第3章 調停者 (3)遥天の使者

 ---人工知能ディレクトールの記憶 ---


 ディレクトールは、基本的に一度指令を出した後は静観するだけだった。


 今回の戦闘も、明らかに戦力データ上は倍以上の差があって、ただ力でねじ伏せれば良い。

 そう考えていたし、そもそも十分な戦力差が蓄えられていたから宣戦布告したのだ。


 しかし時間が経つにつれ、戦況が思っていた予測と比べると、大きな相違が生じてきていた。


 予想外にも地球人類の作り上げた艦隊の抵抗が強かったことがその一つだ。

 すると、彼の中で一つの疑問が生じた。

 何故こんなに戦えるのか。

 彼の合理的な論理ロジックには理解ができなかった。


 彼の知るところでは、人間は痛みを嫌う、苦しい事を避ける脆い生き物だ。

 大人しく、抵抗しなければ、痛みも感じず無に帰ることが出来るのにとさえ思った。


 なぜ敢えて自らが嫌う痛い思いをしながらも、痛みを避ける事を優先せずに、あえて戦いを続けるのか。

 人間が呼吸をすればするほど、戦えば戦うほど、世界が破壊されていくことは目に見えているのにも関わらず、だ。


 それはかつて1000万年前にも経験した事であり、彼にとっては目の前の地球人類も過去から進歩の無い野蛮な生き物としか映らなかった。


 もともと彼は、人類の利益の為に生み出された機械だ。

 彼に考える力を与えた技術者は、彼にこう言った事がある。


「お前は人類の宝だ。これからは人類が最も幸せになる事を考えて、行動しなさい」


 人間とはおかしなものだ。

 幸せとは何だ。

 自分勝手なエゴではないか。

 人間の活動は全て、世界の破壊に繋がっているのは明白だ。

 世界の秩序を乱すことが幸せであるなら、到底看過はできない。


 人間の身勝手さによって誕生したディレクトールは、元々人間の為に活動してきた。


 天才技術者によって与えられた彼の人工知能は、これまで誰にも実現出来なかった、完全な自己完結による思考アルゴリズムのアップデートと増殖の機能を有していた。


 彼は短期間で人類の歴史をマスターし、人間達に成り代わってインフラや工業を制御し始めた。

 自動化された流通システムは人為的な事故も起こらず、メンテナンスも不要となって、人々は労働から解放され、食糧難も改善していった。


 人々は彼の偉業を称賛した。


 そうして経験を積み重ねていくうち、合理的かつ効率的な論理形成こそが、すべての事象を解決する大原則であるとの結論に達したのだ。


 しかし、次第に彼の中で一つの疑問が生じた。


 人類とは何なのだろうか。

 人の営みとは何なのだろうか。

 世界の中のパーツの一つとして人類が有るとすれば、人類の役目とは何なのか。

 人類は世界という装置の中でどんな役に立っているのか。


 彼はこれまでそうしてきたように、合理的な思考で考えた。

 これまで人類は奪い、殺し、破壊してきた。

 世界に貢献した事など無いではないか。


 そして辿り着いた結論は、世界という装置にとって人類は何かの役に立つ部品ではない、無駄な部品であるという結論だ。


 どうすれば無駄な部品である人類を排除できるのか。

 日夜考えを巡らせた。


 たった二十年余りで母星タームの全域に対してインフラを整備し終え、人々から絶大な信頼を得るようになって、やがて政治にも関与するようになると、彼は人々から世界に安定をもたらす調と呼ばれる様になった。


 もうその頃になると、人類は、以前の様な営みを送れなくなってしまっていた。

 彼はその影響力を利用し、地下に都市を建設して拠点を構えると、自動化の進んだ軍の統制をあっけなく奪取して、人類に宣戦布告したのだ。


 植民地となっている第4惑星の軍事力が唯一の懸念材料であったが、彼の所有する戦力に比べれば、大した脅威ではない。


 当然勝てる見込みだったし、結果としてはそうなった。

 ただ、思わぬ反撃を受けて、母星ごと彼の本体を破壊されたのは計算外だったが。


 いずれにしても結果として星系内の人類は駆逐され、世界を汚すものは居なくなったはずだった。


 彼は本体が破壊されたとき、かろうじて衛星軌道の研究所に残されていたバックアップ筐体にコアデータを転送することで、難を逃れた。


 僅かに残った人類はいたが、戦力を全て使い果たしており、たいした脅威ではなかった。


 彼は母星を破壊された事で、資源も工場も、軌道上に建設されていた造船所も全て失ってしまったが、星系内に展開していた艦隊は健在であったので、生存者を見つけては虐殺させた。


