第2話 チラシ

 いきなり俺の席に来たかと思えば、白鳥さんは一体何を言っているんだ?

 俺と白鳥さんは電話番号なんて交換していないし、口頭で教え合ったりもしてない……そもそも俺と白鳥さんは電話をするような関係性でも無い、頭でもぶつけてしまったんだろうか。


「あの、もし体調が悪いなら、保健室まで送りましょうか……?」

「私を変人扱いしないでもらっても良い?……皇くん、もしかして昨日私に嘘をついたの?」

「嘘……?」


 俺は白鳥さんに嘘を付くほど会話をした事がない。

 もちろん同じクラスで生活している以上何度か短い会話をしたことはあるが、そんな中で白鳥さんに嘘をつく理由なんてない。


「昨日、時給は高ければ高いだけ良いって言ってたのに、電話が無かったってことは嘘だったってこと?」

「何の話ですか……?」

「何の話って、昨日急を要して作ったのに……だったら、皇くんが望む時給を言ってみて?」

「望む……?それは、できることなら二千円とか」

「二千円!?」


 白鳥さんは驚いている様子だ。

 高校生のバイトで時給二千円というのは、流石に欲張りが過ぎてしまったのだろうか。

 ……でも望む時給って言われたんだし、ちょっとぐらい理想を語っても良いはずだよな。


「そ、そんなに安くてよかったの!?」

「安くて……?よかった……?」


 時給二千円が安い……?そんなわけ────と、一瞬反論しそうになった頭を冷静にしてみると、今俺が話している相手は白鳥さん。

 金銭感覚が常人と違って当たり前だ。

 ……だが、その次に言ったよかった、というのはどういう意味だ?


「う、ううん、何でもないの……じゃあ、そういうことだから」


 白鳥さんは俺に何かを言い残すわけでもなく、あっさりと自分の席に戻って行った……なんだったんだ?

 そんな場面を見ていたらしい蓮が、俺の席に走ってきて口を開いた。


「い、今白鳥と話してたよな!?」

「あぁ、話してた」

「ほらな!?やっぱり昨日俺が言ったことは当たってたんだよ!興味があるかどうかは知らないけど、やっぱり綾斗のこと見てたんだって!」


 蓮は何故か嬉しそうにガッツポーズを取った。

 ……確かに、昨日の帰り際と今日話しかけてきたことを鑑みても、その連の発言は正しかったのかもしれない。


「でも、会話内容が理解できなかった」

「日本語の勉強、手伝ってやろうか?」


 蓮は声を低くして俺の肩に手を置き、憐れむような雰囲気で言ってきたため俺は肘で軽く連の腹部を突いた。


「うっ……会話の内容がわからないって言うからその日本語の解説してやろうと思っただけなのに……」

「日本語の意味を理解できないんじゃない、話の流れが理解できないんだ」


 昨日はいきなりお金に困っているのかどうかの確認をしてきたり、今日は突然望む時給を聞かれたり……とにかく何から何まで理解できない。


「あぁ、なら直接本人に聞いてみれば良いんじゃね?」

「とりあえずちょっと様子見する、それで特に変化が無かったらそれで良いし、変化があれば白鳥さんに直接聞いてみることにする」

「ナイスアイデアだな!」

「普通のことだ」


 その日はもうそれ以上におかしな事はなく、今日も学校帰りにバイトをしてから家に帰った、が……


「またチラシ?」


 昨日と同じように、またもポストにチラシが入っていたため、俺はそのチラシを確認する。

 もしまた昨日と同じようなチラシだったら破って捨て────


『時給二千円 住み込み選択可 三食、個室付き 高校生以上 仕事が難しくても気軽に聞ける環境です! 電話番号△△△-○○○○-○○○○』


 ────結構良いんじゃないか?

 昨日みたいに無駄なビックリマークは無いし、時給も二千円で現実的にありそうだし、しかも住み込みもできて三食も付いてるなんて、好条件にも程がある。

 そしてチラシの装飾も昨日のチラシみたいに金色では無く、白と青の文字を使っていて、背景にはどこにでもある一軒家が写っている。

 勤務地を確認してみても、ここからそう遠くないところみたいだ。

 ……だが、一つ気になるのは、仕事内容がどこにも書かれていないことだ。


「……とにかく電話してみるか」


 チラシに入っていたバイトに電話するのは初めてだが、時給二千円……昨日のチラシのせいで感覚が麻痺しているだけかもしれないが、それでもこのチラシはとてもまともに見えた。

 電話内容が表記されていないのは何かのミスかもしれないし、早く家に帰ってそのことも含め確認してみよう。

 俺は家に帰ると、早速書いていた電話番号に電話をかけた。


『はい』


 電話の相手は、若い女の人の声だ……というか。

 衝動でそのまま電話をかけてしまったが、今は……夜の二十時、こんな時間にかけてしまっても良かったのだろうか。


「あ、すみません、チラシを見て電話させていただいたんですけど……こんな夜に電話をかけるのは非常識でした、また日を改めて────」

『いえ、お電話をくださっただけでありがたい話ですので、気にしないでください……今回のお電話は応募してくださる、ということで良いですか?』

「はい、そうです……でも、一つだけ気になることを聞いても良いですか?」

『何でしょうか』

「仕事内容がチラシのどこにも書いてなかったんですけど、どんな仕事内容なんですか?」

『仕事内容、チラシの裏面に記載させていただいています』

「あ、裏面ですか……すみません」


 てっきり表面だけかと思い、裏面を確認していなかった。

 俺は裏面を見て、そこに書かれてあった仕事内容に目を通した。


『仕事内容 お世話』


 ……お世話?


「あの、お世話って何をお世話するんですか?ペットとかですか?」

『ペット……はい、ペットのお世話です」

「そ、それだけで時給二千円ももらえるんですか?」

『ペットのお世話を軽く思ってはいけませんよ、情緒不安定で、もしかしたらとてもかまって欲しがりかもしれません』

「あはは、ペットが構って欲しがりなんて可愛いじゃ無いですか、全然問題無いです」


 なんだ、それなら本当に大した事はなさそうだ。

 犬も猫もどっちも好きだけど、お世話してる感じが強く出るのは犬だろうし、できたら犬が良いな……ペットか、ペットなんて買う余裕が無くて今まで触れ合う事ができなかったけど、お金、それも時給二千円ももらいながらペットと触れ合えるなんて、本当に最高の仕事だ。


『では、早速明日から勤務していただきたいと思うのですが、よろしいですか?』

「え、明日ですか?」

『都合が合わないようでしたら────』

「い、いえ!大丈夫です!」


 面接も無しに突然明日からというのに少し驚いてしまった俺だが、明日は勉強をするためにバイトを無くしてた日だから時間的にも特に問題無いな。


『では、明日勤務地から一番近い高校の校門前に十七時に来てください』

「わかりました」


 その言葉を最後に俺は通話を切り、マップアプリを開いた。

 勤務地から一番近い高校は……


「って、俺の高校!?」


 幸運にも程がある、しかも十七時なら授業が終わってちょっと時間を潰せばそのまま勤務地に迎える。

 俺はなんて幸せものなんだ……今まで一人で必死に頑張ってきたからこそ、神様がこんな幸せを与えてくれたんだろうか?

 とにかく、明日ペットと触れ合えることを楽しみにしながら、俺は眠りへと落ちていった。

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