第11話 異変

 しかしそれ以上に、私は彼の秘密を知ると言う甘い誘惑に勝てないでいた。


 『ランスロー様の心の奥底を知りたい……覗いてみたい。あの美しい方は何を考え、何を思っているのだろうか』


 一目見て心奪われた彼の事を知りたいと思えば思う程に、胸が苦しくなっていく。私の心の中で、彼の心に触れる事への葛藤が続いていた。


 「ね、ねぇ、セルグリード? もしもここで、私が心を読まないって言ったら……どうする?」


 その言葉に、セルグリードは眉を顰めると、理解出来ないといった表情で私を見つめる。


 「それは、どう言った事でしょうか? 姫様」


 「わ、わかんない。でも、そのね、えーっと……どう言って説明すればいいのかわかんないけど、何て言うか、私の中の何かが彼の心を聞きたい、でも聞きたくないって戦っている感じ、とでも言うのかな?」


 「……ふむ、なんとも釈然としない答えですね」


 彼は顎元を手で擦りながら、何やらしばし思案していた。


 「しかし、一番重要な皇子の心を知れないとなると、少しばかり困った事になりますなぁ。リルハントの件もそうなのですが、皇子と姫様との婚約の話もあちら側が提案してきた物です。摂政グェイン殿に最も近い彼の心の声を聞けたのならば、デイム帝国側の狙いや意図も読み取れると思うのですが……」


 「あう、そうだよねぇ……やっぱり読まないとダメ、だよね?」


 「ダメではないですが。帝国の真意を知れれば、とても動きやすくはなります。防衛策や先手を打てますし、なにより安心して姫様との婚約の話を進められます」


 「うん、そっか……そうだね。婚約の話を」


 ランスロー皇子との婚約。その言葉に、どうしようもなく胸の奥が揺さぶられる。


 すごく悩むが、セルグリードが言う事も十分に理解出来る。ドライオン王国の永劫の安寧の為には、彼の心の中を知る事はとても重要なことなのだと。それに、私がランスロー皇子の心を読むことで帝国側の疑念を晴らしさえすれば、なんの問題もなく、みんなから祝福されて彼と結ばれる事が出来る。


 私は彼と一緒になって幸せになりたい。ただ、それだけ。


 「わ、わかった。やってみる」


 「宜しいので?」


 「う、うん。彼の中に裏が無い事を証明して、婚約の話を進めるの」


 「……そうですか。では、宜しくお願いします。姫様」


 「ん」


 意を決した私は、使者の一団から五歩ほど前に出たランスロー皇子の姿を視界に収めて意識を集中させていく。いつも通り、徐々にキィンと言う耳鳴りとわずかな頭痛がしてくる……のだが、いつもとは違う妙な違和感を覚えた。


 「……え?」


 何故だか分からないが、いつまで経ってもランスロー皇子の心の声が全く聞こえてくる事はなかった。その代わりに、真冬の雪原に、たった一人で放りだされた様な寒さと孤独感が私を襲う。


 「な、ななな、なに、これ……」


 冷たくて寂しい何かに、触れた気がした。これって、彼の……


 「姫様? 如何されましたか?」


 声をかけてきたセルグリードを一瞥した後、私は再びランスロー皇子へと視線を戻した。


 どういう事だろう……何かに触れた気がした事もそうだが、それよりも一切彼の心の声が聞こえてこない。私は、初めて味わった体験にすごく動揺していた。


 もしかして、私の心を読む力が失うしなわれてしまったのだろうか?


 そう思った私は、確かめる為に頭にかぶっていたベレー帽を脱いだ。


 【シャルル可愛すぎぃ、早く謁見なんて終わらせて、ほっぺすりすりしたいのう】


 【姫様、一体どうしたと言うのだ? 突然、帽子を脱がれて】


 【男装するシャルルも可愛いなぁ。さすがは我が妹、世界一だよ】


 【見張りとか面倒くせぇ。城下町の見回りの方が百倍楽しいわ】


 【準備は出来ている、ここでの事がこれからの俺たちの……】


 【この和平交渉次第では我が帝国のこれからが決定する。まずは謁見で、ドライオン側に良い印象を与えねばならん】


 【謁見が終った後で、夜まで話し合いの場が持たれるんだよな? はよ帰りてぇ】


 「おぉい! 聞こえんじゃーん!」


 部屋にいる人々の心の声がドババっと頭の中へと流れ込んできた事に驚いて、私は思わず大声を上げてしまっていた。


 それに驚いた部屋の人々が、再び私へと視線を集中させる。


 「ひぃぃぃぃぃ……し、失礼しましたぁ」


 私は「ゴッホン!」と咳払いをした後、慌ててベレー帽を深々とかぶり直す。


 「……ビ、ビックリするわぁ」


 どうやら、私の力が無くなったワケではなかった様だ。だがそのことで、一つの疑問が浮かび上がってくる。力が無くなったワケではないのに、なぜランスロー皇子の声だけが聞こえてこないのだろうか……


 それを確かめる為にも、私は今一度、彼へと意識を集中して心の声を聞こうと集中する。すぐに先程と同じ様に、冷たい空間に放り出された感覚が私を襲ってきた。


 だがしかし、次はそれだけでは終わらなかった。


 ────パキパキ、パキィ!


 「え?」


 予測もしなかった異変が起こったことに、私は唖然とする。


 あまり聞きなれない音と共に、右頬に鋭い痛みが走った。即座に自分の身に一体何が起こったのか全く理解出来ない。ただ、とても冷たくて酷く痛かった。

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