第11話 紙ナプキンと台ふきん

 ほどよく場内が温まった頃だった。食事も一通り済み、飲み物を飲みつつ話をしていると、社長が再びマイクを握った。

「お待たせしました、皆様。これより毎年恒例のお楽しみ、レストレーショナーによる模擬戦を開始いたします」

 え、模擬戦???

「今年は将来有望な若手、外野燈実とのとうみくんに戦ってもらいます!」

「はああああああああ!?!?!?」

 聞いてない聞いてない!!

 驚きと戸惑いでうろたえるオレへ、詩夏しいかさんが言う。

「去年はわたしがやりました。と言っても、誰もわたしを傷つけられなかったので、いまいち盛り上がりに欠けちゃったんですが」

「何、だって……?」

 脳裏にちらつくものがあり、オレは神妙な顔をしてしまう。

「私服で来たのは正解だったな」

 と、せいさんがオレの肩へ手をおいた。

「だって、それは詩夏さん、が……あああ!!! そういうことだったのか!!!!!」

「すみません、燈実さん」

 と、詩夏さんが笑うから、オレは何も言えなくなる。まったくもう、この人たちは!!!!!

「そんな『天邪鬼シンチングァイピー』に挑戦してもらうのは、特殊事業部二課の新人二人です」

 と、社長の声がしてびくっとする。

「優しげな見た目によらずタフな犬飼伊織いぬかいいおりくんと、めきめきと実力をつけている頑張り屋の知久間千咲ちくまちさきちゃんを相手に、戦ってもらいます!」

 会場は盛り上がるが、オレは叫ばずにはいられない。

「まさかの二対一っすか!?」

 すると、静さんが口を開いた。

「大丈夫だ、燈実。お前なら余裕で倒せ――いや、倒せないかもな」

「何で言い直すんすか!?」

 ひどいぞ、静さん!!

「さあ、こちらへお集まりください」

「頑張ってください、燈実さん」

「怪我をしても、私がいるので安心してくださいね」

 詩夏さんと芽衣めいさんにそう言われ、オレはしぶしぶと社長の方へと向かう。

 正直なところ、不安と緊張でお腹が痛くなりそうだ。しかし、今日は観客がいる。ちゃんと戦わないと、みんなを失望させてしまいそうだ。

 それはやっぱり、ダメだよな。詩夏さんもいるんだし、格好いいところを見せないと。

 気を取り直して呼吸をし、集まってきた二人を見やる。

 男性の方、犬飼さんはオレより少し背が高い程度だが、体はよく引き締まっている。優しげで柔和にゅうわな顔立ちをしているが、どう動いてくるかは分からない。

 女性の方、知久間さんは小柄で華奢で胸も小さい。ややキツネ顔にポニーテールで、動きやすいランニングウェアを着ていた。どうやら、知らされていなかったのはオレだけらしい。

