第5話 ステーキ弁当とお祭り

「兄貴、最近ずっとどこかに出かけてるけど、大丈夫なの?」

 八月へ入ったある朝、妹がどこか心配そうにたずねてきた。

「ああ、怪我のことか? 大丈夫、痛くねぇから」

 と、オレが笑顔を返すと、何故か妹はむっとした。

「別に心配なわけじゃないし! ちょっと気になっただけだしっ」

「あはは、素直じゃねぇなぁ。でも兄ちゃん、ちょっと嬉しい」

「キモい! うざい! さっさと出てけ!!」

「はいはい、今日もオレはいってきますよ」

 と、玄関へ向かうが、何故か妹はついてきた。

「っていうかさ、兄貴」

 靴を履きつつ顔を向けると、ほんのりと顔を赤くした妹が言う。

「何か、変わったよね。前よりちょっと、何ていうか……」

 と、視線をそらす妹へ、オレはにこりと微笑んだ。

「守りたいものがあるからな」

 そしてすぐに扉へ手をかけた。

「いってきます」

 久しぶりに妹の「いってらっしゃい」という声が聞けた。

 ――オレはこの何気ない日々を、家族のいる日常を守りたかった。

 全世界の人々が記憶喪失になったあの日のことは、今でも鮮烈に覚えているし、思いだすと怖くなる。

 だから、オレは今日も日本支部へ行き、凜風さんと戦う。またあんなことが起こった時に、管理人たちとしっかり戦えるように。


 鞭のようになった竹刀を、それ以上に使いこなすのは難しかった。元の形にするには一度手を離す必要があり、手にしたままではどうにもならない。

「竹刀は柔らかい! これ以上ないくらい柔らかい!!」

 叫んでみるが竹刀の形が戻ることはなく、硬くもならない。そうしている間に凜風りんふぁさんの拳が容赦なくオレの腹へ入った。

「ぐうっ」

 なすすべなく倒れこみ、オレは竹刀を手放す。すると、あれだけ伸び切った竹刀は数秒で元の形へと戻る。

「やっぱ、変えられる回数に限界があるんじゃねぇか?」

 と、凜風さんが見下ろしながら言い、オレは倒れたままうなずく。

「そうかもしれません……」

 腹というより内蔵が痛い。空腹でよかったような気もするが、凜風さんは本当に容赦ようしゃがないのできつい。

「おい、起きろ。へばってんじゃねーぞ」

「ちょっと休ませてください」

「はあ? そんなんじゃ、強くなれないだろが!!」

 彼女の言うことはもっともだが、オレは連日の練習で疲れていた。インドア派なオレには、やはり厳しいのである。

「もっと体力つけろ、トウミ」

 と、凜風さんがつまらなさそうに言うと、トレーニングルームに誰か入ってきた。

「お疲れさまです」

 頭を上げて見れば、詩夏しいかさんだ!

