4話 校内放送①

「さて、行こうかワトソン君」

 部室を後にした私は水瀬先輩に行き先も告げられないまま半ば腕を引きずられようにして歩いていた。

「意味不明です」

 ドッと疲れが込み上げてきた。テスト最終日である。一夜漬けや完徹こそしないけれど、それでも最後の悪あがきと昨夜は少し遅くまで起きて勉強していた。さらには、演劇部の召集もあり、オムニバス公演の準備も始めなければならない。

「ホームズにはワトソン、ポワロにはヘイスティングス、探偵には優秀な助手が必要だろう?」

「ミステリーな舞台がやりたいんですか?」

 水瀬先輩は大仰に天を仰ぎ、ハハッと笑った。

「話が噛み合わなすぎて笑えて来たよ」

「なんすか、それーー」

 それはこっちのセリフだと文句を言ってやろうとした時、ピンポンパーンと校内放送が流れ出して、私の言葉をさえぎった。

「三年四組、木暮佳耶こぐれかやさん。至急、職員室まで来てください」

 くり返します、と先程の放送をくり返す音声を今度は私が遮った。

「先輩、さっきから変ですよ。突然部室に現れて、人を連れ出したかと思えば、今度は探偵ごっこを始めて。何が原因なんですか?」

 この人が前置きなしで唐突に話し行動することは、この三ヶ月の付き合いでわかっている。

 演劇部の人間はよく「変人へんじん」と揶揄やゆされるが、水瀬遙風は変人揃いの演劇部員すら手を焼く変人ーー狂人なのだ。

「今の放送が原因さ」

「は? どういう意味です?」

「行方不明なんだ」

 私は息を飲んだ。

 水瀬先輩は訳の分からない言葉や行動が目立つ人だが、嘘は言わない。

 先程の校内放送で呼び出された三年生、木暮佳耶は行方不明ーー

 立ち止まってしまった私を置いて、水瀬先輩はスタスタとメディア棟につながる連絡通路を先に歩く。メディア棟は新しく建て直した新校舎で一階は図書館と視聴覚室、二階から四階までは三年生の教室が入っている。

 私は小走りに彼女に追いかけながら、その背中に向かって問うた。

「どうして、そんなこと水瀬先輩が知ってるんですか?」

「いい質問だ、葉月くん」

 狂人、水瀬遙風は歩みを止めて振り返った。

 瞳が爛々らんらんと輝いて見えるのは、真昼の太陽のせいだろうか。

 中央棟からメディア棟をつなぐ連絡通路は壁がほぼガラス張りで金属製の手摺りがついている。射し込む太陽光が連絡通路内で反射し合って眩い《まばゆい》光を放っているにも関わらず、水瀬遙風はそれを物ともせずに優雅に微笑んで見せた。

「良い役者には脚本が、良い探偵には事件が舞い込むものなんだよ」

 その姿は舞台上でスポットライト浴びているようだった。



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