「首から上を狙うのは厳禁、心臓など致命傷となりうる箇所への攻撃も禁止。それ以外にルールはなし」

 と、社長が説明し、オレは問う。

「それなら、ここにあるものは何を使ってもいいんですか?」

「ああ、もちろん。ただし、観客を巻きこまないように気をつけるんだよ」

「はい」

 会場の半分ほどが模擬戦に使える範囲のようだ。いつの間にかテープが張られ、観客とこちらとで仕切られていた。

「勝敗は僕が判断する。三人とも、準備はいいね?」

 二人と適切な距離を置き、向かい合う。まずは武器を調達しなくてはならないが、その間に彼らがどう動くか。

 とりあえず隙は見せないよう、一気にいくか。

「それでは、レディ――ファイッ!!」

 試合開始のかけ声をきっかけに、オレは上へと飛び上がった。

 二人が驚いたようにこちらを見上げたが、かまわずに場内を観察する。武器に使えそうなものはたくさんあるが、致命傷は与えちゃダメなルールだった。それなら――。

 壁を蹴って方向転換し、テーブルに置かれた紙皿を数枚、通り過ぎざまに手に取った。

「紙は剣にならない」

 唱えつつ元の位置へ着地すれば、オレの右手にあるのは紙皿でできた剣。

「かっ、紙皿が剣になった〜!?」

 場内がどよめく。オレの超能力に驚いているのだ。

「そんなことでひるむものか!」

 と、犬飼さんがいきおいよく駆けてくる。

 彼の突き出した拳を剣で止めると、すぐにひるんだ。

「痛っ!!!」

 腕から出血した彼の足を、すかさず払って倒れこませる。

「うわっ」

「ひるまないんじゃなかったっすか?」

 にやりと見下ろしてやれば、犬飼さんが悔しそうに顔をゆがめた。――これはいい気分だ。

「隙ができてるわよ!」

 と、次に向かってきたのは知久間さんである。

 すぐにオレは後ろへ飛びずさり、彼女との距離を取る。

「逃げるなら追い詰めるまで――!」

 なおも向かってくる知久間さんを、オレはすれすれのところで前へ宙返りをしてかわす――が。

「そこだっ!!」

 着地の直前に犬飼さんが足を出してきて、思わぬ方向へ蹴り飛ばされてしまった。その拍子に、紙皿の剣も手放してしまう。

「ぐっ……クソッ」

 観客たちの近くに倒れたオレを見て、場内が再びどよめく。

「負けるな、高校生!」

「頑張れ、二課!」

 どちらの声援も盛り上がっている。

 すぐにオレは立ち上がり、静さんをまねたかまえを取った。

「えっ、あれって」

 何故か犬飼さんが動揺し、知久間さんは言う。

「かまっちゃダメ。相手は高校生なのよ」

「でも――」

「いいから、とっととやるわよ!」

「う、うんっ」

 先に言っておくがはったりだ。オレは静さんのようには動けない。そう、動けるはずがないのだ。

 向かってきた二人の攻撃を素早く避けて、犬飼さんの腹に軽く一発食らわせる。

「やっぱり、この子……っ」

 ぐらりとふらついてしゃがみこむ彼から、すぐに知久間さんへと視線を戻す。

「さすが、静さんに教わってるだけあるってことね!」

「そう思います?」

 挑発するように投げかけて、オレは三度空中へ。凜風りんふぁさんの動きなんてまねできないし、スピードも出せるはずがない。

「あ、あの動きは――!?」

 どよめく観客の中から、「へぇ、やるじゃん」と、凜風さんの声が聞こえた。

「それならあたしだって――!!」

 と、知久間さんも浮いて追いかけてくるが、オレは天邪鬼あまのじゃく

「おっと」

 体勢を崩したふりをして落下し、紙ナプキンをまとめてつかむ。

 狙い通りに向かってきた知久間さんを、逆立ちで鍛えたバランス感覚を駆使してかわす。オレの努力が無駄じゃないことを実感できて、楽しくなってきた。

 すぐにオレは体勢を立て直すため、広い場所へと一直線に逃げた。

「ボクだって、まだまだやれるんだ――!」

 と、立ちあがった犬飼さんにも視線をやりつつ、紙ナプキンを両手にそれぞれ、トランプのように広げて持つ。

「何をする気だ?」

 ざわざわする観客たち。

 知久間さんが犬飼さんの隣へ並び、体勢を立て直した。

「次で決着つけるわよ」

「うん」

 二人は目配せをすると、同時にこちらへ向かってきた。

 速さは知久間さんが上だが、動きがやや大げさで隙ができやすい。一方、犬飼さんは次の行動へ移るまでにわずかなラグがある。おそらく彼の癖だ。

 理解できれば、あとは簡単。二人の隙が同時に生まれる瞬間を狙うだけ。

 呼吸を整えて腰を限界まで低くし、オレは唱えた。

「紙ナプキンはダーツにならない。――改変、天邪鬼シンチングァイピー

