第2話 ステータスと初戦闘



 ――――【第六初級ダンジョン前】――――



 数時間後。

 俺は日本に72個存在する初級ダンジョンのうちの一つにやってきていた。


 さっそく中に入って探索したいところだが、そうできない事情があった。

 日本では初めてダンジョンに入る際、先輩シーカーのガイドを受ける必要がある。

 面倒だがこればかりは仕方ない。


 周囲を見渡すと、俺と同様の目的であろう者たちが数十人立っていた。

 下はダンジョンの入場制限年齢である15歳から、上は50代までと幅広い。

 そんな中、がっしりとした装備に身を包んだ者たちが5人前に出る。

 そのうちの1人、20代半ばくらいの男性が口を開いた。


「今日の参加者が全員揃ったようなので早速説明に入る。まず、俺は小西、シーカー歴は一年でレベルは20。今日のガイド役を務めさせてもらう、よろしくな」


 パチパチパチとまばらに起きた握手が鳴りやんだ後、小西は続ける。


「初めてのダンジョン挑戦で緊張している者も多いだろうが、心配はいらない。この場にはシーカー歴一年の経験者が五人いるし、そもそも初級ダンジョンの入り口に出てくるモンスターは非常に弱く、大人なら生身でも倒せるくらいだ」


 その言葉を聞き、ほっと胸を撫でおろす者が数名。


「それじゃあさっそく中に入っていく。皆もついてきてくれ」


 小西はそう言うと、ダンジョンの入り口――異次元に続くゲートを潜る。

 そんな彼に続いて、俺たちも中に入っていった。


 ゲートを潜ると風景は一瞬で変わり、薄暗い洞窟のような景色が広がる。

 まあ、前世でも今世のダンジョン配信でも見慣れた光景だ。


「よし、全員中に入ったな。さっそくだが皆、【ステータス】と唱えてくれ」


 小西の言葉に従い、俺も唱える。

 すると、目の前にある画面が浮かび上がってくる。



――――――――――――――――――――


 神蔵 蓮夜 20歳 レベル:1

 職業:なし

 攻撃力:10

 耐久力:10

 速 度:10

 魔 力:10

 知 力:10

 スキル:なし


――――――――――――――――――――



「……これがステータスか。配信とかでも見ていたから存在は知っていたが、本当に実在しているとは」


 ステータス画面を初めて・・・目にした俺は、感慨深くそう呟いた。


「よし、皆表示できたみたいだな。皆も既に知っているとは思うが、それはダンジョン内の魔力を吸収することによって入手することのできるステータスだ」


 一呼吸おいて、小西は続ける。



「各項目について簡単に説明していくぞ。レベルや能力値はモンスターを討伐し経験値を吸収することによって上昇する仕組みになっている。まあ、ゲームみたいなのをイメージすればいい。んでもってスキルに関してだが、こいつはモンスター討伐で入手出来たり、ダンジョン内のギミックを攻略することで獲得できたりする。現時点でスキル欄に何も書かれてなくても心配しなくていい」



 周囲の新人シーカーたちは、期待に満ちた目で小西の説明を聞いていた。

 自分たちもようやくこの超常的な力を入手できたことが嬉しくてたまらないんだろう。


 そんな中、俺だけは冷静なままステータス画面を見つめていた。


 魔王の記憶を思い出したことによって、生じた疑問が幾つか存在する。

 前世の俺が死んだ原因、異世界のダンジョンが地球に出現した経緯。

 そして、何より不思議な点が一つ――それがこの【ステータス】という仕組みだった。


 というのも、そもそも異世界にステータスという概念はなかった。

 自分の能力を数値として客観視することなどできず、地道な鍛錬で実力を高めていくのが基本。

 モンスターを倒すことで魔力を吸収して強くなれるというのは一致しているが、それもこんな風に便利で分かりやすい仕組みではなかった。


「……面白いな」

 

