『プリン消失事件2』

「……そんな、ありえないわ。確かに見せてもらった時には、プリン二つとコーヒーゼリー二つだったわよ」


「見間違いではありませんか?」


「間違えるわけないじゃない、色が違うでしょ」


 プリンとコーヒーゼリーが入っている容器は白っぽいセトモノ製であり、横からは色合いが見えないが、上からはっきりとその色の違いを確認している。


 プリンは卵の黄色味を帯びた色で、コーヒーゼリーはミルクがかかっていたため、白だ。

 それが、今は全てコーヒーゼリーとなってしまっている。

 まあ、コーヒーゼリーとミルクが混ざり、少し茶色っぽい色になってしまってはいるが。

 とりあえず、三つのコーヒーゼリーを冷蔵庫にしまっておこう。


「音羽ちゃん、いったいこれはどういうことですか?」


「……全く分からないわ」


「いとおかしですわ!」


「なんで急に室町るのよ」


「音羽ちゃん、『いとおかし』は平安時代の言葉だったと思うのですが……」


 し、ししししまった、私としたことがプリンが無くなってコーヒーゼリーが三つになっているといういとおかしな時代……じゃなくて、事態に気が動転して、間違った知識を教えてしまった。

 普段から市子に対して、おバカ、おバカと言っている手前、こんな失態を認めるわけにはいかない!

 なんとか誤魔化さないと……!


「た、確かに『いとおかし』という単語は、平安時代を代表する小説、『枕草子』によく出てくる言葉ではあるのだけれど––––その意味はね、平安時代までは『明るく知的な美』という意味だったのだけれど、実は室町時代に入ってからは意味が変わったのよ。ほら、『おかし』と言えば、まずは『おかしい』って意味を連想するでしょ。でも、平安時代はさっきも言ったけれど、『明るく知的な美』という意味だったの。それが、室町時代に入ってから、『こっけいな』と言う意味になってね––––」


 いや、待って、こっけいなのはどう考えても私だ!

 何、今の! とても早口だったし、文法はめちゃくちゃだし、市子の『いとおかしは平安時代の言葉では?』に対する回答としては、不適切かつ、筋違いなことを言ってしまっている!

 早々に軌道修正しないと!

 ……まあ、市子はおバカだから歴史のことなんか知らないだろうし、適当なこと言って誤魔化しちゃお。


「––––そこから、『烏骨鶏うこっけい』という意味になったのよ。ほら、今日のプリンは烏骨鶏の卵を使ったそうよ」


 嘘だ、実際なんの卵を使ったのかは知らないし、そもそもこっけいが烏骨鶏なんて、小学生でも笑わないような冗談だ。


「烏骨鶏のプリン!? それは本当ですか!?」


「……え、えぇ! そう本当よ! だから、早く探した方がいいわ!」


 市子の単純さに救われ、私はホッと胸を撫で下ろす。なんとか誤魔化せた。よかった、よかった。

 話が元に戻ったところで、市子はもう一度冷蔵庫を開けて、中に入っているコーヒーゼリーを見る。


「うーん、何度見てもコーヒーゼリーしかありません。本当は、最初からコーヒーゼリー四つだったのではありませんか?」


「さっきも言ったでしょ、二つずつだったわ」


「料理部の子がすり替えたとか」


「なんのメリットがあるのよ」


「……えと、イタズラ好き?」


「生徒会長にイタズラをする勇気のある生徒がいると思う?」


「いなくは––––ないと思います」


 なくはないとは思うけれど、その可能性は低いと見ていいと思う。

 そもそも、料理部の子が差し入れを持ってきてくれるのは、これが初めてというわけじゃない。前にもクッキーとか、バームクーヘンとか、色々なお菓子を差し入れてくれている。みんな優しくて、素直な子たちだ。

 そんなことをするようには、とても思えない。


 私は開けっ放しになっている冷蔵庫の中をもう一度確認する。間違いなく、コーヒーゼリーだ。

 密室で、プリン二つをコーヒーゼリーにすり替えるなんてことが可能だとは到底思えない。

 一旦考えを整理して、疑問点を洗い出そう。


 1.プリンがコーヒーゼリーに入れ替わっている。

 料理部の子が見せてくれた時は、間違いなくプリンが二つ、コーヒーゼリーが二つだった。

 そのうち、コーヒーゼリーを一つだけ貰い、それを冷蔵庫––––ではなく、冷凍庫にしまってもらった。

 その後、先程も言ったが誰かが部屋に入った様子はなく、なんなら冷凍庫を誰かが開けることも無かった。


 2.何故入れ替えるのだろうか?

 プリンをコーヒーゼリーに入れ替える理由が分からない。

 食べたいなら、プリンを食べればいいのでは?

 それで、空の容器を入れておけばいいのでは?

 なんでわざわざコーヒーゼリーに入れ替えるなんていう、マジックみたいなことをするの?

 もしかして、そのマジックは

 ––––みたいな?

 いや、そもそも誰がそんなことをやるの? 何の理由で? 動機が全く分からない。

 となると、

 ……あぁ、そういうことね。


「音羽ちゃん、もしかしてプリンがどこにあるのか分かったんですか?」


「そうね、分かったわ。プリンは––––」


「ストップです!」


 市子は再び私の眼前に、手をパーにして差し出している。


「今度こそ、自分で当てたいです!」


「はいはい、じゃあまたヒントを出してあげるから」


 市子は「やりました!」とまたまた胸を弾ませた(物理的に)。


「じゃあ、最初のヒントね。冷蔵庫……じゃなくて、冷凍庫に最初に入っていたのは、プリン二つ、コーヒーゼリー一つに間違いないわ」


「ですが、コーヒーゼリーが三つ入ってましたよ! まさか、中に入っている間に変わっちゃった、とでも言うんですか?」


「そうよ」


「……音羽ちゃん、ので頭がおかしくなっちゃいましたの?」


「あぁ、それが二つ目のヒントね」


「……暑いのがヒント? むぅ、全く分かりません!」


「じゃあ、最後のヒント」


 というか、答えなのだけれど。

 私は、休憩も兼ねて、コーヒーを淹れる。そして、普段はあまり入れないのだけれど、コーヒーにミルクを垂らしてみせた。

 コーヒーの色と、ミルクが混ざり、色は茶色になった。


「それのどこがヒントなんですか?」


「これと同じ現象が起きたわ」


「それは、コーヒーゼリーを見れば分かりますけど……」


「それは、

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