第4話 秘めごと

「悩み、ですか……?」

「そう」


 この美しく、賢い男に、どんな悩みがあるのだろう――?

 ……と、清二は想像力のとぼしい頭で考える。だが、一向に何も思い浮かばない。


「だけど、今から話すことは誰にも言ってはいけないよ」

「それならなおのこと、私が相談役になるなんてとても難しいかと思いますが……」


 他者に言わないでくれと先に言うということは、余程のことだろう。自分ごときが聞いていい話とは思えない。

 だが、宗一は涼しい顔をして「いいのだ。清の答えを聞きたいのだから」と言う。


「ですが……」


 大概たいがいのことは許す宗一といえど、清二は求める返答をできると思えずしぶった。


「精一杯答えてくれればよい。それで十分なのだ」


 宗一が、そう言う。清二の心中を察したのだろうと思うが、そこまで言われたら何かしら答えないわけにはいかないと思った。


「わ、分かりました……」


 清二の返事に宗一はにこっと笑ったあと、足の上に両手を組み、くつろいだ様子で言う。


「私は、清の姉と結婚できたことをとても喜ばしく思っている。彼女のことも好きだ。だが、実を言うと、私には彼女以外に心に秘めた者がいる」


「……え?」


 清二は、狼狽ろうばいした。


 柳沢と西村の婚姻は、元々で決められたこと。困窮こんきゅうしている西村を、柳沢が助ける――そういう構図である。


 ゆえに、清二は心のどこかで心配していたことがあった。宗一の気持ちについてである。


 そもそも、柳沢が金の巡りが悪い西村と、何故婚姻を結ぼうと思ったのか、清二には疑問だった。「結婚」という名の契約をするなら、お互いが利益になることのほうがいいに決まっている。

 ゆえに柳沢は、価値のない西村と繋がりを持っただけで、特段の得はないはずなのだ。


 それでも結婚をすることになったのは、宗一が依子のことを好いていたからだろうと、清二なりに解釈していた。


 だが、解釈していただけで、宗一の本心は分からない。


 聞きたいようで、聞きたくないことだったため、宗一の言葉に、清二はついにそのことを打ち明けられたと思ってしまったのである。


「動揺するのも無理はない。だけど、私は別にその秘めた者とどうにかなりたいと思っているわけではないんだ」


 宗一はただ静かに、清二に自分の心中を語る。


「……ど、どうしてですか? その人のことを……好きなのではないのですか……?」


 野暮やぼなことを聞いているのは分かっていた。心に秘めた者への気持ちを置いて姉と結婚したのは、宗一が優しいから、助けを求めてきた西村に対して手を差し伸べてくれたからに決まっている。


 だが、宗一の気持ちを考えれば、聞かずにはいられなかった。


「好き……そうだな。とても特別な人であるのは間違いない。だが、どうにもできない相手でもあるんだよ」


 清二の問いに、宗一はまるでそよ風のごとく、特に気にした様子もなく静かに答えた。


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