第1話 第一の恋人・ジョスリーヌ2



 女の争いには口を出さないにかぎる。出せば矛先ほこさきがこっちにむくだけだし、両方から槍玉にあげられる。


 なので、そっと姿を消したワレスは大広間から続くバルコンでヒマをつぶしていた。

 ちょうど車寄せが見えるので、次々とおとずれる招待客をながめる。今夜の主催カズウェル侯爵はなかなかの社交家のようだ。ジョスリーヌの友人だから、金持ちの大貴族なのだろう。


 集まってくる馬車のなかで、反対に出ていく一台がある。家紋はついてない。貴族の馬車にはたいてい家紋が描かれているのだが。

 その車に乗りこんだ男には、どことなく見おぼえがあった。遠目だが知っている。しかし、それが誰だったのかまでは思いだせない。さほど親しくはない人物だろう。


 そうこうするうちに、広間がさわがしくなる。キャーキャーと悲鳴が響いた。

 おかしい。ダンスの曲もやんでいる。ただごとではない。少なくとも酔っぱらいがあばれてるくらいのさわぎではなかった。


 ワレスが広間に戻ると、まんなかに人が倒れている。しかも、ジョスリーヌのつれ、サージェントだ。


 サージェントは最近にジョスリーヌがひいきしている、ひじょうに若いジゴロである。去年あたりからダンスホールにたむろするようになった。


 美形好きのジョスリーヌがつれ歩くだけはあって、見ためはとてもキレイだ。ワレスは巻毛だが、サージェントはストレートの金髪。ただし、染めているに違いない。根本の色は栗色だ。


 倒れたサージェントのまわりを貴族たちがウロウロするばかりで、誰も近よらない。ジョスリーヌはファヴィーヌとならんで青くなっている。


 ワレスはサージェントのかたわらに歩みより、容態をたしかめた。白目をむいているが、まだ息はある。失神しているだけだ。見たところ血は出ていない。だが、口中に炎症はなく、泡もふいていないので、毒を飲んだわけではなさそうだ。

 あちこちさわるが骨折はしていない。が、服をめくると背中に青アザがあった。かなりの広範囲だ。それに、後頭部にコブがある。おそらく、皮下出血している。この感じだと、そうとう強打している。誰かになぐられたのだ。


「このコブが脳を圧迫してるんだな。大昔、棍棒こんぼうでなぐられた戦士は頭蓋骨を手術でひらき、たまった血を出したらしい。まだ助かるかもしれない。医者を呼んでくれ」


 サージェントは名医のモントーニに診てもらうことになった。だが、問題はこのあとだ。


「わたくし、見ましたよ。さっき、踊る前に、ラ・ベル侯爵さまが青年をつきとばしていたわ」

「わたくしも見ました」

「侯爵につきとばされて倒れたときに頭を打ったのじゃありませんこと?」


 どうやら、ファヴィーヌと言い争うジョスリーヌをなだめようとして、つきとばされたらしい。それで倒れたきり、起きあがらない。招待客のほとんどが見ている前だった。


 ふだん、ジョスリーヌほどの名家なら、このくらいの事件は罪にならない。運の悪い事故でしたね、ですむ話だ。

 だが、今日はジョスリーヌをよく思わない政敵がパーティーに来ていた。なんやかやと責めたて、とにかく役人を呼ぼうという話になる。どっちみち、たいした罪状ではないから、おとがめはないに違いない。とはいえ、スキャンダルにはなる。社交界での権威は大きく失われるだろう。


 かわいそうに、あのワガママなジョスリーヌが蒼白になって肩を落としている。ホステスのロクサーヌが別室へつれていくようだ。


 ワレスのもとへはファヴィーヌがよってくる。そのころにはモントーニが来て、サージェントは運ばれていった。


「恐ろしいわ。あなたの大事な後見人が殺人犯だなんて」

「……」


 それは、どうだろう。いったい、どのていどの力でつきとばしたのか知らないが、ちょっと女にふりはらわれたくらいで、成人男子が死ぬほどの大ケガを負うだろうか? それも高いところから落下したり、とがったものに頭をぶつけたというならともかく。


 そもそも、ジョスリーヌは人を殺すような女じゃない。ワガママだが、慈悲深い。それは彼女に救われたワレスがもっともよく知っている。


「ファヴィーヌ。今夜はもう、おひらきなんだろう? あんたはさきに帰ってくれ」

「どうするつもり?」

「恩人の危機だからな。見すごしはできない」

「今夜はわたしといてくれるって約束じゃない」


 どうしたことか、今日はファヴィーヌもやけにワガママを言う。もともと、夫婦仲はよいので、ワレスとの関係はむしろ旦那にバレてはいけないはずなのだが。


「そろそろ、マルティンも屋敷に帰るんじゃないのか?」

「今夜は帰らないでしょう」


 従兄弟の結婚祝いというから、夜どおし飲みあかすのかもしれない。


「わかった。では待っていてくれ。なるべく早く終わらせる」


 ファヴィーヌは何か言いたそうにしたが、ワレスはもう歩きだしていた。

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