大樹と巫女

「あれ。アリア?」


 身体を起こすとかわいらしい瞳をキョロキョロして辺りを見渡して状況を必死に確認している。


「もしかしてアリアが助けてくれたの?」


 目が覚めたサリアが寝ているのは自身の寝床だ。アロンとふたりで住んでいる家はアリアのより一回り大きく物も多い。兄妹で暮らすには少し大きいが、アリアの両親もアロンとサリアの両親も幼いころに亡くなったのが原因だ。


「えっと……」


 サリアはいつから気を失っていたのだおろうか。彼のことを見ていたのかどうかで状況は随分と変わってくる。答えられるずにいると、サリアは不思議そうにしている。この様子だと見ていないのだ。


「たまたま逃げ切れたのよ。私はなにもしていないわ」


 どこからともなく現れた白銀の鎧をまとった彼が助けてくれたなんて、肝心の彼がいない今、絵空事でしかない。


 どうしてちゃんとお礼しない前にいなくなってしまったのだろうか。アロンとの会話を聞いて、迷惑になっていると勘違いさせてしまったのか。帰り道でちゃんと会話をしなかったからか。いくら考えても正解が出そうにない。


 彼の事を何も知らないのだ。それは当然と言えた。


「サリア大丈夫? 痛いところは?」


 浮かんでいた彼の顔を振り切るようにサリアに問いかける。


「うん。大丈夫。ちょっと擦りむいただけみたい。ねえ。あの魔物はどうなったの?」

「私にも分からない。でも、今村長たちが調べに行ってくれるって。きっと退治もしてくれるわ。だから大丈夫。村もあなたもきっと守ってくれるわ」


 そしたら平穏な日常に戻ることが出来る。そしたらきっと。アリアは自分の運命を受け入れる時だ。


「アリアこそ大丈夫? なんだか顔色も悪いみたいだけど」

「ううん。ちょっと疲れちゃっただけだから。大丈夫。サリアはもうちょっと横になってて。私、外の様子を見てくるから」


 村は騒がしかった。村長の号令の下、慌てて準備したに違いない。それでも慣れたものですでに最終確認をしているところだ。アロンがこちらに気が付いて近寄ってくる。ガチャガチャと鎧をかき鳴らしながらだ。


「サリアは?」

「うん。目を覚ましたよ。特にケガとかもないみたい。今は少し安静にしているところ。こっちは心配しなくても大丈夫」

「そっか。よかった」


 ホッとしている姿は妹想いの兄の顔だ。でもすぐにそれは戦場へと向かう戦士の顔になる。覚悟を決めたのだ。アロンは手を顔の横まで持ち上げるとそれを振った。


「じゃ、行ってくる」

「気を付けてね。アロンまでいなくなったらサリアは……」


 そのあとの言葉は恐ろしくて口にできなかった。サリアにまで同じ思いをさせたくない。


「ああ。大丈夫。絶対に帰ってくるよ」


 今はそれを信じることしかできない。


「うん。いってらっしゃい」


 村長たちが移動を始める。アロンもそれに合流した。アリアに声を掛けながらみんな村から出ていく。先頭だったはずの村長がいつの間にか最後尾に下がってきていた。そしてアリアに近づいてくる。


「アリア。帰ったら話がある。分かっているな?」


 思わずアリアは肩を震わす。それが来ることは分かっていたのに。覚悟はずっとできていたはずだ。でも沸きあがる恐怖を抑えることは出来そうにない。


「はい」


 震えながらも静かにそう答えるのを確認すると満足したように村長はみんなの後を追うように村を出ていった。他にも数人おなじように見送っている。


 話と言うのはおそらく大樹の巫女によるお役目の事だ。アリアにしかできない事。


 代々、巫女の家系であるアリアは、いずれその役目を自分が担う事を少々期から言い聞かされてきた。


 何十年かに一度。儀式を執り行う。その儀式に必要なのは巫女とされている。儀式の内容は村の人も知らない。知っているのは村長だけだと言われている。でも、村のみんなも知っていることがひとつだけある。


