第1話 奴隷市場

「どうぞ気になる商品がございましたら遠慮なくお声がけ下さい!」


「こちらの商品は品質がピカイチっ!満足のいただける御奉仕を提供致しますよ!」


「お買い上げありがとうございます!!」


 そこら中から聞こえてくる怒号にも似た声。そこは異様な数の人でごった返しており、また異様な熱気で支配されていた。


 まるで戦場のような雰囲気のその場所は、しかし本当の戦地というわけではなく。どちらかと言えばそれとは真逆に位置する身なりのいい人間がよく訪れる場所であった。


 所謂、奴隷市場。


 そこは何らかの理由で身売りした人間を売買し、その人間を様々な用途で利用しようと金を持った金持ち───つまりは貴族が集まる場所だ。


「……」


 そこで男は一つの商品として展示されていた。


「ふむ……この前の戦争での敗戦奴隷か。まだ若いようだが───」


 いかにも金持ちな風体をした恰幅の良い男が彼の存在を認めて吟味する。


「あら、なかなかいい顔じゃない……ってあの汚らわしい国の敗戦奴隷じゃない!ありえないわ!!」


 また別の香水の匂いがきつい女性が汚物を見るかのような視線を送ってくる。


 日がな一日中、様々な感情を孕んだ視線に晒される。それは意外とストレスが溜まり、精神衛生上にもよろしいとは言えなかった。


 ───またここに戻ってくることになるとはな。


 男はこの人間の尊厳もあったもんじゃない劣悪な環境に懐かしさを覚えていた。


 戦場と奴隷市場ココならば何方がマシかと問われれば、男にとっては別に大した違いはないように思えた。


「……」


 属していた国が戦争に敗れ、敗戦奴隷となった男はこの現状を鑑みるに死ななかった。


 男───ハヤテが奴隷市場の商品として立つのはこれで二度目の事だった。場所は違うがハヤテが初めて市場に商品として売られたのは彼がまだ16の時であった。


 そもそも、どうしてハヤテは奴隷なぞに堕ちたのか? 理由は別にそれほど特別なことではない。生きていく為の金が無かったのだ。


 辺境のとある村で暮らしていたハヤテはある日、一家全員が奴隷に堕ちた。そこから戦闘奴隷として人間の尊厳なく最安値で買い叩かれた彼は戦場へ駆り出されることになる。


 5年にも及んだ戦争を生き残り、敗戦の末、ハヤテに待ち受けていたのは苦渋からの解放ではなく。またしても別の国で奴隷として売られるという結末であった。


 奴隷に堕ちた時点で、ハヤテは自由の身に戻れるとは思っていなかった。戦争が終われば、また別の形で戦闘奴隷として戦場へと送られる。死なない限りはそんな無間地獄が永遠と続くと思っていた。


 それを考えれば、この結末はハヤテにとって意外と悪くなかった。いや、死ななかったのだ、とてつもなくツイているだろう。


 ある意味での再就職。運が良ければもう、前の戦場の時のようにつまらない殺しをしないで済む。ハヤテはそう考えていた。


「……果たして本当にやりなおせるのかは知らないが───」


 ハヤテがこの市場で商品として展示され始めてから今日で一週間。一番客付きが良く、目玉商品として並べられるこの場所でハヤテは全く売れる気配がなかった。


 このハヤテの人気の無さを見て、この場を取り仕切る奴隷商人は今日明日で売れなかったらハヤテを客付きの悪い裏の展示に回すと決めていた。


 そこはここよりも環境が劣悪で、奴隷の掃き溜め。一度放り込まれれば余程のことがない限りは数年ほど買われることが無いという。


 奴隷商の言葉では「ゴミ箱に行きたくなかったら買って貰えるようにその無愛想な顔を少しでも治すことだな」との事。


 別にハヤテとしては自分が買われようが買われまいがどうでもよかった。正直、もう疲れていた。誰かにまた奴隷として使い潰されるのならばこのまま売れ残って野垂れ死にしたほうがいいようにも思えていた。



 めくるめく人が行き来していく。戦闘奴隷の目玉商品として展示されたハヤテに食いつく貴族は意外と少なかった。


 何せ、その国は先の戦争で勝利を上げたのだ。今すぐにでもまた別の国に戦を嗾ける雰囲気でもなく、自衛のために戦闘奴隷を買うという金持ちは意外と少ないのが実情であった。


 ならばなぜ自分が一番目玉である表の展示に並べられているのか? ハヤテは甚だ疑問ではあったが、そんな疑問を彼の目の前にたった一人の少女がかき消した。


「……」


 無言でハヤテを見上げるその少女は、まるで細工に作られた人形のように美しく、麗しかった。


 爛々と輝く蒼い瞳に観られて、ハヤテは妙な居心地の悪さを覚える。


 ───どうせ買う気がないのだからさっさと何処かに消えてくれないだろうか?


 思わず視線を明後日の方向へと逸らして、ハヤテは時が過ぎるのを待つ。

 しかし、目の前の少女はいなくなるどころか更にハヤテに近づいて吟味するように見てくる。


 さらさらと流れる少女の白髪が揺れている。

 こんな汚い自分を見て何が楽しいのか、少女の目はどこか楽しげに思えた。


 ───マジで早く消えてくれ。


 ハヤテは更に居心地の悪さを覚えて、そう念じる。


 それでも少女は居座り続け、唐突にハヤテに声を掛けた。


「あなた、冒険は好き?」


「……は?」


 質問の意味が理解できずにハヤテは気の抜けた返事しか出来ない。それでも少女はハヤテの態度を気にせずに言葉を続けた。


「冒険です、ぼ・う・け・ん! 知らないんですか?」


「いや、知ってはいるが……別に好きも嫌いもない」


「そう!それじゃあ戦うのは好きですか?」


 戦闘奴隷にする質問としてはどうなのだろうか? と少女の正気をハヤテは疑った。そして、直ぐに返答をせずに考える。


 戦うのは好きであった。しかし、ハヤテはただ「戦い」という行為が好きなのではなく。自身よりも遥かに圧倒的な強者との「死闘」が好き……と言うよりも渇望していた。それは一重に彼が強くなりたいが為、一つの極地へと至る為の唯一の手段だからであった。


 しかし、5年にも及ぶ戦場での経験は彼にとってそんな気持ちすら消し去り、「戦い」とは好き嫌いの以前につまらないものへと成り下がってしまっていた。


 それ故にハヤテの返答はこうなった。


「……弱い奴と戦うのは心底つまらないな」


「いいですね、そういう答えをする人を探してたんです」


「……そうか」


「ええ」


 ぶっきらぼうなハヤテの返答に少女は攻撃的な笑みを浮かべた。そして、彼女は近くにいた市場の関係者を呼び止める。


「この人を買います」


「毎度ありがとうございます!」


 こうして面倒な問答を経て、ハヤテは目の前の少女に買われた。これが全ての始まりであることをハヤテは思いもしない。

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