 二人の間を浮力の勢いで一気に通過。隙のできた彼らが振り返る前に、飛び上がりつつ体をひねって回転し、紙ナプキンを投げつける。

「紙が刺さった〜!?!?」

 犬飼さんに二枚、知久間さんに一枚刺さった。たくさん持っておいて正解だった。

 二人がその場に倒れこむのを見てから、オレは落ち着いて着地する。

「試合終了です!」

 会場内が一気に盛り上がり、オレはふうと息をついた。

「勝者は現役高校生の燈実くん!!! 実に見事な試合でした!!!!!」

 すぐに二人が隅の方へと連れて行かれ、待機していた芽衣さんが動きだす。

 二人とも流血してはいるものの背中だし、武器は重たくしていないので軽傷のはずだ。

「紙ナプキン、もうちょっとどうにかできそうだったなぁ」

 重たくするか小さくすれば、より深く刺さったかもしれない。うん、覚えておこう。

 オレがそんなことを思っている間に、社長が駆け寄ってきて言う。

「すごいね、君! 静くんのかまえだけでなく、凜風ちゃんの動きまで教わっていたとは!!」

 興奮気味の社長だが、オレは正直に答えた。

「いえ、どちらも教わってはいません。ただまねただけです」

「まねただけ!?」

 観客の方からも様々な声が飛んでくる。

「嘘だろ!?」

「あれは完全に静さんの動きだったよな!?」

「凜風様にも劣らない速さだったわ!」

 ちらりとそちらへ視線を向け、オレは言った。

「オレの能力は『天邪鬼あまのじゃく』です。出来ないと思うと出来て、出来ると思うと出来ない。なので、どんなことだって出来るし、何も出来ないとも言えるんです」

 オレは常に、自分自身へ否定の言葉を使って戦う。そうでなければ、狙い通りにならないからだ。最初は厄介だと思ったけど、慣れればなんてことはなかった。

「す、すごいなぁ〜!!! 本当にすごいよ、燈実くん!!」

 と、社長がオレの背中をばんばんとたたく。

「ありがとうございます」

 半ば照れつつ返すと、観客の中から一人の男性がテープを超えてやって来た。

「燈実、俺と戦ってくれないか?」

「え?」

 近づいてきたのは帝人ていとさんだ!!

「さっきの試合を見て戦いたくなった」

 言いながら着ていた上着を脱ぎ、半袖のTシャツ姿になる。ボディビルダーのように、彼の体は鍛え上げられていた。

 思わずどぎまぎするオレだが、帝人さんの目は真剣だった。

「社長、いいですよね?」

「うーん、時間はあまっているから可能だが。燈実くん、まだやれるかい?」

 注目を浴びたオレは、内心でひるんでいたのにうなずいた。

「ええ、いいですよ。オレも物足りなかったところです」

 思ってもいなかった言葉だが、確かに体はほどよく温まって、いい感じになっていた。この状態で体を動かしたら、これまでよりいい動きができるかもしれない。

 帝人さんがにやりと笑い、オレはますますひるんでしまう。

「俺の能力は『隠来光インライグゥァン』、光を操る力だ」

 やばそう! めちゃくちゃやばそう!! やっぱりオレ負けるわ、絶対に負ける!!!

 しかし、今さら引くことなどできない。オレは内心でわめく自分を抑えつつ、返した。

「光ということは、俗に言うルクスキネシスですね。おもしろそうじゃないですか」

 にやりと口角をつり上げて見せてから、適度な距離を置いて立つ。

 観客たちは波を打ったように静まり、固唾かたずをのんでオレたちを見ている。

「それでは、第二回戦を始めます。特殊事業部二課の課長、照島てるしま帝人くん対、外野燈実くんです!」

 社長が再び試合開始の合図を出した。

「レディ――ファイッ」

 まばゆい光がオレへ向けられ、思わず目を閉じてしまった。直後、腹部を攻撃されて壁へ激突する。

「うわあ、容赦ないな」

「ちょっとは手加減してやれよ!」

 野次が飛ぶ中、目の前に気配を感じた。慌てて立ち上がり、手探りの状態ながら空中へと逃げる。

「逃がすものかっ」

 そんな声がしたかと思うと、今度は光が唐突に消えて、目の前が一瞬暗くなる。残像だ。

 視界を操作されてしまっては何も出来ない。

「俺に勝つには、光速を超えないとな」

 と、後ろから攻撃されて、無様に床へ落ちてしまう。

「クッソ……」

 光速を超えるなんて無理だ。しかし、帝人さんは光を操る能力、ルクスキネシスの使い手だ。

 すぐに立ちあがって体勢を立て直すが、どこを見ても彼の姿がない。――いや、光の反射を操作して、自身に光が当たらないようにしているのだ。

 実質的な透明化だが、やられっぱなしはいい気がしない。

 いや、待てよ。あの静さんが強いと言う相手だ。オレなんかが勝てるはずがないのでは??

