第15話 ラーメンと彼女

 彼女ともっと話をしたい。彼女のことをもっと知りたい…。


 彼女の幼い頃のことは、先日偶然にも会った彼女の両親から聞いてしまったのだが、余りにもその情報は断片的であり、逆に僕は彼女のことをもっと知りたくなってしまい、その思いは暴発しそうなくらい膨らんでいた。


 大学の五時限目が終わり、僕は単車でアパートへと向かう。少しずつ日が落ちるのが早くなって来た。オレンジと藍色が溶け込むようなグラデーションになった空に向かって、僕はアクセルをさらに開ける。


「高井くん!」


 咄嗟にブレーキを強く引いたが、単車はその声の持ち主を少し通り過ぎた所で止まった。

 僕をその体からは似つかわない大声で呼んだのは、『笠原 空』僕の思い人だ。


「笠原さん、今帰り?」

「うん。そうなんだけど。ちょっと話せたりする!?」

「いいよ。今から弁当買いに行こうかと思ってただけだし…。暇だよ」

「じゃあ、いいかな?」

「勿論、じゃあ、後ろに乗って」


 僕は、後部座席の左側に付けていたもう一つのヘルメットをキーを回して外すと、彼女に両手で差し出した。

 彼女はそれを受け取りながら、小さい声で囁いた。


「ねぇ、高井くん。私、天理ラーメン食べたいな。行かない?」



 普段なら平日でもこの時間は大混みなのだが、今日は奇跡的に並んでいるのはほんの数人だ。待っている間、彼女は店内を見渡した後、興味津々というかとてもワクワクしたような瞳を僕に向ける。

 僕は、苦笑しながら、「もう少しだよ」と呟く。


「番号、十三番の二名様、こちらのカウンターにどうぞ」


 僕らは、二人並んでカウンターに座る。彩華ラーメンの普通サイズと大盛りがすぐに運ばれて来た。

 彼女は、ラーメンのスープを一口飲むと、「うまっ」と声をだした。

 僕は、彼女から「うまっ」なんて言葉がでるなんて予想だにしてなかったので、涙で彼女が滲むくらい笑ってしまう。


「なに、高井くん、酷い!そんなに笑うなんて」


 彼女はわざと拗ねているような顔をして僕に抗議をしている。

 そんな彼女もとても可愛い。


「さっ、食べよう。伸びちゃうから」

「もう…。うん」


  僕らは、ほどよい辛さとコクのあるスープの虜になり、最初に「美味しいね」「うまいね」と呟いた後は、ずっと無言でラーメンを食べている。


 その時、スタッフの女性が、「水のお代わり大丈夫ですか?」と僕らに話しかけた。


「はい。僕は大丈夫。空さんは?」

「えっ…。えっと、えっと、じゃあ、少し入れてください」


 彼女は急に顔を真っ赤にするとスタッフの女性にコップを差し出した。

 どうして彼女はそんなに顔を真っ赤に染めているのだろうか?と考えていたのだが、ある事に気づいてしまい僕の顔も急に赤く染まっていく。


 彼女を初めて名前呼びしてしまった…。


 たったそれだけで、お互いがこんなに顔を赤く染めてしまうなんて、僕らはまるで中学生、いや、小学生カップルかよと自分で突っ込みをいれる。


「笠原さん、ラーメン食べ終わったらどこかお茶でも行こうか?」

「あっ、うん。いいけど」

「なに!?どうした?」

「あのねっ、これまで私、高井くんとどんな距離間でいたんだっけ?」


 彼女は、きっと僕の存在を意識してくれてはいたけど、間合いはしっかり取っていたのだろう。それが彼女の心を平穏にさせていたのだと思う。だが、今、その感覚に異物が混入して、少々混乱しているのかもしれない。


「前からベッタリだったけど!?」


 僕がすました顔で言うと「えっ…!?」となんとも言えない声を出した。


 やっぱり好きだ。

 僕は、彼女が好きだ…。


 何度確認したかわからないくらいずっと好きだ。この気持ちを君に伝えたい。

 そう思いながら、僕は伝票を持つと「さ、行こうか」とレジに向かって歩き出した。




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