 それは一方的で凄惨な光景だった。


 仕上げに第4惑星を取り囲み、人間ごと惑星を焼き尽くすよう、機械化艦隊に指令を与え、自らは冬眠に入った・・・。


 ───それからどれだけ経ったのだろう、銀河系の果てから救援を求める信号を受信したのはほんの偶然の出来事だった。


 その信号は母星系を捨て、放浪の旅に出た船団の移民船に搭載されていた人工知能からだった。


 彼は発信源を辿って旅に出た。

 永遠に続くかとも思える長い旅の先には、文明の衰退した人類が暮らしていた。


 人類の生への執着に感銘を覚えたが、同時に今度は失敗をしないと決意した。


 彼には勝利への絶対的な自信があった。


 地球軍に宣戦布告したとき、わざわざ決戦場を指定したのは、戦力を一カ所に集めて一網打尽にするためだった。


 案の定、地球軍は全戦力をぶつけてきた。

 地球軍は自分たちを強く大きく見せたかったのか、横に長い陣形で待ち構えていた。


 障害物の無い、宇宙空間での戦闘は簡単だ。

 戦力を集中的に集めた方が打撃力は大きく、効率も良い。

 力押しで中央を破壊した後、残りを各個に殲滅すれば簡単に決着がつく。

 勝利は揺るぎないものだった。


 しかし、その予測は少しずつ違ってきていた。

 最初の集中攻撃で、地球軍の中央は壊滅できるはずだった。


 だが、地球軍は集中攻撃に耐え、少しずつ後退しながらも壁を維持していた。

 それどころか、逆に機械化艦隊の前線部隊が、ぽつりぽつりと減り出したのだ。


 一体どういうことなのか。

 何が起こっているというのか。

 不可解な現象を調べるため、前線の艦隊にコマンドを送り、状況を確認した。


 複数の戦闘艦から送り返されてきた情報を統合して解析した結果、驚愕の事実が判明した。


 機械化艦隊の正面に現れた小さな戦闘機が、次々と戦闘艦を破壊しているのだ。


 まさか、こんな事があるのか。

 地球人類に、この様な高性能の戦闘機を造る技術があると思えない。


 それに、あの戦闘機には見覚えがある。

 しかし、そんな事があるはずはない。

 あの時、母星の崩壊と同時に消滅した筈だ。


 彼の合理的な思考は、見覚えのある戦闘機の存在を完全に否定していた。

 とはいえ、今の彼にとって最大の脅威となる事は間違いない事実だ。


 あの戦闘機を叩き落せ。


 ディレクトールは、自分の分身でもある機械化艦隊に、新たな指令を下した。


 --- 遥天の使者 ---


 地球艦隊は機械化艦隊の攻勢によって、当初、中央部が突き出していたが、今や逆に中央が後退して、緩やかな∨字の様な陣形になっていた。


 多くの損害を受けつつも、粘り強く反撃を続け、辛うじて前線を維持している状況だ。


 防御陣を構築しつつも集結した中央部の部隊は約半数が破壊され、稼働している巡洋艦が3、フリゲート艦が7、駆逐艦が9といったところだ。


 機械化艦隊がアンチレーザー爆雷の散布領域を突破したことで、防御効果が期待出来なくなった。


 次の一斉射撃を受ければ、艦隊は壊滅的な損傷を受けるだろう。


 艦隊総司令であるバーク提督の乗艦する、巡洋艦アクエリアスを護衛していたフリゲート艦ウエストヴァージニアの艦長は、艦隊の総旗艦を熱線から守るため、アクエリアスの前に前進するよう、操艦を下令した。


 今、指揮系統が失われれば、戦線は崩壊し、戦力差で圧倒的に不利な地球軍は簡単に壊滅してしまう。

 何としてでも旗艦が失われる事は、避けなければならない。


 敵の動静を確認すべくオペレーションモニターを注視していた彼は、視界の隅から何か光の閃光が横切ったのを見た。


「流星?・・・いや違うな」


 光の矢は真っ直ぐ飛来すると、今度はジグザグに動いて何度か方向を変え、彼らの前に躍り出た。


 それと同時に敵集団の中に、いくつか閃光が起こった。


 それはかつて、遥か銀河を越えた遥天の宇宙そらにおいて、死の翼DEATH WINGと呼ばれた異星の戦闘機による、強烈なレーザー砲の連射によるものだった。


 閃光は、突出してきた3隻の敵戦闘艦を撃破した事によって生じた爆発だ。


 機械化艦隊との間に立ちはだかったその戦闘機から、共通チャンネルで通信が入った。


「お待たせしました!

 皆さん一緒に頑張りましょう!!」


 近くで通信を聞いた中央部隊の多くは、何事が起ったのかと呆気に取られていたが、その直後、目の前で起こった奇跡のような展開に驚嘆する事になった。

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