 オレが慌てて起き上がると、こちらへきた詩夏さんが言う。

燈実とうみさんが頑張ってるって聞いて、お弁当の差し入れを持ってきました」

「えっ、マジで!?」

 嬉しさのあまり立ち上がるが、腹部に痛みを感じて手を添えてしまった。

「弁当って、アタシの分もあるのか!?」

「はい、もちろんです。皆さんの分、持ってきました」

 にっこりと笑う詩夏さんに内心で癒やされる。きつい特訓だが、午後もがんばれそうだ。

 凜風さんは「やったー!」と、テンション高く叫んで飛び出していってしまった。

 オレは苦笑しつつ、壁際に置いた荷物からタオルを出して汗を拭く。

「詩夏さんが来てくれるなんて、思わなかった。しかも、弁当まで持ってくるなんて」

「わたしの好きな、美味しいお肉屋さんのステーキ弁当です」

 詩夏さんの手作りではなかったか。少し期待したが残念だ。でも、肉は嬉しいな。

「じゃあ、オレたちも行くか」

「はい」


 二人でトレーニングルームから出て、せいさんたちのいるオフィスへと戻る。 

「燈実君、お疲れさま」

「お疲れさまです」

 静さんたちはすでに昼休みへ入っており、それぞれ自分の席でステーキ弁当を食べていた。

 オレは詩夏さんと一緒に壁際のソファへ座り、遅れて昼食にする。

「いただきます」

 見たことがないような、大きくて分厚いステーキ肉だった。

「ん、めっちゃ美味い!」

 白米も炊きたてかと思うほど柔らかくて美味しい。

 いつもは近くのコンビニへ買いに行くか、芽衣めいさんの作ってくれるおにぎりのどちらかだ。それでも腹はふくれるけれど、やはり肉の方がいい。体が喜んでいる気がする。

「燈実さんのお口に合ってよかったです」

 と、隣で詩夏さんが微笑み、オレも頬をゆるめた。

「うん、マジで美味しいよ。ありがとう、詩夏さん」

「どういたしまして」

 胸がきゅうっと締めつけられる感じがした。

 詩夏さんと一緒にいられるだけでも、いつもよりテンションが上がるし楽しい。でも、こうして同じものを食べていることで、さらに幸福度が高まっている。

 その裏側で、ふと顔も知らない人たちの影が浮かぶ。選ばれなかった人たちだ。

 きっとオレは、オレの人生をまっとうしなくてはならない。残された人生を幸福に生き、家族や友人のいる世界を守るのだ。――管理人たちに消された人々のためにも、オレは。

「そういえば、もうすぐ納涼祭ですよね」

 と、詩夏さんが言い、オレは我に返る。

「あー、今週末だっけ?」

「そうです。わたしは家が近いので、毎年行ってるんですよ」

「へぇ、近くなのか」

 地元の夏祭りではもっとも規模が大きく、屋台もたくさん並ぶ一大イベントだ。

「小さい頃に何度か行ったけど、それきりだなぁ」

 と、オレがこぼすと、詩夏さんはどこか嬉しそうに言った。

「それなら一緒に行きませんか?」

「えっ」

 思わずドキッとしてしまい、彼女を見られなくなる。かと思うと、凜風さんの声がした。

「アサヒ、ノーリョーサイって何だっけ?」

「お祭りだよ。屋台がたくさん出て、会場の中央では盆踊りもやるんじゃなかったかな」

「屋台!? 美味いもの食える!?」

「まあ、わたあめとかりんご飴とか、あると思うけど」

「案内しろ、アサヒ!」

「何で僕が? まあ、いいけど」

「そ、それならみんなで行きませんか!?」

 と、詩夏さんが急に立ち上がる。

「きっとその方が楽しいですよ! ね!?」

 どんな顔をしているのか分からないが、詩夏さんは何だか慌てたような口調だ。

 すると静さんが言った。

「悪いが、俺は興味がないからパスだ」

「そんなこと言わずに行きましょうよ、静さん」

 と、芽衣さん。

「たまには息抜きをするのも大事ですよ。いつまた管理人が来るか、分からないんですから」

「それはそうだが……」

「じゃあ、決まりですね」

 芽衣さんがにこりとこちらへ向けて笑みを向け、詩夏さんはほっとした様子で言った。

「ありがとうございます」

 そして彼女が再び腰を下ろし、オレは言う。

「みんなで行くの、楽しみだな」

「はい」

 にこりと詩夏さんは笑ったが、その頬はにわかに紅潮して見えた。


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「待って。女の子と祭りに行くのか? 何着ていけばいい???」

