#1日目

「おい、囚人番号20番。起きなさい。」

のそり、と虚ろな目をし、囚人服を着た男がベッドから起き上がる。

その黒髪は長らく手入れしていないようにボサボサで、至るところに髪が跳ねており、その虚ろな瞳も相まって、何もかもにすり減ってしまった人のように見える。

―正直、気持ちは分かる。

おそらく彼は、自分の友人と共に死のうとしたんだろう。

実際に現場からは20番と被害者(自殺しようとした者を『被害者』と呼ぶのかは分からないが)の間には交遊関係を示すものが幾つもあり、なおかつ遺書のようなものからは、被害者が自殺願望を持っていたことも示され、20番と共に死のうとしていることも触れられていた。

…その中、何らかの要因で自分だけが生き残ってしまった。

そして自分が自殺を幇助したとして逮捕、収監され、かつての友のため死ぬことも許されない環境の中で生きる…

共感もできるし同情もする。

…だが、恨むならせめて、自殺まで追い込むに至った自分の環境を恨んでくれ…。

「看守サン…それ…なん、なんです?」

「…ッ!?」

言葉を、発した。

いや、それ自体には何も特別な事はない。

だが…ここに来て彼は、初めて言葉を発した。

数ヶ月もかたくなに閉じていた口から、これから何が語られるのか…

「…」

「…」

「…?」

20番は先ほど、ちょうど私の右手辺りを指した指を下ろし、不思議そうに…そこを虚ろな眼で見つめる。

…そうだ、ここに『これ』を持ってきたのは20番に渡すためだった。

余りに彼が喋ること無く過ごしていたため、少しだけ呆然としていた…

「これは日記だ。」

「日記…なぜ?」

「それは説明する必要はないな。ただの行動記録の一環だ。気にすることはない、好きなことを書け。」

「『好きなこと』…なら…」


そして、私が彼に渡したペンを使い、彼が最初に書いたモノは…



『友に合いたい』





―途中報告

…結論として、囚人番号20番に日記を書くこと自体に能力的な支障はありません。


最初に日記を見せた辺りからコミュニケーションを取ることができ、日記を書いている途中に本人から聞いた限り、彼は記憶が抜け落ちており、事件当時のことはほとんど覚えておらず、そして日記の文面から、若干の記憶の混濁こんだくや、誤字も多く見られました。


日記によるコンタクトも取れたことから、この日記による交流が出来ると判断し、今後も引き続き日記による経過観察を続けます。

それにともない、私個人のみでは誤字を修正しようとした時に本人の意思ではない扱い方をするかもしれません。

本人の協力の下、記憶の混濁状況の把握、ならびに脱獄などに足るかどうかの知能レベルの把握も兼ね、読み仮名がなをある程度振った上でそのまま提出致します。



―…受理した。

上からその案を承認するとの判断が降りたので、慎重な監督の下、行動を行うものとすること。



―…了解いたしました。

今後も細心の注意の下、経過観察を続けます。

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