第8話 出立

前書き

 先日これを投稿する時に文章コピペするの忘れて白紙になっちゃってたのでこの場を借りて謝罪とご報告していただいた方への感謝を。m(_ _)m


・〜〜〜


 アレスの父親であるアグロス公爵は国王から与えられた領地を持っており、アグロスが領地を経営する傍ら、俺たち家族もそこで暮らしている。


 公爵という王に次ぐ称号を持っているだけあり、その領地は王の管理する王都に比べれば小規模ではあるが十分すぎる広さと軍事勢力を持つ。

 その産物の最たるものがあのクソデカホームなのである。


 そんな公爵領であるが、公爵として王の信頼が厚いのもあってか比較的王都とアクセスしやすい場所に位置している。


 今回の目的である“魔格付け”の開催地は王都らしいので、昼頃に出れば午後の“魔格付け”に間に合うというわけだ。


 まぁつまりそれは王都から離れた領地を持つ貴族衆は早朝、または前日の深夜の外出を強制されることを意味するわけで……。


 異世界も大変だな、と思う今日この頃である。


 ちなみに、“魔格付け”は5歳になった貴族の子息令嬢が一堂に会し、今使える最大限の魔法を使って披露し合う、いわゆる貴族の子供運動会みたいなノリで行われる毎年恒例の行事で、格付けと入っているだけあって、審査員が数名同席して披露された魔法のランク分けを行うらしい。


 ──はぁ、何故こうも差別化を図ろうとするかね。

 まぁ俺に何か言う権限はないんだけどさ……



 さて、俺は今ちょうど礼服に身を包み、出立の準備を完了したところだ。


 これから馬車に乗り、おそらく結構な時間車内で揺られることになる。

 前世では乗り物酔いはしない方だったし、その点に関しては大丈夫だと思う。


 しかし、やっぱり乗り慣れた車と馬車じゃ速度や居心地も全然違うはずだ。


 馬車の進みが遅すぎて、案の定間に合いませんでしたなんてことも……ま、正直怒られるとなっても矛先は俺には向かないだろうし、あんまり深く考えないでおこう。


 そんなこんなで礼服を着付けてくれた執事に礼を言い、部屋を出る。


 少し歩いた先にある階段を降りれば玄関に着き、そこで待機していた両親と合流する。


 レシアが礼服を着た俺を上から下まで確認してから口を開く。


「あっ、アレス。終わったのね。……うん、似合ってる!」


 そう言う彼女も外出するからだろう。

 ドレスを着て、普段はしない化粧を施して華やかに着飾っている。


「そうですか?お母さまもお綺麗ですよ」

「!うふふ、急にどうしたの?お世辞なんていいのに」


 そう言いつつも彼女の頬はほころんで少し嬉しそうである。


 しかし、この母は前世の俺の身内贔屓びいき無しの目で見てもだいぶ美人の部類に入るので、お世辞というより本音に近かったのだが……どうやら伝わらなかったらしい。


 そんな俺たちの様子を眺めながら、アグロスも軽く笑う。

 そこには穏やかで緩やかな円満家族の様子があった。




 ──……さて、そろそろ自分の目の前に迫る現実に目を向けなければならない。


 これから俺たちは馬車で“魔格付け”の会場、王都へと向かう。


 ここで前提として挙げられるのが、“魔格付け”は開催主である国王の元、5歳に達した様々な貴族の子息令嬢が一堂に会して行う魔力測定の場であるということ。


 貴族については公爵であるアグロスを除けば今まで生きてきた中で出会ったことなどない。

 しかし、デュークによる授業や会話である程度のことは把握している。


 階級うんぬんは省くが、その性質上貴族には尊大なプライドを持つ輩が多い。


 それに関しては前世のイメージ通りでもあるので大した問題にはならないが、この“魔格付け”が自分の自慢の息子・娘を披露する場として重宝されているということは普通に酷いと思った。


 この世界はどんだけ俺を前世と同じように貶めたいんだよと。


 そして俺は今日、天才の家系であるリタニア家の子息として公衆の面前に晒される。

 それらが合わさって何を意味するのか、分からない俺じゃない。


 ──ここで、俺の今後が決まる。


 見下されるか、そうでないか。

 全ては、今までの俺の努力にかかっている。

 この機会を生かすも殺すも、何もかも俺次第。


 ……ま、どうせ今から努力やらなんやら言っても今更無駄だ。

 出来ることといえば、精々自分の輝かしい未来を思い浮かべるくらいか?