 そうだ、オレは光速を超えられない。武器も見つけていないのだから、オレが帝人さんを攻撃できるはずがないのだ。

 そうだ、何も考えるな。そして、よく考えろ。

「どうした、燈実くん!?」

 天井すれすれまで浮き上がり、壁を蹴りながら常に移動を続ける。相手は光そのものではなく、光を操る人間だ。

 必ず帝人さんはオレのことを見ている。オレが動き続けていれば、帝人さんも常に光を動かし続けなければならない。そこにはいつか必ず隙が生まれる。これこそ、光速を超えるということ。

 タイミングを図り、一気に下降してつかんだのは台ふきん。

「おい、武器を取ったぞ!」

「頑張れ、高校生!!」

「その意気だ、少年!!」

 再び上昇し横移動、天井近くへ戻ると見せかけてまた下降。

 上下左右ランダムに動き続けていると、あることに気がついた。オレではない方を見ている観客の目線だ。

 帝人さんはあくまでもオレから姿を見えなくしているだけで、他の場所からだと光の当たり具合が変わる。つまり、見えているのだ。

「そこだっ!」

 つかんだ台ふきんを一瞬にしてナイフへ変え、彼のいるであろう場所に向かって急降下する。

「まだまだだな」

 と、声がしたのは背後からだった。

 はっとして振り返る――わけもなく、オレは着地せずにまた上へ。

「何っ!?」

 彼が動揺した一瞬の隙を見つけて、オレはまた上下左右への移動を開始する。

 一瞬の隙は埋められることなく、どんどん遅れが出始める。狙い通りだ。

 彼に勘づかれる前にオレはいきおいよく床へ下り、そのまま帝人さんの方へ走った。

「――放射、隠来光インライグゥァン

 再びまぶしい光が向けられるが、それなら目をしっかり開けていればいい。

 ぱっと光が消え去ったと同時に両目を開け、宙へ逃げた帝人さんを追う。

「何故ひるまない!?」

「オレは十分、ひるんでます――!」

 姿を隠そうとする帝人さん。まだ彼の行動パターンは読めない。

 光を使って姿を見えなくされても、観客の目線は絶えず動いている。

 壁を蹴って宙返り。素早く背後へ回りこみ、わずかな隙を一気に突く。

「くっ」

 光を失った彼は、オレの武器を持つ手を、ギリギリのところでつかんで止めていた。

 やはり純粋な力比べでは勝てないが、台ふきんのナイフの先は、帝人さんの胸元を刺そうとしていた。

「し、試合終了! 引き分けです!!」

 と、社長の声がし、オレははっと我に返り、手にした台ふきんを手放した。

 はらりと元の布へ戻り、台ふきんがオレたちの間を抜けて下へと落ちる。

「よくやったぞ、少年!!」

「すごい試合だった! おもしろかったよ!!」

 観客たちは大盛りあがりで、中にはオレを称え、賛美する声まであった。

「燈実くん、惜しかった! でもすごかった!!」

「これから応援するねー!!」

 戦うのをやめた途端に、集中力が切れたのだろうか。汗が一気に吹き出てきたかのように感じ、腹部や背中に痛みを覚える。

 それぞれに床へ戻ると、帝人さんが苦笑いをしながら言った。

「すごかったな、君」

「ああ、いえ。帝人さんこそ、すごかったですよ?」

 と、オレは首をかしげつつ返すが、帝人さんは首を振った。

「いや、俺なんてまだまだだ。まさか、追いつかれるとは思わなかったよ」

「それは……」

 答えにつまり、オレはさっきまでの自分を振り返る。

「何も考えないでいると、体が勝手に動くんです。オレの体は、どうすればいいかを的確に知っていて、それで追いつけたというか」

「考えずに動いたというのか?」

「いや、どちらかと言えば、体が考えたっていう感じです」

「体が……?」

 帝人さんだけでなく、社長も怪訝けげんそうだ。

 困ってしまったオレだが、タイミングよく静さんがやってきた。

「もう少しだったな、燈実」

 と、肩に手をおいてねぎらってくれる。

「あ、はい」

 そうだ、勝負は引き分けに終わってしまったのだった。考えると、悔しくてたまらなくなってくる。オレは意外と負けず嫌いだった。

