『誰もいない教室から聴こえてくるピアノの謎2』
「連弾ねぇ……」
連弾。まあ簡単に言うと、一つのピアノを二人以上で弾くこと。単純に指の数が増えるので、重厚な音が出せるようになる。
要するに、二人居ないと出来ない。
「それは
糺ノ森先輩が言うなら、確定とみていいだろう。
「それで、あまりにも上手かったので、曲が終わってから、『ブラボー!』ってやろうと思いまして、糺ノ森先輩と外で待ってたんです」
「あら、途中で教室に入らないなんて市子にしてはお行儀がいいわね」
「私はそうしようと思ったのですが、糺ノ森先輩から、『演奏の邪魔になりますので、終わるまで待ちましょうね』と言われました」
流石、糺ノ森先輩。その辺はちゃんと弁えてる。
「それで、演奏が終わってから教室に入ったのですが––––」
市子はここで一旦話を区切り、自分では多分怖いと思っている表情を浮かべてから(ただ目を細めただけ)、続きを話し始めた。
「––––教室には誰も居ませんでしたの」
「隠れていたとか?」
夜中に勝手にピアノを弾いていたのだから、怒られると思って隠れる––––というのはありえる話だ。
しかし、市子は首を振った。
「音羽ちゃんも知っていると思いますが、あの教室には机などは置いてありませんし、隠れられるような場所––––カーテンの裏や、ロッカーの中等はちゃんと確認しました」
「ふぅん、まるで透明人間が弾いていたみたいね」
「しかも、二人以上……ですよね?」
司くんが、私の方を見ながらそう尋ねてきた。
「そうね、曲にもよるだろうけど、連弾ならそうなるわね」
「あ、曲はエヴァの二人で弾いているやつでした」
「一人で弾いていたとしたら、人に戻れなくなるわね」
「連弾だとしたら、シンクロ率400%ですね!」
妙に息の合ったやり取りだった。
とりあえず、一旦情報を整理しよう。
無人の教室で、ピアノが演奏されていた。しかも連弾なので二人以上。
「これは、やっぱりオバケの仕業だと思うんです!」
「そんなわけないでしょう、おバカも休み休み言いなさい」
「私はおバカではありません!」
じゃあ、乳デカオバケね。
冗談はさておき。
オバケや透明人間が非現実的な以上、何処かに人が隠れているとしか思えない。
「あ、ピアノの中とかはどうですか?」
「ピアノが上手いのなら、その選択肢は絶対に有り得ないわ」
ピアノが上手いということは、沢山練習をして、ピアノに沢山触れてきたということだ。
当然、ピアノという繊細な楽器をよく知っているはず。調律が狂うかもしれないし、破損する恐れもある。
そんなリスペクトに欠けた行為はあり得ない。
「そういえば、糺ノ森先輩はなんとなくその理由は分かっていたようでして、笑っていましたよ」
「なら、糺ノ森先輩に聞きなさいよ」
「『大好きな音羽ちゃんに聞いてみては?』と、笑いながら言われました」
いい迷惑ですよ、糺ノ森先輩。
「あと、糺ノ森先輩がすごく上手って言ってましたわ」
「あの人は、誰が弾いてもそう言うのよ」
「機械みたいに正確とも言っていましたよ」
機械みたいに……正確?
なんか引っかかる。糺ノ森先輩はすぐに回答に辿り着いた––––それは見ればすぐに分かることだった?
いや、市子だけが分からなかったという可能性も十分にあるか。
機械みたいに正確な連弾。
単純に息の合った二人のピアニストが弾いていた?
でも、その二人は何処へ?
うーん、一旦疑問点をまとめてみましょう。
1.人が居ないのにピアノの音がする。
まあ、まずはこれよね。
市子の話から察するに、曲が終わってすぐに入室したようだが、誰も居なかった。
まともに考えて、透明人間が弾いていたとしか思えないような出来事だ。
ありきたりな考えを述べるなら––––音楽プレイヤーなどを用いて、ピアノの演奏曲を流すこととか?
これなら、人が居なくても大丈夫だし、連弾の二人居ないと弾けないっていう条件もクリア出来るし。
いや、それなら音楽プレイヤーが見つかるのでは?
じゃあ、教室のスピーカーは? それなら教室にあっても不自然じゃないし。
いや、これもありえない。萌舞恵の校内スピーカーは一クラスだけ放送するとか出来ないし。なので、スピーカーを用いた場合、他のクラスからもピアノの音がしないとおかしい。
2.下校時刻を過ぎたあとに、ピアノの演奏している理由。
萌舞恵女学院にはいくつかピアノがあるのだけれど、どのピアノも常に弾けるように解放されている。
なので、ピアノが弾きたいからという理由で、忍び込み弾いている––––というのは考え難い。
それに、下手だから隠れて練習したいというのもありえない。
だって報告では、プロ並みに上手いらしいし。
そもそも何のためにやってるの? イタズラ?
うーん、正当性のある理由を考えるなら、下校時刻を過ぎても学園内に残る生徒を帰らせる為に、恐怖感を煽っている……とか? 夜中に鳴り響くピアノなんて、怖いと思うし。
もしくは、移動する為に分解したピアノの調律とか?
でも、調律した人はどこに?
そう、根本的な問題として、何度でも言うが人がいなかったのだ。
人がいないのにピアノの演奏が聞こえる––––あっ、そうだ、確か音楽室のピアノには––––。
私は、今思い付いたことをもう一度考え直し、まとめる。
うん、筋は通っているし、糺ノ森先輩ならすぐに気が付いた事だろう。
「分かったわ、透明人間の正体が」
「本当ですか!?」
市子が興奮気味に私に詰め寄ってきた。
私は嘆息しながら、尋ねる。
「……ヒントは?」
「いります!」
今日も元気に(物理的に)胸を弾ませながら、答える市子。
……ちょっと意地悪しちゃおうかしら。
「ヒントその一、私でも出来る」
「音羽ちゃん、何気にピアノお上手ですものね」
市子の意見は的外れだが、司くんはちゃんと意図を察してくれたようで、
「それは会長さん一人で出来るって事ですか? 連弾を?」
「そうね、出来るわ」
私はキッパリと断言する。ただ、これは意地悪なヒントなので、ややこしかったとも思う。
なので、次。
「ヒントその二、ピアノは分解されてから、組み直されていた」
「……なるほど、つまり調律やためし弾きは必要ってわけですね」
司くんが腕を組みしながら、頷いた。
「実際あっちの教室に移ってからも、お昼休みとかに弾いている生徒もいたし、その辺はちゃんと出来てると思うわ」
「なら、違うところの調律が––––あっ」
司くんは少し考えてから答えが分かったようで、「なるほど、"そっち"ですか」と納得顔を浮かべる。
対して市子はまだ分からないらしい。
「音羽ちゃん! 次のヒントを要求します!」
「はいはい、じゃあ最後のヒント」
というか、まんま答え。
「糺ノ森先輩が言っていた、機械のように正確という感想そのものが、答えよ」
「……機械のように……正確……。あ、もしかして……!」
「じゃあ、答え合わせの時間ね」
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