 ……なんか虚しくなりそうだな。辞めよう。


 とにかく、必要以上に不安がる必要は無い。

 仮に失敗したとしても、結局のところ気合いでどうにかするしかないのだ。

 ゲームのような攻略法、つまり最適解なんて存在しないのだから。


 さて、そういうことで久しぶりに予定なんて入ったことだし、今日を今までの頑張りの一区切りとして休憩日としよう。


 いくつもの修羅場をくぐり抜けた歴戦の猛者にも休息は必要だ、ってな。


 ──ま、修羅場なんて前世で友人と遊んでた時にその彼女の浮気現場を目撃した時ぐらいしか経験したことないケド。

 ……アイツ元気かなぁ。


 何かと不幸な友人の顔を思い浮かべて、その滑稽さと懐かしさで自然と口角があがっていた。



 ◇◇◇



「行くぞ」

「はい、オイゲルさま」

「……チッ、今日に限りお父様と呼べと言っただろう?何度言えば分かるのだ、この愚図め」

「……すみません、おとうさま」


 だだっ広い玄関の中、小太りの男と少し傷んだ金髪を香油で無理矢理ごまかした少女がどこか異質な会話を交わしていた。

 まるで絶対的な主人とその従者のようにふるまいながら、その二人の顔はどこか似通っている。


「はぁ……納得はいっとらんが、現時点の我が家で一番魔穴の拡張が進んでいるのはお前だ。とにかく、精々私に恥をかかせないことだな」


 男は振り向きもせず、少女に背を向けたままそう言い放った。


「──はい」


 対する少女は、何を考えているのか分からないほど暗く濁った瞳で男の背を見ていた。



 ◇◇◇



 ──ヤバいヤバいヤバい、めっっちゃ緊張する……!


 先程、道中は気楽に行こうなんて言って乗り込んだ馬車の中で俺は死ぬほど緊張していた。


 ──ああぁ、悪い結果だったらどうしよう……!巻き返せるかな……いやそもそも今回で今後の評価全決めされちゃったらどうしよう……あぁぁぁ、不安止まんねぇ!?もっと頑張っとけよ昨日以前の俺ェェエ!!


 ついでに後悔もしていた。


 あぁ、さっきまでの俺がどうかしていた。気楽になんて無理だこれ。


 馬車の硬い椅子に腰掛け、膝に肘を置き考える人みたいに額に手をつける。


 乗り物の類に乗った時に下を向くのは酔う的な意味でよろしくないということを理解はしているが、それよりもこの真っ青な顔を目の前の母に悟らせる訳には行かない。


「……アレス?どうしたの?体調悪い?」


 が、どうやら母の目を誤魔化すのはたとえ世界をまたごうが相変わらず難しいらしい。

 レシアは心配そうに俺の伏せた顔を覗き込んできた。


「!ちょっと、顔が真っ青じゃない!?もしかして体調悪い?平気?ひょっとして病──」

「だ、大丈夫!ちょっと酔っただけだから、本当に」


 怒涛の心配を受けながら、こんな場面での適切な対処法は思い付かず言動と仕草で無理矢理遠ざけるしか無かった。


「アレス、無理そうなら言ってくれ。無理してまで行くところでもないからな」


 ……いやいやいや、そうもいかんだろマイファーザー。

 アンタこの国の公爵だろ?それで国王の来る行事を息子の為だからってドタキャンしちゃあ……。


 息子を優先したら公爵失格、行事を優先したら親失格。

 改めて考えるとめんどくせぇな、貴族って。


「……大丈夫、落ち着いてきたよ」

「な、ならいいけど……」


 やっぱり口頭じゃレシアの不安は拭えないらしい。

 納得を装いながらも心配が見え隠れしている。


 申し訳ないけど不調じゃないんだ……いや、不調っちゃ不調か?


 まぁ、不調は不調でも大丈夫な部類の不調なので気にしないでください──なんて言ったら『何言ってんだお前』ってなるよなぁ……。



 ──と、そんなことを考えているうちに王都に着いたらしく、御者の人の三回ノックの合図が聞こえた。


「お、着いたか。アレス、心しておけよ。王都はうちの比じゃないくらい大規模で商業的にも進んでるからな。私が初めて来た時には腰が抜けた」

「へぇ!それは楽しみだね。腰は……頑張って抜かさないようにするよ」


 厳格そうな見た目であるアグロスの冗談に苦笑しながら馬車を出る。

 そして太陽の直射日光を浴び、目を細めつつ周囲を確認する。


 周りには護衛として着いてきていた鎧を纏った騎士達と彼らが乗ってきたであろう数頭の馬が見られた。

 敬礼する彼らを「ご苦労様」と労いつつ、正面へと目を向ける。


「──うおぉお……!」


 目を向けた先の光景はアグロスの言っていた通り物凄いもので、思わず圧倒される。


 馬車が止まったのは王都の門を入ってすぐではなく、王城へと続く長い長い坂の果てにある高地だった。

 そのため、いつも目にする公爵領より大きな王都を一望できる。


 坂下からここより少し下のところまで続く家々も、石レンガで舗装された道を歩く人々も、露店で声を張り上げて商品を薦める商人たちも。

 ファンタジックかつ賑やかなその光景に軽く感動すら覚える。


「──凄いだろう?」


 振り向くと、そこにはにこやかに微笑む両親がいた。


「うん……!」


 さっきまでの葛藤と不安はとうに消え去っていた。

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