第14話
「ただの地区予選なのに随分メディア集まってますね」
「そんだけウチが注目されてるってことだな。緊張するか? 風間」
「冗談」
会場で割り当てられた一画に陣取って俺たちは次を待っている。地区予選だからってウチは遊ばない。最初から全力の正レギュラーだ。故に一試合目は爆速で圧勝した。今は次の対戦相手が決まるのを待つ退屈な時間だ。トレーナー陣は偵察に忙しいが、俺は監督として正レギュラーの傍を離れられないから同じく暇である。
「おい、五位が何で拓翔さんの隣に座ってんねん。端行けや、生意気やぞ」
便所から戻ってきた長津が風間を追い払う仕草をする。
「うっざ。一位じゃないのにそういうこと言うんだ」
「五位が言えたことかいな。お前、お嬢様口調許してやった俺に感謝とかはないんか?」
「恩着せがましいよね。というかそっち側は空いてるじゃん。そっち座れば?」
俺はベンチの中央に座っていた。左隣は風間が座っているが、右は空いている。
「アホか。二度手間やろ。どうせ譲ることになるわ」
当然だが、座る場所どうこうはただの冗談で特に拘りはないようだ。風間の隣に長津が腰掛ける。
「…………。」
「拓翔さん、雪寝はまだ機嫌治らんのですか?」
俺の足元では雪寝が体育座りでいじけていた。よっぽど一回戦で試合したかったらしい。
「…試合。試合したかった」
「しゃーないやろ。ペア戦とシングルAで2勝してその時点で決着。シングルBなんか地区予選でまず回らんわ」
「いっつも雪寝先輩ってあんな感じなの?」
「いや、今回が特別や。なんたって「長津。お喋りが過ぎるぞ」
長津が余計に雪寝を凹ませそうだったので制止する。2回戦では雪寝にも頑張ってもらうのだ。これ以上テンションを下げてほしくはない。
「すんません、調子乗りました。ほら、風間も謝っとき」
「なんで俺まで…」
と、その時雪寝がいじけている原因、桐島がクールダウンから返ってきた。そのまま何も言わずに俺の右隣に腰を下ろす。
「お、勢いづいてんなあ」
「あいつこそ調子乗ってるでしょ」
長津と風間のちょっかいも聞こえないみたいに無視。もはや視界にすら入れてないんじゃないか?
「拓翔さん。さっきのあたし、どうでした?」
「良かったぞ、文句なしだ」
というか相手が弱すぎだ。あそこまでレベルに差があると悪いところも良いところも分からない。相手を貶めるようなことはなるべく口にしたくないから、俺にできることはただ桐島を褒めることだけである。
「えへへ…」
そんな俺の心中も知らずに、桐島は純粋に嬉しそうにニヤける。まぁ、少なくともメンタル面は順調そうだな。
「威嚇。グルルル…」
雪寝が桐島に敵意をむき出しにする。雪寝なりの冗談にも思えるが、半ば本気だろう。それだけ桐島に3位を奪われたことが悔しいのだ。自由人かつマイペースに見えて自分の強さにしっかりとプライドがあるのがウチの2年組だ。雪寝は最近、打倒桐島を掲げて一層練習に励んでいる。だからこそ一回戦から出場して活躍したかったに違いない。
「あたしは明日佳さんを倒すつもりなんです。諦めた雪寝さんは大人しく身を引いてくださいよ」
「生意気。屈辱。……でも位が上だから反論できない。許すまじ。いつか必ず復讐する」
意外と雪寝と桐島の敵対関係はプラスに働いた。雪寝は練習により身が入るようになったし、桐島は桐島でクールを装ってはいるが、雪寝に抜かされたくないのが見え見えで必死になってる。
それにしても、我ながら自分の手腕に惚れ惚れする。地区予選に部内の雰囲気も調子も間に合わせることが出来た。残った数少ない不安要素といえば…。
「桐島ちゃん。退いてくれる? そこ私の席なんだ」
明日佳が戻ってきて早々に桐島に冷たい笑顔で語りかけた。お得意の何の感情も籠っていない空恐ろしい笑みだ。
「風間に言ったらどうですか?」
「ふふ、桐島ちゃん。私、別に拓翔の隣がいいなんて言ってないよ? ほら、そこ。下に私の荷物置いてあるでしょ。さっき置いといたから退いてってだけ」
「ぐっ……」
明日佳と桐島だけは未だに微妙な関係である。ここ一か月ほどで攻守が入れ替わったらしく、最近は桐島が挑発して、明日佳がそれをいなしているところをよく見る。
「分かりましたよ…」
