第12話 かき氷と風鈴と彼女

 徳間由里子…。彼女は、福岡県は小倉の出身で、時折出る方言も全く気にしてない明るい女性だ。しかも、彼女は、スタイルも性格もすごく良く、尚且つ顔も整っているとくれば、クラスで一際目立つ存在であることは間違い無い。

 

 そんな彼女とは、同郷のせいもあってかとても仲良くさせてもらっている。

 まぁ、それがちょっとした僕の自慢だ。だって、これだけ素敵な女性に懐かれて悪い気がする男なんているわけないだろう!?


 しかし、他のクラスメイトからは、会うたびに「羨ましい」と口々に言われ、中には僻み的な感情を隠そうともせず攻撃な態度を露わにする男子もいるから実はとても厄介なんだ。

 だが、彼女は、あくまで僕を友人という枠でみてくれている訳だし、僕自身も他に好きな女性がいるし、彼女との関係は、何というか男女間の親友ってのが当てはまるのかなと考えていた。


 七月になった途端、さらに暑くなったような気がする。


 今日は、金曜日。

 僕は、喫茶・ガルーダで、引っ切り無しに訪れる客の対応に苦慮していたが、漸く夕食のラッシュが落ち着き、一息ついてた頃、「たまたま近くに来たから寄ってみたよ」と徳間が店に入ってきた。

 名物の焼きそばとアイスカフェラテを注文すると、「ねぇ、バイト終わるのいつ!?」と小声で聞いて来た。

 不意を突かれ、声が掠れてしまう。


「あ、あと三十分くらいかな」

「じゃぁ、待ってるから、ちょっと遊ばない?」

「いいよ。じゃあ、食べ終わったら外で待っててな」

「りょーかーい!」


 徳間は小さくガッツポーズすると、美味しーと小さな声で言いながら焼きそばを食べている。


 さてさて、そう言ったものの、どこにいけばいいのだろうか?

 色んなパターンを考えながら、僕はお皿をせっせと洗う。



「お待たせ」

「うん。待った」

「はっ、なんやそれ」

「ふふっ」


 よく見ると彼女は白に薄いロゴが入ったTシャツを着ている。グラマーでいてスタイルがいい彼女が着るとこれはもう凶器以外何物でも無い。


目のやり場が無い僕は、少し視線をずらしてしまう。


「高井くん、なんか今の私達、大阪人ぽかったよね」と彼女は僕の腕を軽く叩きながら大笑いしている。


「色々と迷ったけど近場でいいか?」

「うん。任せる!」


 僕と彼女は、猿沢の池を右折して、奈良町の方へと歩いて行く。

 「今日、明日と奈良町で祭りやってるよ。一度行ってみたら!?」と昨日聞いたマスターのたわいのない言葉を僕は思い出したのだ。


 少し歩くと、前方に大きな提灯や屋台が立ち並ぶ姿が見えてきた。お囃子の音がスピーカーから流れてくると夏祭の情緒はどんどん深くなっていく。

 よく見れば、周りはカップルが多く、浴衣を着ている女の子も沢山いる。もしかしたら、僕と徳間も端から見たらそう見えるのかもしれない。


「高井くんって、こういうの良く知ってるよね」

「いや、いや。これ、店のマスターの受け売りだから」

「ふ〜ん」


 徳間は、「でも、高井くんは凄いと思うな」なんて言いながら、「早く早く」と僕の手を持つと引っ張っていく。


 左右に古びた木壁の家が続く道に、文字がでかでかと書かれた露店が所狭しと並んでいる。

 小さな子どもが一生懸命金魚すくいをしている。よく見るといつのまにか子どもよりも父親の方が意地になって金魚を追い込んでいるようだ。僕は、思わずクスッと笑ってしまう。

 