「帝人先輩も、次は負けるかもしれませんね」

 と、静さんが不敵に微笑む。

 帝人さんは怒りと困惑のまざったような、微妙な表情をしつつ返した。

「その前に静が負けるだろうけどな」

「もちろんです」

 返した静さんに、オレはびっくりして顔を向ける。静さんは平然と言った。

「燈実は最強ですから」

「えっ、でも――」

 戸惑うオレの背中を、静さんが強く叩く。

「最初に朝陽あさひが言ってただろう? お前の超能力は最強だと」

 そういえばそうだった。しかし、何だかそわそわする。まだオレは弱いと、どうしても思ってしまう。

 オレの気持ちを察したのか、静さんは言った。

「もっと自信を持て、燈実」

「は、はい」

 自信、か。オレに欠けているのは、やっぱりそれなのだろう。

 しかし、「天邪鬼」の性質を考えると、自信なんて持たなくてもいい気がする。あまり自信を持ったら、いざという時に自信がなくなって、うまく動けなくなりそうだ。

「怪我はしてませんか?」

 と、芽衣さんがやってきて、オレは思考を止めた。

「ああ、あちこち痛いっす」

「すぐに治療しましょう、こちらへどうぞ」

 優しく芽衣さんにうながされて隅へ向かう。帝人さんは静さんとその場に留まり、何か話をしていた。

 用意された椅子に腰かけ、芽衣さんに治療してもらっていると、詩夏さんがやってきた。

「お疲れさまでした、燈実さん」

「ああ、ありがとう」

 と、オレは笑みを返す。

「どちらの試合も、ドキドキしながら見ちゃいました。燈実さん、すっごくかっこよかったです!」

「えっ、そ、そうかな」

 思わず恥ずかしくなって、視線をそらすオレだが、詩夏さんは言った。

「他の人たちもかっこいいって言ってました!」

「あ……そ、そうか。あはは」

 ドキドキして損した。ごまかすように笑いを返せば、朝陽さんと凜風さんもやって来る。

「強かったね、燈実君。あの帝人さんを、あそこまで追いつめるとは」

「すげぇよなー。アタシでさえ、勝てない相手だってのに」

 朝陽さんは感心しているらしく、凜風さんはどこか悔しげだ。

「ありがとうございます」

 と、つい頬をゆるめてしまうと、凜風さんがオレの肩へ手を置いた。

「それより、アタシのまねしただけって本当か?」

「えっ、本当ですよ!」

「ひそかに練習してたとか?」

「ないです、ないない!!」

 凜風さんはじとりとした目をしており、オレを疑っている様子だ。

「じゃあ、何であんなに安定して早く動けたんだよ?」

「えぇ、それは……」

 困惑しつつも、正直に話すことにした。思い当たるのは一つだけ。

「やっぱり、逆立ちでしょうか」

「逆立ち?」

「はい。鉄棒の上で、浮く力を調節しつつ、垂直に足をあげて」

「体操選手か」

「で、逆立ちした状態をキープ」

「それ、すごくない? 僕、絶対にできないんだけど」

 と、朝陽さんが口をはさみ、オレは返す。

「オレだってできませんでしたよ。最初は二秒が限界で、昨日やっと十秒できるようになりました」

 凜風さんは理解できないのか、眉間にしわを寄せる。

「いくら浮いてるからって、そこまでやるか?」

「ああ、でも、浮く力は最小限です。あくまでも重力から解放されただけで、逆立ちのままキープするのは、自分の腕の力でやってます」

「燈実さん、ちょっと静さんに似てきましたね」

 と、芽衣さんが苦笑し、オレは首をかしげた。

「そう、ですかね……??」

 自分ではそう思わないのだが、言われてみればストイックな気もする。わりとガチで似てきたのかもしれない。

「まあ、鍛えるの楽しいんで」

 と、オレが笑うと、詩夏さんは明るく言った。

「頑張ってください、燈実さん。わたし、応援してますっ」

「うん、ありがとう」

 彼女に応援されたら、鍛錬を怠るわけにはいかない。帰ったらまた公園へ行って逆立ちをしよう。

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