 儀式に出向いた巫女が、帰ってくるこは決してないと。


 母も巫女だった。だから父はその儀式を止めようとしたらしい。幼いアリアは覚えてはいない。結果、儀式は行われなかったし、母も父も帰らなかった。


 どうなったのか、聞いたことはない。聞いてはいけない。村長から発せられる雰囲気がそれを物語っていた。


 アリアがすぐに次の巫女になったが、儀式が執り行われなかったのはその次がサリアしかいないからだ。巫女が途絶えることを許さなかったのだろう。次の世代が生まれるまで。時を待っている。そんな空気が村にはあった。ただ、無理やりどうにかするなんて感じはなかった。それがアリアが村に残り続けている要因のひとつだ。


 でも次を待ってられない状況になってしまったのだ。最近魔物が現われる頻度が増えている。それが儀式に関連することだと。アリアもいや、村のみんなも薄々気が付いている。


 それでも優しくしてくれるみんなに。アリアは頭を下げる。ここまで育ててくれてありがとうございます。そう頭を下げる。


「なあ。一体ここはどうなってるんだ。いくらなんでも魔物が多すぎるぞ」


 突然降ってきた聞き馴染みはないのに聞き覚えがある声に取り乱す。


「おい。落ち着け。質問に答えろ」


 白銀の彼は表情を一切変えずにそこに立っていた。どこかへ行ってしまったものだと思っていたのに。どうしてここに。せっかく戻ってきてくれたと言うのに緊張してうまくしゃべることが出来そうにない。


「きっと大樹の力が弱まっているのです。儀式が行われなかったから」

「大樹とは世界樹の事か? それはおかしい。あれがあれば世界は平和になっているはずだ。でなければおかしい」

「世界樹ですか? それは物語のお話でしか聞いたことがありません。あれは大樹です。私達が守るべき偉大なる樹」

「いや、そんなはずはない。あれは世界樹だ。なぜなら俺が」


 彼の言葉を遮るように村の奥で悲鳴が上がった。遠めだけれど逃げようと走っている村で一番幼い娘の姿を見つけ、その後ろに見覚えがある魔物の姿も見つけてしまった。


「くっ」


 考えるより先に走り出していた。どうするかなんて考えられない。でも助けないと。あの子が。追い出さないと。村がなくなってしまう。幸い間に合いそうだ。


 魔物が腕を振り上げて娘に照準をつけた。振り下ろす。飛び込んで娘を抱きかかえながら地面へと転がる。足に痛みが走る。擦れたようだ。


「ほら。逃げて」


 押し出そう様に娘を逃がす。足の痛みですぐに立てそうもなかったからだ。魔物は標的をアリアに定めたみたいだ。近づいてきて同じ所作。攻撃のパターンは少ないようだ。しかし、だからと言って避けられるわけじゃない。


 今日、二度目の死を覚悟する。けれど訪れたのは突然の浮遊感。身体を支えられ起こされた。


「あんた。弱いのにすぐ飛び出すんだな」


 アリアを脇に抱えたまま、白銀の彼は戦い始める。勝負は一瞬で決着がつく。けれどアリアを抱えた理由と共に戦いが終わらない訳があった。


 魔物は一体ではなかった五体ほどいる。派手に動き回った白銀の彼に狙いを定めたのか。集まってきている。


 アリアを起こさなかったらほかの魔物からの攻撃を受けていただろう。娘を逃がした方向にも魔物が灰になっていくのが見えた。白銀の彼が守ってくれなければ彼女の命も危なかった。


「少し動き回るぜ。大人しくしてな」


 乱暴な舞踏会が始まった。リードなんてものじゃない。引っ張られは押し出され、つかず離れずを繰り返しながら次々といつの間にか抜いた剣で魔物たちを切り伏せていく。


 アリア以外の人たちからすればそれはあっという間の出来事だった。しかし、振り回されたアリアは早く終わって欲しいとそう思っていた。


「大丈夫だったか? すまんな無理をさせた」


 落ち着いた彼の腕の中にいる自分に気が付いてアリアは慌てて突き放す様に離れた。


「ねえ。あなた誰なの? もしかしてあなたが魔物を呼び寄せているの?」


 そう問いかけたのは村の誰なのか。アリアが考える前に村中から同じような声が聞こえ始めた。

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