『下着紛失事件2』

 さて、もう一度、頭から考えてみましょう。

 まず、先程も少し触れたけれど––––下着が急に無くなるのはどう考えてもおかしい。ハンカチや、消しゴムが無くなるのとはわけが違う。


 身に付けていたもの、それも肌着が無くなって気が付かないなんて方がおかしいし、誰かに取られて––––つまり、脱がされたとしたら気が付かないわけがない。


 となると、やはり何かの理由で脱ぎ、紛失したという線が濃厚か。

 そういえば、今日は三限目の授業で体育があった。着替える理由は、あるにはある。


「委員長は体育の時に、ショーツまで変えてしまうタイプなのかしら?」


「私は他人の下着事情をそこまで把握してませんよ、今日の下着は水色の音羽ちゃん」


「うん、どうして知っているかは問わないけれど、訴えるわよ」


「学食の日替わりランチを予想するのに近しい計算をしたまでです!」


 なーんで、要らないことにばかり頭が回るのだろう。


「というか、どうして委員長を連れて来なかったのよ」


 私がそう尋ねると、市子は可愛いらしく、


「てへっ」


 と笑った。いや、誤魔化したと言うべきか。


「分かってるなら、ちゃんと連れて来なさいよ。当事者に話を聞いた方が絶対にいいに決まってるじゃない」


「それが、今日の委員長は何故か私を避けているようでして……」


 多分それは、ではなく、な気もする。市子が悪い子じゃないのは多分みんな分かっているとは思うけれど––––正直苦手な人は苦手だと思う。この学校は、真面目な生徒が多いし。

 おそらく委員長は、苦手な部類に入るのだろう。


「じゃあ、委員長と話した時のことを教えて」


「えっと、委員長に会ったのはお昼休みの昇降口です」


「なるほど、替えの下着を寮に取りに行ったのね」


 この辺は全寮制のいい所である。

 萌舞恵もまえは学園の敷地内に寮があるので、忘れ物や必要な物を、すぐに取りに行くことが出来る。


「その時に委員長と話して、私は音羽ちゃんに言いに行きましょうと言ったのですが、やめてと言われちゃいました」


「理由は?」


「音羽ちゃんの迷惑になるから、と」


 別にそんなことないのに。

 委員長には、いつも助けて貰っているし。むしろ、困ったことがあったら真っ先に頼って欲しいくらいだ。


「まあ、いいわ。とにかく委員長を探して話を聞きに行きましょう」


「もう帰りましたよ」


「え、そうなの?」


 てっきり、今も紛失した下着を探しているのだと思っていたので、なんか拍子抜けしてしまった。


「はい、下着が見つかったので」


「……待って、もう本当に意味が分からない」


 え?

 いやいやいや。

 え、何それ?

 え、あったの? あったなら、もっと早く言って欲しかったんだけど?


「どこにあったのよ?」


「無くした事に気が付いた、お手洗いにあったそうです」


「あのね、そういう情報は先に言って」


 これでは、今までの推理が全て崩壊してしまう。

 全く、報連相の基本がなっていない。

 

「ちなみに、そのお手洗いの場所は聞いてる?」


「体育館の所です」


「あぁ、あそこね」


 体育館のお手洗いは、本校舎のものに比べて少し古いタイプの便座だった覚えがある。ウォシュレットくらいは付いてるけど。


 とりあえず、無くしたにしろ、盗まれたにしろ、まずは下着を脱いだ理由から考えてみるのがよさそうな気はする。

 下着を脱ぐ必要があるのは––––


「……確か今日の体育って、委員長見学じゃなかったわよね」


「そうですね」


 下着が無くても平気なのだから、この線は違うか……。


「生理ではありませんね」


「せっかく上手くボヤかしたのに、言わなくていい」


 市子は少し考えてから、


「やっぱり、委員長は体育で汗をかくと下着まで取り替えちゃうタイプなのでしょうか?」


「その場面に遭遇したことは?」


「普通、お手洗いで着替えませんか?」


 なるほど、あり得る。デリケートゾーンだし、着替える場所にお手洗いを選ぶのは自然なことだ。

 体育で汗をかいたから下着を替え、その時に紛失した。

 いや、でも。


「それだと、ノーパンの理由が説明出来ないわ。替えの下着は?」


「んー、忘れちゃったとか?」


「なら、替えないでしょ」


「……あっ、そうですね」


 いくら、汗ばんだ下着を穿くのが嫌だと言っても、ノーパンになるのはありえない。

 この線は無いと断言出来る。


「あ、紐パンはどうでしょうか?」


「紐が解けてハラリと?」


「そうです!」


「でもアレって、飾りとしてのリボンであって、構造的に解けても脱げないわよ」


「解けるのもありますよ」


「あら、そうなの」


 ふむ、可能性はある。

 私は、念のため本日の紛失物リストに目を通した。

 布やアンダーウェアーなど、奥ゆかしいお嬢様学校ならではの表現をされている可能性も考慮したが、それっぽい物は見当たらない。

 でも、あの真面目な委員長が紐パンを穿くとは思えないのよねぇ。


「というか、解けたのなら気が付きそうなものだけど」


「気付きますね」


 どうやら市子は実体験があるらしい。

 あ、でも待って。


「今日の委員長、ストッキング履いてなかった?」


「そういえば履いてましたね」


「ハラリしなくない?」


「ストッキングの上から、紐パンを穿いてたとか」


「ガーターじゃないんだから、そんなヘンテコな着用をするわけないでしょ」


 それこそ、トイレRTAに不向きな着用方法だ。

 全く、考えれば考えるほど分からなくなってくる。

 とりあえず、考えを整理する為にも一旦情報を整理してみましょう。


 1.お手洗いで下着の紛失に気が付いた。

 まず、これが意味不明。

 目で見て直に確認するまで、穿ってありえる?

