読んだかのように言う。

「初期化を願わずにはいられない状況に置かれたのは、レストレーショナーとして恥ずべきです。自動修復機能を働かせて、元通りの日常を取り戻すのが僕たちの仕事ですからね。打開策としては、強制的に自動修復機能が働くように、地球を破壊するしかないかと」

 思わず耳を疑った。静さんがじとりとした目を彼へ向ける。

「俺たちが?」

「ああ、言い方が悪かったですね。管理人と全面戦争に持ちこんで、被害を大きくするんです。そうすれば、機能が働くはず」

「待ってください、朝陽さん。それだとわたしたちの家族は、記憶を失くしたままになってしまうのでは?」

 と、詩夏さんが言い、朝陽さんは返した。

「それもそうか。現在より後に被害を大きくしても、修復ポイントがそこになってしまう。すでに起こってしまったことは修復できないか」

「それなら戻ればいい」

 静さんがはっきりと言い、オレははっとした。

「管理人がどこまで想定しているか知らないが、燈実たちの家族さえ守れればいいんだろう?」

「それはそうですが、ターゲットが他の人たちへ変わるだけかもしれませんよ? やはり戦争に持ちこむことで、意識をこちらに向けさせるべきです」

 と、朝陽さんが静さんへ返し、オレは半ば無意識に口を開いた。

「それ、オレがやります」

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