第6話 廃墟の恋人2



 空き家といっても、皇都の屋敷街のなかだ。見まわりの治安部隊も通るし、そこまですさんではいない。門の鉄柵にはかんぬきが内からかかっていた。


「ああ、これじゃ、なかに入れないなぁ。なんて高い柵だ。泥棒よけの返しもついてるし、男でもよじのぼるのは難しいよ」


 リュックが言うので、ワレスはサッサと鉄柵を乗りこえて、かんぬきを外した。なかから門をひらく。


「さ、行こう」

「……」

「……」

「……」


 なんとなく、ほかのメンバーの視線が痛い。

 すると、ここでマキシムが言いだした。マキシムは古い叙事詩をもとにした物語などを書いて、ジョスリーヌを喜ばせている作家だが、本人はモジャモジャ髪の貧相な男で、年齢不詳。おそらく三十はすぎているだろう。いくつになっても子どもみたいと言われるタイプだ。顔は整っているので、女には母性本能をくすぐられるのかもしれない。


「……じつは、僕は霊気を吸うと喘息ぜんそくの発作が出るんだ。馬車で待たせてもらうよ。霊障性喘息と言ってね。この屋敷は絶対に出る」


 そんな病気が世の中にあるなんて聞いたこともない。が、素直に脱落を認めたくなかっただけだろう。


 たしかに、みんなが二の足をふむほど、真っ暗な廃墟は凄みがある。庭は手入れされなくなってかなりたつのか、草が秩序なく伸びほうだい。木々にはツル草がまきつき、それがダラリとたれさがるさまは、縛り首の処刑台でゆれるロープのようだ。


「行かないのか? リュック? レノワ? サヴリナは女の子だから、一人じゃ怖いだろう? おれでよければつかまっていていいよ」


 女の子とは言っても二十歳はこえている。が、美形のジゴロから女の子あつかいされて、サヴリナは感激したようだ。嬉しそうにワレスの腕に自分の手をからませる。


「よし、じゃあ、行こう。しかし、暗いな。足元に気をつけないと」


 やっとリュックがワレスのあとをついてくる。しかたなさそうにレノワも従った。楽士のレノワは顔のキレイなピアニストだ。最近、ジョスリーヌのもとへ出入りするようになった。作曲もするので、リュックが気に入っている。自分の助手にしてやろうというのだろう。


 前庭の敷石はまだ荒れていない。ところどころ、草がのぞいているものの、このまま馬車も通れる。


 やがて、玄関前の車よせまでたどりついた。建物は二階建て。貴族の屋敷にしては階層も少なく小さい。裏に時計塔があった。壁面にツタがまといついている。しかし、窓などは割れていない。オバケ屋敷とウワサされているわりには、まだあまり侵入者をゆるしてはいないようだ。周囲が貴族の住人ばかりだから、オバケ屋敷を探検してやろうなんて、子どもじみたバカらしいマネをする連中がいないのだとわかる。下町にこの屋敷があれば、子どもたちのかっこうの遊び場になっているだろう。


(おれが宿なしでさまよってたガキのころなら、喜んで、ねぐらにしてたな)


 雨風がしのげて、野良犬や人さらいやもっと危険な男から身を隠せるなら、それで充分だ。怖いなんて言っていられなかった。


 そんなことを考えていると、二階の窓にフワフワと光が浮かんだ。長い廊下をロウソクの火がゆっくりとよぎっていくのに似ていた。


「おい。あそこ、先客がいるぞ」


 ワレスの声で二階をあおぎ見た一同がギョッとした。サヴリナが「キャーッ」と叫んで、もと来た道をひきかえしていった。うっそうと茂る庭木のせいで、すぐに姿が見えなくなる。むしろ、一人になってさみしくないのかと感心する。


「ど、ど、どうしよう? ワレス。ゆ、幽霊が……」

「そうとはかぎらないだろ? おれたちのように肝試しに来た連中かもしれない」

「あっ、そうか」


 とたんに、リュックは元気になる。さっきまでガタガタふるえて、ワレスにしがみついていたのに。

 しかし、それにしても、レノワはいい度胸だ。さっきから口をへの字にまげて、おつにすましている。


「レノワは怖くないのか?」


 たずねると、彼はモゴモゴと口のなかで何事かつぶやいた。ぷいっとそっぽをむく。人見知りの芸術家だ。


「じゃあ、まあ、なかへ進むか。先客がいるなら、どこかから入れるはずだ」

「ほんとに?」と、リュック。

「最初に行こうと言ったのは、おまえだろ? リュック」

「そうだが……この屋敷には言い伝えがあるんだ」

「どんな?」


 リュックはさっきまで青ざめてたくせに、妙に芝居がかって語る。


「この屋敷にはその昔、病弱な令嬢が住んでたんだ」

「なんで、おまえがそんなこと知ってるんだ?」

「いや、だから、ウワサで聞いたんだよ。いいから黙って聞けって」

「ふうん」


 リュックは続ける。

「病弱だが美しい令嬢には、求婚者があとをたたなかった。伯爵令息。子爵令息。年若い男爵。しかし、令嬢はそのすべてを断っていた。なぜなら、彼女は自身が呪われていて、もう寿命が三月しかないと知っていたからだ」

「お芝居みたいだな……」


 おまえ好みの——と、ワレスは心の内でつけたす。


「まあ、じつは召使いと恋仲だったなんてウワサもあるけどな。言っとくが、ほんとなんだぞ。そのあと、令嬢はまもなく亡くなって、以来、夜な夜な、館のなかを徘徊するんだそうだ。令嬢の恋人だと疑われて、求婚者の誰かが、召使いを殺したって話もあってな。それを探してるんじゃないかって」


 悲しい恋の物語だ。やっぱり、リュックがよく作る歌劇の題材のように思える。


「とにかく、肝試し行くか?」


 ワレスが言うと、とたんにリュックはおじけづいたが。

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