 その夜、風呂上がりにオレは悩んでいた。

 リビングでスマホをいじっていた母さんが顔を上げる。

「あら、お祭り行くの? お父さんの浴衣、あるわよ」

「親父の? ダサくないならいいけど」

 と、返したオレだが、すぐに妹が邪魔してきた。

「兄貴は何着たってダサいよ」

 はっとして後ろを向くと、にやにやと笑う妹が見える。

「ダサくて悪かったな」

「あ、でも丈が合わないかもしれないわね」

 と、母さんまで言い出し、オレは辟易へきえきした。

「身長のことは言わないでくれ」

 平均身長に届いていないのは事実だし、高校生になってから伸びてないのも確かだ。父さんとも五センチほどの差がある。

「ふふ、冗談よ。もし浴衣が嫌なら、甚平じんべいでもいいんじゃない?」

 と、母さんが笑いながら言う。

「あー、甚平か。そっちのがいいかも」

「ちんちくりんに見えないといいけどね」

 と、妹がからかい、廊下へ出ていった。

「くっそぉ……」

 やっぱり和実かずみは生意気だ。でも、以前に比べて可愛く思ってもいるから、そんなにムカつかないのだった。


 待ち合わせ場所である神社前で、オレは愕然がくぜんとした。

「え、二人とも浴衣っすか」

 朝陽あさひさんはにこりと笑って言った。

「女の子たちが浴衣着るって盛り上がってたから、僕たちも合わせた方がいいかと思ってね。レンタルしたんだ」

「マジかー。オレ、甚平にしちゃいましたよ」

「いいじゃないか。よく似合ってるよ」

「あ、あざっす」

 朝陽さんに褒められても、正直あまり嬉しくはない。近くの衣料品店で売っていた、どこにでもある黒の甚平だし。

「お二人も、よく似合っててかっこいいです」

 と、社交辞令を返しておいた。

「ありがとう」

 朝陽さんは紺色の浴衣を着ており、静さんは少し明るめの灰色だ。長い髪を後ろでひとつに結っており、イケメン度が増している。

「で、その女の子たちは?」

「まだ来てないな」

 と、静さんが答え、朝陽さんがスマホで時刻を確認する。

「ああ、六時ちょうどですね。そろそろ来るんじゃないですか」

 外はまだ明るかった。境内からは、祭りの賑わいが聞こえる。

 中高生のグループや小さな子どもを連れた親子など、実にさまざまな老若男女が行き来している。

「お待たせしました!」

 そんな声とともにやってきたのは、詩夏さんたちだ。

 いち早く気づいた朝陽さんが口を開く。

「ああ、それほど待っては――って、凜風ちゃん!?」

 オレたちはぎょっとしてしまった。朝陽さんが慌てて凜風さんに駆け寄り、言う。

「浴衣着るならちゃんとして!」

「えー、だって胸がきついんだよ」

「だからって、それははだけすぎ!!」

 普段は穏やかな朝陽さんが慌てるほど、凜風さんの胸元は開いていた。見えているのは谷間どころではなく、もう少しで乳首が見えそうだ。

 彼女の身につけた赤い浴衣はいわゆるミニ丈であり、すらりと伸びた生足も相まって、痴女と紙一重だった。

「わたしのお家で着付けたんですけど、凜風さんのおっぱい大きくて」

「いろいろ試行錯誤したんですが、時間がなくてあきらめたんです。遅れてしまってごめんなさい」

 詩夏さんと芽衣さんが申し訳ない顔で言い、オレは返す。

「いや、それはしょうがないっすよ。むしろ、凜風さんらしいかも?」

 静さんはうんざりした様子でため息をついた。

「あれと一緒に歩きたくはないな」

 うーん、同感です。唯一よかったと思えるのは、万が一よからぬ男に襲われても、凜風さんなら返り討ちにできることだ。

「まあ、朝陽さんがどうにかしてくれる……はずです。ええ、たぶん」

 と、芽衣さんが静さんの隣へ並ぶ。

「さあ、行きましょう」

