第9話 命の価値と戦闘スタイル
文化祭から数日が経った平日の夜。オレは
人気のない中、二人で冷えたベンチに座る。
「それで、聞きたいことって何だ?」
仕事終わりの彼を呼び出すのは気が引けた。でも、オレは聞かなくちゃならない。
「その……前に、
文化祭の日、スーと会ったことは話せなかった。話しちゃいけないような気がしたから、別の切り口から聞き出すことにした。
「覚醒した時のこととか、その後に中国へ修行しに行ったこととか」
静さんは何も言わずに前を見ていた。
「それで、静さんはどうだったんだろうと、ちょっと、疑問に思ったんです。静さんは強いし、何か、特別な感じがするっていうか」
「特別、か。まあ、そうだな」
一つ息をついてから、彼は答えた。
「今回は生まれながらに覚醒していたな」
「……ん? 生まれながら???」
「ああ」
「しかも、今回はって言いました?」
と、オレが顔を向けると、静さんもこちらを見る。そして平然と告げた。
「俺には前世の記憶があるんだ」
「お、おお……マジですか」
前世の記憶があるなんてびっくりだ。でも、聞きたいことはまさしくそれだった。
やや前のめりになりながら、オレはたずねる。
「ちなみに、その前世の記憶って、どんな感じなんですか? 名前とか、住んでた場所も覚えてるんですか?」
「いや、そこまではっきりしたものじゃない。だが、レストレーショナーとして戦っていたのは同じだ」
「前世でもレストレーショナーだったんですか?」
「ああ」
静さんは再び顔を前へと向け、息をつく。
「実を言うと、もう千年以上前からだ。俺はずっとこの地球で輪廻転生を繰り返し、地球を守るために管理人と戦い続けている」
「千年以上も……!?」
何とも壮大な話だ。ファンタジーにしか思えないところだが、それは覚醒する前までのこと。今はちゃんと信じられる――はずなのだが、やはりすごすぎて理解が追いつきそうにない。
「だが、ここ数百年ほど、管理人から嫌がらせを受けていてな。俺が生まれた途端、周囲の環境を最悪なものにするんだ」
「最悪、とは?」
遠くの空を見つつ、彼はため息まじりに返す。
「両親の不仲に始まり、泥沼の離婚、母子家庭となってからの虐待やネグレクト。他にもありとあらゆる不幸をぶつけてきては、俺の覚醒を邪魔してきた」
なるほど。確かにそんな家庭環境では、落ち着いた精神状態など保てないだろう。
「今回は家庭内殺人まであったな」
と、静さんがフィクションの話をするかのように言い、オレは胸がざわりとした。
「そんなんで、よくやっていられますね。オレだったら病んでます」
「……俺だって人間だ。少しくらいは胸を痛めたさ」
どこか生ぬるい風がオレたちの間を通り過ぎる。
「だが、多くの人間が、管理人たちの手中にあることを知っている。あいつらの管理下にあると分かれば、冷酷にならざるを得ない部分だってあるだろう」
自分を
――家族の誰が誰を殺したのか、その時静さんはどうしていたのか、情報がないから何も分からないけれど。
「辛いこと、話させてしまってごめんなさい」
たまらずにオレは謝罪した。
強い静さんだって、人間なのだ。オレと同じで心があって、弱い部分だってある。
しかし、静さんは返した。
「いや、気にするな。それより、他に聞きたいことはないか?」
はっとしてオレは問う。
「えっと、その、さっき言ってた、他の人が管理下にあるっていうのは?」
「そのままの意味だ。管理人たちはこの地球と、地球に生まれる命のすべてを管理している。例外は俺たち、レストレーショナーだけだ」
スーの話とまったく同じだった。
「そう、ですか。オレの家族も、管理されているんですね……」
「今は受け入れがたいだろうが、じきに分かってくる。本当にいるんだ、哲学的ゾンビは」
聞いたことのあるワードだった。
哲学的ゾンビとは、普通の人と同じように感情表現をするが、実感としての感覚や感情は持たない人のことである。思考実験の一つだったはずだが、まさか本当にいるなんて。
「いや、違うな。人間はそもそも、すべて哲学的ゾンビなんだ。感情さえ、管理人たちに操作されうるんだからな」
静さんがそう言い直し、オレは悲しくなってしまった。