 最初から穿いていなかったというのも、考えられない。

 委員長が忘れ物をしている所なんて、一度として見たことはない。

 とにかく、真面目で几帳面。

 完全にとは言い切れないけど、委員長が市子みたいに下着を穿き忘れた––––みたいなミスをするとは思えない。


 2.紛失した下着はお手洗いにあった。

 これは、人為的な可能性が多いにある。

 誰かが委員長の下着を見つけ、理由は不明だが一時的に回収し、その後元の位置に戻した、とか。

 このケースの場合のみ、紛失したではなく、盗難になる。

 誰が、何の目的で盗み、何故元の位置に戻したかを考える必要が出てくる。


 3.下着が身体から離れる理由が分からない。

 肌身離さずというか、肌着なのだから、肌に常に触れている下着が、無くなる理由が分からない。

 日常生活において、下着を完全に脱ぐ機会など、お風呂に入る時くらいしかあり得ない。

 整合性の取れる考えとしては、なんらかの理由で下着を一度脱いで、脱いでいる間に無くなった、もしくは盗難にあったと考えるのが妥当である。

 もしくは一時的に見えなくなったとか?


 ふむ、考え方を変えてみましょう。

 下着本体ではなく、委員長の方を––––あの真面目な委員長の事を考えてみるとか。


「ねえ、委員長から下着が無くなったって聞いた時、どんな様子だった?」


「あ、委員長が自分から言ったわけではありませんの」


「……それは、どういうこと?」


「私が委員長がノーパンな事に気付きまして、その理由を聞いたんです」


「ちょっと待って、それだとあなたがさっき言った通り、委員長が隠れ露出狂だという線がありえるわ」


 隠れ露出狂なことを隠す為に、可能性がある。

 嘘をついていたなら、不可解な下着が消えた理由も、急に下着が現れた理由もどうでも良くなる。

 だって、最初から無いんだもの。

 委員長は隠れ露出狂であり、そのことを市子にバレそうになったので、下着が急に無くなったという嘘をついた?

無くなったのではなく、盗まれたのでもなく。

 これなら、全ての筋が通る。


 動機は、真面目な委員長が学校生活や周囲の期待にストレスを溜め、それを発散させる為にやっちゃったとか?

 真面目な生徒ほど、ストレスの発散にその手の行為をすると、どこかで聞いたことがある。

 確かめないと。


「さっきもいたけど、市子が話しかけた時の委員長の様子はどうだったの?」


「そうですね、カバンでスカートの後ろを抑え、手で前側を抑えながら、競歩と見間違うような早歩きで、歩いてました。私が話しかけて穿いてないことを指摘すると、耳まで真っ赤に染め、涙目になりながら先程の話をしてくださいました」


 ……疑ってごめんなさい、委員長。

 そうよね、委員長は真面目だものね。ああ、疑ってしまった自分自身が憎い。

 そもそも、それだと寮に戻った理由に説明がつかないし。


 はあ、もしも委員長が嘘をついていたのなら、全部解決だったのに。

 ……いや、待って。


 ––––


 ああ、なるほど。ね。

 段々とこの事件の真相が見えてきた。

 そもそも私は、委員長自身が「下着を無くした」と市子に言ってきたのだと思っていた。しかし、市子がそれに気付いて指摘したとなると––––少しだけ話は変わってくる。


 同じことのように思われるかもしれないが、これは全くの別物だ。


 例えるなら、冷蔵庫に入れておいたプリンが急に無くなったとして、市子が「プリンが無くなりました!」と言うのと、私が「プリンがない」と、市子の口元に疑いの眼差しを向けるくらい違う(というか、昔実際にあった)。


 それに、もう一つヒントがあった。下着を無くしたにしても、今日は体育があったのだから、委員長は体操着を持っているはずだ。

 不恰好にはなるけれど、スカートの下から体操着のショートパンツを着用すればいい。

 仮に––––ありえない話だけど––––もしも委員長が朝下着を穿いてくるのを忘れたとしてもこれで対処出来る。

 なのに、それをしなかった。

 つまり、にあった可能性がある。

 そしておそらく。

 の状態になっていた。

 その理由とは––––。


「分かったわ、なんで下着が消えたのか。それは––––」


 私が回答を提示しようとすると、突然市子が、私の目の前に手をパーにして突き出してきた。


「ダメですよ!」


「どうしてよ?」


「私は自分で答えを当てたいです!」


 まあ、気持ちは分からなくもない。友達のよしみで、少しくらいは付き合ってあげようと思う。


「なら、ヒントを出してあげる」


 市子は元気に、「やりました!」と胸を揺らした(物理的に)。私はそれを見なかったフリをして、話を続ける。


「まず下着は消えてなんかいないわ、ずっと同じ場所にあったと考えて間違いないわ。無くなってないし、盗まれてもいない」


「むぅ、さらに分からなくなりましたわ……」


「じゃあ、次のヒントね。下着が無いなら、体操着に着替えればよかったと思わない? なんでそれをしなかったの?」


「確かに……」


「じゃあ、最後のヒント」


 というか、もうほぼ答えではある。


「先程、体育館のお手洗いで水漏れの報告があったわ」


「水漏れ、水漏れ…………あっ、それってもしかして……」


「じゃあ、答え合わせの時間ね」

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