「うわぁ。あちこち目移りしてしまうけん困る」と博多弁を時折出しながら徳間は僕の腕に手を回してくるから、僕はさらに戸惑ってしまう。


「そうだ。高井くん、かき氷食べようよ。お互い違うの買うってのがいいんじゃない?」

「あっ、それ、いいな」


 確かに、こんなに暑いと冷たいものが食べたくなるし、こんな時こそこめかみを「きーん」とさせるのも悪く無いだろう。


「じゃあ、私はイチゴにするけん、高井くんはどうする?」

「僕は、じゃあ、パイナップルで」

「え〜、普通、そこはブルーハワイって言うところだってば」

「はっ?そ、そんなお作法ってあるとね?」


 思わず僕も博多弁で応えてしまう。


「ふふっ。なんかね、カップルで買うときは、彼氏がブルーハワイ食べて、彼女が彼氏に向かって、『舌青いねっ』ていうのが定番らしいよ。って、兼田さんからの受け売りだけどね」


 なんだ、そうなんだ…。

 はっ?彼氏、彼女?なんだか凄いキーワードが出てきて、さらにどぎまぎしてしまう。


 僕らは小さな神社の階段に腰かけて、「シャリ、シャリッ」という音をさせながらかき氷を食べる。


「冷たか〜!でも、美味しいね」

「うっ、冷っ」

「高井くんって、冷たいの駄目っぽいね。じゃあ、それも少し貰ってあげる」


 そういうと彼女は僕のパイナップルのかき氷にスプーンを入れると自分の口に持って行く。


「あれっ、これパイナップルだったよね?なんか、味がイチゴとほぼ同じなのはなぜに?ふふっ」

「そうなん?そんなことないんじゃない?」

「じゃあ、食べて見てよ。はい、あーん」


 差し出された彼女のスプーンを頬張る僕…。

 意識しないように、しないように…と考えても心臓の鼓動が早くなっていく。

 これって、間接キスでは!?


「ほんとや。なに?イチゴとパイナップルが同じって、凄いな」


 僕は、自分が緊張していることを悟られないように無駄に明るく騒ぐ。

 すると、彼女は急に大人しくなり、二人黙ってかき氷を口に運ぶ。


「高井くん、ちょっと私、手を洗ってくるね」


 かき氷が手についたのか?徳間が手洗い所に向かって走り出す。なんだか、彼女の頬が真っ赤になっていたような気がするが…。


「チロリーン、リーン、リンー」


 すっと吹いてきた風に乗って綺麗な音が聞こえてきた。

 それは、風鈴を売っている屋台から流れてきた涼しげな音だった。

 

 僕は、その店に近づくと、竹の棒に括られた沢山の風鈴を見つめる。不思議だが導かれたようにその中の一つに目が釘付けになった。

 それは、青く塗られた硝子に鮮やかな黄色の線が入っているものだった。


 笠原 空さん…。

 

 僕がずっと気になっている女の子。いや、ずっと好きな子だ。

 彼女と初めて会った時に彼女が着ていたのがこんな黄色の服だった…。

 そんなことを考えながら、僕は、思わずそれを買うとリュックの中に入れる。


「ごめんごめん。ちょっと混んでて」


 徳間が息を切らして戻って来た。


「いいよ。そろそろ行こうか」

「うん。ありがとう。楽しかった!」

「こちらこそ。僕もここの祭り、初めて来たし。帰り、家まで送ろうか?」

「ううん。私の家、遠いから電車で帰るし大丈夫」


 僕は、彼女を近鉄奈良駅まで送っていき、改札で手を振って別れた。

 喫茶・ガルーダの前に止めてた単車まで戻った僕は、キーを差し込むとエンジンを回す。


 笹原さんに会いたい…。そう思った。

 それは、さっきの祭りで、沢山のカップルに当てられた訳ではない。だが、徳間と楽しい時間を過ごせば過ごすほど、笹原さんのことが頭に過るよぎるのだ。好きだから…、そういう単純な気持ちではなく、ただただ笠原さんに会いたいという気持ちは僕の心の底から溢れ出ていて、それを止めることは難しいことだった。


 単車でアパートに向かう途中も僕はずっと彼女のことを思っていた。今どうしているだろうか?なぜ、あんな風に人を寄せ付けないんだろうか?一人で寂しくないんだろうか?僕のことをどう思っているんだろうか?沢山の?が頭の中を踊っても何一つ自分が納得できるような回答はなかった。


 だから、今日、僕は、彼女に会いに行く。

 そして、この気持ちを彼女にぶつけてみたい。


 舗装が緩い小路に入った時、僕のリュックで、「チリーン」と音が鳴った。





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