第27話 端的に言ってお前はバカ



「何度でも言ってやる。自分を上回る遥か強敵に挑むその心意気は素晴らしい。他の誰が否定しようと、大魔王この俺が認めてやる」



 ミツキに対して、俺は力強くそう宣言した。


 するとしばらく呆然とした表情を浮かべた後、ミツキはわずかに頬を綻ばせる。


「そう……あなたは肯定してくれるのね。このまま私が先に進もうとするのを」

「いや、それは違うが?」

「は?」


 ガンを飛ばしてくるミツキ。

 勘違いがあってはいけないので、より詳しく意図を説明する。


「俺が認めたのはあくまでお前の心意気だけだ。実際の行動自体は思考停止の最悪状態、言ってしまえばゴミカス中のゴミカスだ」

「は、はあ!? 喧嘩売ってるの!?」


 そう言って胸倉を掴んでくるミツキ。


「さっきから言ってることが無茶苦茶じゃない! 矛盾してるわよ!」

「いいや、それは違う。よく聞けミツキ」


 俺は冷静さを失ったミツキの手首を掴み、そのまま諭す。


「強敵に打ち勝つためには死力を尽くし、知恵を振り絞り続ける必要がある。その点、今のお前は死力こそ尽くしているものの知恵をまったく使ってない。ただただ自分より強い相手に対して無謀に向かっていくのみ。端的に言って、バカのやることだ」

「ば、バカ!?」


 驚愕しているミツキに対して続ける。


「思い出してみろ。これまでの探索者として活動する中で、格上に打ち勝った経験の一つや二つあるだろう?」

「…………」

「その時も今のように何も考えず、ただ剣を振るうだけで乗り越えてきたのか?」

「それは……」


 襟を離し、考え込むミツキ。

 今の俺の言葉を聞いて、何かしら思うところがあったんだろう。


 数十秒後、結論が出たのかミツキはきびすを返して歩を進める。

 先ほどまで行こうとしていたダンジョンの奥ではなく、浅層の方に向かって。


「もう無茶をする気はなくなったのか?」

「……うるさいわね。言っておくけどあなたに諭されたからじゃないから。ひとまず今日は疲れたから帰った方がいいと判断しただけだ」

「それは懸命だな」

「やっぱりあなた、少しむかつくわね」


 口が悪いなコイツ。


「まあいい。ほれ」


 そう言って俺は、荷物袋から超越せし炎槍アルス・フレイムを付与した魔術石を一つ投げ渡す。



「何よこれ……って、魔道具?」

「ああ、お前に試してもらったやつの改良版といったところか。わずかな魔力消費で魔術を撃てるようになっている」

「どうしてあたしに?」

「ただの気まぐれだ。さっきも言ったが、俺はお前の心意気自体は気に入っている。これから先どの道を進むにしろ、どこかのタイミングで役に立つはずだ」

「……まったくさっきから。何様なのよ、あなた?」



 大魔王様だが?


 そう言い返してやろうかとも思ったが、どうやらミツキの様子を見たところ心の底から怒って発した言葉ではないらしい。

 魔王は寛大なので、特別に許してやることにする。


「それじゃ、あたしは帰るわ」

「ああ」


 何はともあれそんなやり取りの後、俺たちは別れるのだった。



 ◇◆◇



 中級ダンジョンの通路を歩きながら、あたし――ミツキは言葉に言い表せないような感情を抱いていた。


 ついさっきまで、神蔵さんと話していたことを思い出す。

 言い方こそ最悪だったが、彼の言うことは一理あった。


 今のわたしは少しでも強い相手と戦うことばかり考えて、自分の手に負えない相手と遭遇した時、どう乗り越えるかまでは考えていなかった。

 こんな状態で無理をすれば、遅かれ早かれ取り返しのつかない事態になっていたはず。


「……まあ、あの人に言われて理解できただなんて言いたくないけど」


 心の中で深くため息をつく。

 以前、魔道具の検証を手伝った時には特に何も思わなかったが、まさかあそこまで変で不思議で変わった人だったとは。


「……っていうか聞きそびれたけど、結局神蔵さんは何で中層に一人でいたのかしら? 中級探索者になったばかりって言ってなかったっけ?」


 気になるが、別れてしまった手前もう尋ねることはできない。

 今はとにかく地上に出て、疲れ切った体を休めるべきだろう。


 そんなことを考えながらダンジョンを歩いている途中、ふとあたしは違和感を覚えた。


「……こんなところに、道ってあったかしら?」


 通路の壁に大穴が空き、道が続いている場所を発見した。

 見覚えがなかったため地図を確認する。


「これは……!」


 思った通り、地図にはこんなルートについて何も書かれていなかった。

 つまりこの穴は、ここ数日以内に発見されたものであり、おそらくは隠しエリアに繋がっているのだろう。


 そして重要なことが一つ。

 隠しエリアには、優秀な武器や魔道具が眠っていることが多い。


「他の人たちより先にここを攻略できれば、一段飛ばしで強くなれるはず!」


 颯爽と中に入ろうとした時、ふと踏みとどまった。

 神蔵さんとの会話を思い出したからだ。


「隠しエリアは優秀なアイテムが落ちている代わりに、モンスターも強力なものが多い。今のあたしが一人で挑むのはさすがに無謀ね……」


 困難に挑むのはいいが、それを乗り越えるための準備は必要だと、そう彼は言っていた。

 今のあたしがその条件を満たしているとはとても思えない。


「後ろ髪を引かれる気分だけど、仕方ないわね」


 他の探索者に先を越される可能性はあるが、一度地上に出て、柊さんに隠しエリアについて伝えよう。

 パーティー全員で挑めば勝算は高いはずだ。


 そう判断し帰ろうとした、次の瞬間だった。



 キーーーン!



 耳をつんざくような高音が、穴の奥から聞こえる。

 さらに続けて、肌を撫でるような異質な魔力の感覚。

 あたしはこれについて心当たりがあった。


「これはまさか……救援魔力弾!?」


 探索者ギルドで売られている魔道具の一つで、特殊な波長の音と魔力を放ち周囲の探索者に居場所を伝えることができる。

 これが使われたということは、この先にいる者たちに命の危険が迫っていて助けを求めているということ。


「いま助けにいけるのはあたしだけ……」


 それは分かっている。

 だけどたった今思い直したように、隠しエリアには強敵がいる可能性が高い。

 今の自分が行ったところで、助けになるかどうかは分からない。


 まさに一刻を争う事態。

 地上に助けを呼びに戻っている余裕はないし、運が悪いことに今は周囲に他の探索者も見当たらない。


「……考えてる時間はないわ!」


 今にも命を落としかけている人を見捨てることなんてできない。

 目的は攻略ではなく救出。

 発見次第、深入りはせず隠しエリアの外に避難する。


 そう方針を決めたあたしは、剣を強く握りしめながら隠しエリアに足を踏み入れるのだった。

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