桐島は何も言い返せずに少し奥へ詰めた。そして明日佳が俺の隣に座る。
「記者たち来てるね」
「ほぼ全員お前目当てだぞ。俺も鼻が高いよ」
「嘘吐き。面倒としか思ってないでしょ。あと、余所の偵察も結構いそうだね」
「そうみたいだな。俺が見つけた限りで一番遠い学校だと福岡の雷陵だな。遠路はるばるご苦労なことだ」
「ふふ、そういうウチも送ってんでしょ?」
「当然。そのために高い部費貰ってんだ」
「ねえ、拓翔。私、あれがしたい。漫画とかでよくある強豪校の正レギュラーがわざわざ弱小の試合見て、偉そうに駄目出しするやつ」
そういえば原作でも明日佳は翠晴高校の試合を見に行ってたなあ。本来ならそこで桐島と三年ぶりの再会を果たす。
「今日は対戦相手を待たなきゃいけないからともかく、明日なら早く終わる可能性あるぞ。時間に余裕があれば行ってみるか。俺もアレ、やってみたかったんだ」
「いいね 益々ヤル気出てきた」
「そりゃあ重畳…」
この地区予選、最大の不安要素は次の試合のオーダーである。俺なりに色々計画と打算があってのことで、決して相手を舐めてるわけじゃないが、次のペア戦はかなりのギャンブルになる。
なにせ練習ではまるで上手くいかなかった桐島と明日佳のペア戦なのだから…。
――――――――――――――――――――――
「足引っ張んないでよ。桐島ちゃん」
「明日佳さんこそ一人で暴走しないでくださいよ」
減らず口の桐島ちゃんと結界の中で相手を待っていると男女のペアが中に入ってきた。栗色の髪をウェーブがかったツインテールにまとめた快闊そうな女子と、中背でスキンヘッドの男子だ。
「四季明日佳が相手とかマジヤバくね、爆速(マッハ)君?」
「盛者必衰の理あり、であるぞ。谷江女史」
「えー、でも相手が衰えるの待つなんてダサくね? 若人ならさぁ、やっぱ正面突破っしょ」
「御意。積年の想いをぶつけようぞ」
「キャハハ! 何それ、告白みたいじゃーん」
「…濃いなあ」
「…ですね」
珍しく桐島ちゃんと意見が合致した。二人は私たちの前までゆっくり歩いて来て、早速自己紹介を繰り広げる。
「谷江喜美! 力仙高校三年生部長兼監督! 明日佳ちゃんとはなんどか会ったことあるけど、どうせ覚えてないっしょ。初対面みたいなもんだよね〜。ヨロシクゥ!」
「産山爆速。 名前はイマドキなのが自慢な三年生である。ちなみに爆でマッと読んで速でハと読むぞ」
力仙高校の名物コンビはただのイロモノじゃない。それぞれ一人だと中堅止まりだが、二人で組むと無類の強さを発揮するペア……だって拓翔は言っていたけどとてもそうは見えない。全国でも闘えるレベルはあるらしいけど、ホントかな…?
「忘れたくても忘れられないキャラしてる癖によく言うよ。知ってるだろうけど私は四季明日佳。闘うのは初めてだよね。よろしく。お互いいい試合にしよう」
「一年の桐島です。よろしくお願いします」
私は会話を試みたけど桐島ちゃんはばっさり会話を切り捨てた。そしてすぐ踵を返してスタート位置に着く。
「あちゃちゃ、怒らせちゃったかな?」
「むしろ自己紹介を流された我らの方に怒る権利があろうぞ」
「ヤだよ。怒っても疲れるばっかで全然カロリー消費できないもん」
「カロリーを消費しないのは良いことであろう? 谷江女史」
「ヤバ、マッハ君への嫌悪感マジマッハ」
桐島ちゃんの反応が正解だったかも。こいつらとの会話に混ざっても意味なんかなさそうだ。私もさっさとスタート位置に着くとしよう。
―――――――――――――――――――
「…なんスか、あれ」
「力仙高校 名物コンビやぞ。去年は俺と雪寝が組んで闘ったわ。ま、当然余裕で勝ったけどな」
「見栄張るなよ、長津。去年お前らが辛勝だったからこそ、このオーダーなんだ」
当時一年で情報も少なかった長津と雪寝でも辛勝。今年はさらに対策を講じてくるだろうから、俺の見立てでは長津と雪寝では微不利だ。
「厄介。というかウザい」
「あんま強そうには見えないけど」
「そうやんな? イロモノ感半端ないもんな」
「…あんたもイロモノ側だろ」
「誰がやねん」
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