 予想がより確信に近くなる。

 そもそもステータスという概念を知らない俺が、ダンジョンにそのシステムを組み込むことは不可能。

 となるとやはり、俺以外の何者かが黒幕として存在しているという可能性が高いだろう。


 まあ、ダンジョンを最奥まで攻略すれば分かることだ。

 今は特に気にする必要はないだろう。


「――とまあ、ステータスに関する説明はこんな感じだ」


 っと、どうやら俺が考え込んでいる間に小西の話は終わっていたらしい。


「次はスキル獲得の実戦演習だ。ついてきてくれ」


 小西に促され、俺たちは再び移動を開始した。



 ◇◆◇



 歩くこと数分。

 俺たちが連れてこられたのは、直径30メートルほどの広間だった。

 広間の奥には台座があり、虹色に輝く巨大な宝石が埋め込まれている。


 この光景には見覚えがあった。


「ふむ。これは確か……【進呈の間】か。この造りから見て、ここはギガルの地に作った初心者用のダンジョンで間違いなさそうだな」


 前世の記憶と照らし合わせていると、小西が説明を始める。



「ここは通称、【能力獲得の入り口アビリティアーケード】。あの宝石に魔力を注ぐことによって、挑戦者の実力に合わせたモンスターが出現する。そのモンスターを無事に倒せれば、武器やスキルを獲得できるって仕組みになっている。シーカーになった者のほとんどが、まずはこれをクリアして自分にあった能力を手に入れるんだ」