「そうかもしれませんけど、そんな、悲しいこと言わないでくださいよ」
唇が震えそうになりながらも続けた。
「オレは嫌です。親父も、母さんも、妹も、管理されてるなんて思いたくない。学校の友達も、先生たちもです。みんなが自分の意思を持って生きてないなんて、もしそれが本当に真実でも、嫌です」
言葉にしながら、スーの話に対して覚えた嫌悪感をはっきりと感じ取る。オレはただただ嫌なのだ。
「命がすべて、管理されているなんて――」
嫌になりすぎて涙ぐんでしまった。半ば無意識に鼻をすすって、オレは静さんを見据える。
にじむその向こうで彼は言った。
「
涙がオレの頬を落ちていった。
「え?」
「俺たちが野菜や家畜を育てるのと同じだ。管理人からしたら、地球に生きる命はどれも、使い捨ての存在なんだ」
ああ、あまりに残酷過ぎる。
「俺や燈実はたまたま地球に愛されて、管理人の手から逃れられた。でも、命の重さは他のやつらと変わらない。等しく平等だからこそ、管理人は容赦なく排除しようとするんだ」
静さんの言葉は重すぎて軽い。命を軽視しているとしか思えない。
「お願いだから現実を見てくれ、燈実」
「……無理です。やっぱり嫌です」
涙をぼろぼろ流しながら、オレはだだをこねる子どものように繰り返す。
「嫌です、嫌です。受け入れられない、信じたくない、そんなわけないっ」
命はとても大事なものだ。けして軽いはずのものじゃない。
「ああ、そうだ。静さんは何度も生まれ変わってるから、そんなひどいことが言えるんです。どうせ静さんは死んでも、また生まれてくるんでしょう? だからです」
静さんがため息をつく。
「お前にはそう見えるのか」
「だって、おかしいじゃないですか。命は尊いものなんです。大事にしなくちゃいけないものなんです」
「それなら、どうして姉は殺されなくてはならなかった?」
「え……?」
いつも冷静なはずの静さんが、にわかに声を荒らげた。
「家族はみんな管理人に操られていたからだ、分かっている。でも、それは命がその程度の価値だってことだろう? ろくに働かず昼間から酒を飲んで、子どもにあたる父親も、その程度だったんだ。そう、思わないと……」
静さんは言葉に詰まり、地面を見つめた。
「姉が、浮かばれない……」
耳へ届いた涙声に、はっとした。オレは自身の浅はかさに気づき、彼の背負うものの大きさを知る。
悲しみと悔しさの入りまじったような声で、静さんは吐き捨てるように言う。
「いつの時代も同じだった。どんなに俺が大事にしても、命である限り終わりは来るんだ。どんなろくでなしでも、善人であってもだ」
何度も生まれ変わってきたからこそ、彼はそう結論したのだ。どれだけ誰かを愛しても、命には必ず終わりがあるから。
重い思いの分だけ、命の価値まで重くしていたら、やがては背負いきれなくなる。彼の中での整合性が取れなくて、いつまでも抱えていることになる。
だから、静さんは――。
「ごめんなさい、オレ……オレ……」
彼の気持ちをもっと想像すればよかった。どうしてそう思うのか、冷静にたずねられればよかった。
今さら後悔するオレへ、静さんは首を振る。
「いや、俺も大人気なかったな。すまなかった」
「……本当に、ごめんなさい」
オレがあらためて謝罪をすると、静さんはため息をついて立ちあがった。
「腹減っただろ? 何か食いに行こう」
涙で濡れた顔を袖で拭い、オレも腰を上げた。
「はいっ」
まだ受け入れられたわけじゃない。まだ信じたわけでもない。
でも、いつまでも嫌だと言っているわけにもいかない。どう結論を出したらいいか分からなくて、矛盾がぐるぐる回る。
「ただいま」
家に帰ると、リビングの方から母さんの声がした。
「おかえりなさい」
にこりと少し安心したように笑う。
オレはまっすぐに自分の部屋へ向かったが、途中で妹とすれ違った。
「遅かったじゃん。何してたの」
「どうだっていいだろ」
風呂上がりなのだろう、いい匂いをさせながら妹はリビングへ向かっていった。
かまわずにオレは自分の部屋へ入り、電気をつけた。
荷物を床へ置いて、息をつきながらクッションの上に座る。
「
「えー、しょうがないなぁ」
