第13話 笑顔

「殿下は面白い方ですね」

「そう?」


キャンドラ領の少年領主カイゼルの言葉に、サラサンが首を傾げる。

10歳の若き領主は人見知りが激しかったのだが、領主になったことで少しずつそれを改善しようとしていた。仕事自体はまだ代理人のベッヘンが行っているのだが、領地視察などの際には、カイゼルが同行する。

 領民たちは領主一家を長年信頼しており、メルデルからカイゼルに領主が変わってもその信頼が揺るぐことはなかった。


「明日の視察はよろしくね。カイゼル」

「は、はい!」


 吃りながらもカイゼルはサラサンに元気に返事する。

 それが微笑ましくて、メルデルの表情が緩む。

 まだ小さい弟に領主という重い責任を負わせることに心を痛めていたが、重圧に潰されることなく、健やかに成長しているようで、彼女は嬉しく思っていた。


「ベッヘンもよろしくね」

「もちろんです。領民たちも喜ぶでしょう」


 代理人でもあるのだが、元執事であるという立場を崩さず、ベッヘンは壁側に控えていた。サラサンに声をかけられ、一歩踏み出してから言葉を返す。

 部屋では、サラサン、メルデル、母のリゼル、弟で領主のカイゼルがテーブルを囲み、ベッヘンや新執事のジャミンなどは壁に控えていた。


 ーー私が男性のふりをしてまで、領主を務めることはなかったかもしれない。


 ずっと幼いと思っていた弟の成長、そして代理人であるベッヘン、執事のジャミンを見渡し、メルデルはそんな思いに駆られる。

 母がメルデルを身ごもった時、すでに30歳であり生まれる子は当然男の子だと期待された。男性しか当主になれない現状で、親族にも適した人材がおらず、生まれる子は時期当主になることは決まっていた。

 そうして生まれたメルデルは女の子で、彼女は男の子として育てられることになった。

 彼女自身それを不満に思ったことはなかった。

小さい時から、男の子として教育を受けたため、ドレスを身に付けたいなどとそういう欲求はまったく浮かばなかった。逆になぜ男性に生まれなかったのかと、自身を責めたくらいだ。

 その度に両親、特に母が泣き出すため、メルデルは言葉を飲み込み、ただ時期当主として学問に精を出した。


 10年前、彼女が8歳の時、弟が誕生した。


 母はメルデルが女性に戻ることを望んだが、彼女は拒否をした。


ーー私はもういらない子なんですか?


 そう思わず言葉に出してしまって、両親にぎゅっと抱きしめられた。その時にひどく安心したことを彼女を覚えている。


ーー今ならわかる。私は固執すべきじゃなかった。弟が生まれた時点で男装を止めるべきだった。あの時、私は本当に家族に見放される気がして強かったのだ。


「メルデル?」


 ふとサラサンに名を呼ばれ顔をあげると、母が弟が心配そうに凝視していて、メルデルは慌てて口を開く。


「えっと、考え事をしていた。何の話だったかな?」

「メルデル妃殿下。あなたのドレスを縫わせてもらえないかしら?ドレスはきっと殿下にたくさん作っていただいているでしょうけど……」

「母上」


 思わぬ申し出に自然と瞼が熱くなる。

 もちろんと答えたいところだが、サラサンの意向を確認しようと顔を向ける。


「いいわね。私も作ってもらいたいわ」

「殿下も、ですか?」


 母リゼルは彼の願いに戸惑う。

 メルデルは彼なら言いかねないと思いながら、男性用それとも女性用かと考える。サラサンが望むのであれば、自身へのドレスは後回しでもいいと思ったところ、彼は口を開く。


「ドレスは大変でしょうから、ハンカチーフ……。だめ?」

「喜んでお引き受けいたします。メルデル妃殿下のドレスの柄に合わせた刺繍を施しますわ」

「嬉しい。母上に何か作ってもらえるなんて嬉しいわ。メルデルもそうよね。母上のお揃いのものを作ってもらいましょう」

「はい」


 本当に嬉しそうに微笑む彼を見て、先ほどまで心に溜まりかけていた黒い何かが溶けていく。


 ーー彼の笑顔は本当に癒される。


 

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