第20話 パラリーガルの溜息

「――すげえ、まるでドラマとか小説の世界だ。探偵も形無しだな」

「ミンチよりひでえよ……ちょっとウチには刺激が強すぎるかも」

「……」


 私は3人に法医学の授業について話して聞かせた。授業に出た画像は撮影NGだったが、話だけなら個人が特定できない範囲で慎重を期す分には大丈夫だろう。


 特に服部先輩は大いに興味を持った様子でこちらを質問攻めにし、結果としてこちらも話が弾んでしまった。まなつ先輩の初めてのお酒にはふさわしくない話をしてしまったと、今ちょっと反省している。


 私ときたら解剖実習後の打ち上げで平気で焼き肉を食べに行ったほどで、最近そういう感覚が人とずれているとひしひしと感じているところだった。


「ごめん、まなつ先輩。気分、大丈夫?」

「大丈夫だ、問題ない」

「そりゃ、元ネタ的に大丈夫じゃねえだろ。……それにしても楠本、大学でずいぶんとけったいな授業を取ってんだな」

「私は法学部じゃないんだけど、そっちで必修だったから興味があって講座を取ってるんだ」

「……」


 私は嘘にならない範囲で自分の学部をぼかしつつ、エリカの様子を伺った。彼女は私の話を聞いていた時からずっと、一言も話さずに時々グラスを傾けていただけだった。


 私はあたかも法学部の講座に興味があったので授業に出たかのように話していたので、法律に詳しい彼女にはそうではないことがバレてしまったかもしれない。

 

「エリカ、お前は弁護士だからもちろん法学部だろ。そっちの授業はどうだったんだ?」

「……確かに講座は有りましたけど、わたくしは弁護士ではありませんよ」


 服部先輩はほう、と意外そうな声を出した。


「へえ、でも先週街作りシミュレーターのゲーム実況しながら不動産トラブルの解説やってただろ。あれは本職の仕事じゃないのか?」

「あのくらい解説できますよ。5年も法律事務所にいるんですから。何より、弁護士がバーチャルライバーになんかなるはずがないじゃありませんか」


 エリカはため息混じりに答えた。いつもの丁寧な言葉遣いこそ保たれているが、だいぶお酒が入っているのではないかと思わされた。


 それにしても彼女の物言いは、どこか弁護士という職業に対する複雑な思いが感じられる。

 

「……ずいぶん棘のある言い方だな。俺ら全員、ライバーは好きでやってるはずだぜ、『なんか』は無いんじゃないか」

「――ごめんなさい。でも、貴方は先ほど言ってたじゃないですか、探偵としての日々に不満があるから配信を始めたのでしょう?」

「そうだな、それがどうかしたか?」

「……パラリーガル、という仕事をご存じですか?主に弁護士の下で、法律の知識を生かして専門的な事務を行う仕事です。必要な過去の判例について調査したり、法律相談の依頼者にあらかじめ対面して相談内容をまとめたり。内容は多岐にわたりますが、あくまで弁護士の下、従属的な立場です。『使われる者』に過ぎません。私は、何か自分が主体となった活動をしたい、そう思ってこの世界に入ったんです」

「ははん、つまりエリカはパラリーガルで、使われっぱなしな現実に嫌気が差して配信を始めたと?」

「まあ、言い方は悪いですがそういうことですね。バーチャルライバーとは、現実とは違う自分を演じられるもの。自らが主体となって法律にまつわる活動を行う弁護士が、そこから逃避して違う何者かになろうとは思えません。私が言いたかったのはそういうことです」


「ふ~ん、じゃあ弁護士を目指そう、とは思わなかったの?」

 

 しばらく服部先輩とエリカの問答が続いていたところに、まなつ先輩が入ってきた。どうやら調子が戻ってきたらしい。「ぐびっ」と勢いよくお酒をあおる音が聞こえる。


「……それで全員弁護士になれたら苦労しませんよ」


 エリカはそれに対して少し苦々しげに答えた。


「クイズ大会でお会いした看護師の日向ひむかいさん、ご自身がライバーになった理由を語っていましたよね。理由の1つに、指示を与える医師への不満があった。私は深く共感しました。医師と看護師、弁護士とパラリーガル、よく似ていますよね。『使う者』と『使われる者』。前者になるのは極めて難しいですが、それに見合った人望とやりがいがあります。どうして彼らがバーチャルライバーになりたがるでしょうか」


 エリカがグラスを傾ける音が聞こえた。正直、あまり気分のいい話じゃない。でもこういった愚痴というか、悩みを打ち明けられるというのは決して悪いことではないように思う。私たちは周りの人間にライバー活動について相談どころか打ち明けることすら出来ないのだから。


 私も思い切って、正直に自分なりの意見を言うことにしてみた。


「そんなこと、ないと思うよ」

「……」

「どんな人間にだって悩みがあって、今の自分と違うだれかになりたいって思うことはある。でも、そういう他の人を引っ張っていくような立場の人たちって、自分の弱いところを見せるわけにいかないとか、非難されるのが怖いとか、そういうのが邪魔してなかなか思い切ったことが出来なかったり、やっていても打ち明けられないんじゃないかな。エリカも法律相談でいろんな人の悩みを聞いてるだろうし、分かってあげられると思う」


「そういや平群へぐり先生なんかもたまに理不尽に炎上してるよな、『教師にライバーやる時間なんてあるわけない』とか、『聖職者が何やってんだ』とか」


 服部先輩のフォローがわかりやすかった。私自身、そういうことを恐れて自分の立場を伏せて活動しているのだ。


 自意識過剰とか自惚うぬぼれとか思われるかも知れないが、祖父が解剖実習のご遺体の口を借りてまで警告したのも、多分同じことだっただろうと思う。


 しばらくの沈黙の後、エリカが答えた。


「ありがとう、こうして話せただけでなんだかすっきりした気がします。ちょっと考えてみますね。貴方と服部先輩のお話だったのに、途中から私の愚痴のようになってしまって、ごめんなさいね」


 これで重い話は終わった。後は例の行方不明のライバー『角田カタル』の話題など世間話をして解散となり、まずエリカが通話を終了した。すると間もなくまなつ先輩の上機嫌な声が聞こえてきた。


「ハハハッ、でもさ~エリカは結局弁護士コンプなわけでしょ?ならいっそライバー1本でやっていけばいいのに。へへへっ。だってエリカってス――」

「すっかり出来上がってんな、まなつ先輩、そろそろ潮時だ、そのくらいにしとこうな」

「はーい」


 まなつ先輩も離脱した。


「カイネ、今日は面白い話を聞かせてもらった。よかったら次の声劇、お前も参加するか?」

「それは是非とも。誘われた身で悪いんだけどこちらもお願いも聞いてもらっていいかな?」

「もちろん、出来ることなら何でもいいぜ」

「……ローリエも声劇に誘っていい?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る