夜は静かだ。家の中の声なんて、少し耳を澄ませば聞こえてくる。
こんこんと扉がノックされ、扉越しに妹の声。
「兄貴? お風呂、さっさと入ってって」
「……ああ」
返事をしながらも、すぐには動く気になれない。
廊下を歩く妹も、リビングでくつろいでいる母さんも、おそらく寝室にいるであろう親父も……オレとは違うなんて。
無意識にため息が出る。
考えてみれば、あの日からそんなことは分かっていた。オレだけが取り残されて、全世界の人々が記憶を失った日。
静さんや朝陽さん、
「……風呂、入るか」
おもむろに立ち上がり、オレは考えを保留した。見て見ぬ振りをするように、今はもう考えないことにした。
「うっ……」
腹部が痛い。腹筋に力を入れたつもりだったが、間に合わなかったようだ。
「どうした、トウミ。もっとできるだろ、調子悪いのか?」
と、凜風さんがオレを見下ろす。
「す、すみません」
頑張って起き上がるが、自分でも今日はうまく戦えていないことを自覚していた。どうにも調子が出ないのだ。
「せっかく強くなってきたところなのに、それだと全然ダメだぞ」
「そう、ですよね」
立ち上がり、床に落ちたトイレットペーパーを拾い上げる。長さは調節できるし、棒状にできれば強いかと思ったのだが、いまいちだった。
再び硬くして右手に持ったが、凜風さんは言う。
「何か悩みでもあるのか?」
「えっ……いや、うーん」
あると言えばあるし、ないと言えばない。というより、どう話したらいいか自分でも分からない。
困惑して立ちつくすオレへ彼女は言った。
「やめだ、やめ。戦いに集中できないやつと戦っても、つまらない」
「えっ、あっ……すみません」
凜風さんは呆れたように息をつき、さっさと出口へ向けて歩き始めた。
「セイかアサヒに、また相談でもすりゃいい」
「……はい」
それで答えの出る問題ならよかったが、残念ながらそうではなかった。
オレの頭にこびりついて離れないのは、家族のことだ。管理人に操作されうる家族を、今までのように大事に思っていてもいいのかどうかだ。
難しく考える話ではないかもしれない。でも、オレは悩んでしまっていた。
凜風さんがトレーニングルームから去っていき、残されたオレは荷物を持ってから廊下へ出る。
ため息をつきながら戻ると、凜風さんが静さんたちと話をしていた。
「どうしたんだい、燈実君」
と、朝陽さんが心配そうにこちらへ寄ってきて、オレは足を止める。
「いや、その……何ていうか」
どぎまぎと視線をそらすオレだが、静さんもこちらへ来て言う。
「雑念があるのはよくない。燈実の場合は特にだ」
「はい……」
それはよく分かっている。でも、正直に話す気にはなれなかった。
大人たちが困ったような空気を出し、オレは少し泣きそうな気分になる。
すると、朝陽さんが言った。
「そういえば、ハロウィンの話はもうしました?」
気になって少し顔を上げると、静さんがすっと無表情になる。
「いや、忘れてた」
「もう二週間とちょっとしかありませんよ?」
苦笑しながら朝陽さんが返し、静さんは額に手をあててため息をつく。
「すまない」
「まったく、大事な事ほど伝え忘れるんだから」
と、朝陽さんはうんざり顔だ。
「あ、あの、ハロウィンに何かあるんですか?」
オレが口を開くと、静さんが言う。
「ガーディアン社では毎年、十月三十一日にハロウィンパーティーをやっているんだ。オカルト系の出版社だから、仮装をする社員もそこそこいる」
「それで今年は、燈実君にも参加してもらおうと思っているんだ」
「えっ、オレも参加できるんすか!?」
憧れの出版社のハロウィンパーティーに出席できるなんて、嬉しくないはずがない!!
「他の部署との交流会も兼ねているが、去年は詩夏も参加した」
「燈実君、まだ他の部署の人と会ったことないでしょ? あと、社長とかも来るよ」
「うっわ、ぜひ参加したいです! 参加します!!」
と、元気を取り戻すオレを見て、二人は安心したように笑う。
「それなら決まりだな」
「三十一日の十七時から始まるから、当日はそれまでに来てくれればいいよ」
「分かりました!」
ハロウィンパーティー、楽しみだ!!