「ああ」

 二人が先に歩きだし、詩夏さんがオレへ言う。

「わたしたちも行きましょう」

「うん、そうだな」

 いまだぎゃーぎゃーやっている朝陽さんと凜風さんを無視し、オレたちも境内へ入った。

 詩夏さんは髪をハーフアップにしており、見覚えのある柄の大きなリボン――いや、ふろしきか?――で結んでいた。

 浴衣は白地に色とりどりの朝顔柄で、明るい彼女によく似合っている。

「あ、あの、その……」

 彼女を褒めようとして口を開いたが、どうしても言葉が出てこない。

 浴衣姿が可愛い、似合ってる、髪型もいい、頭の中ではいくらだって言えるのに。

 詩夏さんが不思議そうにオレを見上げ、言った。

「甚平、いいですね。燈実さんらしくて素敵です」

 にこりと微笑まれたら、もう心臓はドキドキのピーク。

「あああ、ありがとうございますっ」

 つい丁寧語になってしまった。恥ずかしいのと嬉しいのと情けないので、もう心はぐちゃぐちゃだ。――ああ、これでは彼女を褒められずに終わりそう。

「――詩夏さんも、すごく可愛いよ」

「えっ」

 はっとしてオレは我に返る。今、オレ、言ったな?

 見ると詩夏さんは頬を赤くさせていた。――えっと、ちょっと待って???

 どちらともなく立ち止まって、見つめ合う。

「あ、いや、その……」

 ごまかす言葉が浮かばない。祭囃まつりばやしや人々の熱気すら、遠くに感じるような、一瞬の後で。

「あっ、置いていかれちゃいますよ!」

 と、彼女が向かう方向へ顔を向け、オレもそちらを見た。

「って、もう見えなくなっちゃいましたね」

 静さんと芽衣さんの姿は、すっかり人混みにまぎれていた。

「えぇ、マジでか」

 詩夏さんと二人きりになるなんて想定外だ。でも、嬉しく思う気持ちも否定できない。

「しょうがないので、二人で楽しみましょうか」

 と、詩夏さんが言い、オレは笑顔でうなずいた。

「ああ、そうしよう」


   ◇  ◇  ◇


「アサヒ、わたあめあった! わたあめ!! アタシ、あれ食いたい!!!」

 と、わたあめの屋台を指差す凜風の隣で、朝陽は呆れていた。

「僕におごれって言ってる?」

「うん、おごれ!」

「……はあ、しょうがないか」

 しぶしぶと財布を取り出し、朝陽は彼女のためにわたあめを一つ買ってやった。

「はい、どうぞ」

謝謝シェイシェイ!」

 目をキラキラと輝かせて、凜風はわたあめを受け取り、さっそくかぶりついた。

「んん〜!!!」

 砂糖を綿のような形にしただけなのに、彼女は満面の笑みを浮かべる。

 朝陽は少し微妙な気分になったが、その笑みが嫌いではなかった。いや、正しくは――。

 屋台から少し離れたところで、彼はふいに言う。

「僕たちが出逢って、もう六年になるんだったね」

「何の話だ?」

 不思議そうに首をかしげる凜風へ、朝陽は言った。

「いつ言おうって、ずっとタイミングを逃し続けてきた話」

「だから、何の話だよ?」

 言いながら、わたあめを口にする彼女を見つめ、朝陽は優しく告げた。

我愛你ウォーアイニー


   ◇  ◇  ◇


「人が増えてきたな」

 太陽が沈み始め、人工的な光が照らすようになると、賑わいはにわかに増した。

「そうですね」

 と、芽衣は静の言葉にうなずくが、少々不安に思っていた。

 大人っぽさのあるレトロな花柄の浴衣にし、髪も可愛く結ったのに、彼は何も言ってくれなかった。期待していたわけではないが、少しくらいは言及してほしい。

 前を行く背中を、芽衣は複雑な気持ちで見てしまう。――彼が他の人と違い、どこか浮世離れしているのは知っている。年も五歳離れているし、もっとアピールしないとダメかもしれない。

