第4話 学級委員 藤原玲香

「藤原玲香さん」


「はい」


 玉城先生に呼ばれ、腰を上げる。

 競争相手がいるのではないかと心配していたけど……他に立候補がなければ、これで決まりそうね。

 内心、軽く安堵しつつ、先生に促されるままに教壇に立って、みんなの前で軽く一礼。


「他に立候補しようという方がいらっしゃらなかったので……こういった学校では、なおさらに得難い経験と思い、勇気を出してチャレンジしてみようということで、立候補いたしました」


「なるほどなるほど」


 打算アリアリとはいえ、言ってることにウソはない。だから、先生が嬉しそうにしてくださっているのは、後ろめたくもあるけど、ありがたいことではあった。これからの3年間、世話になるお方だし……

 もしかすると、迷惑をかけてしまうかもしれないから。


 吐露できない本音を胸に、私は穏やかなたたずまいを装って、みんなの方へと静かに視線を巡らせた。

 私の他に、立候補しようという動きはない。それはそれで好都合だけど……競い合うライバルがいてくれれば、それはそれでとも思うのよね。


 結局、私の他に名乗りは挙がらず、女子の方の学級委員はあっさりと決定した。学級委員は半期ごとに選任。ひとまず秋までは、私がこのクラスの学級委員になる。


「さて、女子は思っていたよりも早く決まったけど、男子はどうかな?」


 ある意味、ここからが本題ってところね。

 自分の相方が誰になるものかと、やや落ち着かない様子を装い、私はひとりの男の子にそれとなく視線を向けた。


――継森つぎもり千秋君。


 実のところ、私がこのポジションを狙ったのは、あの・・継森君との関係を構築するためだった。

 彼が日本屈指の資産家の息子というのは、この学校ではきっと誰もが知る話であって……彼の入学についての噂は、お父さんから去年の冬に耳にしてる。

 彼については、入学するだけでも噂が立つくらいだし、獲得に動いている先輩方――というか、各種勢力――も少なくない様子。


 私としては、彼の親御さんの事業とか、そういうのには別に興味はない。お父さんも興味なさそうだし。

 ただ私は、大勢がつけ狙う、彼のパートナーの座を射止めてみたい。

 私自身の競争心のために。


 そういった競走において、彼と3年間同じクラスというのは、この上ないくらいに恵まれた条件下にある。

 このアドバンテージを最大限に生かすべく、私はクラス内の動静を俯瞰しやすい、この学級委員というポストに目を付けたというわけで。

 学級委員という立場柄、自由な時間が多少なりとも削られはしても、情報面での優位性や心理的イニシアチブは大きいはず。

 彼が同じ学級委員になろうとなるまいと、長い目で見れば有利な立場に違いない。だから、拍子抜けするほどあっさりとポジションを確保できたのは万々歳。


――のはずなんだけど。


 さすがに、こうまで邪心にまみれていると、先生に対する罪悪感が募ってくるわね……

 ああ、せめてこの役職だけは全うして、その上で余計なことをしますから。

 男子側の立候補者を待つ先生に、内心で懺悔しつつ、男子へとそれとなく視線を巡らせていく。


 継森君を見ているのは、何も私だけじゃなかった。

 このクラスでは群を抜く有名人だけに、こういう場でも注目を浴びる状況にあって……

 私としても、こういうのはイヤな注目のされ方でしかないと思う。学級委員決めという状況を踏まえれば、なおさらのこと。

 もちろん、彼が立候補なりなんなりで学級委員になってくれた方が、私としてはお近づきになれて、色々と有利に働くわけだけど……

 彼にかかる、ささやかな、でも決して無視できない無言の圧力の波に、私はいたたまれないものを感じている。


 すると、教室前列の端から、スイと手が挙がった。出席番号一番、相川一貴かずたか君。メガネをかけていて、見るからに真面目そうで、なんだかデキる感じの雰囲気も。

「おっ」と、再び嬉しそうな先生に、「まだ立候補ってわけじゃないんですけど」と相川君が釘を刺した。


「この学校での学級委員って、どれぐらいの価値があります?」


「現金な質問だな~」


 先生がそう言って、私の横で笑っていらっしゃる。


――ああ~、本当に申し訳ございません。正直なところ、相川君よりも私の方が、よっぽど我欲まみれですので……。

 この罪悪感が表に出ないくらい、穏やかな微笑を取り繕えている自分の面の厚さ加減が、罪悪感を助長しつつも頼もしくもあり。


 ただ、相川君の質問はまっとうなものだとは思う。別の目的があるせいで、今まで意識もしていなかったことだけど……この学校における学級委員というポストに、どれほどの責任と対価があるか。

 先生の言葉を待つみんなも、心なしか、興味と緊張を同時に持っているように映る。


 さて。先生は相川君の質問には笑っておいでだったけど、ご回答については真剣にお考えなのだと思う。少し考え込まれた後、口を開かれた。


「その人次第としか言えないなあ。肩書ひとつで、後の世に通用するものではないと思う」


「そうですか」


「やり切った、何か成果を出したと言える経験になったなら、きっと過去にしがみつく必要もない人物になっているだろうし。保証ではなく、きっかけぐらいに考えた方がいいね」


 まだお若いながらも、この学校で教え子を送り出してこられた方のお言葉だけに、私の心にスッと入り込むものがあった。

 それはきっと、相川君も同じだったのだと思う。「じゃ、やります」との言葉に、先生が「おっと」と少し意外そうに眼を見開かれた。

 相川君としては、何か明確なメリットを期待していたように思えたのだけど……彼は苦笑いした。


「こういう話を聞いておいて引き下がるのも、少しカッコ悪い気がして……とりあえず、半年ぐらいは。藤原さんを見習って挑戦してみます」


 自分で発した口実が、今になって突き刺さってくる。実際、まっとうな挑戦心も確かにあっての立候補だけど……

 自分で蒔いた種にさっそく攻撃されているのはさておいて、学級委員として相川君とはうまくやっていけそうな予感。

 彼にニコリと笑みを向けた後、私は肝心の継森君へ、チラリと視線を走らせた。

 心なしかホッとしているように見える。


 きっと、これで良かった。そう思う。

 別に同じ役職じゃなくても、私の魅力に気づいてもらう機会なんて、いくらでもあるのだから。

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