わくわくしてそわそわしてしまったところで、朝陽さんが問う。
「それで、悩みって?」
「えっ……あー、えっと」
話を戻されてしまった。どう話せばいいか分からないため、オレは遠回りをすることにした。
「その、戦う時のモチベーションって、皆さんどうしてますか?」
「モチベーション、か」
考えこむ静さんと裏腹に、凜風さんが席に座ったまま答える。
「アタシは戦うのが好きだからだぜ!」
単純明快な答えだ。
「体を動かすのが好きだから、戦えることが喜びなんだ!!」
「な、なるほど。ありがとうございます」
オレもそうならよかった。でも、オレは体を動かすのは好きじゃない。鍛えるようになってからも、少し楽しくなってきた程度だ。
「僕の場合は、やっぱりそれが仕事だからって感じかな」
と、今度は朝陽さんが答えてくれる。
「自分の能力を活かせることも嬉しいし、この仕事は使命とも言いかえられるからね」
「使命、ですか。ありがとうございます」
確かにそうだ。レストレーショナーとしての使命だとも言える。
「俺も使命だから、だな」
静さんが真面目な顔をして答える。
「地球を守ることが俺の使命だから、それをまっとうするために強さを身に着けた。今でも鍛錬は欠かしていないし、常日頃からもっと強くなりたいと思っている」
「何ていうか、ストイックですね。ありがとうございます」
それぞれの戦いに対する考えが、はっきりと見えた。
「燈実君は?」
朝陽さんの問いに、オレは――。
「分からない、です。強くなりたいとは思うんですけど、戦うことをどうとらえたらいいか、分からなくなってしまったというか」
脳裏に浮かぶのはスーだ。管理人たちとの戦いを、このまま続けていてもいいのかという疑問だ。そして――家族のことを守る必要があるのか、ということ。
「そろそろ戦闘スタイルを定める頃かもしれないな」
と、静さんが言い、オレはきょとんとする。
「戦闘スタイル?」
「ああ。凜風はスピード型で、速さを生かした戦い方をする。俺はバランス型で、攻撃も防御もできる」
「僕の場合、相手の動きを読むことでひたすら攻撃をかわすから、どちらかと言えば回避型だね」
なるほど、そういえば三人とも戦闘スタイルが違う。
「燈実はどんなスタイルで戦いたい?」
静さんの問いかけに、オレは少々悩んでしまった。
「凜風さんのようなスピードが出せたら、いいなとは思います。けど、現実的でないことも分かってます。朝陽さんのように先を読むことも出来ないから、目指すとしたら静さんのような、バランス型でしょうか」
「悪くはないが、攻撃に特化するのも手だぞ」
はっとして静さんを見る。
「オレが攻撃特化ですか?」
「管理人と戦う時、一対一とは限らない。凜風と組むかもしれないし、俺や朝陽と組む可能性もある」
「誰と組んだとしても、戦闘スタイルがかぶらない方が、力を発揮しやすいからね」
「そういうことだ」
それもそうか。朝陽さんが先を読んでくれるなら、オレが横から敵の隙を狙えるだろう。凜風さんがスピードで敵を翻弄している隙だって狙えるし、静さんの場合も彼が作ってくれた隙を狙える。
「いいですね、攻撃特化。敵からの攻撃を受けても、オレなら無効化することもできます」
「そうだったな。とすると、燈実は防御を捨ててもいけるわけだ」
「燈実君は意外と冷静に、戦況を見極めることも出来るし、僕も攻撃特化がいいと思うよ」
悩んでいた気持ちの三分の一ほどが薄らいだ。やはり遠回りでは悩みは解決しなかったが、いい話を聞けた。
攻撃に特化するという目的ができたおかげで、気持ちも少し前向きになった。
ふいに凜風さんががたっと席を立つ。
「よっしゃ! そうと決まったら、さっそくアタシと――」
「いや、今日はやめておけ。攻撃に特化するなら、相応の筋力をつけるのが先だ」
「セイの意地悪ー!」
「凜風ちゃん、あとで静さんにスイーツおごってもらおう」
「それなら許す!!!」
あいかわらず食べ物につられる凜風さんだ。オレは思わず、くすりと吹き出してしまう。
静さんは「何で俺がおごるんだ」と、不満げに朝陽さんをにらんでいた。
「まあまあ、たまにはいいでしょう? 僕の分もお願いしますね」
「ちゃっかり便乗するな」
「あ、それなら私も……」
と、ずっと
「今日だけだからな」
そしてあらためてオレを見た。
「燈実はもう帰っていいぞ。ハロウィンパーティーまでに、しっかり鍛えておけ」
「あ、はい。分かりました」
――何でハロウィンパーティーまでなんだろう??
内心で疑問を覚えつつも、オレは「お疲れさまでした」と、頭を下げた。
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