 辛くなる感情を押し殺そうとして、芽衣はうつむいてしまった。

 前向きになろうと焦る一方で、どうしようもなく泣きたくなる。すぐそばに彼がいるのに、泣くわけにはいかない。

 でも――と、心の中で弱い自分と戦っていた時だった。

 頼もしい武骨な手が、芽衣の左手をつかんだ。

「きゃっ」

 急に引き寄せられて驚く芽衣へ、静は言う。

「もう少しではぐれるところだった」

 いつもと変わりない呆れたような表情だ。しかし、切れ長の鋭い目は穏やかに微笑んでいた。

「離さない方がよさそうだな」

 ぎゅっと手を握られて、芽衣の心臓がドキッと跳ねる。

「せ、静さん……っ」

「この人混みを抜けるまでの辛抱だ」

 と、静が再び歩き出し、芽衣はやはり泣きたくなった。まだまだ、彼へ想いが届く日は来そうにない。


   ◇  ◇  ◇


 休憩のため、オレたちは人混みから少し遠ざかった。賑わうお祭りは楽しいけれど、人の熱気の中にずっといるのはしんどい。

 どこか休める場所はないかと、周囲を見回していると、詩夏さんが何かを見つけた。

「あれ?」

 彼女の見ている方へオレも視線を向ける。

 木の根元に小さな子どもが一人、座りこんでいた。まだ小学校に上る前と思しき、小さな子だ。

「迷子でしょうか?」

 と、詩夏さんがオレを見る。

「もしそうなら放っておけないな」

「ですよね」

 オレたちはすぐにそちらへ寄り、声をかけた。

「もしかして、迷子さんですか?」

 詩夏さんの言葉に子どもがびくっと顔をあげる。女の子のようにも見えるが、男の子のようにも見える、中性的な顔立ちだ。

「あ、ち、ちが……ひ、ひとりで、来たの」

 と、怯えたようにオレたちを見る。

「一人って、まさか子どもだけでか??」

 オレが怪訝けげんに思った直後、詩夏さんがたずねる。

「何か、変ですね? 真夏なのに長袖に長ズボンで、しかも一人って……まさか、人間じゃないのでは?」

 子どもがびくっと肩を震わせ、立ち上がった。

「な、ななな、何で分かっちゃったの!?」

「実は最初から怪しいと思ってました」

 にこりと笑う詩夏さん、少し怖い。

「ってことは、管理人か!?」

 と、オレが遅れてびっくりすれば、詩夏さんがうなずく。

「そうなりますね。わたしに触れなければ、それが証明になります」

 と、子どもへ手を差し出す。

「どうですか?」

 子どもは彼女から離れようとするが、詩夏さんはずいずいと距離を縮めていく。いくら結界があるとは言え、管理人に対してこんなに好戦的だったとは。

 やがて子どもは彼女の隙をつき、オレの後ろへ一気に回りこんだ。

「スーは管理人だけど、戦いに来たんじゃないの!!」

「マジか」

 詩夏さんがこちらを振り返り、残念そうに言った。

「そうでしたか。じゃあ、どうしてここへ?」

 管理人ながら、まだ子どもなのだろう。オレの甚平をぎゅっとつかみながら、答えた。

「お、お祭り、キラキラで綺麗だから……近くで、見たかったの」

 オレは詩夏さんと顔を見合わせる。

「確かに敵意は感じないよな」

「そうですね。でも、目を離すわけにもいきません。とりあえず、テレパシーで静さんに連絡を」

「スーはお祭り見たかっただけなの! 何もしないから、見逃してほしいの!!」

 と、大声を出されてしまい、詩夏さんはあきらめた。

「じゃあ、連絡はしません」

「あ、ありがとう、なの」

「でも、条件があります」

「えっ、何なの?」

 と、再び怯えた様子を見せる。

 詩夏さんはオレと目を合わせてから、歩み寄って子どもへ笑いかけた。

「わたしたちと一緒に行動しましょう」

「……見張るつもりなの?」

「まあ、それもありますけど。お祭り、見たいんでしょう?」

 彼女の意図に気づいて、子どもの顔がぱっと明るくなった。

「案内してくれるの!?」

「ええ、そうです。小さな子が一人でいたら、迷子だと思われちゃいますしね」

「う、そうなの。ただ見たかっただけなのに、いろんな人間が近づいてきて、スーの邪魔してきたの」