 ふむ。説明を聞く限り、異世界にあったものと仕組みは変わらなさそうだ。


「ちなみに挑戦できるのは一人一回のみになっている。さっそくだが、挑戦したい奴はいるか?」


 そう問いかける小西。

 しかし手を上げる新人シーカーは誰もいなかった。


 まあ、それもそうか。

 無事にステータスを獲得できたとはいえ、いきなりモンスターと戦えと言われて順応できる奴は少数だろう。


 なら、遠慮なく。


「俺が挑戦してもいいですか?」

「ああ、もちろん! 君はえっと……神蔵くんだね。一応貸出用の武器は幾つか用意してるが、どれか使うかい?」

「なら、この短剣をお借りします」


 短剣、長剣、槍、弓と様々な武器が置かれている中、俺が掴み取ったのは短剣だった。

 今の身体能力から考えて、これが一番使いこなせるはずだ。


「分かった、短剣だね。あとは魔力の注ぎ方についてなんだけど、今からやり方を教えるね」

「いえ、平気です」

「え?」

「それについては、よく知ってますから・・・・・・・・・


 そう断ったのち、俺は一人で台座まで歩いていく。

 そして目の前で立ち止まると、虹色の宝石に手を当てた。


 ……さて。問題はここからだ。


 というのも、進呈の間は注いだ魔力の量・質に応じた強さのモンスターが出現する仕組み。

 魔力(ステータス)を獲得したばかりの俺が普通に注いでしまったら、それ相応の下級(ザコ)しか出てこないはずだ。


 しかし、それでは困る。

 モンスターの強さによって貰える能力は大きく変化する。

 ならば今、俺がするべきことは一つ。


「――魔よ。集い、廻れ」


 体内の魔力に意識を向け、錬成を行う。

 とはいえ大したことではない。

 魔力を極限まで凝縮し、練り上げ、できる限り質を高めているだけだ。


「……この程度が限界か」


 とても満足いく練度ではないが、仕方ない。

 これでもまあ、最低限の効果は発揮するだろう。


 俺はその極限まで練り上げた魔力を、虹色の宝石に注いだ。


「【来い】」


 そう唱えた瞬間、宝石が眩い赤色の光を放つ。

 その光は瞬く間に、広間いっぱいを覆った。



「なんだ、この光は!?」

「レベル1でこんな反応、見たことないわよ!」

「ま、眩しい!」



 背後では先輩・新人シーカー問わず、全員が光に圧倒されているのが分かった。

 しかし、俺がそちらに顔を向けることはない。

 光の発信源から目をそらすわけにはいかなかったからだ。


「グルォォォオオオオオオ!」


 光が収まった時、そこには炎のような赤色の毛並みが特徴的な狼型のモンスターがいた。

 高さは俺の身長と同じくらいで、なかなかの威圧感を放ってくる。


「なるほど、お前が俺の最初の獲物か」


 久々の戦闘だ。

 どう圧倒して見せようか。

 そう血が滾っていると、背後から慌てた声が届く。


「待て、神蔵くん! そいつはレッドファング、レベル10はないと太刀打ちできないモンスターだ! 君が戦える相手じゃない! 私たちが戦うから下がってきてくれ!」

「いえ、手助けはいりません」

「なに!?」


 俺の身を案じてくれるのはありがたい。

 だが悪いが、ここで下がるつもりはない。

 挑戦者以外がモンスターを倒せば報酬はもらえないし、何より――



「自らを喰らおうとする敵を前にして、逃走する魔王がいてたまるものか――ッ」

「ッ!? ガルゥッ!」



 俺の体から溢れた殺気に反応したのだろうか。

 レッドファングは強靭な足腰で地を蹴り、獰猛な歯をむき出しにして襲い掛かってくる。


 しかし――


「速さは十分だが、いささか単調だな」

「ッッッ!?!?!?」


 レッドファングの噛みつきを、軽く身を捻ることで躱す。

 敵は戸惑ったように一瞬だけ動きを止めた後、続けて全身を使った連撃を浴びせてくる。

 俺はその全てを、紙一重で回避し続けていく。



「嘘だろ!? レッドファングの攻撃を、あんな簡単に躱してるぞ! 本当に私たちの手助けなしで倒すつもりか!?」

「すごい……あんな動き、私でもできる気がしない」

「でも反撃する隙は見つけられてないみたいだな。あのままだとジリ貧だぞ」

「ああ。それに何より、レッドファングが真骨頂を見せるのはここから――」



 レッドファングの攻撃を躱し始めてから、一分ほど経過しただろうか。

 回避は問題なくできているものの、反撃する手段を見つけることはできずにいる――外野からはそんな風に見えているのかもしれない。


 だが、それは違う。

 俺は今、ある瞬間を待っていた。


 というのも、進呈の間では魔力の量・質の他に、モンスターとの戦闘時のデータが参考にされ、与えられる能力が決定する。

 このまま身のこなしだけで圧倒してしまえば、与えられるのは技術系のスキルになってしまう可能性が高い。

 それらも決して悪いスキルではないが、今の俺はもっと別のものを欲していた。


「グルゥゥゥ」

「ほう」


 そんな俺の考えを読んだわけではないだろうが、ここでレッドファングは攻撃を止めて後ろに退く。

 そして魔力を口に溜め、大きく開いた。


「気をつけろ神蔵くん! レッドファングは魔法も使うぞ!」


 問題はない。

 否、むしろ俺はこの瞬間を待っていた。


「バウゥッ!」


 咆哮とともに放たれる巨大な火炎。

 それが一直線に、勢いよく俺に迫ってくる。


 今の耐久力ステータスであの一撃を喰らえば、とても怪我では済まないだろう。

 俺はそれを理解したうえで、あえて回避を選ぶことはせず、こちらからもまっすぐ魔法に向かう。


「――――ハアッ!」


 そして短剣を一閃。

 直後、火炎はその場で霧散して消え去った。



「「「ま、魔法を斬った!?」」」



 魔法の中心には核が存在し、正確にそれを破壊することによって無効化することができる。

 核の位置は魔法の種類によって異なるため、これを実行するには魔法に対する深い造詣が必須。


 ――さあ、証明は終わった・・・・・・・



「そろそろ終わりにしよう」

「――――ルゥッ!?」



 それからは一瞬だった。

 レッドファングが続けて放ってきた二つの火炎も同じように無効化し、短剣でその巨大な体を縦横無尽に切り裂いていく。


 俺が攻勢に出てからものの30秒足らずで、レッドファングは力尽きてその場に倒れるのだった。



『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『レベルアップしました』

『レベルアップしました』


『挑戦者の適性を解析中です』

『解析が終了しました』

『挑戦者にはスキル【初級魔術適性(火)Lv6】が与えられます』



 鳴り響くシステム音とともに、レッドファングの死体から大量の魔力が流れ込んでくる。


「こんな感じなんだな、レベルアップって」


 俺はそのまま自身のステータスを確認するのだった。



――――――――――――――――――――


 LvUP↑

 神蔵 蓮夜 20歳 レベル:7

 職業:なし

 攻撃力:30

 耐久力:28

 速 度:30

 魔 力:28

 知 力:28

 スキル:初級魔術適性(火)Lv6


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