コンノとリカコ~メガネ男子とギャルがくっつくまでの15年間のダイジェスト~

豊島夜一

起:出会い 16歳

 夏休みも終わり9月も中旬になった頃、南信州では早くも秋の空となっていた。

 放課後、今野広人は一学期から変わらず1年A組の教室にいた。ただ一人で。


「マジ!? コンノまた勉強してんの?」

 戸が開いたかと思えば、一人の女子が唐突に言った。


「狭山さん」

 広人はシャーペンの手を止め、その女子を見る。

 狭山莉果子。同じ高校の隣の席のクラスメイト、それ以上でもそれ以下でもない。なぜなら、広人はほとんど話したことはないからだ。


「マジさぁ、ホント外見まんまだよねーコンノって」


 秋風が窓から入り込み、カーテンを揺らす。そして、莉果子の髪も撫でた。ウェーブかかったセミロングの茶髪。派手ではないが薄くピンクに彩られたネイル。放課後には第2ボタンまで開けられるシャツに、太ももが大胆に見えるスカート丈。


「黒縁メガネで、髪型も遊ばないでショートで、毎日自主勉してるとか、どんだけ真面目なんだよ」


 ケタケタと笑いながら、莉果子はアーモンド型の瞳を細くした。広人の隣の自席へと座る。


「……別にいいだろ。単に家じゃ課題やりたくないだけだよ。学校にいる内に済ませて家では休むって決めてんだよ」

「なるほどね、家ではシコったりとか?」

「しこっ……!?」


 メガネまでずれ落ちてきて、広人は位置を正す。


「ウケる。顔真っ赤じゃん」


 手を叩いて笑う莉果子に、広人は「猿かよ」と心の中で毒づいた。


「男子ってそういう時期なんでしょ? それにほらウチのクラスさー、上野ちゃんいるじゃん?」

「上野さんがなんでそこで出てくるんだよ

「なんでもなにも、めっちゃ上野ちゃん美人じゃん。清楚でさ、物腰を柔らかくていい子でさー、男子はみんなメロメロでしょ。メロメロってなんか古いね」

「別にメロメロではないよ。少なくとも俺は。それに」

「それに?」


 広人は視線を厳しくして莉果子に顔ごと向けた。


「狭山さんだって、いい人じゃん。クラスマッチでテンション上げるために笑い取ってたり、体調悪い人にそれとなく声かけたり」

「……はぁ!?」


 今度は莉果子が視線を外した。


「な、何言ってんの!? 急に!」


 何度も耳にかかる髪をかき上げると、腕を伸ばして広人の肩を押す。広人は小さく振り子のように揺れた。


「そんなこと言って口説いても、付き合えねーぞ!」


 ひらひらと手を振る莉果子に、広人は視線を外しプリントに目を落とした。


「まあ、俺みたいな陰キャは別に付き合えるとか思ってないよ。狭山さんの隣にはいつも陽キャ系の男子いるし」

「あーあいつら? 別に面白いヤツだけど女癖は悪いよー、エグチとかもう二人別れてるじゃん」

「え、そうなの?」

「知らんかったかい! この学年で知らねーのコンノだけだからマジ。ていうか、あいつら内面は結構古臭いっつーか、キモおじくさいんだよ。女は料理できなきゃダメ、女の手料理食いたいとかさーお弁当作ってきてよーとかさ。うち料理下手なんだよね」

「料理は理屈だよ。レシピ通り作ればいい。性別で役割押しつけるのは違うと思うけど」

「うちさー、ただ好きな人と食えればいいんだよね。それこそ半額になった弁当でも。飯って何食うかより誰と食うかが大事じゃん」

「いっちょ前にそれっぽいことを言うね」


 かみ合わない会話だと思い、広人はふぅと小さくため息を吐いた。莉果子は黒板の上の時計を目をやり、「やば、こんな時間じゃん」と呟く。


「コンノはまだ帰んねーの?」

「もう少しで終わるから」


 不動の広人に、莉果子が肩をまた小突く。


「ねぇ……なんかオススメの本、貸してくんない? いつも何か読んでんじゃん」

「え、読書なんかするの?」

「失礼! 読んだことくらいあるわ! 7年くらい前に!」

「小学生の頃じゃん……まあ、ちょうど読み終わったから貸すよ」


 机の脇にかかった鞄に手を伸ばし、中から1冊取り出す。それは水彩調で人物が描かれた地味な文庫本だった。


「ミステリだけど、いわゆる日常ミステリだから、読みやすいと思う」

「うちのことバカにしてるな? ま、バカですけど」


 へへっと、無邪気に笑いながら。


「ありがと」


 莉果子は髪を揺らしながら去って行った。 



↓『承:別離 18歳』に続く

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