 そうだよなぁ、オレたちだって最初は迷子だと思った。

「じゃあ、決まりですね。燈実さん、はぐれないように手をつないであげてください」

「おう、分かった」

 オレが手を差し出すと、スーはおずおずと小さな手を出した。ぎゅっと握った手は、いやに冷たかった。

「あ、あの、スーは子どもじゃないの」

「でも、見た目は子どもだろ?」

「地球に来るの、初めてだから、体がうまく作れてないだけなの。だから、子ども扱いは嫌なの」

 そうだったか。管理人の事情はよく知らないけど、それなら仕方がない。

「分かった。けど、怪しまれないように、ここでは子ども扱いするからな」

「わたしもです。変に思われると、いろいろ面倒ですからね」

 と、詩夏さんも微笑み、オレは言った。

「それじゃあ、行くか。何が見たい?」

「えっ、あっ……さ、さっき、武器があったの。日本のお祭りは平和なイベントのはずなのに、不思議なの。どういうことだか、知りたいの」

「武器?」

「あっ、もしかして射的じゃないですか?」

「ああ、そういうことか!」

 腑に落ちたオレはさっそく歩き出す。

「あれは射的って言って、当たると景品がもらえるんだ」

「見た目は銃ですが、戦いの道具ではないんですよ」

 詩夏さんとともに説明を始めれば、スーは興味深そうに目を輝かせた。


 射的の出店へ着くと、スーは景品のぬいぐるみに興味を示した。

「あ、あの、ふわふわのやつ、気になるのっ。スー、触りたいのっ」

「そうか。じゃあ、オレが取ってやるよ」

 と、かっこつけてみたものの、一発目は見事に外れた。

「うーん、意外と難しいんだよな、これ」

「燈実さん、当たらないって思いながら撃った方が、当たるのでは?」

 と、詩夏さんが言い、オレは従った。

「お、そうだな。それでやってみる」

 的をよく狙いながらも、絶対に当たらないだろうなと思いながら、引き金を引く。

「わあっ、当たったの!」

 思惑通り、オレの「天邪鬼シンチングァイピー」が発動して見事に当たった。

「はい、おめでとう」

 と、店員が茶色いクマのぬいぐるみをスーへ差し出す。

「ありがとうなの」

 にっこりと笑いながら受け取ったスーだが、その体で持つには大きなぬいぐるみだ。弟か妹が新たに出来たようで、微笑ましくなる。

「それじゃあ次、行くか」

「うんっ!」

 スーが嬉しそうにうなずき、またオレと手をつなぐ。――子どもじゃないと言いながらも、言動はやっぱり子どもだ。何だか不思議なやつだと思う一方で、管理人たちについて少し知りたくなった。


 人気から離れて、りんご飴を食べている時だった。

「なぁ、スー。お前は男なのか? 女なのか?」

 小さな口で頬張りながら、スーは目だけをこちらへ向ける。

「どっちでもないの」

「え、まさか性別がないとか??」

 オレの疑問にスーは答える。

「地球での姿は、あくまでも地球に合わせたものなの。慣れればどんな姿にもなれるの。でも、スーは初めてだから、どっちつかずになっちゃったし、長い時間はいられないの」

「そうだったんですね」

 詩夏さんも初めて聞く情報なのか、興味深そうにしている。

「人間の姿になるには、三次元に肉体を作らなくちゃいけないの。けど、スーたちの作れる肉体は、人間のそれと違うから、紫外線にやられてビリビリしちゃうの」

 日焼けのひどいバージョン、といった感じだろうか。

「慣れればビリビリは軽減できるけど、肌の露出はできるだけしないようにするのが常識なの」

「そっか。それで管理人さんたちはみんな、長袖を着てるんですね」

「そういうことなの」

 なるほど、管理人にもウィークポイントがあるのか。

「っつーか、そういう話ってオレたちにしても――」

 問いかけたかったが、途中でさえぎられた。

「こんなところにいたのか」

 静さんと芽衣さんだ!

 オレたちがはっとする間に、静さんが怪訝な顔になる。

「そこにいるのは、管理人か?」

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