興国のゼル
けにゃ~
第1話 プロローグ
この世は地獄だ––
敵の返り血で赤く染まった剣を敵に振り下ろしながら、そんな言葉が頭をよぎる。
だってそうだろう?昨日まで普通に話していた仲間が一人、また一人と倒れていく。これを地獄と呼ばずして何と言えばいい。
だが今はそんな事は横に置いて、まずはこの状況をどう打開するか、この小隊の副隊長として考える義務がある。
(正面に見える高所から見下ろす敵の指揮官らしき男の所にたどり着くために何をしたら良い。背後に回る?いや、時間もなければ、この状態で背後に回れるはずもない。じゃあ、兵を集めて一点突破か?いや、一点突破をかけられる程の数はいない。)
答えのない問題に思考がぐちゃぐちゃになる。
「ゼル!」
聞き覚えのある声にはっと気を取り戻し、振り返ると、見慣れた三人がいた。
ドワーフのドルフ、オークのゴルグ、最後に声をかけてきたダークエルフのアナーリスだ。
「もう残るは我々四人だけだ!どうすればいい!?」
どうすればいいと聞かれても、四人でできることなんて何もない。だが、そんな答えを返す訳にもいかず口を噤んでしまった。
「はよう答えんか!このまま死ぬのも癪に障る、わしは突撃して暴れてやるぞい!」
答えに詰まる俺に見かねてドルフが遠回しにフォローしてくれた。この爺さんは最後まで厳しくて優しいじいさんだ。
「ぼくもドルフにつきあうよ!」
いつも下っ足らずな喋り方で元気で、いつもお前に元気をもらっているよゴルグ。
「ゼルが行くなら私も行こう」
いつも気にかけてくれてありがとう、アナーリス。
皆の意見で俺は心を決め、さっきまでぐちゃぐちゃだった頭の中がスッキリして晴れやかな気分だった。
死ぬのは怖いが、この地獄とおさらばできるなら悪くないか、そう思えた。
「最後に突撃して暴れるか!」
「「「「おう!」」」」
言葉にして改めて心を決め、敵に向かって走り出そうとした瞬間、異変が起きた。
さっきまでガチガチに固められていた防衛ラインから敵が次々と後退しているのだ。俺は目を疑った。圧倒的なこの状況で撤退などありえないと。
皆も俺と同じ考えなのだろう。しばらく呆然と敵の撤退を眺めていた。いや、ゴルグだけは理解できてないのか、敵の撤退に素直に喜んでいた。
しばらく敵の撤退を眺めていると後方から地響きと共に味方の大軍勢が現れ、その中に見知った顔が一人こっちに近づいてきた。
「お~い!」
エドワード・エンブライト男爵、この小隊の隊長だ。
隊長と言っても、俺みたいな平民やアナーリスたち異種族では隊長にはなれないから、名前だけ貸して後方で待機している形だけの隊長だ。
「他のみんなは?」
「ここにいる四人で全員です。他の皆は戦死しました。」
「そうか......」
俺がそう答えるとエンブライト男爵は小さく呟いて黙り込んだ。
誰も何も言えず、沈黙だけがその場に流れる。
「エンブライト男爵、ご苦労!」
その声の主の方に振り返る。
馬上から見下ろすように話しかけてきたのは、この軍勢の総司令官であるエルモント侯爵だ。
「これはエルモント侯爵、ご機嫌うるわしゅうございます」
エンブライト男爵が深々と頭を下げ挨拶をした。
「ははは、よくその奴隷と
嫌味ったらしく聞こえるが、嫌味じゃない。彼ら貴族の中では当たり前なのだ。貴族は優れた人間であり、奴隷は無能、ましてや人間族ですらないエルフやドワーフ、オークは人に非ず、
「ありがたき幸せにございます」
「うむ、次の戦でも期待しておるぞ。ではわしは精鋭部隊を率い、敵に追撃をかける故、また後でな」
エルモント侯爵を見送るため、俺たちは頭を深々と下げ、エルモント侯爵は高笑いをしながら大軍勢を率いて敵の後を追っていった。
「くだらん......」
俺の横で頭を下げているエンブライト男爵が小さく呟いた。
その意見には全く同意だ。この四人しかいない小隊にまだ戦わせるらしい。
本当にこの世は地獄だ––
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