かつての母と、重なる娘

 娘が見守る前で、ゆっくり慎重に。

 本当なら赤ん坊のための台にお尻を乗せられ、私は仰向けカエルのポーズを取った。


 幼稚園で、散々先生たちにやらされたおむつ交換のポーズである。


「今外すから、気持ち悪いのもうちょっとまってね」


 娘が幼稚園カバンからハサミを取り出した。

 肌に冷たい感触が当たり、ブルっと震えた。


 本来紙オムツにはステッチと呼ばれる部分がある。給水材の無い部分だ。

 だがこの紙オムツは、そのほぼ全部位を給水材を取り付けているため、破れやすいそのステッチがない。


 オムツのテープは、内側のオムツほど剥がしづらい。

 しかも今当てているオムツは、ガムテープで腰を一周させ補強されている。


 いつも私の前で、憎らしく微笑むハッピーくんも、今日ばかりはそのテープで顔が見えない。




 オムツが、今おしりのしたから引き抜かれた。


「ほらお母さん、ハッピーくんに……」


「やらないと、だめなの……?」


「だめっていつも先生に言われてるじゃない」


 これも、仰向けカエルのポーズと合わせて、幼稚園でやらされている事だ。

 


「……ハッピーくん、おしっこを受け止めてくれて……ありがとう」


「はい、じゃあきれいにしましょ」



 オムツに描かれた、国営放送のキャラクターへのお礼であった。

 ……屈辱、恥ずかしい。


 でも、私は、トイレに行くわけには行かないのだった。

 だが、今はその制限もない。 無いにも関わらず、オムツを使用していた。




 無力感に顔を背けると、鏡が見えた。


 そうだ。ここはトイレだった。



 ちょうど、私の姿が横向きに映っている。

 途端、私の脳裏に、忘れていた二十数年前の光景がありありと甦ってきた。


 それは、私が三歳ぐらいの時、祖父の法事の日の……まさにこの光景だった。



 当時の私が式典中に漏らした際、母が抜け出し、オムツを替えてくれた、あの時の光景に違いなかった。

 ……私は三歳の時、まだオムツが外れておらず、更に園児服で出席していたのだ。

 そして、母は和装喪服……今私が着ているものだ。帯以外は。


 あの時の逆だ。





 ――かつて園児服でオムツを、喪服の母に替えられた私が

   その喪服でオムツを汚し、園児服の娘に替えられている――





「いや!

 こんなの、あ、だめ……」


 私は羞恥に身をよじった。

 しかし、却ってそれがいけなかった。

 まだ効き目が残っている利尿剤のせいでまたもや高まってきた尿意は、娘が拭いている中も、必至になって我慢していた。

 変なポーズで固定されていることも有り、早かった。


 シュッ、とオシッコが飛び散る。


「え!? あ!」



 大慌てで、娘が交換台のバスタオルを寄せ集め、股間に押し当てた。


 直後、シャァーと出始めた。


「早かったね……気づけなくてごめんなさい、お母さん」


――ごめんね、裕子……


「あ……あぁ……」


 なぜ、私は謝られているのだろう。

 なぜ、記憶の中の母も謝っているのだろう。



 かつての母の言葉。

 それを娘の口から聞かされながら、当時のように股間をあらわにした私は、敷布代わりのお寺のバスタオルを、おしっこでびしょ濡れにした。

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