[4] 警備

 おいおいちょっと聞いてくれよ、あいついるじゃん。あの、なんってったっけ、赤い人? とにかくひたすら赤い人? そうそれだペインターだ。俺さ、昨日ペインターにあったんだよ、すごくね? いや別にだからなにって話なんだけどさ。っつかただの自慢なんだがよ、いいから聞けっての。有名人に会ったらとりあえず誰かに話ときたいもんだろ。だからさすごくね? ペインターって今有名じゃね?


 俺さ近頃ビル警備のバイトやってるわけでよ、それが昨日最悪なことに深夜シフトだったんよ。まあそのおかげでペインターにあえたんだから、運がよかったといえばよかったんかもしれんけど。あれは確かもう日付が変わったころだったかな? ビル警備つっても警備室でカメラ見てるだけで、つまんねーんで仕方がねえんだ。もう眠くて眠くてたまらなくてよ、あくび連発してたらさ、なんでだろうな? いまだにわかんねえんだけど、背筋がぞくっとしたんだよ。なんかもうここまで来ると虫の知らせっつうか、本能的直感っつうか、とにかくびびっと俺の第六感がはたらきまくったわけよ。びびったわけじゃねえっての。


 眠気が吹き飛んだ俺はすぐさま窓の方にかけよったね。その直感が告げるわけだ、なんかが近づいてるってな。んでよう警備室があんの一階だから、その窓からは外の様子がよく見えるわけ。どうにも真っ暗闇に包まれてひとっこひとりみつからねえの。ありゃなんか勘違いだったかと思った瞬間だったね、ふいっと人が一人横切っていったんだよ。そいつというのがどういう奴だったのか、思い出せればいんだけどな。どうにもまったく絵が出てこねえんだ。特徴がなかったとかそういうんじゃない。すっげー特徴があった気がしないでもないんだ。とにかくそいつはすーっと窓の前を横切っていった。


 まあ警備なんてしてんだ俺は、なんとも怪しい奴だと思うわな。そのままそいつを目で追っていたら、そいつ吸い寄せられるように真直ぐと、俺が警備してるとこのはす向かいのビルに向かっていくわけだ。んでビルの前までやってくるとピタッと立ち止まった。間髪いれずに円柱状をした缶一つとはけ一つとを取り出す。いったいそんなもんどこにあったんだろうな? 見たときはそんな疑問なんて感じなかったんだけど、今にしてみると訳わかんない話だな。


 立ち止まってからの動作がまったく異様だったよ。なんつうかな一切迷いがないんだよ、すでに完璧に行動が決まってるみたいなな、どういえばいいんだ? プログラムされた、あれだ、キカイテキ――なんかすごく機械的だったんだよ、あいつの動きは。人間が勝手に夜中にそういう動きをしてるのって気持ち悪いぜ。なんかな、こっちまで引き込まれそうになるんだ。意識ががたがたかくかくしてきて、自分も同じようなものなんじゃないか、あっちが特殊なわけじゃなくて人間なんてそんなものなんじゃないか? そっち方向に考えがゆがんでくんだ。不思議だろ? 納得できないかもしれねーが、あの感覚は見た奴にしか理解できんだろうなあ。


 俺はずっと、どのくらいの時間かはわからねえがとにかくずっと、そいつがハケを上下に動かすさまを見ていたよ。繰り返し繰り返し、そいつはただハケだけを揺らすんだ。人間そんなことばっかつづけてりゃ飽きるし、そういうんじゃなくてもどっか痛くなってくるもんだろ? そんな動きすらまったくとろうとしないんだな。さっきもいったがよ、俺はどうにも気持ち悪くなってきたんだ。それでもなんでかな、目が離せそうにないんだ。なんかそうやって考えてくことも奪われてくんだ。機械に体が置き換わっていくんだ。


 だいたい俺はさ、その時点ではまだそいつがペインターだってことにも気づかなかったんだぜ。あまりにバカすぎるだろ。俺の頭がまともに、まあまともつっても大したことはないがよ、はたらくようになったのは陽の光が目に入ったころだ。そのときにはそいつの姿はなくなってたよ。んでよ、かわりに俺の目の中に真っ赤な直線が飛び込んできたわけ。ああそこで俺ははたと気づくわけだ、あの野郎が噂のペインターだったのかと。赤く染まったビルだってそんなものにはまったく惹かれもしなかった。むしろあれが俺の意識を戻してくれたわけで、俺の夢を覚まさせてくれたわけになるんだろうな。ただそういえばいっこ思ったことがあったな。あの塗り方をまねできる人間はいない。ペインターは1人きりだ。

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